殺し屋の噺
おまえさん、ここヘ何しに?なるほど、おやっさんの墓参りにね、たいしたもんだ。最近はおまえさんみたいな若造が減っているからな…。わしか?わしは見ての通り、殺し屋でね。おお、そう驚くでない。え?とてもそんなふうには見えない?よく言われるよ、ま、今は人殺しなぞやっておらんからな。心配には及ばんよ。なんじゃと、殺し屋時代の話をしてほしいって?珍しいな、おまえさんは。他のやつらは、びびって聞かんのに…そこまで言うなら、してやろう。
ーわしはその日も、依頼を頼まれた。理由は話せないが、ある一人の女を殺してほしい、とな。ということでわしは早速その女を殺した。どうやったかって?それは聞かないほうが身のためだ。で、報酬をきちんと頂いて、わしは幸せな気持ちで床についた。人を殺して幸せかって?ふん、わしは金さえもらえりゃいいんだよ。…話を戻すぞ。夜、便所に行こうと目を覚ますと、布団の横に女が立ってたんだ。なんと、そいつはわしが殺した女だった。わしは殺し屋をやって10年このかた、なんなら生まれて一度も幽霊を見たことがなかったんだが、ついに自分も祟られてしまったかとため息をついた。それで言ったんだ。「おい、女。あんたを殺したのは紛れもない、俺だ。しかしな、俺は殺し屋であって、あんたを殺したいと思ってたわけじゃない。恨むなら、あんたを殺すよう頼んだ、依頼主を恨むんだな」すると女は、こう言った。「ええ、わかっております。あなたが殺し屋であるということも、依頼人が誰なのかも…。殺し屋さん、私はあなたに、殺しの依頼をしにきたのですよ」そりゃぁわしは驚いたよ。「幽霊が殺しの依頼だって?冗談じゃない。そんなことあってたまるものか」と断ったさ。でもな、「まあ、それは残念…。せっかくお金も持ってきたのに」と女が分厚い札束を出すものだから、俺は食いついた。「あ、あんた、こんな金、どこから…!?」「生前の私の全財産…遺産でございます。私に家族はおりませんので、どうぞ…」わしは女が言い終わる前に札束を奪い取った。「わかった。誰を殺したい?依頼主か?」「いえ、私が殺したいのは…私の恋人でございます」「恋人?そりゃまたどうして?」わしは思わず聞き返した。「私と彼は、一生離れないと決めたんです。私は彼…蒼馬さんに会いたい。きっと蒼馬さんも、きっと私が死んで悲しんでるはずです」わしは驚きを通り越してあきれたね。「あんた、恋人を幽霊にしていっしょに過ごすというのか?それは本当にそいつにとって幸せなのか?」でも、「いけませんか?では、この話はなかったことに…」と言って、女がいつの間にか持っていた札束とともに消えようとするから、わしは慌てて、「いや、俺が悪かった。もう口出しはしないから、金をくれ」「わかりました。では、頼みますね」わしはそんな奇妙な依頼を受けてしまったんだよ。
ー5日後の晩。わしは何やらうるさくて目が覚めた。襖を開けると、なんと…例の女と、わしがその日殺した男が言い合っていたんだ。まあどちらも幽霊なのだがな。「蒼馬さん、来てくださったのね…」「どういうことだ、これは。小百合!」「どうもこうもありませんわ。私が幽霊になったので、蒼馬さんも幽霊にしてあげたのです」「は!?じゃああの殺し屋を雇ったのはおまえだってんのか!」「蒼馬さん、落ち着いて。これでまた、いっしょに暮らせるではありませんか」「ふざけんな!俺は、まだまだやりたいことがたくさんあったんだよ!なんでこんなクソ女に殺されなくちゃいけないんだよ!」「今なんて言ったのよ!?」「だから、クソ女だよ!だいたいおまえには、嫌気がさしてた。なんか、重いんだよ、愛が!」「愛が重くて何が悪いのよ!」「とにかく、俺はおまえと別れられてせいせいしてたのに…おまえのせいで、俺の人生は最悪だよ!」そのとき、バチンとはりつめた音がした。女が男の頬を打ったんだよ。幽霊同士だとさわれるんだな、これが。男は「おまえ…何逆ギレしてんだよ!」と言って女を殴り始めた。でも女もやり返してな、殴り合いの大喧嘩になってしまったんだよ。そのうち、男は「くそ…幽霊同士だと痛みも感じないし、ダメージもあてえれねぇのかよ…」とか言って喧嘩を辞めた。そして、呆然と突っ立っているわしの方を見て、こう言い放った。「おい、おまえ!殺し屋ってのは、おまえだろ!だったら、このクソ女を殺してくれ!」そして、わしに札束を差し出した。話がややこしくなってきただろ?わしは、「そんな無茶な…幽霊を殺すなんて、どうすりゃいいんだよ…」と狼狽えた。女も、「そうよ!いくらプロの殺し屋でも、そんなことできるわけないわよ!」と言った。でもその女の言葉は、わしのプライドを傷つかせた。「なっ…!そんなことない!俺は、幽霊だって殺せる!」俺は、札束を手に取り、高らかに宣言した。「ほんとに?じゃあ殺せるものなら殺してみせてよ」女も、負けじと俺を睨み返した。男は「お、なんだか面白くなってきたな」とつぶやいていたよ。
で?そこからどうしたかって?もちろん、女を殺したんだよ。なんたってわしはプロの殺し屋だからな!幽霊をどうやって殺したか、聞きたそうな顔をしておるな?そりゃ、幽霊を殺す…イコール、成仏させる、ってことだよ。幽霊を成仏させるのは、その一回きりにしたいと思ってたんだが、あの男、他の連中にも話したんだろうな、そこから幽霊による、幽霊殺しの依頼がたくさん来ちまってな…。だから、ま、今のわしの姿を見ればわかるだろ?わしは出家して、僧になったんだよ。