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百合帝国の片隅でーその3

 (それにしても国民投票なんて、この惑星に生まれて初めてね)

と、アリスは思う。

(前世から思い返しても初めてだわ。もちろん前世なんてものが私の妄想でなければの話だけどね)

アリスは、すっかり過去、あるいはただの妄想かもしれない前世の記憶を思い返した。

西暦1969年某月某日、地球、日本国、東京都内の某大学で、その時はまだ少年の姿であったアリス(前世は男性だったようだ)は、教授の研究室へと向かっていた。

講義の時間になったはずなのに教授は講義室に現れなかったのだ。

アリスは教授に講義をしてもらうべく、研究室まで教授を呼びに行った。


「…レは、共産主義に基づく世界革命を完遂し、日本を真に労働者の楽園たる国家にせしめんとし、その初めの一歩として資本主義政府の走狗を養育する機関と成り果てているこの大学の解体を要求する!」

「「「要求する!!!」」」

(…一生懸命受験勉強をして、晴れて最高学府の学生となるまでは恵まれてもいたし順調だったんだがな)

アリス(の前世)は内心で愚痴る。

彼が青雲の志を抱き大学に入学した年は、学生運動が激化していた年でもあった。

最高学府の学徒である、やがては日本を背負って立つ人材になるはずの学生たちの多くが、憑かれたように革命を叫び、時には暴力的な活動を以てして講義を妨害する。

そして今日は、革命を叫ぶ、統一されたデザインのヘルメットをかぶった姿の活動家たちが研究室の戸口を取り囲みシュプレヒコールを挙げていた。

教授は身の危険を感じ、研究室に鍵をかけるかして閉じこもっているのだろう。

(どうしたものか、先生に出てきてもらわないと講義が受けられないぞ)

アリスは学生運動には関心が無く、入学した目的である学問の習得を行いたいだけだった。

「おい! お前はヘルメットをかぶってないな?」

「え? いえ、あの、講義の時間ですので先生に来ていただかないと」

アリスは正直に答えた。

「資本主義の走狗の教育を受けようとは貴様、資本家の手先めが!」

「やっちまえ!」

「自己否定しろ!」

「やれえぇぇ!」

「殺せー!!!」

という叫びと共に頭部に衝撃が走るのを覚えた。

日本での最後の記憶である。


 百合帝国の民として物心がついた頃から、アリスは日本での人生の記憶を思い出すようになった。

それは、夜眠る間に見た夢を起きたら忘れているが、それがふとしたきっかけでなぜか思い出す、という感覚に近い。

最初に前世の記憶を思い出してから(地球の単位換算で)1年ほどで、アリスは前世の人格を取り戻していた。

アリスを育てているアンドロイドメイドは、常に最新の発達心理学に基づき、子供の適性と能力を最大限に引き出し、健全に人格と肉体を育成するよう設定されている。

アンドロイドメイドは百合帝国の子供にとって、親代わりであり、マンツーマンの教師であり、時に友ともなるのである。

常にアリスをモニターしているアンドロイドメイドは、アリスの人格が通常あり得ない早熟性を示していることを認識した。

百合帝国の国民は、幼少期に体内にマイクロマシンを注入されそれらが脳内にコンピューターシステムを形成し、それは脳の一部となり、そこで走る人工知性は人格の一部となる。

脳の異常あるいは何らかの精神疾患があれば即検出されるのである。

結果は異常なし。

アンドロイドメイドは、アリスの早熟性に合わせて、予定されていた教育カリキュラムをいくつか修正し、彼女を成人まで養育した。


 しかしそれが原因でアリスは悩むことになる。

日本という国の国民であり、そこで少年だった記憶…、それは現実なのだろうか?

たまたま自分の脳細胞が、あり得ないほどの偶然でそのような、リアリティのある架空の記憶を作り出すような配置をとったという可能性はないだろうか?

自分に前世があるというのが真実なのか、あるいはリアリティある幻想に過ぎないのか。

記憶が正しければ自分は最後に頭部を強打されている。

自分は日本の東京で病院に運ばれ体はベッドに横たえられており、百合帝国のアリスという夢を見ている可能性だってないわけではない。

そんなことを考えていたアリスだったが、悩むことをやめることにした。

幻想であれ現実であれ、日本での記憶は今の自分の人格の欠かせ難い構成要素の一つであることは疑いようもなく確かでである。

そして、百合帝国のアリスという今の現実を夢かと疑うのならば、宇宙に信じられるものなど何一つとして無いと言えるだろう。

(私はアリス。百合帝国の民)

彼女は自分が百合帝国のアリスとして生きることを受け入れた。

言葉遣いも、内心での独白からして前世とは異なる女の子らしいものとした。

今では内面外見共々すっかり可愛いらしい女の子である。


 前世でのアリスの(短い)人生を決定づけたのは、原子爆弾である。

小学生の頃授業で教えられた、原子爆弾の恐るべき殺傷力…、広島と長崎に聳り立つキノコ雲の写真…。

この恐るべき巨大な力を善用すれば人類にとって偉大な恩恵となるのでは無いだろうか。

アリスはそう思った。

原子力で発電を行い、産業と都市の原動力とする。

無尽蔵の動力を持つ原子力船が海上を航行し、原子力ジェットが世界を結ぶ。

陸を駆けるは原子力発電で生み出された電力を使用する電気自動車だ。

人類が宇宙に進出する際、空気など必要としない原子力は最適な動力だろう。

原子爆弾で山を削り地を穿てば、土木工事のスピードもアップするに違いない。

全ての国が核兵器を保有すれば、このような恐ろしい兵器を保有する国同士での戦争は無くなるだろう。

全ての国が究極の抑止力を持つのだ。

幼いアリス(の前世)は原子力の切り開く人類の明るい未来を夢想し、その実現を少しでも近づけるために自身が原子力の平和利用の研究者になることを望んだ。

そしてその時には彼だった彼女は勉学に励み、日本最高学府の学徒となり…、勉強しようとしたために殺されて死んだのである。


 そんな彼女だがアリスとしての生においては、原子力工学の習得を選ばなかった。

この惑星においてエネルギー問題は過去のものであり、ほぼ無尽蔵と言っても過言ではないのである。

(ホント、核分裂なんてとうの昔に時代遅れ、核融合もとうに枯れた技術だもんね。っていうか反物質電池なんて反則でしょう。)

百合帝国の義務教育過程において、専攻するジャンルを選ぶ際、前世との環境の差により動力関連を選ぶ気を無くしていた彼女は遺伝子デザイン関連を選んだ。

百合帝国人の腸内細菌の菌株をデザインして、排泄物から芳香がするようにしたのは彼女の仕事である。

もっともこれは過程にすぎない。

「うんこやおしっこの成分なんて突き詰めれば炭素、窒素、酸素、水素よね。理論的には二酸化炭素や窒素ガス、水蒸気、水素ガス、酸素ガスの形で全て排泄可能なはずだわ。私たち百合帝国人はみんなで、うんこもおしっこもしない美少女になるの」

とはアリスがデザイナー仲間に一石ぶった時の言葉であり、彼女は『うんこもおしっこもしない美少女』の実現のため頭を捻っていた。

遺伝子デザインだけで実現できるか、体内に何らかのインプラントを埋め込むか。

アリスはまだ結論を出していない。

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