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第2章 赤蜥蜴と赤羽根とアサシンギルド 第1話、行方知れずのローゼリット

赤蜥蜴と赤羽根とアサシンギルド


     プロローグ


 その夜、ラングリアの町は激しい雨と雷に見舞われていた。


 激しい雨と雷の轟音が響く中、虎猫亭の203号室の扉が小さくキィィとかすかな音を立ててそっと開かれる。

(チッ)

 その扉を開けた人影が心の中で舌打ちする。そして小さく開けた扉の外から中をそっと伺った。たいして広くない部屋の中は真っ暗であり、雨と風が窓を叩く音だけが響いている。

 人影はさらに目を凝らして中の様子を確認した。入り口のすぐわきに小さなテーブルと椅子が一つずつ、さらに窓のわきにベッドが一つ置いてあった。

 人影は音もなくそっと扉の中に身を滑り込ませた。そして再びかすかなキィィという音を立てて扉を閉める。

(くそっ!)

 思わず舌打ちしそうになるのをグッとこらえる。扉の立て付けの悪さを呪うと同時に、いつまでも扉を立て付けが悪いままにして置く虎猫亭のマスターに軽い恨みを抱いた。

(いや、今はそんなことはどうでもいい)

 人影は気を取り直すと、気配を消し、音もたてずにベッドのわきに近づいていく。そのベッドでは毛布がもり上がっており人が寝ているのが分かった。しかも、その盛り上がり方はかなり大きく、寝ている人間がかなり大柄な者であろうことが伺えた。

ゴロゴローン!

 次の瞬間稲光が走り、雷鳴が鳴り響く。一瞬の光、だが人影にとってはそれだけで十分だった。稲光の瞬間にベッドで寝ている人間のシルエットが浮かび上がっていた。

 ベッドで寝ていたのは竜の様な顔を持ち、全身の鱗と大柄な体、長い尻尾を持った種族…リザードマンだった。色までは確認できなかったが、人影はシルエットだけで寝ているのがリザードマンだと確信する。

 ベッドに寝るリザードマンを静かに見下ろす人影。そして人影は懐に手を伸ばすと、音もなく何かを引き抜いた。

ゴロゴロゴローン!

 再び稲光が走り、雷鳴が響き渡る。稲光の瞬間人影のシルエットが一瞬だが僅かに浮かび上がった。スラッとした細身で胸のふくらみから女である事が分かる。そして耳がわずかに尖っていた。そして同時に人影が懐から引き抜いたものも浮かび上がる。稲光に刀身がギラリと光るそれは短剣だった。

 そう、つまり眠っているリザードマンのベッドの横に短剣を握りしめた女が一人立っている、そんな状況だった。

「…………」

 人影は無言のままただずんでいたが、意を決したように短剣を逆手に持ち替える。そして両手で握りしめると大きく振り上げた。

「………許せ…」

 かすかにポツリと呟くと、人影は短剣を眠っているリザードマンめがけて一気に振り下ろした。

ガシッ!

 次の瞬間、人影が振り下ろした短剣は眠っていたはずのリザードマンによって受け止められていた。毛布の下から延ばされた手が振り下ろした人影の腕を受け止めている。

「何⁉」

「許す訳ないだろ、アホか」

 驚愕の声を上げる人影。次の瞬間リザードマンは毛布を跳ね上げ人影に投げつける。それを避けた人影は飛び退いてリザードマンと距離を取った。

「何のつもりだ?」

「……………」

 リザードマンの問いには答えず、人影は短剣を一度懐にしまい込んだ。そしてさらに別の何かを懐から取り出した。しかし、それが何かはこの暗闇の中では分からない。暗闇の中で人影は手の中で何かを伸ばすような動きをした。

「………すまん…」

「あ?」

 人影は謝罪ともとれる呟きをした瞬間、ダッ!と音を立てて床を蹴った。そして凄まじい速さで狭い室内を床、壁、天井を蹴りながら縦横無尽に飛び回る。

「うお⁉」

 驚いたように両腕を前で交差させ、防御姿勢を取るリザードマン。跳び回る人影に背後を取られないよう、人影が正面に来るようにうまく立ち回る。

 そして、そして人影は再び元の場所に戻ると、何かを持った右腕を強く引っ張る仕草をした。次の瞬間リザードマンの動きがピタリと止まる。

ギリ……。

 何かを引っ張るような音がかすかに響く。

ゴロゴローン!

 またも響く雷鳴。一瞬の稲光はリザードマンに絡みつく糸の様な物をわずかながら映し出していた。そしてその糸の様な物は人影の手元につながっていた。

 強く引っ張られる糸の様な物。リザードマンに絡みついた糸の様な物は、かなりの強度を誇っているらしく、そのままリザードマンを締め上げている。……否、その強度を考えれば、締め上げているのではなく、バラバラに切断しようとしている可能性の方が高かった。

「………終わりだ…」

 呟いた瞬間人影は手に持った糸のようなものをさらに強く引っ張る。リザードマンに絡みつく糸のようなものがギリギリと音を立ててさらに絞られリザードマンの鱗に食い込んでいく。

 しかし、そこまでだった。

「ぬあぁ!」

 次の瞬間リザードマンは全身の筋肉に力を込める。そして振り払うように両腕を広げた。

ブツッブツッ!

 音を立てて糸の様な物が切れる。リザードマンの筋肉の膨張や衝撃に耐えられなかったのである。

「ウソだろ⁉特注のミスリル製の鋼線だぞ⁉」

 初めて動揺を見せる人影。悲鳴のように叫びながらリザードマンとの距離を取る。そして再び懐に手を入れると、短剣を引き抜いた。

「化け物か……」

「さあな…」

 人影の呟きに答えるリザードマン。しばしの沈黙が流れ、互いに動かず相手の隙を探している。

 一見短剣などの得物を持っている人影の方が有利に見えるが、リザードマンはミスリル製の鋼線を断ち切る鱗の強度と筋肉を持っている。そんな者の拳を受ければ細身の女である人影はひとたまりもないだろう。決して人影にとって有利な状況だとは言えなかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 互いに黙ってにらみ合う二人。短剣を構える人影に、拳を握りしめるリザードマン。だが、次の瞬間先に動いたのは人影の方だった。

ダンッ!

 激しい音を立てて床を蹴る人影。そのままリザードマンにとびかかり短剣を振り下ろす。

ガツッ!

 しかしその一撃はリザードマンによって受け止められる。人影の腕をつかむリザードマン。そのまま腕を握りつぶすが如く拳を握り込む。

「うぐ!」

 たまらず短剣を取り落とす人影、しかし同時に人影が繰り出した蹴りがリザードマンの顔面を襲う。

「おっと…」

 すんでのところで蹴りを避けるリザードマン。しかし、手は放してしまい人影はいったん距離を取った。その様子を見たリザードマンは足元に転がった短剣を拾い上げる。そしてその短剣の刀身を人影に見せつけるように顔の前に掲げた。

「……く…」

 悔しそうに身体を半歩下がらせる人影。それを見てリザードマンはニヤリと笑った。そして、見せつけるようにその短剣の刀身にベロリと舌を這わせる。その様子はまさに『悪のリザードマン』そのものだった。

 さらに見せつけるように刀身の裏面にもベロリと舌を這わせるリザードマン。

そして………。

「さあ、何のつもりか話してもらうぞ、金目ハーフ」

「……………」

ピカピカゴロゴロドドーーン‼

 ひときわ激しい雷鳴が響いた。そしてその稲光によって二人の姿が映し出される。

 稲光によって映し出されたリザードマンは赤い鱗を持っていた。世にも珍しい赤鱗のリザードマン、ドレイク・ルフトである。そして人影の方は少し尖った耳と、黒い髪が映し出される。部屋の中が再び暗闇に戻ると金色の瞳だけが光が怪しく輝く。ハーフエルフの盗賊、ローゼリット・ハイマンだった………。

・・・・・・・・・・・・・・・

 再び沈黙が流れる。そして……ふと思い出したようにローゼリットがドレイクの持っている短剣を指さした。

「そう言えば…それ」

「ん?」

 ドレイクは短剣に視線を移す。ドレイクの唾液まみれになっていたが、よく見ると刀身に唾液以外にも何か付着しているような……?

「何だ?」

「いや、その短剣……刀身に毒を縫っておいたんだが……」

「ブフーーー‼」

 思わず吹き出すドレイク。しかし時すでに遅し、毒をなめたとも知らずにとっくに飲み込んでしまっていた。

「て、てめえ金目ハーフ‼何つうことを!」

「知るか、勝手に舐めたのはお前だろう」

「うおおおお!チクショー!………う!」

 ドレイクの動きがピタリと止まる。カランと音を立てて短剣がドレイクの脚元に落ちる。暗闇の中で見ても分からないが、どうやら脂汗を流しているようである。

「安心しろ……苦しみはしない、すぐに楽に……」

キューゴロゴロゴロ……

「ぐぅおおおおお!は、腹がぁぁぁぁ!」

「え?……腹?」

 思わず間抜けな声を出してしまうローゼリット。

(腹……?おかしい、普通のヒューマンやエルフくらいなら即死する猛毒を致死量の10倍くらい塗ってあったんだが……?)

 首を傾げるローゼリットに、ドレイクはビシッと指を突きつける。

「く、くそ!……おい金目ハーフ!覚えておけ……いや、ここで待ってろ!逃げるんじゃなねえぞ!」

 そう叫ぶと、ドレイクは勢いよく扉を開けて駆け出していった。どうやらトイレに駆け込んでいったようである。どたどたと走る音と、バタンとトイレの扉が勢い良く締まる音がした。

・・・・・・・・・・・・・・・

キューゴロゴロゴロピー……ゴロゴロピーゴロキュー……………プリプー♡

(………プリプー♡…?)

 謎の音に疑問を感じたローゼリットだったが、すぐに気を取り直してドレイクが落としていった唾液まみれの短剣を鞘にしまい込む。

(チッ……殺り損ねたか…)

 トイレまで追いかけていくことも考えたが、どんな悪臭がするか分かったものではないので行く気になれない。かといって、ドレイクに言われた通りに部屋で待っているつもりなど微塵もなかった。

 ローゼリットはそのまま部屋の窓を開けると、豪雨が降りしきり雷鳴が轟く中、窓の外へその身を躍らせた。






     第1話 行方知れずのローゼリット




「ねえねえ二人ともー!ローゼ見なかったぁ⁉」

「「はあ?」」

 ドレイクとフリルフレアの声がキレイにハモった。

 ここはラングリアの町にある虎猫亭。冒険者ギルドに登録している冒険者たち御用達の宿にある。そこの1階の酒場では今朝も多くの冒険者たちが朝食を取っていた。

 その中に奇妙なやたらと赤い凸凹コンビが一組。一人は大剣を背負い、一部壊れかけた部分鎧を身にまとい、何よりも全身真赤な鱗に覆われた大柄なリザードマン、ドレイク・ルフト。もう一人は赤茶色の髪を三つ編みにし、紅の瞳を持ち、何よりも非常に目立つ美しい深紅の翼を持つ小柄なバードマンの少女、フリルフレア・アーキシャ。

 二人はそろって朝食をとっている最中だった。ドレイクの目の前には相変わらず朝から大量の料理が並んでおり、コロッケ、フライドチキン、ハンバーグ、エビフライ、クリームシチュー、グラタンと皿の置き場がないほどである。そしてフリルフレアの目の前にも相変わらずひき肉と玉ねぎのオムレツが置かれていた。

 ちなみに彼らは毎朝「毎朝毎朝よくそんなに食べられるね」「毎回毎回オムレツでよく飽きないな」と言い合っていたが、それはまた別の話である。

 そして、そんなドレイクとフリルフレアに声をかけたのは、オレンジ色の髪をショートカットにし、青い瞳を持ったケット・シーの女、スミーシャ・キャレットだった。

 スミーシャは少女らしい面影を残した顔を上気させ、豊満なバストをブルンブルン震わせながら、テーブルをドンドンと叩いていた。

 フリルフレアは揺れるスミーシャのバストに思わず目を奪われ、次に自分のつつましい胸と見比べて思わずため息をついてしまうが、すぐに気を取り直してスミーシャを見上げた。

「スミーシャさん、落ち着いてください。ローゼリットさんがどうしたんですか?」

「ローゼが!ローゼが居ないのよぅ!朝からどこにも!」

 不安げに叫ぶスミーシャ。どうにも相棒のローゼリットの姿が朝から見えないのが気に入らないらしい。

「どこかへ出かけたんじゃないですか?」

「確かに昨日の夜どこかへ出かけて行ったけど……」

「それなら、まだ帰ってきていないんじゃないですか?」

 オムレツを口に運びながら、「そんなに心配しなくても…」と言いたげなフリルフレア。しかしスミーシャは首を激しく横に振った。

「確かに今までも夜中に突然出かけることはあったけど、必ず朝には帰ってきてたんだもん!」

「そうなんですか?」

「うん」

 フリルフレアの言葉に頷くスミーシャ。それを見てフリルフレアは顎に手を当てて「う~ん」と考え込む。そして、何か思いついた様にポンと手を打つと、少し神妙な表情をしてスミーシャを見た。

「ふと思いついたのですが……もしやローゼリットさん…逢引きをされていたのでは…」

「あ、逢引きぃ…?」

 フリルフレアの言葉に疑問の声を上げるスミーシャ。だがフリルフレアはいたって真面目な表情で言葉を続ける。

「はい……。今まではこっそり夜中に会っていたけれども……昨晩、ついに結ばれて………えっと……その……」

 自分で言い始めておきながら、勝手に赤くなって口ごもるフリルフレア。

「じゃ、じゃあ、フリルちゃんはローゼが彼氏と会っていて、セックスしてたから帰ってこなかって言いたいの?」

「セ、セック……って……その…せ、性行為をしていた可能性は…その…否定できない…かと……」

 真赤になりながら言葉を絞り出すフリルフレア。だが、スミーシャは納得していないようだった。

「そもそも、あのローゼに彼氏?それは無いでしょ」

「で、でも……ローゼリットさんってすごい美人じゃないですか。恋人がいたっておかしくは……」

「そう思うのはフリルちゃんがローゼのことをよく知らないからだよ。あの不愛想人付き合い大嫌いハーフエルフが恋人なんて面倒くさいものつくるはずが無いよ」

「そ、そうなんですか?」

 自分の相棒に対して暴言を吐いているスミーシャから視線を外し回りをキョロキョロと見回すフリルフレア。

(物語とかだとこういう時にちょうど現れたりして、喧嘩になったりするんだけど……)

 残念ながらローゼリットの姿はどこにも見当たらない。そんなフリルフレアの様子にスミーシャは残念そうに肩を落とした。

「はぁ……フリルちゃんも赤蜥蜴も見てないか……」

「金目ハーフなら昨日の夜中に見たぞ?」

「はあ⁉」

 今まで黙ってハンバーグやフライドチキンを食べていたドレイクが突然口を開いた。あまつさえローゼリットを見たというその言葉にスミーシャは驚きの声を上げる。

「見た⁉いつ⁉どこで⁉なんで今まで黙ってたのよ⁉」

 思わずドレイクに掴み掛るスミーシャ。ちなみにこういう時に「ドウドウ、落ち着け」と言ってなだめる役はいつも当のローゼリットであるため今はなだめる人間が居ない。

「いや、飯食ってたし」

「一番どうでもいい質問に最初に答えないでよ!」

 叫ぶスミーシャをドレイクは「まあ、落ち着け」と手で制す。そして、興奮気味のスミーシャをしり目にクリームシチューの入った器を手に取ると、口をつけてゴクゴクと飲み干した。そしてエビフライを1本口の中に放り込むと、うまそうに咀嚼する。ゴクンと飲み込み、今度はタルタルソースをつけてエビフライを食べる。再びうまそうに咀嚼すると、そのまま今度はグラタンを手に取る。そしてグラタンをスプーンでよそい……。

「何でご飯食べてるのよ!」

 スミーシャが本気でドレイクの胸ぐらを掴み上げる。ドレイクの体が浮くことは無かったが、その迫力にドレイクは目を丸くする。

「どうした踊り猫?」

「どうした?じゃないでしょ!あんた何で人に落ち着けって言っておいてのん気にご飯食べてんのよ!」

「いや、騒がれると食事の邪魔だし」

「あんたの都合なの⁉」

 叫びながら頭を抱えるスミーシャ。ドレイクのマイペースぶりに頭がクラクラしてくる。

「ドレイク、スミーシャさんはドレイクがローゼリットさんに会った時のことを聞きたいんだと思うけど」

「ああ、そう言うことか」

「ほかの何だと思ったのよ……」

 フリルフレアの言葉に答えるドレイクをジト目で睨みつけるスミーシャ。この馬鹿蜥蜴の頭の中は一体どうなっているんだと本気で思う。

「それで?昨日の夜、一体どこでローゼにあったの?」

「俺の部屋だ」

「あんたの部屋?………あんたまさかローゼを無理矢理連れ込んだんじゃ!」

「何でそうなるんだよ」

「ドレイク⁉私というものが居ながら、何でローゼリットさんを……」

「お前もボケは大概にしとけ」

 スミーシャとフリルフレアにそれぞれツッコミを入れるドレイク。ため息をつきつつ食事の手を止める。

「金目ハーフなら昨日の夜に俺に襲い掛かって来たぞ?」

「やっぱり!あんたローゼのことを襲って……!」

「逆だ逆。あいつが俺に襲い掛かって来たんだ……後、お前が言ってる『襲う』じゃないからな」

 ドレイクの言葉に、フリルフレアとスミーシャは疑問の声を上げる。

「えっと……それってどういうこと…?」

「別の襲うってどういう意味よ」

「そのまんまだよ。恐らく俺を殺そうとしたんだろ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ドレイクの言葉に、しばしの沈黙が流れる。フリルフレアもしばし思考が停止する。

(え……今なんて言ったの?……ローゼリットさんが…ドレイクを殺そうと…した?)

 突然のドレイクの言葉に目を白黒させるフリルフレア。意味が分からない。なぜローゼリットがドレイクを殺そうとするのか……?疑問がそのまま口をつく。

「何でローゼリットさんがドレイクのことを殺そうとするの……?」

「そんなもん、俺が聞きたいくらいだ」

 不安げなフリルフレアの疑問にドレイクは「どうでもいい」とでも言いたげに投げやりに答える。どうやら命を狙われたというのにそのことをそこまで気にしていないようである。

「赤蜥蜴、あんたやっぱりローゼに何かしたんじゃないでしょうね?それで恨みを買って……」

「生憎だが覚えがない」

 スミーシャの言葉を遮って答えるドレイク。その迷いのない言い方に嘘や誤魔化しは感じられなかった。

「でも、命を狙われたって……、怪我とかしてないの?」

 不安そうにそう言うフリルフレア。食事の手を止めて、異常は無いのかとドレイクの身体を見回す。

「怪我なんかしてたら、こうやってのん気に飯食ってないだろ」

「どうだか、あんたって殺しても死ななそうだし」

「いや、殺したら死ぬだろ」

 疑わしげに睨んでくるスミーシャにジト目で突っ込み返すドレイク。そのままため息をついて肩をすくめた。

「まあ、なんかミスリル製の鋼線だか何だかで細切れにされかかったけど何とかなったしなぁ……。あ、あとダガーに塗ってあった毒を舐めたか」

 ドレイクの言葉にスミーシャの顔が歪む。明らかに何か異常なものを見るような眼だった。はたから見ても引いているのが分かる。

「え、何それ?どういうこと?」

 スミーシャが「やっぱ殺しても死なないんじゃん」と続けながらさらに身を引く。一方フリルフレアは心配してか席を立ってドレイクに近寄る。

「大丈夫なのドレイク?ミスリルの鋼線って何?それに毒って……」

 心配そうに腕に触れてくるフリルフレア。しかしドレイクは気にした様子もなく腕を見せつける。その鱗にはわずかに線のような痕がついていた。

「本当にミスリルかどうかは知らんが金目ハーフはそう言ってたな。『特注のミスリル製の鋼線』だって。もっとも、絡み付けて来たから引きちぎってやったけど」

「ミスリルの鋼線を引きちぎった⁉」

 スミーシャが驚きの声を上げる。当然である、普通そんなことをすれば自分の方が細切れになってしまうところだ。

「おう、どうやら俺の鱗は鉄どころかミスリル並みに固いらしい」

「信じらんない奴……」

 異常を通り越してもはや呆れたとしか言いようのないスミーシャ。呆れた視線をドレイクに向けるが、フリルフレアはいまだ心配そうにドレイクを見ている。

「でも、鱗に痕が付いてるってことは少し削られたってことでしょう?もしかしたらどこかに怪我でも……」

「ないない、大丈夫だ」

「でも……、それにさっき毒って……」

 さらに不安げに食い下がってくるフリルフレアにドレイクはため息をついた。

「別にどうってことねぇよ。金目ハーフのダガーに塗ってあった毒を舐めちまっただけだ」

 ドレイクの言葉にスミーシャが疑問を口にする。

「あんた何でそんな所の毒を舐めたのよ」

「いや、金目ハーフのダガーを奪ってだな、こう……」

 そう言ってドレイクは手元に置いてあったハンバーグを斬るためのナイフを手に取りその刃の部分にベロリと舌を這わせた。

「こうやって刀身をだな…」

「ミィィ、何でそんなことしたの?」

 フリルフレアが訝し気な表情をする。なぜそんなことをしたのか分からないと言った風だった。

「いや、こうした方が何か悪のリザードマンっぽいかなって……」

「それに何の意味が⁉」

「いや、特に意味は……」

 ドレイクの言葉に頭を抱えるフリルフレア。特に意味もない行動で毒を舐めたなどただの自爆以外の何物でもない。

「ミィィ、でもドレイク、その毒って大丈夫なの?」

「大丈夫じゃなかったらとっくに倒れてるだろ」

 ドレイクはそう言うがフリルフレアの不安は消えなかった。

「でも、毒って遅効性の物もあるんだよ?昔ママ先生が言ってたもん」

 フリルフレアは自分を育ててくれた母親代わりの孤児院の先生のことを引き合いに出す。しかしドレイクは特に気にした様子もなくのん気に水を飲んでいる。

「どうかな?金目ハーフの物言いだと即効性だったみたいだけど」

「そうなの?」

「ああ、『苦しみはしない、すぐに楽に』とか何とか言ってたから……」

「楽にって……、あんたそれ即死レベルの毒薬だったんじゃないの?」

 スミーシャが疑問を口にするが、ドレイクは笑いながら首を横に振った。

「だったら俺はここに居ないだろ?大方大した毒じゃなかったんじゃないか?」

「そうなの?」

「ああ、舐めた直後に猛烈に腹が痛くなったけどな」

 フリルフレアの言葉に、やはり笑いながら答えるドレイク。スプーンを手に取りグラタンを掬い取り口に運ぶ。

「でも、大したことない毒ってわざわざダガーに塗って使う意味ってあるの?」

 スミーシャの疑問に、ドレイクはスプーンを咥えたまま肩をすくめた。

「それは金目ハーフ本人に聞いてくれ。どっちにしろウ○コすれば治るレベルの毒だ」

「ドレイク……お食事中に汚い……」

 少し嫌そうな顔をして席に戻るフリルフレアだったが、どうやら怪我や毒の心配はなさそうだと内心ホッとしていた。

「それでまあ、俺がトイレでウ○コしている間に逃げちまったからなぁ。待ってろっていたんだが」

「うん……。まあ、それは待ってないよね」

 若干あいまいに返事をするフリルフレア。確かにその状況で律義に待っている奴というのはなかなか想像できない。

「でも、じゃあローゼは?」

「生憎と、そのあとどこに行ったかは知らん」

「なんだー………」

 ガクッと肩を落とすスミーシャ。不安なのかその瞳には若干涙がにじんでいる。

「ローゼ、何で赤蜥蜴のこと襲ったりなんか……。何かあったのかなぁ…」

 不安げに呟くスミーシャ。それを見たフリルフレアは一人頷くと、何か決心した様な表情でドレイクに目配せをした。そしてその視線に気が付いたドレイクはフリルフレアを見つめ返すと、力強く頷いた。

「ドレイク」

「ああ、分かってる」

 そう言うとドレイクはいまだ肩を落としているスミーシャに視線を向けた。

「踊り猫」

「何?」

「金目ハーフ探し頑張れよ」

 ドカン!と激しい音を立ててフリルフレアの額がテーブルに直撃した。勢い良く倒れ込んでぶつけたせいかおでこが赤くなっている。

「何でですかドレイク!ここは普通手伝うって言うところでしょう⁉」

「へ?そうなのか?」

「そうなのかって……、じゃあ、さっきなんで頷いたの⁉結構力強く頷いてたよね⁉」

「いや……お前が何かキメ顔でこっち見てたから…決まってないぞって意味で」

「別にキメ顔じゃない!しかも決まってないの⁉」

 ドレイクの言葉に再度頭を抱えるフリルフレア。マイペースと言うか何と言うか、フリルフレアからするとどうにもドレイクの感性というものが普通の人間とはかけ離れている気がしてならない。

「とにかく、スミーシャさんと一緒にローゼリットさんを探すの!」

「え!良いの、フリルちゃん⁉」

 フリルフレアの言葉に、まるで地獄に女神を見出したような視線を向けるスミーシャ。そのままどさくさに紛れてフリルフレアに抱き付き、ほっぺたをスリスリしてくる。

「や~ん!ありがとう、フリルちゃん!やっぱフリルちゃんマジ天使」

 訳の分から似ことを口走りながらほっぺたをスリスリし続けるスミーシャと、若干嫌そうな顔をしながらスリスリされ続けるフリルフレア。そんな二人にドレイクはジト目を送っている。

「えー、手伝うのかよ」

「ミィィ、いやなの?」

 何とかスミーシャのスリスリ地獄から這い出しながらフリルフレアは言った。ちなみにフリルフレアが抜けだしたことでスミーシャのスリスリ地獄は今度は頭ナデナデ地獄に変わっている。

「いや…一応俺、殺されかけたんだけど…」

「ちょっとおなか壊しただけのくせに何言っているの」

 ドレイクの言葉はフリルフレアに一蹴される。フリルフレアの意思はどうやら固いようだった。

「でも、良いのフリルちゃん?」

「大丈夫ですよスミーシャさん。私もドレイクも今は懐に余裕がありますから」

「ホント?」

「はい、マン・キメラ事件の後もいくつか仕事をして稼ぎましたから」

 そう言ってニッコリ微笑むフリルフレア。いまだ不満そうなドレイクをしり目にドンドン話を進めていく。

「ありがとー!フリルちゃん大好き!」

 ついにスミーシャのナデナデ地獄はハグハグ地獄にまで進化していた。






「この辺の酒場にはいなかったね」

 がっくりと肩を落とすスミーシャ。まずは冒険者たちが良く立ち入る酒場を探してみようということになり、一通り見て回ったが残念ながらローゼリットを見つけることはできなかった。

 次は冒険者ギルドを見ておこうということになり、ちょうど冒険者ギルドの前に到着したところだった。

「まあまあ、ローゼリットさんが一人酒って言うのも何か想像しづらいですし……」

「まあ、ローゼ飲むときはいつもあたしと一緒だけど…」

「とにかく冒険者ギルドを探してみましょう?いなかったとしても何かしら情報があるかもしれませんし」

「そうだね、ところでフリルちゃん」

「何ですか?」

「フリルちゃん、赤蜥蜴に対して敬語、やめたの?」

 スミーシャの言葉に、少し照れながら頷くフリルフレア

「はい、その…ドレイクが言うには『相棒なんだから対等の立場ってことだ。だからその堅苦しい話し方はやめろ』って……」

「ふーん…」

 心の中で、うらやましいと呟くスミーシャ。しかしフリルフレアの性格を考えると、自分が同じことを言っても受け入れはしないだろう。そこに何んとなくドレイクと自分の差を見出してしまう。

「ムー、悔しい」

「え?」

 そんな二人の会話を聞きながら、後ろで一人欠伸をしながらついて来ていたドレイク。スンスンと鼻を鳴らすと、一言。

「確証はないけど、恐らく金目ハーフいないぞ?」

「何でそんなことわかるの?」

 フリルフレアが疑問を口にすると、ドレイクは指先で自分の鼻を軽く叩いた。

「匂いだよ匂い。中から金目ハーフの匂いがしないからさ」

「に、匂い⁉」

 スミーシャがギョッとした目でドレイクを見つめる。それを見てドレイクはニヤリと笑った。

「知らなかったか?ウルフマンほどじゃないが、リザードマンも結構鼻が利くんだぜ」

 そう得意げに言うドレイク。だが、スミーシャはかなり引いているのかドレイクから2歩ほど下がる。

「え?何あんた……あたしたちの匂い嗅いで回ってたの…?」

「いや、待て。その言い方は語弊がある」

「あんたさては匂いフェチね!」

「なんか俺、時々踊り猫の言葉から悪意を感じるんだが…」

 若干胡散臭そうに睨むドレイク。しかしスミーシャは「こんな匂いフェチにフリルちゃんを任せてはおけないわ!お姉ちゃんと一緒に行きましょうねー、フリルちゃん!」などと言いながら強引にフリルフレアの手を引いてギルドの中に入っていく。それを目で追いながらため息とともにドレイクもギルドの中へ足を踏み入れた。

 冒険者ギルドの中は相変わらずごった返していた。ラングリアの町を拠点にしている冒険者もそれなりにいるため常にこんな感じではある。

 入り口から中を見回す3人。しかし一見してその中にローゼリットを見つけ出すことは出来なかった。しかし、その中に別の見知った顔を見つけ出す。

「ゴレッドさん!」

「んお?」

 そう言って一人のドワーフが振り返った。灰色の短髪に3本の三つ編みにした長い灰色の髭。背中にウォーハンマーを背負っており、今日はその上から何やら木箱を背負っている。以前の「マン・キメラ事件」の時に共に冒険をしたゴレッド・ガンデルだった。

「何じゃフリルの嬢ちゃんじゃないか。赤蜥蜴も、スミーシャは相変わらずいい乳しとるのう」

「ゴレッド、それセクハラだから」

「まあまあ、そう固いこと言いなさんな。がっはっはっは!」

 ゴレッドのセクハラ発言に避難の眼差しを向けるスミーシャ。もっとも当のゴレッドはさして気にした様子もなく笑っている。

「ゴレッドさん、セクハラはいけませんよ?今冒険者ギルドでも女性冒険者へのセクハラが問題になってるんですから」

 ゴレッドの後ろから受付嬢が注意してくる。それを聞き、「ん?そりゃすまんのぅ」と白々しく頭を掻くゴレッド。

「直接触んないだけまだましなんじゃねえの?」

「そう言うものなの?」

 ドレイクのぼやきを聞いてフリルフレアが疑問を口にする。

 実際に、男性冒険者から女性冒険者に対するセクハラは日常茶飯事と言ってよく、よく問題になっていた。またセクハラと訴えられたことで逆恨みした男性冒険者が、徒党を組んで女性冒険者を多勢に無勢で襲撃、傷害や拉致、強姦などの様々な問題となっていることは周知のことだった。

「ん?ローゼの姉ちゃんがおらんの?めずらしい」

「その事なんだけどさゴレッド、ローゼ見なかった?」

「ローゼの姉ちゃん?いんや、わしは見とらんぞ?」

 スミーシャの質問に首を横に振るゴレッド。スミーシャは肩を落とす。

「知らないかぁ……」

「何じゃ、ローゼの姉ちゃん探しとるのか?」

「はい、そうなんです。実は昨日の夜から行方が分からなくて……」

 フリルフレアの言葉に、ゴレッドは首を傾げる。

「一晩いなかっただけなんじゃろ?あの娘も冒険者なんじゃし、別に心配せんでも」

「だって、今までは必ず朝には帰ってきてたんだもん」

 そう言ってスミーシャはほっぺたを膨らませる。心配しすぎだと言われている様でちょっとむくれているのだった。

「それにドレイクに襲い掛かったのも気にかかります」

「赤蜥蜴を襲った?何のこっちゃ?」

「あ、いえ、その……エッチな意味の襲ったじゃないですよ?」

 その言葉にゴレッドの膝からガクッと力が抜ける。

「分かっとるわい!赤蜥蜴なんぞ襲ったって誰も得をせんじゃろうが!」

「散々な言われ様だな、おい」

 ゴレッドに対してジト目を送るドレイク。しかし意外にもフリルフレアが食い下がった。

「わ、分かりませんよゴレッドさん!誰か得をするかも……」

「誰もせんわい。そもそも嬢ちゃん、こいつがローゼの姉ちゃんに性的に襲われてる場面て想像できるか?」

「え……?」

 ゴレッドの言葉にドレイクを見つめるフリルフレア。そのままジーッとドレイクを見つめていたかと思うと、ポンと手を打ってゴレッドに向き直る。

「逆しか想像できません」

「おい」

 ドレイクの非難の眼差しがフリルフレアに突き刺さるが、フリルフレアはあえて無視した。そのまま頷いて一言。

「と言うより、ドレイクとローゼリットさんの二人で性的な事って言うのがそもそも想像できません」

「本当に散々な言われ様だな、おい」

 あきらめたようにドレイクがぼやくがもはや誰も聞いていない。

「しかし、襲われたとは穏やかじゃないの。お前さんあの姉ちゃんになんか恨まれることでもしたのか?」

「いや……覚えがない」

 ドレイクの答えに、今度はスミーシャが喰いつく。

「あんた、本当の本当に覚えはないの?何かやったんじゃないの?」

「何かってなんだよ」

「例えば……ローゼの着替え覗いたとか…ローゼの下着盗んだとか……ローゼのお風呂の残り湯飲んだとか……」

「どれもせんわ」

 あまりの物言いに思わずスミーシャの眉間に手刀を食らわせるドレイク。さらにフリルフレアもウンウンと頷いている。

「そうですよスミーシャさん。それにドレイクがそう言うことをするとしたらまず私にすると思うんです」

「いや……お前、その自信はどこから来るんだ?」

「ええ⁉」

 ドレイクの言葉にショックを受けたフリルフレアは若干涙目でドレイクを見上げる。

「ド、ドレイクは私に……興味ないの…?」

「いや、もう何が何だか…」

 あまりの話の脱線具合に頭を抱えるドレイク。

「とにかく赤蜥蜴、お前さんはローゼの姉ちゃんに襲われたと」

 ゴレッドが話題を元に戻すために口を挟んだ。

「ああ、そうだよ。恐らく殺そうとしたんだと思う」

「殺されそうになった割にはピンピンしとるじゃないか」

「まあ、返り討ちとまではいかないが、痛み分けくらいにはなったからな」

 そう言って握り拳を震わせながら「あの時毒さえ舐めなければ…」と呟くドレイク。その横ではゴレッドが「毒を舐めるってなんじゃ…?」と?マークを浮かべている。

「しかし金目ハーフもなかなかえぐい戦法を使うよな。鋼線とか毒とか」

「鋼線?毒?何じゃ一体?」

「ああ、金目ハーフが俺に襲い掛かって来た時に使ってたんだ。短剣には毒が塗ってあったし、何か特注のミスリル製の鋼線とか何とか言ってた」

 ドレイクの言葉に何か考え込むゴレッド。そのまま顔を上げ3人を見回す。

「毒と鋼線。それって暗殺術じゃないかのう?」

「あ、暗殺⁉」

 いきなり出た物騒な言葉の驚きの声を上げるスミーシャ。

「うむ。以前うわさで聞いたんじゃがな、この界隈には暗殺者のギルドつまりアサシンギルドがあるらしいんじゃ」

「ア、アサシンギルド⁉」

 思わず大きな声で反応するフリルフレア。その口をゴレッドが慌てて塞ぎ、周りをキョロキョロと見回す。。

「声が大きいぞ嬢ちゃん。いいか、今から言うことはむやみに人に話したらいかんぞ?」

 コクコクと頷くフリルフレアを見てゴレッドは彼女の口から手を離した。そして4人そろってギルドの隅の方に移動する。

「赤蜥蜴もスミーシャもこのことは他言無用じゃぞ?アサシンなんぞに狙われたらたまったものじゃないからのう」

「分かった」

「りょーかい」

 ドレイクとスミーシャが頷いたのを確認してゴレッドは話し始めた。

「このラングリアを含めたこのあたりの町には昔からアサシンギルドと呼ばれる暗殺者たちのギルドが秘密裏に存在していたらしいんじゃ」

「暗殺者ってギルド、必要なの?」

 スミーシャの意見に、ゴレッドは頷いた。

「何でも、このあたりにはそれぞれ町ごとにアサシンギルドがあり、暗殺の依頼を受けて地方へ暗殺者を派遣したりもしていたらしい」

「ふ~ん」

 ドレイクはどこかつまらなそうに聞いていたが、ゴレッドは気にせず話を続ける。

「わしが若いころに知り合った冒険者に聞いたんじゃがな、暗殺者ってのは結構変わった武器を使うらしくてのう」

「変わった武器ですか?」

 フリルフレアの言葉に頷くゴレッド。

「刀身が飛び出すナイフとか、太くて尖った針、砂鉄などを袋に入れたような鈍器、切れ味の鋭い鉄製の糸、鎖鎌なんてのもあるらしい。それに、短剣などに毒を塗って使うとも聞く」

「それって……」

 スミーシャが絶句する。明らかにローゼリットの使っていた武器の類だった。

「それに、わしは昔聞いたことがあるんじゃよ……」

「な、何を…?」

 スミーシャの言葉にゴレッドは一呼吸おいてから口を開いた。

「黒髪に、金の瞳を持つ凄腕の女暗殺者がおるって」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ゴレッドの言葉にしばしの沈黙が続いた。

 ややあって、スミーシャが恐る恐る口を開く。

「ね、ねえ……今のってどういう意味……」

「ま、まさかローゼリットさんがその女暗殺者?」

 フリルフレアがそう言うが、ゴレッドは首を横に振った。

「別にそうだと決まったわけじゃないわい。ただ、まったくの無関係とも思えなくてのう」

 再び沈黙が支配しそうになる中、ドレイクが口を開いた。

「確かに金目ハーフのあの身のこなし、妙に手慣れた感じではあったな」

「じ、じゃあ赤蜥蜴はローゼがそのギルド所属の暗殺者だって言うの?」

「それは分からない……が、灰色石頭の言う通り無関係じゃないだろうな」

「うぐ……」

 ドレイクの言葉に言い返せず、言葉を詰まらせるスミーシャ。その様子に心配そうに肩に手を添えるフリルフレア。

「まあ、そう言うことじゃ。探すんなら少し用心しといたほうがいいかもしれんぞ?」

「分かった」

 頷くドレイクを見て、ゴレッドは満足そうに頷いた。

「わしが言いたかったのはそれだけじゃ。それじゃ」

 手を振って去っていこうとするゴレッド。そんな彼の背中にフリルフレアが声をかける。

「ゴレッドさん……、ローゼリットさんのこと…一緒に探してくれませんか?」

「うーん、フリルの嬢ちゃんが言うんなら手伝ってやりたい気もするんじゃがのぉ」

 そう言ったゴレッドだったが、残念そうに首を横に振った。

「すまんが実はまだ仕事の途中なんじゃよ。通り道だったからラングリアによって中間報告しにギルドに寄っただけでこの荷物を届けにゃならんのじゃよ」

 そう言ってゴレッドは背負った木箱を見せた。どうやら配達の依頼を受けていた様だった。

「という訳じゃ。すまんがそろそろ行かにゃならん。スミーシャ、ローゼの姉ちゃんが見つかるよう願っとるぞ」

 ゴレッドはそう言うと「それじゃ、またのう」と言って手を振りながらギルドを出ていった。






 ゴレッドを見送った後、冒険者ギルド内をくまなく探してみたが、ローゼリットの姿はどこにもなかった。一人で仕事に行った場合も考えて、受付嬢やギルド職員たちにローゼリットを見なかったか聞いて回ったが、「知らない」とか、「ここ数日見てない」とかそんな情報しか得られなかった。小柄なギルド職員が、「見かけたら何か伝言しておこうか?」と言ってくれたので、「すぐ会いたいから、虎猫亭に来て」と伝言だけ頼み、そのままいったん虎猫亭に戻ってきていた。

 スミーシャとローゼリットの泊まっている部屋に集まり、各々イスやベッドに腰を下ろしている。

「はぁぁぁ、どこ行ったんだろうローゼ……」

 肩を落とすスミーシャ。俯いて、本気で落ち込んでいるのが分かる。

「お前とコンビ組むのが嫌になったんじゃねえか?」

「ちょっとドレイク!落ち込んでる人に追い打ちかけるようなこと言わないの!」

 ドレイクの軽口に目くじらを立てるフリルフレア。「冗談だよ」と言って肩をすくめるドレイクだったが、フリルフレアは「冗談でも言って良い冗談と悪い冗談があります!」と言ってドレイクを睨みつけた。

「灰色石頭も言ってたが、金目ハーフも冒険者だ。そこまで心配しなくてもいいんじゃないか?」

「もう、ドレイク!またそんな言い方して……、仲間なんだから心配して当然なの!」

 ドレイクの言葉に少しムキになるフリルフレア。

「ドレイクだって、朝急に私が居なくなってたら心配するでしょう⁉」

「ああ、そうだな心配する」

「そうだよね心配して…………え…心配してくれるの?」

 自分で言った割には自信がなかったのか、ドレイクの顔を意外そうに見つめるフリルフレア。そんな彼女を見つめ返しながらドレイクは頷く。

「ああ、どっかでフライドチキンになってるんじゃないかって心配する」

「ミイイイィィィ!私はフライドチキンじゃなぁい!」

 プンスカ怒るフリルフレアの頭をドレイクが笑いながら撫でる。

「冗談だ。ただ、お前がいきなり居なくなったら心配するだろうな」

「え……ド、ドレイク…それって…」

 ドキッとするフリルフレア。恐る恐る見上げたドレイクの瞳は自分を見つめていた。思わず顔を赤らめる。両手で頬を触ると、顔が上気しているせいか手のヒンヤリした感触が伝わってくる。

「あの…えと……ドレイク…それってつまり」

「ああ……」

 少し瞳を潤ませてドレイクを見つめるフリルフレア。頷いたドレイクはフリルフレアを見つめ返し、そっとその頬に手を添える。

「俺は……………お前の保護者なんだから心配するのは当然だろう?」

 ドレイクがそう言った瞬間、フリルフレアがバシッと音を立ててドレイクの手を振り払う。いきなり手を振り払われたドレイクは大げさに手をさすりながら目をまん丸くしている。ちなみに明らかに手を振り払ったフリルフレアの方が痛かったらしく、手を押さえて涙目になっている。

「何すんだよフリルフレア」

「うるさい!私のときめきを返せ!」

「何だ、ときめいてたのか?」

「うるさい!うるさい!うるさーーーい‼ドレイクのバカ!」

 涙目のままそっぽを向くフリルフレア。頬を膨らませて明らかにむくれている。

「…ぶっ…あ、あはははははははは!」

 しばらく黙って二人のやり取りを見ていたスミーシャが、声をあげて笑いだす。

「あはははははは!赤蜥蜴、あんたそりゃないよ…フリルちゃんがかわいそうだ」

 笑いすぎて涙が出て来たのか、そっとぬぐうスミーシャ。そのまましばらく笑っていたが、そのまま落ち着きを取り戻していった。

「ありがと、フリルちゃん、赤蜥蜴。笑ったらなんか元気出てきた」

「それは良かったです」

「何だお前、笑わせるつもりでやってたのか?」

「ミィィ!そんな訳ないでしょう!」

 再び言い争うフリルフレアとドレイクを見て、さらに笑い声をあげるスミーシャ。ひとしきり笑うと、「あーおかしい!」と笑いをこらえながら、再び涙をぬぐう。

「今のやり取りローゼにも見せたかったなぁ」

「あいつがこんなことで笑うか?」

「分かってないなぁ赤蜥蜴。ローゼは単に普段笑うのを我慢してるだけなんだよ?」

「我慢?…何でですか?」

「キャラじゃないから…かなぁ」

 そう言ってため息をつくスミーシャ。そのままフリルフレアとドレイクを見つめる。

「二人って仲いいよね……。あたしとローゼも仲良しなんだけどさ」

「知ってます」

「見りゃわかる」

「アハハ、そりゃどーも。まあ、冒険者になってからずっと一緒だったからね」

「ずっと、ですか?」

 フリルフレアの言葉にスミーシャは頷く。

「あたしとローゼって、一緒に冒険者になったんだ。そして、それからずっと一緒に冒険してきたんだ。……あたしにとってローゼって、ただの仲間……じゃないのかもね」

 そう言って遠い眼をしたスミーシャ。そのまま目を瞑ると大きく伸びをした。

「せっかくだから二人とも聴いてってよ……私の昔話」

 そう言ってスミーシャは語り始めた。自分の過去を……。







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