世界の終わり
放課後の下校時刻を告げる鐘の音。
窓から下を見下ろすとグラウンドで陸上部が走りこみをしているのが見える。
よくもまぁ毎日あれだけ体を動かせるもんだと他人ごとながら感心する。
部活に所属していない身の上としては真面目な他人はそれだけ眩しい存在だ。
「帰るの?」
振り返ると、友人のAが歩み寄ってくる。
いつもの微笑みに儚げな感じ。それが今は少し翳りのある表情になっていた。
「ああ、腹へってるし何か食べに行こうかなって。いっしょに行く?」
バックを取り寄せる。置き勉はしない主義なので束になったセルロースでずっしりと重い。
「帰ろうぜ」
声をかけるとAは少し困ったように俺を見つめる。
「知ってる?今日で世界が終わるんだよ」
「…は?」
「世 界 の 終 わ り」
Aは一文字ずつ区切ってはっきり発音する。
「都市伝説動画?」
Aがまんじゅう動画が好きだったことを思い出した。
Aは小さく首を振る。
「テレビじゃないよ。本当のことについての話。今日で世界が終わるんだ」
さっぱりわからん。なぞなぞか?
「ねえ。どうして世界が終わるんだと思う?」
「どうしてって」全くどうしてだろう。
「人間が身勝手だからかな?」今朝のニュース動画でもそんなことをコメンテーターが言っていたような。
「人が身勝手なのはいつものことだよ、今に始まったことじゃないのにどうして今なのさ?」
「どうしてって、、、神さまが我慢できなくなったとか?」
気軽に答えたつもりだったが、Aはとてもびっくりしたように大げさにはしゃぎ出した。
「うっそでしょ!?神なんて信じているの!?」
「いやそういうわけじゃなくて、人間の身勝手さに我慢できなくなった凄い何かってのを神って言っただけで信じてるわけじゃないよ」
何なんだか、放課後にからかわれなけりゃならないんだ。
「ふーん君にしてはちょっとは考えたんだ?でも不正解、神も神のようなものもいないし、人間の身勝手で世界が終わるわけじゃないよ」
どうやらなぞなぞですらない、蒟蒻問答のようだ。
「もう一度、世界はどうして終わるのだろうね?」きょとんと首を傾げる様は甘えるようだ。
「お前今日おかしいぞ。世界の終わりねぇ」少し冷静になって考えてみよう。
そうだな、常識的な理由ではなくてもっとぶっ飛んだ脈絡もない理由。
「うーん。旧支配者の陰謀とか?」
「それはいい!もしそうなら面白かったのにね。個人的にアザトースの傍でフルート吹いてる蕃神が好き。不定形でぶくぶく泡吹く有機物」
またマニアックなものを。
Aはうっとりと教室の天井を見上げ呟く。こいついつにもましておかしい。
「なぁ保健室行く?熱でもあるんじゃないか?それとも悩んでるの?俺で良ければ相談のるぜ」
「らしくない。でも君に心配をしてもらうなんて嬉しいなぁ、たとえそれが最後だとしてもね」
「意味がわからん」
「あー。そうだ宇宙の気まぐれは?隕石衝突とかそういうの、映画でよくあるようなパターンでさ!」
Aは寂しそうに、それは寂しそうに微笑んだんだ。微笑み以上の感情に揺らされればあっという間に崩れ去ってしまいそうな儚く脆い笑顔。
「ま、まぁなんだ、そうだ。コロッケでも食いに行こうぜ。この時間なら揚げたてが食えるぜ」
Aは無言だ。
(なんなんだいったい、笑ったり寂しそうだったり。まさか転校でもするのか?)
教室を出てると、幾つもの流星が地上に降り注ぐのが見えた。
ああ、世界の終わりはこんなに綺麗だったのか。