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ブラックバンの光 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 あれ、あの人さっきも見かけませんでしたっけ?

 いやいや、デジャヴじゃないですよ。あの人のウェアとリュック、ちょっと前に見たものそのままですって。何か探し物しているんでしょうか?

 先輩は経験ありません? 目的地が見つからないままに、同じところをぐるぐるしてしまうこと。探す側からしたら一生懸命でしょうけど、それをはたから見る人だったらどうでしょう?

 地図とかスマホとか見つつ、ちらちらあたりをうかがっているなら、「ああ、探し物してるんだな」と見当がつきそうですよね。でも、特にそれらもなく、堂々と歩いている人を短いスパンで目にしたらどうでしょう?

 それこそ先輩のように「あれ、デジャヴかな?」と思いかねません。

 不思議ですよね。相手が自信に満ちた様子だと、自分自身を疑いたい気持ちになってくるのは。自分の中に軸のある立ち合い、話し合いならまだしも、通りすがりに気づいてしまったらそうはいかないでしょう。

 あの人たちは、何をもくろんでいるんでしょうか? そのうえもし、相手が人でなかったとしたら?

 私が前に聞いた話なんですけど、耳に入れてみませんか?



 いとこが話していたことなんですけれどね。学校へ通っていたころ、一時期、黒いワゴン車の話があったらしいんですよ。

 見た目は真っ黒いミニバン。遮光のためかウインドウは薄暗く、正面からも側面からも中をうかがうことはほとんどできません。

 かのミニバンの存在に、真っ先に気づいたのが、いとこのクラスメートだったんです。

 当時、足を怪我して松葉づえで登校していた彼は、昼休み中も教室からさほど動かず、窓際の席だったことも手伝って、ぼんやり外の景色を眺めていたそうなんですね。

 畑やプールを越え、フェンスも過ぎればそこが公道。いとこの学校は周りがまだ田んぼと家で半々くらいの環境だったようですし、学校前の道は大きい車がすれ違えない程度の幅しかなかったようですね。



 そこを一台のミニバンが通ったんです。先ほど話したような出で立ちの一台ですね。

 ただ通り過ぎる割にはゆっくりで、でも止まることはせず。のろのろと徐行する姿は、何かを探しているのかと思ったようです。

 亀のような歩みで、やがてミニバンはクラスメートの視界から消えていったのですが、休み時間終わり5分前に、また同じようなミニバンが姿を見せます。

 クラスメートも「ん?」と、椅子に座りながら身を乗り出しちゃったみたいなんですね。

 先ほどは右から左でしたが、今度は左から右。対向車線を通るミニバンは、またしても徐行して、のろのろと学校の前を通過していきます。

 先にも話したように、ウインドウは遮光の加工がされているせいか、車内を見通すことはできませんでした。

 ただ今回は、その通り過ぎていくミニバンのウインドウが、ときどきチカリ、チカリと断続的に何度か光を放ったようなんです。

 太陽光が反射したとは思えない、短く強い光は、まるでカメラのフラッシュを焚いたようだとも。



 話を聞いて、いとこはがぜん、黒いミニバンに興味が湧いたようですね。

 いとこが耳にしたのは、クラスメートが初めて目撃してから数日経っていましたが、その日の休み時間。教室で待機していたところ、やはりかのバンが姿を見せたらしいんです。

 30分ある昼休みの、開始10分前と終了10分前に一回ずつ。学校前を横断する姿が見られる。例のフラッシュもよく見せていたみたいです。

 思い立ったがなんとやら。いとこは次の日の昼休みに校門前で張りながら、あのミニバンがゆるゆる通るのを見かけると、そっと校門を出て、後をつけていったみたいなんですね。

 敷地外に出た時点で校則違反でしたけれど。



 いとこが懸念していたのが、窓から見える範囲を過ぎた瞬間に、急加速されて追跡できなくなることでした。

 しかしミニバンは学校の前を通り過ぎても、徐行のスタイルを保ったまま。おおよそ5分ほど直進し、くっと左へ曲がります。

 そこは古い神社の境内への入り口でした。出迎える巨大な鳥居のあちらこちらに、苔らしきものがこびりつき、雑草もところどころ頭をのぞかせているという、いかにもほったらかしに思える一角。

 その中央でミニバンは車体を横にし、エンジンをふかしたまま停まっています。

 その様子を鳥居よりも更に学校へ近い生け垣の影から、いとこはそっとうかがっていました。

 車から誰かが降りてくる気配はありません。かといって、こちらから相手に近づくこともしません。万一、乗っているのが危ない人たちなら、さらわれたり、もっとひどい目に遭ったりするかもしれないからです。

 腕時計のないいとこは、頭の中で時間をカウント。300を過ぎたあたりで、バンは再び車体を回し、Uターンをした格好に。出てくるのを悟って、いとこは生け垣のもっと奥へ身をひそめます。

 再び、小走りで追えるほどのスピードでもって、ミニバンは先ほど来た道を逆走。学校前へ通りかかります。

 やはりそれぞれの座席に面した窓から、学校前を通過するときに、何度か強いフラッシュがこぼれる。田んぼと校舎の両方に向けてです。


 ――何か映画やドラマの撮影かな? にしては、こそこそすぎないか? 学校側から訴えられるのかな、この手の行動。


 そんなことを考えながら、前方不注意になっていたいとこ。

 不意にリヤガラスから、同じようなフラッシュの光が襲ってきて、まともに目に受けてしまいます。

 十数秒はよろけ、視力が回復しきるのには、それから30分ほどを要したという強さは、とてもカメラのものとは思えません。


 ――あのミニバンには、何かがある。


 目くらましを食らっているうち、見失ってしまったミニバン。次こそはもっと詰め寄ってやると息巻くいとこでしたが、その望みはかないません。



 その日を境に、ミニバンが学校前を通ることがなくなってしまったんです。

 それと入れ替わるように、学校正面の田んぼの前に、工事の開始が始まる旨を告げる看板が立ちます。

 マンションが建つという予定通り、ブルーシートに覆われた田んぼの一部に、校舎と同じくらいの建物の影が透けて見えるようになりました。

 もともと注目していた人が少なかったということもあり、ミニバンのうわさはすっかり下火に。クラスメートも松葉杖をつかなくなり、外で遊ぶようになってしばらく経ってからのこと。


 いとこの家から自転車で20分あまり。小高い山のてっぺんに、アスレチックを有する公園ができたのだそうです。

 周りには柵こそ設けてありますが、そこより一歩でも外を出れば、山肌に沿って生い茂る茂みたちが、真下の駐車場まで延々と続く、斜面となっています。

 ちょうど、私とは別の親戚が家に来ていたこともあり、一緒に遊びに出かけていたいとこは、公園でボール遊びをしていました。

 ところが、いとこが蹴ったサッカーボールがたまたま芯に当たってしまった飛び具合。優に柵を越えて、てんてんと斜面を下り始めてしまいます。

 すぐいとこは後を追いました。冷静に考えれば、開けた下の駐車場へ向かい、そこで探す方が楽だったのでしょうけど、テンパっていたんでしょうね。

 ボールが姿を消したあたりの斜面を駆け下り、そのまま背の高い茂みの中へいとこは分け入ります。


 あたかも通せんぼするかのように、やたらと横に張り出すもろもろの枝。

 それらを手で押しのけるのも、流れ作業になってきて、雑に折り始めるようになった出口近く。

 視界が開けるとともに、強烈な光が飛び込んできたんです。あのときのように、不意打ちで。

 でも、あの時ほど強くありません。すぐ視力は元に戻りましたが、開いたまなこはにわかに信じられない景色を映します。



 それは学校前のあの道。黒いミニバンを追いかけた、あの道路の風景だったんです。

 右手に学校。左手に田んぼ。そして点々と並ぶ一軒家……あのときの景色がゆったりと流れながら、飛び込んできたんです。

 そう、マンションが建って、もはや見られないだろうあの時の景色を。

 いとこは足を動かしていません。道を歩くように、景色がしだいしだいに背後へ泳いでいくんです。

 しかし、それも長くは続きません。ぐるりと視界が後ろを向いたかと思うと、先ほど通った道に加えて、道路の端からこちらを追う、一人の姿をとらえていました。

 見間違えるはずもありません。あれはあのとき、ミニバンを追っていた時の自分の姿……。



 再びの閃光。くらまされる目。そして今度は、耳に響くエンジン音と、つま先に触ってくる物体の感触。

 目を開けると、足元に触れていたのは自分の追っていたボール。遠ざかるエンジン音の源を向くと、あの黒いミニバンが駐車場の出口を出るところだったそうです。


 ――あのミニバンは、これから無くなってしまう景色を保存しておこうとしたんじゃないだろうか。


 いとこがぼんやり考えるうちに、はじめてスピードを上げたミニバンは、カーブの多い山肌の車道を、どんどん下りて行って見えなくなってしまったとか。


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