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天恵ーその1

 「互いの自己紹介もひと段落しましたのですが、私から追加で質問があります」

アリスが問いを放つ。

「統計データから判断しますに、日本国は、外国から大量の化石燃料資源と食料資源を輸入して社会を維持していたようですが、転移後にどうにかするアテはあるのですか?」

「…なくて困っています」

和夫が正直に答えた。

内心(何か足元を見られたら困るなぁ。そうなったら統計データを接触序盤で見せたのは失敗だったことになるなぁ)と一人ごちる。

そしてアリスは、日本側にとっては天恵のような言葉を口にした。


 「エネルギーについては、皆様方が自国でなんとかできるようになるまで、私どもから核融合による発電装置をレンタルすることができます。宇宙開闢機関はレンタルでも供給が許可されないでしょうが、核融合炉レベルのレンタルなら許可されるでしょう。水素はいくらでも手に入りますよね? あと、皆様の最新エネルギー技術は核融合炉の実験炉建造とのことですが、自立を促すため日本の工業技術の水準で建造可能な、実用レベル核融合発電装置の設計図程度でしたら伝えることができると思います。化石燃料ですが、これも皆様が自作可能になるまで、水と大気中の二酸化炭素から合成化石燃料を作り出す化学プラントをレンタルしましょう。私どもの価値観においては、他の種族・文明に過度な影響を及ぼすことは禁止されるべきことであり、また逆に及ぼされるのも好みではないのです。しかし、文明崩壊の危機を防ぐための助力はその限りではありませんから。最終的な決定権は、私どもの政府では、評議会にありますが、たぶん認められるでしょう」

「本当ですか?!」

地球の常識では普通はこのような場で嘘や冗談をわざわざ言わないはずだが、百合帝国人は地球人から見て宇宙人である。

それに、これはあまりにも日本にとって都合のいい話だ。

美香は思わず口に出した。

日本が直面しているエネルギー危機は深刻である。

日本政府は停止している原子力発電所の再稼働を決定している美香は知っていた。

原子力の使用には根強い反対派がいるが、非常事態でもあり無視するのだろう。

電力不足をこれと、計画停電でなんとか急場を凌ぐ。

とはいえ日本は核燃料も輸入で手に入れていたのであり、国内の備蓄には原油同様限りがある。

海水からウラニウムを抽出する研究はされているが、産業化レベルには到達していない。

核融合は実験炉を建造する段階で、商業化は先である。

日本の物流・交通は自動車が支えている。

電気自動車や水素自動車も実用化されているとはいえ、日本の自動車の大部分は未だ原油を精錬して得られる燃料で駆動しているのである。

当面は備蓄を取り崩し、一般家庭の乗用車利用を制限する方針だ。

太平洋戦争中のように木炭車の使用も検討されている。

日本においても、アリスの言葉にあった、『必要な電力さえ供給できれば空気と水から化石燃料を合成できる装置』は既に開発、作成されているが、これも産業化はまだ先である。

これらだけでも遠からずして、日本の経済と生活水準は太平洋戦争中のレベルに下がると予想されていた。

それらの危機が、一発で解決するのである。

美香は喜んだ。

祖国、日本が救われるかもしれないのもあるが、その交渉の場にいた外交官は自分なのである。

話を持ちかけたのは百合帝国側であり、美香が華麗な交渉術を披露した結果というわけではないのだが、それでも功は功だ。

外務省上層部はこれを手柄と評価するだろう。

美香はキャリア官僚の中でも同期から抜きん出て出世するのだ!

(手柄! 評価! 大出世! 私の時代来たーーー!!!)

「対価としては、日本の文化コンテンツの供給とその使用権というのはどうでしょうか?」

サヤカは日本紹介のコンテンツから、日本が豊かな文化を持つ国であることを感じていたサヤカが口を挟んだ。

場に居合わせた日本人たちは頭を回転させる。

文化コンテンツという言葉の指すものが文芸、漫画、音楽、映画、アニメ…そういったものであれば、デジタル化が可能か、既にされており、問題なく供給できる。

権利者へのなんらかの補償は必要であろうが、それでも日本の得る莫大な利益と比べればお釣りがくるだろう。

そして『天恵』はそれだけではなかった。


 「食料についてですが、これについても私どもが協力できると思います」

言葉は続く。

「私たちの都市では食材を主に細胞培養で作っています。最終的には必要な食品を全て日本だけで自給できるようになっていただきますが、日本から遺伝情報を抽出可能な食材の細胞サンプルを提供していただければ、私たちが食材を培養して供給できるでしょう。対価としては、皆さんが食材として利用している全ての生物の細胞サンプル供出と、その遺伝子を私たちが自由に利用し改変する権利でどうでしょうか。す べ て の食材です。輸入する必要のない食材、どれほどに希少な生物、あるいは保存の困難な生物であっても食用となる以上は全てサンプルを供給していただくのが条件です」

そして

「分析の結果では、地球人と私たちの生化学は類似しています。地球人が食べられるものは私たちにも食用にできるくらいには」

と付け加える。

(これなら私たちにも充分な利益があるし、誰も文句ないわよね!)

アリスは心の中で、自分の提案をチェックしそう思った。

「ただ、リン元素が不足するかもしれません…、一応聞きますが日本からリンを供給してもらうことはできますか?」

「日本でもリン鉱石は外国から輸入していましたので、必要量にもよりますが無理かと」

「排泄物からリンを抽出して再利用するプラントもレンタルしましょう」

(食料もなんとかなりそうだな…)

和夫は美香のように上昇意欲が旺盛ではない。

彼に出世欲があったにしろ、それは難関大学を出てキャリア官僚になった時点で満たされ枯れていた。

とはいえ給料分の仕事をする程度の責任感や、日本に対する義務感や愛着はある。

日本の危機が先ほどに引き続きまた一つ減ったことに彼は安堵を覚えた。

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