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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

創世清

作者: Kino

ある日、男の体から一滴の雫が溢れた。透明のその液体は水のようだった。それは少しずつ、ただ確実に、一滴、一滴、床へと落ちていった。


それは男の右手の指先からだった。ただ異様な光景なのは確かである。

まるで魔法のように指先に水の雫が造られていくのだ。水の塊になると、ポタ、と音を立てて床へと落ちていき、また新たな水が造られていく。


男は水を止めようとする。だがどの方法でも水が止まらないことを男は悟った。

男は諦めなかった。この不思議な現象を世へ発信し、世界が男に注目した。


それから数年の月日が流れた頃、男は海辺にある豪邸で暮らしていた。それは側から見れば優雅な生活なのだろう。ただそこが男にとって監獄である事は誰も知り得ない。

現象について世に発信してから、男はメディアと科学者に囲われてしまった。監獄は、世界中の科学者が水が出る現象について、男について、研究するための施設であった。


そこから更に数十年。長年の研究の結果を科学者たちは発表した。それは、

世にある全ての情報を駆使しても、現象の解明は人間には不可能であるという事。

指から出る液体は真水であるということ。これだけだった。

研究チームは解散し、数人の科学者と男と莫大な資金だけが施設に残った。

いつしか男は、水を止めるという目標を無くしていた。─────




男にはもう一つの異変があった。鏡を見るとそこには数十年前と変わらぬ自分の姿が映っているのだ。

水が出るようになった頃と変わらぬ姿。男は老いなくなっていた。


一日一日と時が過ぎてゆき、ついに男は100歳になった。ただ姿はあの日、水が滴った時の男の姿のままだった。

残った研究者たちは老いと共に死んでいき、男は本当に1人になった。


男は死を願った。夜の海、荒れる波。自死には絶好の場所だった。

男は身を投げ打った。固い岩に落下した男の骨は砕け、内臓は破裂した。ただ波の音が直ぐにかき消す。

赤黒い血で汚れた男を救うように、波が攫っていった。─────




男は見覚えのある海岸の麓に横たわっていた。生きていたのだ。

男は色々な方法で自らを死に追いやった。だが死ねなかった。

男は悟った。死が許されていないということを。



ある日、男はメモが書かれた一枚の紙を見つけた。

“地球上の水分を増やす可能性”

それはいつかの科学者たちの書き残したものだった。

それは男にとって酷く残酷な可能性であった。



それから何千年、何億年と月日が流れた。

人類、陸生の生き物は全て絶滅し、その日、ついに最後の陸地が無くなろうとしていた。

1人残された男は、エベレストの頂上で水に足を漬けながら座っていた。


その時、ずっと曇っていた空が突如晴れた。差し込む光に男は眩く。雲の隙間から太陽と、真っ黒な球が見えた。

すると耳を劈くような轟音が鳴り響いた。

世界を埋め尽くしていた水が、瞬く間に黒い球へと吸い込まれていく。男はあまりの光景に気を失った。



しばらくすると轟音が収まった。

男が気がつくと、そこは色とりどりの果実が実る木々が生い茂り、草花が咲く夢のような場所だった。

男は困惑した。久しぶりにみる大地。絶滅した筈の陸生動物が歩き、何故か隣には裸の女が横たわっている。

そして男が何よりも驚いたのは、右手の指先からは何も出ていないということだった。


夢かと思ったその時、天から声が聞こえた。


「子を生み、増えて、地上全体に広がり、地球を管理しなさい。また、海の魚、空を飛ぶ生き物、地上を動くあらゆる生き物を治めなさい。」


「ああ。そうか。」

男は悟った。これが、あの水の現象こそが、人類史の始まりだったのだと。─────

新世界約聖書 創世記1:28。

男は老いと死が無い完全な体を手に入れていたのだ。

ただそれは男が地上でまた暮らし始めた後、神に背くまでの僅かな期間のものだったが。

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