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ぜんぺん


 異世界転生した勇者・『ゆうしゃ』

「なんでゆうしゃなんだよ!」

 少々口が悪いがどこにでもいるような極普通の女の子ゆうしゃは、突如前世の記憶を思い出す。

「何で今までおかしいと思わなかったの? 馬鹿なの? わたし」


 この異世界、別に特殊な名前が流行っているとかそんな事はない。

 ゆうしゃの父はディン、母はセフィだ。

「なんでもっとちゃんとした名前つけてくれなかったのぉ!? フィンとかセディとかいろいろあったじゃん! 百歩譲ってユーシャとかでもいいじゃん!」

 アルコールの匂いと熱気、その酒場に漂う空気が謎の奇声により一気に固まった。ゆうしゃはそんな周りに気付かず、仲間候補の前で四つん這いになってうなだれた。

 その仲間候補はそんな周りを引かせた少女勇者を横目で見ながら、むしゃむしゃと骨付き肉を貪っている。

「で、結局キミはゆうしゃ? フィン? セディ?」

 口元のソースを拭ったその仲間候補の少女は、おさげの長い三つ編みを揺らして首を傾げた。

「ゆうしゃだよ! 勇者のゆうしゃ!」

「そ、アタシの事仲間にしてくれんだよネ? ヨロシク!」

 ちゃっ、と片手を上げて歯を見せて笑うその少女は、未だ蹲る挙動不審な勇者でも仲間になってくれるらしい。

「アタシ、武闘家のぶとうか。仲良くやろうネ!」

「お前もかああぁああっ!!」

 背を反らせ天を仰ぎ叫ぶゆうしゃは、店を追い出された。


「まだ食べたりないヨ!」

「ご、ごめんて。ごはん出してくれる宿屋に泊ってるからそこ行こう? お詫びにおごるし」

「ホント? やったネ」

 ぷりぷりと怒るぶとうかに奢ると言ってしまったゆうしゃは後悔――したりはしなかった。


「いや、普通だな」

「はぁー食べた食べた。満足ネ」

 ぶとうかはありがちな大食いキャラという訳でもなく、小食でもなく、普通だった。

「食い意地が張ってただけかぁ」

「失礼ネ」

 どちらかと言うとゆうしゃの方がまだ食べる方だった。


 前世の記憶が蘇る前の少女ゆうしゃは、勇者と認められて魔王退治なるものを薦められ、まあ仕方がないかと特に抵抗もせずに故郷を旅立ったのだが。

「いやそれもおかしい。準備とか、もうちょっとさ、お金くれたりとか、せめて武器とか防具とかさ」

 正確には村長から餞別は貰った。そこらで拾えそうな、少し立派な棒を。

 棒だ。武器と形容するのも烏滸がましい、ただの棒。新たに武器を調達した今も何となくゆうしゃはそれを持っているが。

「ないわー、他人事だと思ってさ」

「ゆうしゃは一人ゴトが多いネ。にぎやかでいいと思うヨ」

「ごめん、癖なんだ」


 中々ほがらかで人の良い最初の仲間、ぶとうか。なんだかんだ、ゆうしゃはぶとうかを仲間に誘ってよかったと思った。

 異世界転生なるものを経験して、女勇者としてハーレム、なんて理想は所詮理想だ。生活を常に共にする仲間は同性がいいと酒場に入る前に決めていたのもある。

「さすがに二人じゃ駄目だよなぁ。どうしよ」

「酒場出禁になったモン。仲間探しむずかしいかもネ」

「ごめん、ほんと」

「戦士とかほしいネ。戦闘はガンガン攻めあるのみヨ!」

「まあ分かる。でもやっぱ回復役は必須でしょ」

「え?」

「え?」

 きょとんとするぶとうかに、ゆうしゃは何か間違ったかと首を捻る。

「回復なんていらないヨ。怪我する前に敵を仕留めるだけネ」

「脳筋だったああぁ!」

 テーブルにつっぷすゆうしゃ。


「あの」

 食後の二人に声を掛ける人間がいた。

 ゆうしゃが顔を上げると、そこには男――まだ少し幼いが、皮の胸当てに腰に下げた剣という出で立ちである事から職業は一目瞭然。

「あ、イケメンネ」

 ぶとうかが手を叩く。

「えっと、僕さっきあの酒場にいて……勇者さん、僕を仲間にしてくれませんか!」

「え、いいよ」

「か、軽いですね」

 願ってもない。ゆうしゃもぶとうかも戦士を欲していたのだ。

「弱そうだけど戦士ヨ! やったネ、ゆうしゃ」

「うん。よろしく、えっと」

「あ、申し遅れました。僕、戦士のせんしです!」

「ああああぁああぁっ!!」

 今度は宿屋を追い出されるのは避けようと、ゆうしゃは精いっぱい小声で叫んだ――。


「あ、私は魔法使いのまほうつです」

「…………」

 仲間を求め、何人目かで魔法使いをスカウトしようとしたゆうしゃは、察した。

「これゲームだ」


 魔法使いのまほうつに丁重に頭を下げ、ゆうしゃはひとり町中をとぼとぼと歩く。

「何だよ『まほうつ』て。文字制限かよ……文字制限にしてももうちょっとまともな名前つけてやれよ……」

 今、ぶとうかとせんしもバラバラに仲間を探してくれている。こんなところで落ち込んでいる暇はないのだ。彼女は勇者なのだから。

 だが仲間二人は魔法なんていらない派であった。

「ぶとうかはともかくせんしも脳筋かよ……わたしの負担……」

 ゆうしゃも多少魔法は使える。初歩の回復と火花が散るくらいの軽い攻撃魔法だが。

「わたしも剣の方が得意だしなぁ」

「お困りのようですな」

「なんだ藪から棒に」

 突然話しかけてきた中年の旅装束に身を包んだ男にツッコむゆうしゃ。

 大きな鞄を背負い、袈裟懸けにも収納を備えているその男は。

「商人かぁ」

「おや、わかりますか」

「わからいでか」

 ゆうしゃはちょっと疲れた。

「どうやらお仲間を探しているようで。どうです、私を同行させれば色々役に立ちますぞ」

「うーん」

 ゆうしゃは迷った。確かにRPGの商人は大概不遇というか、役に立たない扱いをされがちだ。

 だが、ゆうしゃはそんな商人キャラが嫌いではない。キャラとして見ればバックボーンも個性も惹かれるものが多い。

 実際、この商人を仲間にしたら道中の金銭面も潤うのだろうし、確信的に頼りになるという説得力があった。

 この際回復役は後回しにしようと、彼女は頷く。

「えっと、わたしは勇者の……ゆうしゃ、です」

 前世の記憶が蘇る前は全然気にしなかった名乗りも、とてつもなく恥ずかしいゆうしゃ。

「私は商人のショーニと言います」

「ちょっとひねってんじゃねえええぇっ!!」

 死角からの突然のジャブについ往来で声を上げてしまったゆうしゃだった。


 商人のショーニを連れて待ち合わせ場所の宿屋に戻ったゆうしゃ。

「商人さん、ですか」

「えー、商人って何できるノ?」

 せんしとぶとうかは難色を示す。ゆうしゃは、まあまあと宥める。

「あのねぇ、わたしたちみたいな子供が旅なんて簡単じゃないよ? 分別のつく大人も必要だよ。特に商人なんてお金の管理とかありがたい存在だよ?」

「そうですね、ゆうしゃさんがそう言うなら」

 せんしはしゅんとしながらも納得した。

「ふーん、確かにそうネ。でも、強いノ?」

「おやおや、ナメてもらっては困りますぞ」

 にやりと笑った後、無言でテーブルに肩肘をつけお互いその手を手を握り合って腕相撲の形を取る二人。

「ゴー!」

 思わず合図をしてしまったゆうしゃは、ぎりぎりと競い合うぶとうかとショーニを尻目に呆れた。

「なにやってんだか」


 腕相撲はショーニにより勇者一行の3タテで決着を迎えた。

「つ、強いです」

「やるネ……強さを疑ったコト、謝るヨ」

「うん、まあそうなるわな」

 ゆうしゃは当然だと思った。

 この――筋骨隆々な商人に単純な力で勝てるわけがないのだ。

「ほっほ。若いですな」

 丸太のような腕を見せつけ、ショーニはノリ良く持ち上げられてくれた。大人である。

 やんややんやと盛り上がる仲間三人に呆れ、肩を落とすゆうしゃ。

「回復役はこの際諦めよう……この面子なら力押しで行けそうだし……」

 ゆうしゃも大概脳筋であった。

 だが。


 隣の町へ移動したその日。

「えっ、そうりょさん、仲間になってくれるの!?」

 何処か気の強そうな可愛らしい女性はゆうしゃの驚愕に笑顔で頷いた。

「もちろんですわ。勇者様のお供に選んでいただけるなんて光栄です」

「や、やったあああ!」

 古典的RPGの仲間は四人。という固定概念を覆され、万歳三唱で喜ぶゆうしゃに満更でもなく頬を染めた僧侶のそうりょは、言った。

「あら、仲間がいっぱいですね。わたくしは外の馬車に行くとしましょう」

「え、外? 馬車?」

 ゆうしゃが戸惑い慌てている間にも、そうりょは颯爽とその場を去ってしまった。

 ゆうしゃの中途半端に持ち上げた手が哀愁を誘う――。


 ゆうしゃは必死に町の外を探した。結局そうりょを見つける事はできず、とぼとぼと宿屋に戻る道を歩いていたら。

 いたのだ。そうりょが。

「もちろんですわ。勇者様のお供に選んでいただけるなんて光栄です」

 心配して話しかけたゆうしゃに、何処か気の強そうな可愛らしい笑顔で頷くそうりょ。

「あら、仲間がいっぱいですね。わたくしは外の馬車に行くとしましょう」

 颯爽とその場を去ってしまったそうりょ。

「…………」


 ゆうしゃの目からハイライトが消えた――。


 ゆうしゃはその日の夜、宿屋のベッドの上、うつ伏せで物理的に潰れていた。

「うぅ……なんで……そうりょさん……どうして……」

 結局、僧侶のそうりょは仲間にならなかった。

「なにこれ、こわい……ゲームなのは何となくわかってたけど……こわい」

 だが、ゆうしゃにも覚えがあった。

「クソが……製作者どうせ素人だな……フラグ管理ちゃんとしろや……多人数パーティやろうとして挫折すんなや……」

 前世、自分でゲームが作れる! 可能性は無限大! なるキャッチコピーのゲーム制作プログラムで遊んだ記憶が確かに彼女にもあったのだ。素人の妄想を形に出来るような自由度の高いゲームが作れる訳では無かったが。

「名前からしておかしかったんだ……何だよゆうしゃって、ぶとうかって。しかもショーニって。『しょうに』でいいじゃん……魔法使いは『まほうつ』だったくせに。作者贔屓かよ……」

 見えない製作者への文句は顔を押さえつけた枕に吸われた。

「適当に名前つけておいて後から凝った名前差し替えるつもりだったんだろ? なあ製作者」

 それに薄々気付いて見て見ぬ振りをしたのは、少し前。


「ゆうしゃ殿。これを。薬草1ですぞ」

「は? いち?」

「使ってくだされ」

 ショーニが戦闘中何処からか拾ってきた薬草1を渡してきた。

「あ、ありがと」

 口元を引きつらせて有り難く薬草1を受け取った事があったのだ――。


 現実から逃げるように夢現を漂っていたゆうしゃに、影がかかる。

「ゆうしゃさん」

 潰れるゆうしゃを気遣いながら泣きそうに見下ろしていたのはせんしだ。

「ああ、せんし。どしたの」

「ゆうしゃさん、その、僕じゃやっぱり頼りないですか……」

「はい?」

 ただ事ではないとゆうしゃは身を起こした。

「そのそうりょさんって人の方が頼りになりますか? 僕は……」

「せんしは頼りになるよ?」

 ゆうしゃはせんしの腕を軽く叩いて安心させた。

(駄目だなぁ……仲間に心配させすぎた。この世界がヘンなのなんて分かってたことじゃん)

 空元気に笑うゆうしゃに、せんしは余計に落ち込んでしまった。


「せんし! 無茶しないで!」

 あれからせんしは事あるごとに無謀な先陣をきるようになった。ゆうしゃは彼の背を追う。

「焦っていますな」

「余計足を引っ張るだけネ」

 武器を片手に持ちながら遠心力で拳をインセクトにめり込ませるショーニ。

 横から飛びかかるインプに綺麗な円を描き蹴りを見舞うぶとうか。

 勇者一行の旅は順調であった。しかし。

「危ない!」

 せんしの背後に迫るインセクトの鎌。ゆうしゃはあと一歩が届かない。

「ぐっ……」

 間一髪避けたせんしだが、致命傷を避けたというだけ。腕が深く裂けた。

「っ、この」

 ゆうしゃはたたらを踏んだせんしを庇い袈裟懸けに斬り下ろす。固く引き締まった甲殻が剣を阻むが。

「切れ、ろっ!」

 腕の筋肉が引きつりちぎれそうな中、体重も乗せゆうしゃはインセクトを切断した。

 ぶとうか達の方も片付いたようである。

「ショーニ! 薬草2はある!?」

「薬草2は一つしかありませんぞ」

「いい! 早く!」

 魔物の死体を物色していたショーニは鞄から薬草2を出してゆうしゃに渡した。

 せんしは痛みに歯を食いしばっていて口腔からの治療は無理そうだと、ゆうしゃは直接患部に薬草2を擦り付ける。

 呻くせんしにぶとうかもショーニも厳しい。

「やっぱり足手まといネ」

「良くないですぞ、せんし殿」

「説教は治ってからにしよう、ショーニ、まだ足りない。薬草1もちょうだい」

 せんしは痛みが和らいで多少余裕が出来たのか、ゆうしゃから受け取った薬草1をむしゃむしゃ咀嚼した。


「すみません……」

 せんしはすっかりしょぼくれている。

「どうしちゃったの、最近」

 ゆうしゃは別に尋問するつもりはないがらしくないとは思った。せんしは剣一本気質ではあるが、どちらかと言うと引き腰で果敢に攻める性格ではない。

 押し黙るというより言い淀んでいるせんし。

「ふむ。ここはゆうしゃ殿に任せましょうぞ」

「しっかり反省するネ」

 二人は離れていった。

 このパーティの最年長はショーニだが、リーダーは勇者のゆうしゃである。彼女は頷いた。

「何か悩みとか、言いたくないなら無理に聞かないけどさ……その、まさかパーティから抜けたいとか……」

 せんしは慌てて首を振って否定した。

「ゆ、ゆうしゃさんも僕を足手まといだって思いますよね……」

「え、うーん。そうは思わないしいつも助かってるよ。でも最近の無謀な突貫はだめでしょ。急いでるわけじゃないし無理しないで、わたし達らしく行こうよ」

 ノービスパーティの勇者一行。今は無理をする時ではないのだ。

「ぶとうかも頼りにしてて心配してるからあんなキツい言い方になっちゃうんだと思うよ」

「はい……それは分かってて、僕が悪い事も……でもどうしてもゆうしゃさんに……」

「ん?」

 どうやらせんしの最近の暴走はゆうしゃが原因らしい。

「僕はゆうしゃさんにひ、必要とされたいんです!」

「うん、してるってば」

「そういう事ではなく……」

 しょんぼり肩を落としたせんしだが、どこか憑き物が落ちたような顔をしていた。


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