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海の魔物

作者: 立花そな


ここは海に囲まれた小さな島。


僕は海を見たことがない。


高い塀で隠されている。海が見えないくらいの山がある。


エメラルドグリーンの海。水が透き通ってキラキラ輝く。色鮮やかな魚たちが遊ぶ。白い砂浜では貝殻がお喋りする。


話を聞いて思い浮かべる事はできるけど、実際に見てみたい。


島に住んでいる人は皆、僕のことを知っている。


だから僕が海に向かおうとすると、


「そっちはいけないよ」


「いってはダメだよ」


「こらこら、どこにいこうとしてるんだい」


僕より小さな子供から杖をつく老人までもが言う。


人目を盗んで日が沈んだ時、こっそりと音を立てずに歩き出す。絶対に見つかるもんか。僕は海を見るんだ。


バサバサ


どこからか鳥が飛んで来て、僕をつつく。


ワンワンワン


犬が引き止めるように吠える。


ニャーニャー ニャーニャー


猫が人を呼ぶように鳴く。


「どこにいこうとしてるんだい?」


お父さんだ。僕のお父さんが家から出てきた。


「ごめんなさい」


海はダメだと昔から言われていた。


僕にはお母さんがいない。


「海はダメだよ。お母さんを食べてしまったのだから」


ずっとずっと言われてきた言葉。


「僕は子どもじゃない。海が危険なのは分かるけど」


「食べられてしまうよ」


お父さんは冷たく早口だった。


きっと、お母さんを海で亡くしたんだ。溺れたとかそういうので、ならこの海が近い島から出ないのだろう。海がない所はないのだろうか。潮風が流れる。世界は僕が思っているより狭いのだろうか。


「連れて行かれてしまうんだ。帰ってこないんだ」


お父さんは弱っていた。


唯一の家族を悲しませてはいけない。


それ以来、僕は海に行こうとしなかった。お母さんの話も海の話も一切しなかった。


お父さんとの二人暮らしは穏やかに過ぎていく。海なんて存在しなかったのだ。


波の音が聞こえる。


こっちへおいでよ、こっちだよ


僕は海を知らない。


日が昇ったら目を覚まして、沈んだら眠るだけ。


「おはよう、少年」


「一緒に歌いましょ」


「元気かい? 楽しいかい? 寂しくないかい?」


母親がいないからだろうか。……居場所が違うからだろうか。


「君は夢があるかい?」


「ずっとずっと踊っていましょう」


「空が綺麗だね」


ここにある。上を見る。高く高く。沈まない。


「おじさんは歩くのが早いね」


「隣にいるだけで幸せです」


「生きるのは辛くないかい?」


僕は周りからどう見えているのだろうか。僕には僕が分からない。


「おじいさん、おじいさん」


「このまま、永遠に続けばいいわ」


「かえりたくはないのかい?」


帰る?


僕は僕の家にいる。ここが僕のいるべき場所。  


カモメが飛んだ。カモメが飛んだ、飛んだ。


白、青、白、青、赤、赤、赤。縁。


父が死んだ。眠るように、僕もいい歳だ。老いるのは自然だ。


こっちこっち


海に行こう。


僕は駆け出した。


誰も止められない。


「こらこら、どこにいくんですか?」


今までに見たことない景色を


「ダメだよ、止まって」


山を登る。てっぺんまで登る、下る。


海が見えた。


青い海が広がる。


ここは海に囲まれた小さな島。


僕は生まれてから島を出たことがない。海を見たことがなかった。


初めて海を見たのに、海が何か知っている。


波の音が聞こえる。


こっちだよ、こっちこっち


僕を呼ぶ声がする。


「ねぇ」


引き止めたのは、シワが増えた愛する妻。


振り返らないけど、立ち止まって耳をかした。


「かえるの?」


「還るよ」


「そう」


僕は一歩一歩と海に近づいた。


波が僕を迎えに来た。嬉しそうだった。僕も嬉しい。


ザーン


ザザーン


ザーン


ザザザーン 


カプ


海は僕を一気飲みした。


美味しいかい?

特に深い意味はありません。


読んでいただき、ありがとうございました!

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