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【短編】異世界恋愛!

幼馴染は、たぶん悪役令息で病み可愛い。

作者: ぽんぽこ狸




 私、レティシア・バシュラールは転生者である。


 しかし、だからと言って親という絶対権力者に勝てるわけではない。ファンタジー世界に転生したはずなのに魔法もつかえないし、何か特技があるわけでもない普通の伯爵令嬢だ。


 普通というかむしろ普通よりも劣っていると言っても過言ではない。


 何故なら、伯爵家跡取りの地位でありながら十七歳になっても婚約者が決まっていないからだ。


 非常にまずい状態なのだ。


 結婚したい相手もいないし、そもそも写真ですらない肖像画を見せられたって、出会い系アプリのアイコンのようにいくらでも美男に加工できるのに信用なんてできるわけもない。


 そんなものを見て人を選ぶなんて恐ろしい事やりたくない。


 そもそも婚約を申し込むのなら、直接会いに来てほしいと思うのだが、跡取り令嬢に嫁ぎたい貴族の令息は山ほどいて、競争率が高い。


 だから多くの令嬢に同時に求婚して何とか誰でもいいから結婚しようとしているらしい。


 それを聞いてもう萎えた、超萎えである。なんだその当たればラッキーみたいな婚活は。


 ありえないだろう。


「はぁ~~」


 しかしそんなことを言っていたらいつの間にか十七歳。

 

 成人してしまった。


 このまま結婚相手が見つからないなんてことは一生の恥であるし、子を残さなければならない女性貴族が爵位を継ぐためには配偶者が必須だ。


 お家の為にも婚約者を選ぶまで絶対に部屋から出さないと母様に言われて、私の座っているテーブルの四方に婚約者候補の肖像画がずらりと並んでいる。


「レティシア! そんな風にため息をついて、はしたないですよ。きちんとなさい!」

「でも母様~」

「でもでも言ってないで、婚約者候補の情報に目を通しなさい!」


 向かい合って座っている母様は、次から次に婚約者候補のお見合い肖像画を開いては閉じてを繰り返している。


 パタパタパタパタ次から次に中性的な美男が流れていく。もう人の肖像画を見すぎてゲシュタルト崩壊を起こしそうであった。


「うっ、うう~~。もう見たくない、結婚なんてしたくないよ~」

「馬鹿言ってるんじゃありません! まったくこの子は本当に一体誰に似たんだか!」

「……」

「結婚は女の義務ですよ! きちんと男性と一緒になって初めて立派な貴族になれるんです!」

「……」

「だいたあなたはいつもいつも、家族を困らせて……」


 私がぐずぐずと文句を言っていると、母様はくどくどと文句を言い始めた。


 たしかに、私はそこらの普通の女の子よりもよっぽど育てづらかっただろう。


 いろいろと混乱していた時期もあったし、前世と違いすぎて戸惑うこともあった。


 それでもここまで大きく、小言を言ってもらえるぐらいに普通に家族として育ててもらえたのは母様の深い懐のおかげだ。大変感謝している。


 しかしながらやっぱりこの結婚に関する価値観だけはどうにもいただけない。


 私にとって結婚は好きな人とするものだ。少なくともこんな風に肖像画から見目のよさそうな人を選んでじゃこれで!と決めるようなものではない。


 そう考えてしまうのは、前世の記憶のせいで、郷に入っては郷に従え、こちらの世界のルールに従って結婚をするべきだということもわかっているが、やっぱり選ぶとなると難しい。


 ……それでも、あてずっぽうで決めて後は流れに身を任せる感じにするでも……。


 結局、肖像画の情報など信用ならない、どんなに吟味しても同じだ。それならばいっそ時の運に任せるのも悪くないかもしれない。


 そう考えて、そばにあったお見合肖像画を試しに開いてみた。


「そうそう。まずは自分から興味を持つことが重要ですよ、レティシア。どれどれ、彼のどこが気になったのか……ってあら、奇遇だわ」


 するとそこには見覚えのある笑みを浮かべた、さわやかな緑の髪の青年が描かれていた。


「カルリエ公爵子息ではないですか」

「アンリ」


 彼は、アンリ・カルリエ。私の可愛い幼馴染だ。


 こんなにイケメンに描いてもらって、家族が随分気合いを入れて婚約者を決めようとしているらしい。


「……え、あれ? でも何で私の婚約者候補に? 母様。彼は跡取りだったはず……」


 まじまじとその肖像画を見ながら母様に問いかけた。すると少し表情を曇らせて、口を開いた。


「そうですね。以前、あなたと婚約していた時にはカルリエ公爵跡継ぎとして遇されて居ましたけれど……王族や聖女に対する数々の問題行動を起して現在は爵位継承の資格なしと判断されて跡継ぎの地位を下ろされたそうです」

「……おろされたってそれってよっぽどの……汚点というか、婚約者なんて決まらないんじゃ……」

「ええ、公爵家側も手当たり次第に婚約を申し込んでいるらしいですよ」


 考えるように母様は頬に手を当てて困った事よね、といった具合に難しい顔をした。


 しかし私はそんな程度の衝撃ではなかった。


 だってつい先日魔法学園から帰省してきたとき、普通に会っていたのである。


 あの時は平然と学園の話をしてくれていたし、相変わらず酷い隈だったけれども元気そうにしていた……ような気がする。


 あ、いや……若干なんだか普通じゃない様子も感じたけれど……どうだっただろうか、お土産のガラス細工に夢中になっていて碌に彼の話を聞いていなかったのではなかっただろうか。


「とりあえず彼は、婚約者としては不適格ですね。……いくらウィリアムが生きていたころの貴方の婚約者だとしても、召喚された聖女と王子殿下との婚約に首を突っ込むような人は、今後何をするかわかりませんから」


 そうなのだ、実は私には兄がいた。


 しかし、もうずいぶん前に病気で死んでしまった。


 それまでは、今とは逆の状況でアンリが跡取り、私が嫁入りするという話でカルリエ公爵家との婚約が成立していた。


 けれど兄が死んで、私が跡取りになることが決まると婚約が破棄されて、お互いに幼馴染という関係性に戻った。


 だから彼は私の元婚約者なのだが、そんなことよりも母の言ったことに妙に既視感があって、私は手元にあるお見合肖像画を焦ってぱたぱた開いたり閉じたりしながら嫌な汗を掻いた。


「あの、母様~。つかぬこと聞くんだけど……召喚された聖女様っておっしゃいました?」

「ええ、いつも王都から帰ってきたときにキチンと話しているでしょう? 二年ほど前に異世界から女神に魅入られた聖女アリスが召喚されましたでしょう」


 ……初耳だ。……言ってたか?


 言ってたような言ってなかったような?


 あ、そうだお土産の工芸品にいつも夢中になっていて聞いてなかったかもしれない。


 私は間抜けなんだろうか。


「聖女アリスは愛の女神の聖女であり大変力の強い聖女ですから、ベルトラン王子殿下との婚約が決まって、加護が彼につくように共に学園で共同生活を送っているのです」

「……」

「しかし、それを妨害するような行動を注意しても続けるアンリは王族から睨まれ加護を横取りしようとしているのではないかという疑惑まで出回っています……聞いていますか。レティシア、元婚約者が不憫なのはわかりますけれど、理解できたでしょう? あなたの理想の結婚生活には程遠い人です」


 そのシナリオは、あまりに聞き覚えがある。


 というか見覚えがある。


 喉がひゅっと音をたてて激しい動悸がした。


 この世界の真相に気がついたというよりも、この世界の真相にボケーっと生きていて気がつかなかった自分のあほさに息をのんだ。


 これは流石に間抜けすぎる。


 二年も前から原作が始まっていたというのに私は結婚したくない〜といいながらのほほんと日々を過ごしてしまっていた。


 しかし、間違いない。この世界は……。


 ……小説『異世界の国のアリス!』だ!!


 大方のあらすじは母様が言った通りだ。というかそこまで情報が世間に出回っているということは終盤も終盤だ。


 前世ではまっていた恋愛小説であっただけに、一度思い出すとすんなりと内容を思い浮かべられる。


 異世界に突然召喚された日本人の有栖さんが、普通に名乗って苗字を名前と勘違いされて聖女アリスとして活動していく学園恋愛長編小説。


 大筋の恋愛は、愛の女神の聖女の加護は愛した人間に加護が発動し、能力の底上げがされるというもの。


 婚約者になった王子ベルトランとともに本当の愛を探して奔走する。甘酸っぱい青春の恋模様を繊細にえがいて女性読者を虜にしたあの小説だ。


 そしてその真実の愛に目覚めるまでのお邪魔虫もとい、悪役令息であるアンリ・カルリエは異常な執着を見せてアリスに付きまとう。


 ……あ、あ~~~~!!! アンリ、アンリ!! あのアンリじゃん!!あなた、アンリだったのね??!!


 突然の情報に頭が爆発しそうになって、私は思わずテーブルを拳でだんだんと叩いた。


 母様がぎょっとして、それから突然異常行動をとり始めた私に戸惑いながら手をわたわたとさせている。


 突然の事態に様々な感情が渦巻いて、目が回りそうだった。


 何がどうなって小説世界に転生してしまったんだとか、ではこの世界は架空の世界なのかなど考え事が頭をよぎったが、それよりも気になることがあった。


 それは前に会った時アンリが言っていた……。


『意地を張って他の男と婚約してしまった女性を振り向かせる告白の方法ってないかな?』


 と、言う言葉だ。


 それを彼が友達の話なんだけど、と前置きをしていたので私はそれに、いっちょ前世の知識で役立ってやりますか!とノリでこう言った。


「ふふふっ! 吊り橋効果というやつがあってね!」


 と、自慢げに危険な告白の方法を伝授してしまった。


 それはまごうことなく、原作のクライマックスに登場する屋上での脅し告白事件である。


 高い所とか、怖い目に合っているときに告白するとドキドキして、その動悸を恋と勘違いして告白の成功率が上がるんだ! なんて丁寧に説明してしまった。


 怖い事と高いところ両方を組み合わせてアリスを屋上に呼び出し、ナイフで脅しながら好意を告げる。


 すると、その事態を聞きつけたベルトランがやってきて、突き落とすと脅しているアンリを逆に屋上から突き落として事なきを得る。


 一応アンリは死なない。あれでも風の魔法を使う貴族なので。


 しかし、社会的に死ぬ。


 屋上で王子を切り付けてしまったので普通に捕まって貴族の地位を奪われて、咎人として幽閉される。最後は正気を失って自殺。


 それが彼の運命だ。


 後味が悪いけれど、アリスは彼の事を見捨てずにいて、幽閉されてからも手紙を送ってやったり励ましてやったりして更生させてあげようと努力していた。


 それでも彼女の優しさが通用しなかったのにはもう一つ原因があった。それは単行本のおまけとして、アンリの最後のアリスに送った手紙という体で語られた。


 ……っ、その手紙を読んで、前世の私は泣いた。


 猛烈に泣いた。


 文章が丁寧で元は、とても聡明で優しい男の子だったのだな、とか、狂ってしまっただけでアンリもベルトランもアリスも誰も悪くなかったんだと、胸が苦しくなった。


「母様……」

「……ど、どうしましたか」

「私」


 ……しかし私の解釈は間違っていた。彼は、狂ってしまったのではない割ともとからああいう性質だ。


 一度手に入れたものを手放すことが大嫌いな独占欲の塊みたいな男だ。


 昔に気に入っていたくまの人形を両親に取り上げられた時には魔力欠乏で意識を失うまで魔法で暴れ続けて屋敷を半壊させたような人だ。


 ちなみにその話を聞いて私は、やべぇな。と思った。まぁ、良いのだそうではなく。


「アンリと結婚する」

「なっ、話を聞いていなかったんですか? 彼は、聖女アリスに執着し、レティシアの望むような結婚生活を送れませんよ」

「いいの。それ以外絶対にアンリが報われることないんで!」

「何を言って……」

「それに、ここに肖像画があったっていう事は父様は了承しているはず! 絶対に後悔も、変更もしませんすぐ結婚する!」

「……」


 彼を婿に取る以外に手はない。


 この世界の真相に気がついたばかりだったが、それよりもずっと時間がないという事の方が私を突き動かしていた。


 私の言葉と剣幕に、母様は気おされたように押し黙った。


 けれどもそれからはぁっと大きくため息をついて「そこまで言ったからには後戻りできませんよ」と呆れるように言った。


「ありがと! 母様! じゃあさっそく行ってきます!」

「ちょ、どこにですか?!」


 お許しが出てすぐに、私は立ち上がって、母の部屋の出入り口に向かって駆け出した。


 母様の声が後ろからかかって「魔法学園!」と大きな声で返事をして身一つで屋敷を飛び出した。






 屋敷に常駐している御者さんに頼んで急いで馬車を出発させてもらい、王都にある魔法学園に向かった。


 魔法学園は全寮制の特別な学園で普通なら生徒と教師しか入れない閉ざされた世界だ。


 しかし、小説の世界だとわかった私は、ベルトラン王子とアリスが二人で使っている秘密の抜け道の存在を知っている。


 それを使って彼らはこっそり抜け出して街で遊んだりする。そういう使われ方をしている場所だ。


 そこをこっそりと抜けて中へと入った。


 まったく知らない場所のはずなのにこそかしこでベルトランとアリスの思い出が自分の事のようによみがえる。


 アニメの聖地巡礼をする人の気持ちが今わかった。これはその思い出に自分も登場しているような錯覚を感じられて何というか楽しい!


 ……じゃなくてっ、えっと、さっき正午の鐘が鳴っていたから……。


 彼らはきっとお昼時だろう。校舎の方ではなく食堂にいるに違いない。


 そう考えて周りの生徒に不審な目で見られながらずんずんと中庭を進んだ。きっと教師につかまるのも時間の問題だ。


 なんせ指定の制服も着ていない部外者なのだ。


 その前にとっとと用事を済ませなければ。


 すれ違う学生たちは皆キラキラ輝いているように見えて、魔法持ちはこれだから! とこちらの世界に来てから溜まっていた僻みから顔を背けつつ食堂の大きな木の扉を開いた。


「いやぁぁ!!!」


 すると途端に大きな悲鳴が響き渡って、突然の事に耳がキーンとする。


 声のした方を見ると綺麗な黒髪ボブの可愛い少女が顔を青くして立っていた。


 ……アリス! あれがアリス?! 顔ちっちゃ、目おっき、肌しっろ!!


 バカみたいな感想とともに彼女の足元に食事が散乱しているようにおちていて、どうやら誰かとぶつかって落ちたような状況ではないことが分かった。


 しかしアリスが注目を集めてくれたおかげで、私服の生徒でもない人間が食堂に勝手に入ってきた来たという事実については、誰も気にしてない様子だ。


 このままこっそりとアンリを探そう、そう考えた矢先、アリスが続けて叫んだ。


「すすすっ、すーぷ!!色が、色が違う!!」

「アリス? スープの色? よくわからないけれどベルトラン王子をよんでくるわ!」


 アリスの隣にいた友人が急いで高貴な身分の人が使う二階席の方へと走っていく。


 それからアリスの言葉に周りの生徒たちは、大理石の床に広がったアリスの落とした食事に目を向ける。


 アリスのそばには、彼女を心配して同じ女性の平民や貴族が集まって、どうしたのと優しく説明を求めていた。


「いいっ、いやぁ!! もういやっ、今までにも何度もこういう事があったの!! 何度もっ何度もっ!!」

「聖女アリス、落ち着いて、大丈夫ですわ」

「そうです。一度、ここを離れてベルトラン王子殿下に相談したしましょう?」

「っ、はぁっ、はっ、あああっ」


 宥められてもアリスは取り乱した様子で声を漏らす。


 こっそりと食堂を移動していた私は、聞き覚えのあるやりとりだと気がついて再度彼女たちに視線を向けた。


「そうだよ。アリス、そんなに怖がらなくてもいいじゃない。せっかくボクがスープに特製シロップ足してあげただけなのに」


 そこには制服に身を包んだ狂人、もといアンリがいた。


 彼は背ばっかり高くて異様に存在感があるのに、顔つきは女性のようにきれいで、肌は雪のように青白い。


 神経質すぎて常に寝不足なので酷い隈で、下瞼にアイラインでも引いているのではないかという狂人らしい風貌をしている。


 今朝がた見た素敵な肖像画の青年はどこにもいない。やっぱり肖像画を見て婚約者を決めるなんて馬鹿げた手段だと思う。


「アンリッ、やっぱりあなたが!! どうしてこんなことするの?! どうしてこんな嫌がらせ!!」

「嫌がらせ? 違う違う、愛情表現だよ。ボクなりの。早くボクに素直になってボクを愛してよ、アリス」

「うそっ、絶対嘘!! ていうか何入れたのよ!!」

「え……見ればわかるよね」


 言いながら彼はにっこり笑って口元に手を持ってきた。その手には彼の愛用のナイフとあと多分自傷痕がついていて血がだらだらと垂れていた。


 ……あーあ。あ~~~。あぁ……。

 

 まずい、彼が屋上での告白をやらかす前に捕まえておこうと思ったが、アレの次にやっちゃいけないイベントに突入していた。


 ……アンリィィィ~~~。


「見ればって……うぷっ」


 アリスは口元を抑えてぐっと眉間にしわを寄せた。それにアンリはとっても嬉しそうに反応して、彼女の元へと歩み寄った。


「それ以上、アリスのそばに寄らないでもらえるかな。カルリエ卿」


 しかし、やっと到着したベルトラン王子が彼女とアンリの間に入って庇うように手を広げた。


「王子殿下……随分、急いでいらっしゃったのですね」

「アリスを守るためにな」

「ではお席まで戻っていただいて問題ありませんよ。アリスを害する人間なんていませんから」


 平然とアンリはそういってのけて、ベルトラン王子越しに彼女を見る。


 その状況に、私はこんな中に突っ込んでいくのは大変不本意であったが、これ以上やらせてはまずいと思う。


 ……いや、まぁ、この話、一応本当にシロップなんだよね。特製の。


 アリスが甘いもの好きだと聞いたアンリの善意のいちごシロップなのだ。見ればわかるってのは色が変わるから。


 ついでに自傷してるのはただの自傷だ。深い意味はない。


 ……流石に異物混入はしていないのだが、していそうなこのアンリの狂人っぷりに読んだときはぞわわとしたものだ。


 その時は単に気持ち悪い人もいるのだなと思ったが、これが今では馴染みであるのでそんなことを言っていられない。


 彼らからすれば間違いなく嫌がらせだ。お咎めを受けることになってしまう。


 ……この後、アンリが、さらにアリスに追い打ちをかけて、アリスが拒食ぎみになって看病イベントが発生したり、二人で料理をしたりしてベルトランとアリスはより仲良くなるが、アリスが精神的に傷つけられているのは確かだ。


 どう考えてもやってはいけない事だろう。


 気合いを入れるようにぐっと拳を握って、私は言い合いをしている彼らの元に駆け出した。


 この状況で食堂全体の視線を集めている場所に突っ込めば、確実に不法侵入で処罰されるが、私の婚約者に戻ったアンリに、これ以上の罪を重ねさせるわけにはいかなかった。


「何を言っている、君がいる限り私はアリスのそばを離れるわけにはいかない」

「仰っている意味が分かりません。同じアリスを好きな者同士ではないですか」

「お話し中、失礼します。王子殿下!!」


 とりあえずことわりを入れて、私は走って突っ込んだ勢いのままアンリにしがみついた。


 それからぐっと耳元に口を近づけて「私たち結婚しよう!!」と声を大にして彼に言った。


 理由はいくつかある。


 アンリは何かに集中しているときには人の話を聞かないし、眼中にない人間は視界にも入らない、という事。他には、丁寧に割って入っても王子殿下やその他生徒に不法侵入者だと騒がれると困ること、色々あった。


「アンリ!!! 」


 地に足をつけて彼の顔をぐっと引き寄せる。身長が大きいのでかがませるようにすればきちんと目が合った。


「……」


 アンリは少しキョトンとして、それからゆっくり首をかしげて「レティシア」と私を認識した。


「私、あなたと結婚する。すぐに祝言をあげるから学園は休学して婿入りの準備を始めてね!!!」

「……」

「あと、とりあえず、もうこういう事しちゃだめだよ?! ほんっと取り返しつかなくなるから!!」


 両肩を掴んでガシガシと揺らすとアンリは呆然とした様子で揺らされてから、傷のついた方の手をおもむろに私に向けて、項に触れて私の短い金髪に触れた。


 さらりと髪生え際をなぞってそれから、大きな体をかがませたまま上目遣いで「本当?」と聞いてくる。


 それに深く頷いてから、私はベルトラン王子とアリスに向き直った。


 アンリからの謝罪が一番必要なのはわかっているが今できる精一杯は、このぐらいだ。


 私は前世で一度もやったことがない最上位の謝罪の意を表すポーズを繰り出した。


 つまりは土下座である。


「此度は、私の婚約者が大変申し訳ございませんでした!」


 食堂の大理石の床に頭をこすりつけてめり込むほどに誠心誠意頭を下げた。


 それにこんなにたくさんの生徒がいるのに誰も反応を示さなかった。彼らにとってこれはただの変なポーズなので、それはそうだろう。


 しかし、ただ一人「え、嘘」と驚いた声をあげる。


 それからその場が、大混乱の渦に巻き込まれた。


 絶対に私が同じ召喚された聖女だと決めつけるアリス。それから何が何やらわからないそもそも私が誰なのか知らない王子。早く祝言をあげたいアンリ。


 急展開についていけない生徒たち。


 結局私は教師につかまり、様々な審問を受け、色々と大変な思いをしたが、何はともあれアンリの破滅のシナリオは途中で回避できたのだと内心はホッとしていたのだった。







 アンリと結婚するまでの間、それはもう忙しかった。


 彼がやった事について方々謝罪に向かったり、教会から何らかの聖女ではないかと疑いをかけられて身体検査に向かったり、それはもうやることがたくさんあった。


 聖女では、という疑いが晴れてからも、今度は申請をして学園に入りアリスに謝罪に行った先では、やっぱり同郷ではないかと疑われて色々と困った。


 しかし今ではそんな彼女も文通友達だ。


 これで学園に復学したアンリが何か暴走するようなことがあれば、すぐに対応できる。


 そんな思惑があってアリスと手紙のやり取りを続けていたのだが、目の前にいる彼を見ているとそんな必要もないような気がしてくる。


「ねぇ、レティシア。ボクが学園にまた通うようになったら、君はボク以外の人間と過ごす時間がぐっと増えると思うんだよ」

「……」

「そうなったら一日のうちに一番考えたのがボクの事じゃなくなると思うんだけど」


 彼はなんだかよくわからない事を言いながら、テーブルの向こうから私をじっと見つめていた。


 当の私は、ここ最近王都にいく機会がたくさんあったので、王都で仕入れてきた可愛い雑貨を並べて右から左に眺めてから、なんとなく並び順を変えたりしていた。


「そうなると、その男を殺すか、ボクが君を殺すかしかなくなるじゃん?残念だけど。でも名案を思い付いたんだ」

「……」

「ボクが学園に行く前に君の目を潰しておけば、最後に見た僕の顔が一番印象に残って一番思い出せると思うんだ。そうすれば学園に行っても問題ない」


 ウサギの木彫りの人形と、カエルのガラス細工を交代させるとしっくりくる。


 この並び順でキャビネットに飾るのがいいだろう。


 ……とまぁ、それはいいとして、アンリはこんな調子だ。彼はアリスにも謝罪をしたし、昔のように私に気持ちが戻ったらしい。


「誰の顔もその瞳にはうつらないし、本当は声だって聴いてほしくないけれど、そうするとレティシアが生活するのに苦労してしまうだろうから我慢だね」

「……」

「いつかその耳も切り落として君の感覚器官すべてを奪ってボク以外感じられないようにしてしまいたい」


 普通の人が愛の言葉を言うみたいに、アンリは変なことを言ってへらりと笑った。まったく可愛い笑顔だ。


 ところでアリスには、どうしてアンリがまだ私に気持ちがあるとわかったのかと色々と聞かれた。


 その理由は物語の終盤に明かされるアンリの気持ちが書かれている手紙だ。


 手紙のまま、彼の気持ちを言ってしまってもよかったが、あの手紙、こうして私が転生するまで気がつかなかった、勘違いを誘発させるものになっていた。


 手紙の内容はこうだ。


 『親愛なるアリスへ。


 まずはベルトラン王子殿下との結婚おめでとう。


 色々なことがあって、君と王子との結婚を邪魔するような形になってしまっていたけれど、こうして時間を置いて会えない期間が続くと君の吉報を聞くだけで、喜ばしい気持ちになってしまいます。


 貴族としての地位も失い何もかも無くなったボクに、手を差し伸べ続けてくれるような優しい君が幸せな結婚をできたこと心から嬉しく思います。


 けれどこの手紙と共に届く情報に、きっと優しい君は心を病ませるかもしれない。


 だからその心の苦しみを少しでも和らげることになればと思い、筆をとりました。


 少し昔の話を書こうと思います。


 ……ボクの暗闇はある人が亡くなったことによってはじまりました。


 こんなボクにも昔は、素敵な婚約者がいたんです。君のように髪が短く活発で優しい婚約者が。


 名をレティシアといいます。


 しかし彼女はもう僕の手を取ることは無い、優しい笑顔をボクに向けて共に未来へと歩んではくれない、そう考えると何もかも真っ暗で先が見えない気持ちに不安が募っていきました。


 しかし、アリス、君が現れて、彼女と歳の同じ雰囲気のよく似た君はとても美しく見えて、面影を求めて幻想を信じ様々な行動に出てしまったんです━━━━



 ここからは、小説での思い出をたどるような長い言葉が手紙につづられていて、なんだかんだと言って楽しかった学園生活を思い出し、アリスは王宮での窮屈な生活を比べて涙をこぼす。


 そんなシーンだ。


 それから、また、学園生活のように、まずは自分が楽しんでいかなければと気合を入れ直して物語は終わる。


 ……うん。いいエンディング……だけどその前に!!!


 私、生きてる!!!


 そして確かに、私が死んだとはどこにも書いてなかった!


 しかし、書き方的に、幼いころからの婚約者レティシアが死んでしまったせいで、彼は希望を見失って髪の短い主人公に猛烈に執着していた。


 そんな風に解釈してしまっていた。


 だからこそのあの狂人っぷり、だからこそのあの奇行、激しい思い込みがあったのだと思っていたがまったく違った。


 生きてるし、アンリは元からこうである。可笑しいのだ色々と。


 というかなんだろう。


 私の事、髪の長さで認識してるのだろうかこいつは。


 ボブカットなら皆、レティシアだと思うのだろうか。条件反射かって。


 頭の中でツッコミを入れていると、ふいに彼の手が顔に触れて視線をあげると片目の瞼を優しくなでられた。


 思わずつむった目の上を指が少し圧迫しながら移動する。


「ひと思いに潰してしまえばきっと痛くないよ。レティシア。一生介護してあげるから生活の事は安心してね」

「……」

「無言って事は、いいって事だよね。嬉しいな」


 頬を紅潮させて喜ぶ彼に、私はつい不機嫌な声を出して言った。


「目がつぶれたらアンリの顔も普通に忘れるよ」

「え」

「耳もなくなったらアンリの声から忘れるから」

「ええ」

「だから復学したらさっさと卒業して、早く戻って来ればいいじゃん」


 アンリが嫌がることを言えば、それは困ったとばかりに彼は驚いて、ぱっと私から手を離す。


 あんまり放置するとやりかねないが、ちゃんとかまってあげればただの変な人だ。


「……でも、君がボク以外の事を考えて一日を終えるのはやだよ」

「じゃあ寝る直前にアンリの事を考えとく」

「あ、それいいね。ボクもレティシアの事考えながら眠るよ」


 適当に言っただけなのに、彼はそれをとても嬉しそうに受け入れて「サイドテーブルに君の肖像画を置こうかな」なんて言う。


 愛が重くて、執着深くて、病んでいるが、それでも私の可愛い旦那様だ。


 くすりと笑ってアンリを見る。


「君をかたどった彫刻でもいいね。これみたいに」


 言いながら私のウサギの木彫り人形を手に取る彼に、そんなものを作らされる職人が可哀想だと思ったが続けて言う。


「なんなら君本体がいいなボク。レティシアの体の一部を切り落として夜そばに置いておく用として持ち歩きたい」


 ……また、バイオレンスな方向に……。


「腐るよ」

「加工すればいいよ」

「いや、加工した私は私じゃない」

「そう?」

「うん」


 風の魔法も持っていて、大概なんでもそつなくこなす癖にどうしてこんな病んだ愛情表現しかできないのかは謎だが、病み可愛いので良しとしようと思う。


 真剣に他の手段を考える彼に手を伸ばして頭を撫でた。


 さらりとした緑の髪が心地いい。これから楽しい日々になりそうだと改めて思った。







 最後まで読んでいただきありがとうございます。評価をしていただきますと参考になります。



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