第一話 一之瀬柊斗
俺の家は、父親を早くに亡くし、母は朝から晩までせっせと俺のために働いてくれてる。俺は、部活にも入らず、放課後友達と寄り道することも無く、バイトに明け暮れる。当然恋人なんて作る暇もなかった。家に帰っても誰もいない。俺は夕食を作って母の帰りを待つ。母が帰ってくると、大体一言目は「ごめn……
「…いつもありがとうね、柊斗。母さん、すごい助かるよ。」
あれ?今日は違うみたいだ。でもこういう一言の方が嬉しいかな。どういたしまして、母さん。そうして、夕食を二人で食べ、風呂に入り、勉強して、大好きなラノベを読む。いつもと変わらないようで、いつもよりちょっと嬉しい1日を終えた俺は、眠りにつく。
次の日も、俺は変わらない日常を過ごす。バイト終わり、家まであと半分といった地点で、俺はバイト先に忘れ物をしてたのを思い出した。
「…あっ。やべ、戻らないと。」
間抜けな声を出し、振り返り走り出した瞬間、物凄い勢いで迫ってくる物体が目に入る。それが車だと理解したのは、衝突した瞬間だった…
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「……すいませーん?一之瀬柊斗さーん?聞こえますかー?………聞こえてんのかっつってんだろうが!」
「ぐへぇ!!?!?」
そこで俺は頭に感じた強い衝撃で目を覚ます。どう考えても車に跳ねられた痛みでは無い。この声の主にゲンコツ食らったのだ。
「…いてててて、あれ、ここは?そしてあんた誰!?」
「そうですねぇ、死んだ後に送られる白い世界?みたいなとこですかね?そして、私は女神です。まあ、アレです、お約束みたいな感じですかね?」
とても女神とは思えない砕けた口調で説明する女性。…っていうかなんで疑問形?…っていうか……
「俺死んだ!?マジで言ってる!?」
「ええマジですとも。この先の展開も、あなたなら分かると思います」
「まさか、異世界転生?…マジであったのかよそんなもん…胡散くせえ…」
女神さんは呆れた口調で説明を続ける。
「あるんだから仕方ないじゃないですか。今、救世主が必要な世界があります。貴方には、その世界を救って頂きます。もちろん、そのための力をお渡しします。その力とは…」
女神さん(自称)の言葉を遮り、叫ぶ。
「チート能力で無双!だろ!?」
「いえ、無双は出来ません。」
「………?」
予想だにしない女神さんの返しに一瞬固まる。
「ちょっと待て?チート貰えないのか?無双は?」
「確かにスキルはあげますけど、それで無双は現実的では無いです。代償の掛かったり、地味な能力しかありませんので。」
「…んー…何も貰えないよりマシなのか??」
「まあそんなところです。今能力が品薄で…2つしかないんですよ。なのでどちらかチャチャッと選んでください。」
2つ?今この人、2つしかないって言ったのか?どういうこと?
「2つ!?ポ〇モンでも3匹の中から選べるぞ!?2つって…」
俺の抗議の言葉を遮り女神は強引に説明を続ける。
「1つ目は、《蹴術》セットです。」
こいつ、話聞かねえな!
「蹴術っていうと、蹴りで戦うってことか?」
蹴りかぁ…地味だなぁ……
「はい。この《蹴術》は、これから行く世界では、珍しくはありますが、普通のスキルです。ぶっちゃけ地味です。」
「それ、ここで貰う必要ある?」
「まあ、最後まで聞いてください。《蹴術》は《蹴術》でも、だいぶ特別なものです。本来の、《蹴術》は、ソレ自体がそういうスキルであって、精々人より数倍、蹴りを上手く使い立ち回る。と言ったものですが、ここのものはスキルが成長します。」
「…んー、いまいち理解が追いつかないんだが、ここの《蹴術》は、特別なものって認識でいいのか?」
「ええ、それは実際に使ってみて理解していただければ結構です。2つめは、《虚加》セットです。このスキル《虚加》は、ステータスの値を一つだけ限界をはるかに超えて強化することが出来ます。」
「はーい、それって普通にチートなんじゃないですかー?」
「…言いましたよね?『代償がかかるものがある』と。あなたの体は、その強化に耐えきれず、反動ダメージを確実に喰らいます。」
「欠陥品じゃねえかよ!?」
「そうです。それが何か?」
「大問題だよ!!そんなんだったら《蹴術》に決まってんだろ!怪我したいわけないだろ!?」
「そうですか?…まあいいです。《蹴術》でいいなら。じゃあ行ってらっしゃーい。」
言うと同時に俺の足元に魔法陣のようなものが現れる。
「おい!ちょっと待て!色々納得出来ないんだが!?話を聞けーーーー…………」
「ばいばーい」
はぁ?ちょっ、お前!次会う時覚えとけよ!まあ次会う時は死んだ時なんだろうけど。まあいいかあんな女神のことは置いとこう。とりあえず異世界だ!夢と希望の異世界だ!
「って、なんか変な建物に出たけど、どこだここ?」
俺がキョロキョロと周りを見渡していると、ポカンとした顔でこちらを見ている赤色の髪をした、美少女と目が合う。
「第一村人…さん?あのー…すいません?ここって異世界のどこですか?」
「……貴様、どうやって我が獄王城に、それも大王の間に入った。」
「へ?」
どういう事?獄王城?大王の間?なにその裏ボスっぽい名前。俺、転生したばっかりだよね?もう裏ボス戦?ヘルモード過ぎない?
「どうやってここへ来たとて、まあどうでもいい。我がチカラの元に散れ。」
言うと同時に大王さんの掲げた手の先に、光の玉が集まっていく。これヤバくないか?
「ちょ!!待って!待ってください!嫌だぁぁぁぁぁあ!!!」
「……………お前も、ダメだったか……」
侵入者の消えた大王の間、いや、我を縛り付ける地獄に、消え入るようなか細い声。もう、ダメなのかもしれない。叶わないのかもしれない。我がここから解放されることなど……
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「おい、このヤロウ。」
「……?」
そうして目を覚ましたそこで、俺は目の前の敵を睨みつける。コイツは本当に何なのだろうか?人の話を聞かず、転生させるし、「《蹴術》セット」って言ってたくせに、セットの内容教えてくれねえし。挙げ句、裏ボスの元に転生させて、死ぬし。こいつ、クビにした方がいいんじゃないか?
「……なにか、忘れ物ですか?」
貼り付けたような笑顔で、一応女神っぽい体裁を保った口調でいう。
「裏ボスのところに出たんだが?」
「……へ?」
女神の顔面から、笑顔がスッと消える。どうやら、ミスらしいな。よし、上司に怒られろ。クビになれ。
「あと、セットの中身の事なんだが…」
「お話は聞かせて頂きました!」
俺がもう一つ文句を言おうとしたら、知らない声に遮られる。
「ヒィッ!!」
女神が怯えてる。上司かな?上司さーん、こいつ、クビにしてくださーい。
「■■■、貴女、次は無いと言いましたよね?もう見過ごせませんよ?」
ん?今この人、女神の名前なんて言った?聞き取れなかったんだけど。っていうか、俺以外にもこの女神の被害者がいたんだな。なむさん。
「ごめんなさいごめんなさいゴメンナサイ!ほんっと〜に!反省します!どうか、どうかーー!」
「いけませんよ、■■■。もういいです。この方には、私から、説明をさせて頂きます。」
「あっ、お願いしまーす。」
「えぇ、勿論ですとも。私はあそこのバカタレとは、違いますので。」
「バカタレ…バカタレだって……ぷっ」
「びぇぇぇーーーーん!!人間の癖に、私を笑うなーー!」
パチン!
上司さんが指を鳴らすと、女神はいきなり消えた。滑稽だったな。
「それでは、説明を。何から聞きたいですか?」
「《蹴術》セットの中身知りたいでーす。」
「はい、《蹴術》セットの中身は、割と普通です。スキル《蹴術》、《普通の服》、《普通のズボン》、《普通のブーツ》、この4つが、《蹴術》セットの中身です。」
「普通だなオイ!俺、そんなもん選ばされたのかよ…」
何がチートだよ。ただの一般人じゃねえか。マジでふざけてんな、あの女神。一生泣いてろ。
「ええ、そして、あなたの選択は、既に魂に刻まれてしまったので変更出来ません。」
「マジか、あの適当女神野郎、ふざけやがって…」
「そうなのです。そして、あの適当野郎がもっとふざけているのは、スタート地点です。」
「転生即裏ボスに殺されるあの場所か。」
「ええ、あの場所も、貴方の魂に刻まれてしまったので、貴方が転生する場合、あの場所以外に行けません。」
「…理解が追いつかない。つまり、俺は、何度ここに来ても、リスキルされ続けるってことか?」
おい俺の人生は、そんなに鬼畜なのか?俺、何か悪いことしたか?あの女神はマジで何しやがってんだ。
「ええ、だからあの野郎はそれほど大きなミスを犯したのです。」
「クビになって当然だな。」
「はい。ですが、このまま永遠にリスキルされ続ける人生というのは、よろしくない。なので、コチラの方で、補填をさせて頂きます。」
「さすが上司さん。分かっていらっしゃる。」
当たり前だ。これが本来あるべき女神なのだ。あの適当ぶりが許されていいわけない。
「補填の内容は、もうひとつの選択肢、《虚加》セット、それを追加で与えるのと、《鑑定》スキル、そしてあの”裏ボス”対策で、《リセットの首輪》を与えましょう。首輪を持って『発動』と、唱えてください。そうすれば、0.1%で相手を無力化できますので。」
「0.1%!?そんなもんどうやって付けるんだ?相手は裏ボスだぞ?Lv.1で敵うはずないのに、0.1%なんて…」
「ええ、ですから、《虚加》で、LuKを上げまくってください。そうすれば例え成功率0.1%でも、限りなく100%に近づくでしょう。」
《虚加》、役に立つんじゃねえかよ。
「なるほど、わかった。ちなみに《虚加》セットの内容は?」
「《虚加》セットは、スキル《虚加》Lv.1、《漆黒のマント》、《悪魔のグローブ》です。」
「なんかすげー強そうだな!?蹴術とは大違い過ぎないか?」
「《漆黒のマント》は特殊効果なしのただのオシャレ、《悪魔のグローブ》は、PeW+10です。」
「ショボ!!なんだよそれ!結局蹴術とどっこいどっこいじゃねえか!」
一体このセットを考えた人はどういう思考をしてるんだろう。
「そうなんです。こればっかりは私ではどうしようもありません。ご容赦ください。」
「まあ、前の女神よりいい応対してくれたから許す。」
「ありがとうございます。…他に聞きたいことなどありますか?」
他は…んー、粗方聞いた感じがするが、あ、そうだ。
「あの女神の名前は?」
「■■■のことですか?」
「だから、聞き取れないんだって、そこだけノイズが走るって言うか、」
「ああそういう、ならば……あー、あー、これで、あいつの名前はラミアです。聞こえましたか?」
「ああ、聞こえたよ。ラミア、ね。ありがと。それにしても、なんで聞き取れなかったんだ?」
「それは、色々あって言えません。ごめんなさい。」
まあ女神たちも色々あるのだろう。そこは詮索するつもりは無い。
「あ!大事なこと忘れてた!一番大事なこと!」
「はい?」
そうだ、忘れてた!1番大事なことを!俺の生き甲斐だったじゃないか!
「母さんは!?ちゃんと生活できてるか?」
俺の問いに、女神さんは、優しい笑顔で答える。
「ああ、そういう事ですか。大丈夫ですよ。大人は貴方が思うほど弱くないです。」
「そっか。よかった。」
「ええ、それではこの位でいいですかね?そろそろ異世界にお連れしましょう」
「おう、色々教えてくれてサンキューな。」
「いえいえ、それほどでもないですよ。それでは、お気をつけて。」
俺の足元に、魔法陣が現れる。うん。さっきのラミアの時と違っていい感じだ。最初からこうしていれば良かったものを。
気を取り直して、Let's異世界!打倒裏ボス!
あ、上司の名前も聞けばよかった。
今回はここまでです!
作品は毎週日曜日18:00に更新します!
是非また読みにきてください!