第4章 赤蜥蜴と赤羽根と翼人の里 第1話、ドレイクとフリルフレアの鎧探し その3
第1話その3
「ここが防具屋さん……」
「何だお前、冒険者のくせに防具屋に来たこと無かったのか?」
「うん……必要ないと思ってたから。このベルトも雑貨屋で買ったし…」
そう言ってフリルフレアは身に着けている冒険用の大きなベルトを指差した。確かに革製で厚手のベルトは、一部を防御するだけならば革鎧と同レベルの防御力を誇っていそうだった。
防具を探すという話が出た翌日、ドレイクとフリルフレアはラングリアにある防具屋に足を踏み入れていた。
物珍しげに店の中をキョロキョロと見回しているフリルフレア。
「お前……冒険者になってもうそれなりに経つんだから、あんまり駆け出しみたいにキョロキョロするなよ…」
「む~、だって珍しいんだもん」
不満げに呟くフリルフレア。確かに彼女が冒険者になって数ヶ月が経過したし、冒険者ランクも2になっていたが、正直まだ駆け出し感は抜けていなかった。もっとも、珍しい物に対して好奇心を持ってキョロキョロと近寄っていくのも彼女の魅力の一つではあるのだが……。
「やあ、いらっしゃい赤蜥蜴の旦那。……子守の仕事でも受けたんですかい?」
防具屋の店主が顔を出すとドレイクに近寄ってくる。そしてフリルフレアを見るなりそう言った。その言葉を聞いたフリルフレアが不満そうに頬を膨らませる。
「む~!失礼ですね店主さん。私こう見えてもランク2の冒険者ですよ!」
そう言うとフリルフレアは首から下げた冒険者認識票を店主に見せつけた。それを見た店主は一瞬目をまん丸くしたが、すぐに営業スマイルを浮かべる。
「こ、これはこれは失礼しました。それで……お嬢さんはどんな防具をお探しですか?」
「ええっと……」
人差し指を顎に当てて少し考え込むフリルフレア。防具は必要だが、可愛くないと嫌なので普通の防具は論外である。
「あのですね、ヒラヒラのフリルとかリボンが付いた可愛い感じの防具ってありますか?」
「ある訳ねーだろそんなもん」
「そうですね……ご希望に添えるかどうかは分かりませんが、可愛い感じの防具でしたらありますよ?」
「あるのかよ⁉」
ある訳が無いとフリルフレアにツッコミを入れたドレイクだったが、店主の予想外の答えに思わず店主にもツッコミを入れるドレイク。驚きを隠せないドレイクに対してフリルフレアは目をキラキラと輝かせていた。
「ホントに⁉あるんですか⁉」
「ええ、可愛い感じで防御力もあるとなると魔法防具になってしまいますが、あることはありますよ」
そういうと店主はいったん店の奥へと入っていった。恐らくその防具を取りに行ったのだろう。
一方可愛い魔法の防具があるかもしれないと分かりフリルフレアはテンションが上がっていた。瞳をキラキラと輝かせながらドレイクを見上げている。
「ねえねえ聞いたドレイク⁉可愛い防具あるって!」
「あ、ああ……」
若干押され気味に答えるドレイク。まさか本当に可愛い防具などという物があるとは思わなかったので正直面食らっている所だった。
(………でも魔法防具って言ってたよな。きっと馬鹿みたいに高いんじゃないのか…?)
ドレイクがそんな心配をしていると店主が台車を押しながら店の奥から出てきた。その台車の上にはいくつもの防具が乗せられている。
「お待たせしました。体型的にお嬢さんの着れそうな物を含めていくつか見繕って見ました」
そう言ってカウンターの上に防具を広げる店主。どの防具も普通の防具とは一線を画す可愛らしい、あるいは綺麗なデザインをしていた。
「わあぁ~!どれも可愛い!ね、ドレイク!」
「え⁉あ、ああ…そうだな……」
可愛いデザインの防具にテンション上がりっぱなしで喜ぶフリルフレアに対して、その可愛らしいデザインに思わず戦慄を覚えるドレイク。
(マジでこんなデザインの防具があんのか⁉こんなの着て冒険に出るのか⁉)
あまりに驚愕の事実に額から嫌な汗が流れ落ちる。今までこんな防具を付けた冒険者など見た事が無い………いや、どうだろうか?ドレイクとしても別に他の冒険者がどんな防具を装備しているかなどいちいち気にしてはいない。ドレイクが気にしていなかっただけで実はこんな防具を着ている冒険者もいたのかもしれない。それに以前、今の女性冒険者はファッションや見た目にも気を使っていると聞いた覚えがある。それならば、可愛いデザインの防具に需要があってもおかしくは無かった。
「それでは説明させてもらいますね。まずはこの魔法の革鎧」
そう言って店主が指差したのは全体に小さなリボンが無数についており、腰の後ろの部分に大きなリボンが付けられた水色の革鎧だった。
「わぁ~!ねえドレイク、これ可愛くない⁉」
「ああ……まあ、そうだな……………水色って…一体何の革で出来てんだよ…」
フリルフレアの言葉に歯切れ悪く答えたドレイクは、そのまま聞こえない様な小声でボソッと呟いた。謎の水色の革鎧に思わずツッコミを入れたくなる。
「この鎧は水衣の鎧と言って、鎧の表面を水で覆うことが出来る魔法がかかっています」
「?……表面を水で覆ってどうするんだ?」
その魔法にどんな意味があるのか分からず、店主に訊くドレイク。しかし当の店主はにこやかな営業スマイルを浮かべたまま首をフルフルと横に振っている。
「分かりません。製作者に訊いてください」
「何だそりゃ……」
「でもドレイク、この鎧すごく可愛いよ!」
水衣の鎧を指差しはしゃぐフリルフレア。彼女の鎧を選ぶ基準が完全に可愛いか、可愛くないかになっている事に不安を覚えるドレイクだったが、それ以前の問題があることを思い出す。
「ねえドレイク!この鎧にしようかと思うんだけど……」
「やめとけ」
「え?何で…?」
「この鎧背中まであるだろ。お前翼があるからこれ着れないだろ」
「あ…………」
忘れてたと言わんばかりに固まるフリルフレア。確かに彼女では背中の翼がつっかえて鎧を着れないだろう。
「ちなみにこの水衣の鎧は300000ジェルです」
店主の言葉が追い打ちをかける。とてもじゃないが今のフリルフレアに払える金額ではない。
「あう~……他のは?」
値段の高さと装備できない事実に泣く泣く諦めるフリルフレア。他の防具に視線を移すと店主が続きを説明し始める。
「こちらのバラをあしらったミスリル製の赤い金属鎧はローズメイル。炎を打ち消す魔法がかかっています。このバラも当然ミスリル製ですね。お値段は550000ジェル」
「550000ジェル……」
当然フリルフレアの財布にそんな大金は入っていない。それにこのローズメイルも背中の部分があるためフリルフレアは着ることが出来ない。
「えっと……これ以外で…バードマンの私でも装備できるのって……」
フリルフレアの言葉に、「背中の部分が無い物ならいいんですね?」と言いながら他の防具を手に取る店主。店主が次に取ったのはヒラヒラのフリルがたっぷりとついたどピンクのローブだった。
「こちらのローブならばバードマンのお嬢さんでも大丈夫だと思いますよ。これはフリルローブと言って、魔法で絶えずフリルが動いているんですよ」
「フリルが動くんですか⁉それっていったいどんな意味が⁉」
「特に意味は無いと思いますよ!」
力説する店主を見ながら、「無駄な魔法がかかってんな……」とボソッと呟くドレイク。しかし、こんな物でも魔法がかかっているとなれば値段はかなりのものになるはずだ。
「………お値段はおいくらなんですか?」
重要事項だと言いたげに緊張気味に訊ねるフリルフレア。店主はそれを聞くと、にこやかな笑顔を浮かべながら、両手の人差し指、中指、薬指を立てた。
「え………まさか33ジェル…」
「330000ジェルです」
「やっぱり………」
店主から値段を聞きがっくりと肩を落とすフリルフレア。
「てか、このピンクのローブ、さっきの水色の鎧より高いのかよ……」
信じられんと言いたげなドレイク。しかし店主はにこやかな営業スマイルのまま「ええ、その通りですよ」と答えていた。
「ミイイィィィ……、流石に高すぎて買えないよぅ…」
残念そうに呟くフリルフレア。しかしそれを聞いた店主は別の防具を手に取るとフリルフレアの前に差し出した。
「鎧全部だと高いですからね。何ならこれみたいな部分鎧もありますよ?」
そう言って店主が差し出したのは白い革製の籠手だった。表面に同じ色の大きなリボンが付いている。
「これはホーリーロアーと呼ばれる籠手で、装備することで掌から聖なる衝撃波を撃ち出すことが出来るようになります。お値段は50000ジェル」
「あう…50000ジェル……」
フリルフレアが払えなそうだとみるや、籠手を引っ込める店主。そしてさらにいくつもの防具をフリルフレアの前に並べる。
「まだまだありますよ!この緑色の羽根の付いたブーツは速く走れる魔法がかかっているソニックブーツ。お値段40000ジェル。こっちの鏡みたいな小型盾はミラーシールド。ある程度の魔法を跳ね返します。御値段100000ジェル。最後にこのリボンのついた青い胸当ては天使の胸当てと言って、女性のバストサイズを大きく見せる魔法がかかって……」
「それほしいです!下さい!」
「やめとけアホ」
値段も聞かずに食い付くフリルフレアの後頭部に軽くチョップを叩き込み諫めるドレイク。
「ミィィィ、何するのよドレイク」
「そんなしょうもない魔法防具に金かけるくらいならオムレツかプリンに金をかけた方がまだましだ」
「何言ってるのドレイク!胸の大きさは女の子にとって大事なステータスなんだよ⁉」
「そうは言っても、どうせ幻覚か何かで見せかけてるだけだろ?」
「それでも大事なんだよ!」
力説するフリルフレアだったが、そんな彼女をドレイクは胡散臭い物でも見る様な眼で見ている。
「ちなみに値段は?」
「これに関してはお値段お安く20000ジェルです」
「……意外と安いな…」
それほどのお値段では無かったので、思わず本当に買うんじゃないかと危機感を覚えるドレイク。しっかり貯金しているはずのフリルフレアならばそれくらいならば持っていても不思議ではない。
しかしドレイクの予想に反してフリルフレアは肩を落としていた。
「ミィィィ……今月孤児院にお金渡しちゃったから、もうお金あんまりないからなぁ…」
残念そうに呟きながら財布の中身を確認するフリルフレア。そして確認し終わると深々とため息をついた。非常に残念そうにしているのが見て分かる。
「フリルフレア、お前いくら持ってるんだよ?」
「13000ジェル……」
「そんなに持ってるのか!……………じゃなくて、その所持金じゃ魔法防具は難しいだろ」
「ミィィィ……そうみたい…」
残念そうなフリルフレア。確かにフリルフレアが御所望の可愛い防具はあったにはあったが、どれも値段が高くとてもではないが手が届かない。
「店主、10000ジェルくらいで買える魔法防具なんて無いよな?」
「そうだな……、お嬢さんの御所望の可愛い防具はさっきので全部ですからね……」
そう言ってカウンターに広げた防具を片付け始める店主。しかし、防具を台車に乗せようとした瞬間店主の動きがピタリと止まる。
「あ、これがあった」
「え?」
残念そうにしていたフリルフレアだったが、店主の一言にハッと顔を上げて店主の方を見る。
「これ……を防具と言って良いのかは分からないんですが……」
そう言って店主が台車から取り出したのは一枚の真っ白なエプロンドレスだった。
「エ……エプロン…?」
さすがに目が点になるフリルフレア。しかし、すぐに「あ、でもデザイン可愛いかも」などと言いながらそのエプロンドレスをまじまじと見ている。
「何なんだ、それ?」
どう見ても防具に見えない物を取り出してきた店主に疑いの眼差しを向けるドレイク。しかし店主はそのエプロンドレスをフリルフレアの前で広げて見せた。
「名前は無いので魔法のエプロンと呼んでいるんですが……。金属鎧並みの防御能力と回避力上昇、エプロンの自動修復の3つの魔法がかかっています」
「何だその都合の良い防具は……」
驚きの高性能ぶりに思わずツッコミを入れるドレイク。しかし店主はエプロンドレスをフリルフレアに手渡すとそのままため息をついた。
「しかし問題がありまして……女性冒険者の方々から、『エプロン着けて冒険に行けるか!』とクレームを受けまして……」
「そりゃそうだ」
思わずツッコミを入れるドレイクだったが、フリルフレアの方はと言うと、魔法のエプロンを体に当ててサイズを確認している。どうやらサイズはピッタリだったようだ。
いつの間にかにこやかな笑顔になったフリルフレア。ニコニコしながら店主に声をかけた。
「あの、店主さん!これっておいくらですか⁉」
「え?……5000ジェルですけど?」
「買った!」
嬉々としてそう叫んだフリルフレア。嬉しそうに財布から5000ジェル取り出すとそれを店主に渡す。そして魔法のエプロンを広げるとそれに身を包んでみたのだった。




