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こうへん


 眼前にはおどろおどろしい邪気を放つ魔王。

 体表面は青く、爬虫類のような感情が読めない目と、裂けた口から見える血のように紅い舌。

 人型ですらない、完全な――軟体生物だった。


「我が名はシュートレミング=マオウグ=アウストニス103世である」

 地の底を這うような声に、ゆうしゃは。


 白けた。


「空気読めよ……」

「随分余裕だな、勇者よ!」

 表情の変わらない魔王『ボス1』は怒号と共に謎の衝撃波を放ってきた。

 ゆうしゃには効果がない。

「世界一臭い缶詰みたいな名前しやがって……魔王に無駄に長々した名前つけてんなよ! どうせデータ上ではまおうだろおおぉっ! いや、スライムか? どっちでもいいわ! 103世ってどういう事!? ちょっとは考えて名前つけろやああぁあっ!」

 謎の憤りを力にして勇者・ゆうしゃは魔王シュートレミング=マオウグ=アウストニス103世に斬りかかった。

 一瞬で勝負はついた。

「ふふふ……さすが忌まわしき勇者の末裔……我が因縁の相手」

「そんな設定知らない」

 どろどろと溶け始めたボス1。

「せいぜい一時の平和を満喫するがいい……光あるところ影もまた存在する。いずれ第二第三の魔王が……ぐふっ」

「……パクりかぁ」

 ゆうしゃはもう疲れた。だが。

「何で一撃なんだよ! ステータス設定くらいしとけやあああ!」

 虚空に憤りをぶつける事はやめなかった。


「大したこと無かったネ!」

「ゆうしゃさんの前では魔王も形無しだっただけですよ!」

「ほっほ。とうとう成し遂げましたな」

「やりましたわ、ゆうしゃ様!」

「私も力になれたでしょうかね」

 ここに居ない声だけのそうりょとまほうつの台詞を含めた仲間たちが大団円と喜ぶ中、ゆうしゃは項垂れた。

「設定もストーリーもフラグ管理も意味不明だった……つかれた……あの魔王のどこが世界の脅威? いい加減にしろよマジ製作者……いや、昔のわたしよ」


 この作りかけのようなゲーム。

 前世のゆうしゃが子供の頃、制作に頓挫してしまった自作ゲームだったのだ。


「気付きたくなかったよ……」

 お気に入りのジョブをチート仕様にするのも。

 序盤に手に入るテスト用の最強武器があるのも。

 道中のイベントも無くいきなり魔王城に行けるのも。

 気をてらって魔王のグラフィックを弱そうにするのも。

 全部子供さながらのお遊び、これおもしろくね? という前世の子供のドヤ顔が目に見えて。

「うあぁあああぁっ」

 呻いて羞恥に悶えるゆうしゃ。

「またいつもの病気ネ」

「ゆうしゃ殿は偉業を成し遂げても変わりませんな」

「ゆうしゃさんは、そういうところ凄く、か、かわいいと思います!」

 仲間たちが笑い合ういつもの様子に、ゆうしゃは苦笑いして立ち上がろうと――。


「え」

 世界一臭い魔王が座っていた玉座に、魔物が座っている。

「いつの間に」

 ゆうしゃも仲間たちも体勢を整え、武器を構える。

 玉座に座る魔物は、紫の皮膚に腕が四本。禍々しい角が二本生え、真っ赤な目を細めて――。


「遊ぼうよ!」


「は?」

 ぽかんとするゆうしゃたちに無邪気に襲いかかってきた。


 ぶとうかが咄嗟に繰り出した蹴りを容易に掴み、そのまま遠くに放る紫のいかつい魔物。

「うわぁっ!」

「ぶとうか!」

「あのぶとうか殿の素早い蹴りを……うおおおっ!」

 ショーニが気合を入れ拳で殴りかかるが、同じように腕を掴まれ、同時に剣を振り下ろしたゆうしゃとせんしも、それぞれ腕で防がれた。

「くっ……押し返……される」

「ぶとうか、大丈夫!?」

 ゆうしゃは競り合いでは勝てないと一度後ろに退いた。ぶとうかは上手く受け身を取れたものの、掴まれた足首をやったらしい。

「イタタ……なんで、魔王より強いヤツいるノ? 今までと強さがだんちネ」

(ごめええええん!)

 ゆうしゃは剣を構えながら心で叫んだ。


 魔王の後に伏線も無く唐突に現れる、やたら強い隠しボス。恐らく。

(これステータスカンストだろ! ふざけんな前世のわたし! あと変なキャラ付けすんなや!)

 チート仕様であろうショーニすらも押し負けている。

(仲間キャラの初期ステータスと敵のそれは桁そのものが違うんだよ……)

 パーティ加入キャラはレベルアップによる加算があるため、そのような仕様なのだ。

 隠しボス・『ボス2』は様子をみている。


 ショーニは振り払われ、せんしも。

「ゆうしゃさん、逃げてください! あなたは最後の希望なんです!」

「せんし……! あ、危ないっ!」

 ステータスカンストが振りかぶる一撃なぞ、生身の人間がくらったらどうなるか。

 ゆうしゃは寒気と同時にその紫の腕を切り落とそうと剣を振り下ろす、のではなく飛びあがり両手で剣を腕目がけ突き刺した。

 それは全く効かなかったが、せんしが身を翻す時間稼ぎにはなったようで、ゆうしゃは安堵してすぐに離脱した。

「わたし一人逃げる? 逃げるならみんなだよ! わたしは勇者なんだから!」

「ゆうしゃさん……僕はあなたに生きてほしいんです!」

 それらしい応酬をしながらも、ゆうしゃは遠くにいる仲間二人の様子も窺う。ぶとうかにショーニが薬草2を渡しているようで、ゆうしゃはホッとする。

 だが進退窮まった。

 ボス2は様子をみている。


(これ……勝てるの? 魔王はそもそもステータス設定してなくて……すぐに魔王城に着いて途中の強いボスなんて出会わなかった……わたしがエタったせいだ……)

 前世のゆうしゃが大風呂敷を広げ、いい加減に制作して途中で投げ出したせいで、と彼女は絶望と自分に対する怒りが湧き――。


 ゆうしゃは、すっ、と剣を下ろしどこか穏やかで諦めの顔を見せた。

 ボス2は様子をみている。


「ゆうしゃさん……」

 せんしは何かを察した。遠くで怪我を治し臨戦態勢に入ろうとする二人も、また。

「ゆうしゃ、だめヨ」

「ゆうしゃ殿、あれを……やるのですな」

「だ、駄目です、ゆうしゃさん! 僕はあなたを……!」


 ゆうしゃは、背に負っているあるものを引き抜いた。

「せ、聖なる棒、エクスカリボー! わ、我に力をおおぉっ!」

 真っ赤な顔でヤケクソ気味に叫んだ若干涙目のゆうしゃは、隠しボスに突進するように駆け、ただの棒を振り上げた――。





 かくして、世界に平和が訪れ、勇者一行は最初の国へ凱旋した。


「ねええぇ、馬鹿じゃないの? ねえ馬鹿じゃないの前世のわたし! 詠唱魔法に変な名前つけんてんじゃねえええぇっ!」

 ちょっとお高い宿屋で一人一部屋を宛がわれた勇者一行。

 ゆうしゃはベッドに物理的に潰れて叫んでいた。

「『聖なる棒』『エクスカリボー』『我に力を』とかどんな中二魔法! つかテスト用チート武器なら最初から常に力開放しとけやあああぁっ! 変に手の込んだフラグ仕込みやがって! 多人数パーティすら組めなかったくせに!」

 手が込んでいるのか手抜きなのか、そのただの棒はすでに力を無くし、ただの棒になってしまっている。

 うつ伏せの羞恥の叫びはいつものように枕に吸われる。今日は上質な枕だ。その叫びをより吸い取ってくれるだろう。

「恥ずかしいよぉ……あんな魔法唱えたくなかったよぉ……」

 仲間たちは別段恥ずかしい呪文であると認識はしていないようなのが、ゆうしゃにとってまだ多少の救いであった。


 少し前、村長からの餞別『ただの棒』をショーニが鑑定した際、その力と、使用するための条件――3つの詠唱魔法――を知り、ゆうしゃはこれが自作のゲームであると確信した。

 そしてゆうしゃは現実逃避した。

『これは……使っちゃだめなやつ。絶対……わたしの中の何かが壊れる』

『ボス2』戦で仲間たちが棒を使う事に過剰に反応したのは、ゆうしゃがこの時、沈んだ顔で意味深な発言をしてしまったからだったのだ。



 とぼとぼと部屋を出て、食堂に降りるゆうしゃ。落ち込んでいてもお腹は空くのが人間だ。

 食堂には既に仲間たちが集っていて。

「あ、ゆうしゃ。ホントにどこも悪くないカ?」

「ふむ、見た感じ不調は無さそうですが万が一もありますからな」

 ぶとうかもショーニも珍しく本気で不安そうに心配している。

(めっちゃ誤解されてる……!)

 ゆうしゃは後ろめたいが、本当の事を言う勇気はない。

「大丈夫。食欲もあるし。お腹すいたー」

 ぶとうかの隣に座りメニューを広げるゆうしゃを、切ない目が見ている。

「……ゆうしゃさん。すみません。僕たちが……僕が不甲斐ないばかりに」

「え? いや、大丈夫だよ。魔王と隠し……あの強い魔物も倒せたんだし、みんな大きな怪我もなく帰ってこれたじゃん。ありがとね、みんな!」

 納得したようでただ落ち込んでいるせんしの事はまず後回しにして、ゆうしゃたちは次々と食事を頼んだ。


 焼きたてのクロワッサン、表面がかりかりのローストチキン、旬の魚のカルパッチョ、芋と卵のサラダ、腸詰と野菜ごろごろのスープ。

「おいしそうネ! いただきマス」

 運ばれてきた湯気立つ料理に手を伸ばすぶとうか、追加で葡萄酒を頼むショーニ、ゆうしゃもチキンを切り分ける。

「ねえ、せんし。食べよう? 無くなるよ」

「は、はい」

 お腹が鳴ったせんしは顔を赤らめつつフォークを握った。


 魔王は倒したものの、未だ魔物による脅威は無くなっていない。ゆうしゃたちの旅は続く。


「イベント1があれば……あの子は助かるのに……」

 咽び泣く母親に、せんしとショーニは涙ぐみ、ぶとうかは意気込み。ゆうしゃは。

(イベント残ってたああぁっ!)

 天を仰いだ。

「ゆうしゃ、行くネ!」

「恐らく村の伝承にあるでんしょ山にイベント1があるのでしょうな」

「ゆうしゃさん! 頑張りましょう! 何としてもあの子を助けないと!」

 仲間たちの鼓舞を差し引いてもゆうしゃのテンションは低い。

「お、おー……」


「これがイベント1」

 ゆうしゃがそれを手に取り、ショーニに鑑定をお願いした。

「ふむ。これは……蘇生3ですな」

「はい?」

 反応したのはゆうしゃだけだった。

「仲間の死亡を治し、完全に回復させるアイテムですぞ。売れば……」

 つらつらと蘇生3の説明をするショーニの言葉をもうゆうしゃは聞いていなかった。

「アイテムデータの指定ずれてんだけどおおおぉっ!」

 データに新たなアイテムを割り込ませたせいで、本来イベント1がある欄がずれていたのだ。


「イベント1……! まさか、この子のために!」

「ありがとうございます、ありがとうございます!」

 魔物の呪いで床に伏していた子供の両親に、ゆうしゃは虚無を渡した。手元には蘇生3が残っている。アイテムを渡す処理の方は修正していたのだろう。

 みるみる内に子供の顔色は良くなり、飛びあがり跳ねた。

「わーい! なおったよ!」

「ううっ、よかった……本当に感謝してもしきれません……!」

 苦笑いのゆうしゃだが、内心は極限に安堵していた。

(治ってよかったね……いや、ホントに。イベント1の所持でフラグ管理してたら一生この子は呪いを受けたままだったんだよね……)


 この時ゆうしゃは薄々勘付いていた事をしっかりと自覚した。

(何でわたしが勇者として転生したのか……分かった気がする)


「魔王の進行により我が軍は壊滅状態だ」

 軍事大国の将軍はそう嘆く。

(魔王もういないんだけどね)

 ゆうしゃは死んだ目で、仲間と共に協力要請を受けた。

 しかし、どれだけ待っても魔王軍が攻めてくる事はなく――勇者一行は軍事大国を後にした。

「イベントぶつ切り……」


 魔物に苦しめられる人々を辿り、ついには――。


「我が名はシュートレミング=マオウグ=アウストニス103世である」

 地の底を這うような声に、ゆうしゃは。

「なんか復活してんだけどおおおぉっ!?」

 正規ルートで魔王城に辿り着いてしまった勇者一行は、またもボス1と邂逅してしまった。

 魔王は魔王城を出たあの時点で復活してしまっていたのだ。

「大丈夫ヨ、ゆうしゃ。アタシたちあれからもっと強くなったネ」

「あの強大な魔物も今ならば」

「そうです! 今度こそゆうしゃさん一人に背負わせません!」

 既にボス1は眼中にない仲間たち。

(いやぁ……ステカンストのボスはさすがに今でも歯が立たないと思うよ……って)

 ゆうしゃは気付きたくない事に気付いてしまう。


 また、あの呪文三連を唱えなければならないのだという事実に。


「い、いやああああああっ!」

 半狂乱で魔王に斬りかかるゆうしゃ。


 そんなゆうしゃの冒険はまだまだ続く。




やりすぎるとジャンルホラーになってしまうので、この辺で。

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