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第1章 赤蜥蜴と赤羽根 第7話、悪意を断つ炎の剣

     第7話、悪意を断つ炎の剣




 怪物騒ぎがあった翌日、ピータス・グレッソンの葬儀が孤児院にて慎ましやかに行われていた。

 怪物騒ぎのため、ラングリアの町は大いに混乱し多数の死者や負傷者を出していた。冒険者や自警団の活躍もあり、ヒューマンから突如変貌した怪物はすべて駆逐されたが、その騒ぎで愛する者や家族を失った者、身内が怪物に変貌してしまった者など、町の人々の多くの心に傷を残す結果となった。

 神殿には次々と負傷者が運び込まれ、死者の弔いにまで手が回らないほどの状況だった。事実、あまりにも神官職の手が足りないために、冒険者たちの中で癒しの術の心得がある者に応援を要請するほどだった。そのため、死者の弔いに関しては各自家で行うものも少なくなかった。そして、アーキシャ孤児院もまたその中の一つだった。

 庭の片隅に穴を掘り、上半身しか残らなかったピータスの遺体をせめてもと着飾らせ、愛用の玩具の剣を一緒に収め、花を敷き詰めた。

 棺を穴に収め、穴を埋め、墓石を立てた。

『小さな勇者 ピータス・グレッソン ここに眠る』

 墓石の表面にはそう刻まれていた。

「ううう……ピータス兄ちゃぁぁん」

 バークが墓の前で膝をついて泣いていた。ピータスの弟分として一番仲の良かったバークは彼の死を受け入れられずにいた。

「わあああん…ピータスお兄ちゃぁぁぁん」

 普段はしっかり者で気丈にふるまうシャオンもこの時ばかりは声をあげて泣いていた。普段年下ながらピータスの悪戯に苦言を呈していたシャオンだったが、それでも大切な兄に変わりはなかった。

「ピータスお兄ちゃん………」

 ラナは顔を涙でぐしゃぐしゃにして泣いていた。普段からからかわれたりいじられたりすることが多かったラナ。それでもピータスが兄であり家族であることに変わりはなかった。

「ピー兄…?」

 クルトは幼いため、死というものを理解できていなかった。呆然とピータスの墓を見つめていた。そんなクルトとラナの肩を抱きながらマディは涙を流していた。悪戯好きで手のかかる子だったピータス。だが、ピータスは紛れもなく自分の息子だったと思っていた。血が繋がっていなくてもマディにとってピータスは大切な息子だったのだ。

「何でだよ…何でだよピータス兄ちゃん……兄ちゃんが勇者で…僕が賢者で…将来二人で魔王を倒そうって……」

 そう言って再び泣き出すバーク。恐らくピータスと将来について語ったのだろう。成人したら冒険者になり、のちに勇者や賢者となって魔王を倒し世界を救おう。そんなやり取りをしたのであろう。

 しかし、ピータスがその夢をかなえることは無かった……。

「ピータス……あなたが好きだったお姉ちゃん特製のプリンよ……好きなだけ食べてね…」

 フリルフレアはそう言いながら自分手製のプリンをピータスの墓前に供えた。手を合わせて目を瞑る。正直に言えば、弟や妹たちの前なので気丈にふるまっているだけだった。気を抜けばすぐにでも大声をあげて泣き出してしまいそうだった。瞳からは涙はこぼれているし、膝が震えて今にも崩れ落ちてしまいそうだが、何とか踏みとどまっている。

「ピータス・グレッソンか……苗字、違うんだな…」

 ドレイクがフリルフレアに声をかける。あまりに打ちのめされた様子のフリルフレアにかける言葉が見つからなかったが、せめて気がまぎれたらと思いかけた言葉だった。

「……うん…ピータスってね?」

「ん?」

「ピータスってね……もともとは結構いいところのお坊ちゃんだったらしいの…貴族の…」

「貴族?」

「うん……。でもね…その貴族の家が問題を起こしたらしくて……家は取り潰されたんだって」

「…そうなのか…」

「…うん。…それでその時本当父親は投獄されて……その後獄中で病で亡くなったそうなの……」

「母親は?」

「……家を取り潰されてから一人でピータスを育てていたらしいんだけど……1年たたずに流行り病でそのまま……」

「そうか……」

「…………うん…」

 ドレイクがフリルフレアの頭を撫でようと手を伸ばした。しかしフリルフレアがその手を掴む。

「…ごめん……ドレイク、今……優しくされると…」

 そう言ってドレイクを見上げたフリルフレアの顔は今にも泣きそうでありながらそれを必死に耐えていた。バーク、シャオン、ラナ、クルト、4人の弟妹、そして亡くなったピータスの前で必死に立派な『お姉ちゃん』を演じようとしているのが痛いほど伝わってきた。

 だからドレイクはフリルフレアの肩に優しく触れるだけにした。

「赤羽根……お前は強いよ」

 そう言ってドレイクはフリルフレアのそばを離れた。彼女の努力を無駄にしないために。

・・・・・・・・・・・・・。

 そのままドレイクはアベルの横にやってきた。アベルは少し離れた位置からピータスの墓を見ていた。その眼には涙の跡がある。

「ドレイクさん…ピータスの埋葬や墓石作り、手伝っていただいてありがとうございます」

 深々と頭を下げてくるアベルに対し、ドレイクは首を横に振った。

「俺にはそれくらいの事しかできませんから……あいつの相棒としてせめて…ね」

 そう言ってドレイクはフリルフレアを見た。自分も泣きじゃくりたいのを必死に我慢してバークやシャオンを慰めている姿が見ていてあまりにも痛々しい。

「それで、パパ先生……ちょっと聞きたいことが…」

「ええ…何です?」

「あの時、マン・キメラって……」

「ああ、その事ですか……」

 アベルはそう言うと力なく笑った。いや、笑おうとしただけで実際には笑えていなかった。彼にとってもやはりピータスの死はあまりにショックなのだということが伺えた。

「私も魔物研究員をしていますからね…普通の魔物以外にも、合成(キメ)()の知識もある程度は持っているんですよ…」

「それで……マン・キメラって言うのは…?」

「マン・キメラというのは暴食の魔王の眷属が作り出したキメラの一種で、ヒューマンやエルフなどの人間種の死体をベースに作るんです」

「人間の死体?」

「ええ。死体をベースに様々なパーツを組み込み、魔法で一時的に元の姿に戻すんです。そして特定の魔力を干渉させて異形の姿に変貌させる。マン・キメラになったものは正気を失い、人を食べるようになる……そういうわけです」

「そうですか………」

 ドレイクは考え込む。ピータスをマン・キメラにしたのは恐らくルドンであろう。だが、何かが引っかかる………。

「こんなことならキメラにされたものを元に戻す研究をすればよかった……。あの時の魔導士の様に……」

「…え?……魔導士?」

 ドレイクの言葉にアベルは頷いた。

「はい……。以前……確か半年以上前…おそらく8ヶ月くらい前だと思いますが…一人の冒険者の魔導士の方がマン・キメラの資料を借りたいと研究所を訪ねてきまして…」

「……そいつは何でそんなものを?」

「マン・キメラから人間に戻る方法を開発したいと言っておりました。キメラ関係の資料は本来なら貸出禁止なのですが……その方が信用のある高ランクの冒険者だったので特別に貸し出したんです。…もっとも、2ヶ月もしないで『あきらめた』と言って返しに来ましたが………」

「冒険者⁉……そいつは、どんな奴でした…?」

「ええ、その人は             」

「‼」

 次の瞬間ドレイクの頭の中を様々な単語が飛び交った。「行方不明事件」「半年前から」「マン・キメラ」「ルドン」「死体やパーツ」「バルゼビュート」「資料を借りに来た魔導士」「冒険者」「8ヶ月前」「2ヶ月であきらめた」「その人は……………………」

 次の瞬間ドレイクの頭の中で全てが繋がった。一連の事件には黒幕が居る。すべての元凶となり、こんな悲劇を生み出した者はいまだのうのうとしている。

 ドレイクの眼付が鋭くなった。

(そいつだけは……許す訳にはいかない!)

 握りしめたドレイクの拳がギリッと音を立てる。その拳は怒りに震えていた。

「パパ先生……赤羽根のこと………フリルフレアのこと……よろしくお願いします」

「え?………え、ええ…はい」

 ドレイクの言葉に戸惑うアベル。ドレイクはアベルの真意をと問うとする視線を感じたが、それには答えず降ろしていた魔剣を背負った。

「それじゃ………俺はもう行きます」

 そう言うとドレイクは駆け出して行った。孤児院を飛び出し、いずこかへと走っていく。

「…………ドレイク?」

 辺りがもう薄暗くなっていく中、走り去っていくドレイクの方をフリルフレアが不思議そうに見つめていた。






 暗くなった町外れへの道を一つの人影が急いでいた。

「いやはや…あれの回収が遅くなってしまったな…」

 一人呟きながら足を速める人影。その道の進む先には木々に囲まれ扉が破壊され、壁面に蔦の生い茂った屋敷、ルドンの屋敷があった。

「あれは今後も必要になるからな……」

「あれってこれのことか?」

 言葉がかけられた瞬間、人影の目の前にへし折られた杖が投げ捨てられた。カランと音を立てて転がる杖。恐らく木で作られたであろう杖は半ばでへし折られ、先端についていた宝珠が無残に砕かれていた。人影が声のした方に視線を向ける。

「………何ですかこれは…?」

「とぼけるなよ……せっかくお前が来るのを待ってたんだ…なあ、金髪優男」

「………ドレイクさん…」

 ロックスローがドレイクに鋭い視線を向けた。その視線は普段の温厚なロックスローからは想像もつかないほど鋭いものだった。

「ドレイクさん……こんな夜分にこんなところで何をしているんですか?」

「俺はお前を待っていただけだよ……お前こそこんなところに何の用だ?」

「私は別に何も……夜風に当たっていただけですよ」

「さっき『あれ』がどうとか言ってなかったか?」

 そう言うとドレイクはへし折れた杖を顎で指した。

「それのことじゃないのか?」

「はて?何のことですか?」

「余裕だな……本当にそれじゃなかったか?…それじゃ」

 そう言うとドレイクは足元に置いてあった石板を拾い上げた。その石板は表面に鈍く輝く文字が刻まれており、魔力を帯びているのが分かる。

「これか?」

「何のことですか………それをどうする気です?」

「こうする」

 次の瞬間ドレイクは石板を両手で持ち、膝蹴りを叩き込んだ。バガン!と音を立てて石板が砕け散る。それと同時に表面の文字の輝きが消え、魔力を失ったのが分かった。

「もったいない!魔法の品ですよ?高値で売れますし、研究に使えば…」

「これでもなかったか……それじゃ」

 ドレイクはそう言うと懐から手の平大の宝玉を取り出した。こちら薄い光を放っており魔力を帯びている事が分かる。

「これが正解か……」

 ドレイクが宝玉をロックスローに見せつけた。それを見た瞬間ロックスローの表情が険しくなる。

「ドレイクさん…悪いことは言いません。それを私に渡してください」

「そうか……断ると言ったら?」

「私は、悪いことは言いません、そう言ったはずですが…?」

 言葉とともにロックスローの周囲に魔力が集まっていく。それはどこか人間離れした禍々しさを帯びた魔力だった。

「もう一度言います…それを渡して下……」

「断る」

 ロックスローが言い終わる前にドレイクはそう言い捨てると、手の中にある宝玉を握り潰した。バギン!と音を立てて宝玉が粉々に砕け散る。光も失われ、魔力が消滅したのが分かった。

「貴様ぁ!」

 叫んだロックスローの周囲にいくつも魔力が集中していく。そしてそれらは光の弾丸となる。

「エナジーブラスト!」

ドドドドドドドドドドオオン!

 轟音を上げて10発以上の魔力の弾丸がドレイクに襲い掛かった。

「チッ!」

 舌打ちしながら魔力弾を避けるドレイク。連続で飛来する魔力弾をよけながら駆け抜けた。

「貴様ぁ!自分が何をしたか分かっているのか⁉」

「マン・キメラの制御装置を破壊したんだろう?」

「…………!」

 ドレイクの言葉に驚きつつ言葉に詰まるロックスロー。一呼吸置きいくらか冷静さを取り戻しつつドレイクを睨みつける視線がさらに鋭さを増す。

「なぜそう思うんです?」

「簡単さ、マン・キメラを作ってたのがあのルパンって奴だってのは想像できたからな」

「ルパン…?どこの怪盗で?ルドンのことですね」

「ああ、そいつな。その屋敷の中にマン・キメラに変貌させる魔力干渉装置があるのは当然だからな」

「だから?」

「屋敷内にある魔力を帯びたものを全部破壊した。もっともその杖と石板とこの球だけだったけどな」

「………………」

 フルフルと震えているロックスロー。苛立ちが明確な怒りに変わろうとしているのが分かった。

「そこで私がその装置の存在に気が付き、回収しに来たところを先回りしたと…」

「偶然来たみたいに言うなよ。お前があいつらの親玉だろう」

「チッ」

 ロックスローが舌打ちする。その行動がすでにドレイクの言葉の裏付けになっていた。

「私がルドンたちの親玉?どこにそんな証拠が?」

「そう、そのルドンって名前」

「は?」

 分からないといった風だったロックスローに、ドレイクは指を突きつける。

「お前は俺たちがその名を教える前からその名前を知っていた。お前、俺が赤羽根を探してた時に言ったよな『町外れにあるルドンさんのお屋敷ですよ、あなたとフリルフレアさんが冒険者ギルドの後に訪れたあのお屋敷です』ってな」

「…………」

 ギリッとロックスローが奥歯を噛み締める音がする。

「それにお前、8ヶ月くらい前に魔物研究所でマン・キメラに関する資料を借りただろう?孤児院のパパ先生が覚えてたぜ『ロックスローと名乗った冒険者ランク11の金髪のエルフの魔導士』が来たってな」

「……………」

「そこまでわかれば簡単だ。お前は資料を使ってあのラドンってやつらと一緒にマン・キメラの研究をした」

「………それで?」

「2ヶ月くらい研究してお前たちは実行に移すことにした。それで起きたのがあの行方不明事件だ」

「………ほう」

「行方不明になった人たちはみんなお前たちに捕らえられて殺され、マン・キメラのベースになった」

「面白い考えですね……その他のパーツはどこで手に入れたんですか?」

「あのランク4の依頼がそうだろう?あえてランクを低めに設定して実力の足りない冒険者をおびき寄せた。そして、その死体をパーツに使ったんだ」

「……なるほど」

「お前が常々戦闘で足を引っ張ったのは全部ワザとだな?俺たちを殺してパーツにしようとしていたんだろ」

「………くくく」

「おかしいか?お前の実戦が苦手という話もどうせ嘘だろう?冒険者ランク11のやつが実戦が苦手なんてありえない、というより実戦が苦手な奴がランク11になんてなれやしないさ」

「くくく…はーはっはっはっは!」

 おかしそうに笑いをこらえていたロックスローだったが、ついにさもおかしそうに大笑いした。

「なるほどなるほど。まあ、筋は通っていますかね………ですが!何一つとして証拠がありません!私を陥れるつもりなら……」

「証拠なんかいらないんだよ」

「は?」

 思わずロックスローが間抜けな声を上げる。ドレイクの視線が鋭くロックスローを射抜いた。

「そもそも俺は、お前のことを最初から疑っていた」

「最初から?………いつからです?」

「いっただろ、最初だよ。出会った時から俺はお前を疑っていた」

 さすがにその言葉には面食らったようでロックスローが不思議そうな顔をする。

「出会った時から?……なぜです?」

「決まっているだろ……お前からは瘴気の臭いがするんだよ。魔物や闇の軍勢が纏う瘴気の臭いが!」

「何⁉」

 弾かれたように自分の臭いをかぐロックスロー。だがそれを見てドレイクは鼻で笑う。

「普通のやつが嗅いだって分かる訳ないだろう。リザードマンはな、鼻が利くんだよ。ウルフマンほどじゃないがな……」

 そう言ってドレイクは自分の鼻を指さした。指で鼻をコツコツと叩く。

「これだけ瘴気の臭いがするんだ……分かるさ……。おい金髪優男、お前…エルフじゃないな?」

 ドレイクの言葉にロックスローがピクリと反応する。それは一見動揺しているようにも見えた。

「エ、エルフでないなら私は一体なんだというのですか……?」

「さあな……、ダークエルフかとも考えたが、それならお前が冒険者をやっている訳がない。それならばむしろこう考えた方が自然だ」

「………どう考えたのです?」

「金髪優男が闇の軍勢なんじゃない……、闇に属する魔物であるお前が金髪優男のふりをしているんだ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 ドレイクの静かな言葉の後、しばしの沈黙が流れた。そして……。

トサッ!

 ロックスローの横の方から音がした。ドレイクが視線を送ると、フリルフレアが膝から崩れるように座り込んでいた。

「ロ、ロックスローさんが………魔物…?」

 瞳を見開いたフリルフレアは信じられない物を見るような眼でロックスローの方を見ていた。






 時間は少しさかのぼる。

 フリルフレアはドレイクを探していた。ピータスの葬儀を終え、弟や妹たちとたくさん涙を流し、少しだけスッキリしたフリルフレア。まだまだ悲しみは癒えていないがほんの少しだけ他のことを気にする余裕ができた。だから、葬儀の終わり際に姿を消したドレイクのことが気になり探しに来たのだった。

 ドレイクが駆け出していくのを見た時、その鋭い表情を見た。その時は気にする余裕はなかったが、今はそれが何か決意の表れだったのではないかと想像できる。それが気になって探しに来たのだった。さらに言えば、フリルフレア自身がドレイクにそばにいてほしかったのもあった。今日はみんなで食事をしながらピータスの思い出話をしたかった。思い出したらまだつらいかもしれないけど、そうすることがピータスに対する供養になると思ったし、何よりも騒ぐのが大好きだったピータスがその方が喜ぶと考えたからだ。そしてその席にドレイクに一緒にいてほしかったのだ。自分のわがままなのはわかっているが、ドレイクにもっとピータスのことを知ってもらいたかった。

「ドレイク……どこへ行ったんだろう?」

 そんなにたくさん探す当てがあって歩き回っていた訳では無かった。虎猫亭にはいなかったので他に行きそうなところなど想像もつかない。しかし、その足はなぜか自然と町外れを目指していた。

(ここって………ああ…ルドンさんの屋敷か…)

 嫌な記憶しかない屋敷。ルドンにはマン・キメラの材料としてしか見られなかったし、大男に誘拐されここに監禁されていたのだから無理もなかった。

(何でこんなところに来ちゃたんだろ……戻ろ…)

 フリルフレアが踵を返した瞬間だった。

「偶然来たみたいに言うなよ。お前があいつらの親玉だろう」

「チッ」

(え⁉)

 突然聞こえてきた言葉と舌打ちに思わず振り返った。ルドンの屋敷の前から声がする。しかもその声の主は……。

(ドレイク⁉………それと…ロックスローさん?)

 妙な組み合わせに疑問が浮かぶ。正直に言えば、ドレイクがロックスローのことを何となく信用していないであろうことには気が付いていた。ドレイクがロックスローを見る目はいつもどこか険しいものだったからだ。それだけにその二人が、こんなところで何を話しているのか非常に気になった。

(どうせドレイクを探しに来たんだし…)

 こっそりと声のした方に近寄ってみる。木の陰からのぞき込んでみると、ドレイクがロックスローを睨みつけていた。

「そもそも俺は、お前のことを最初から疑っていた」

「最初から?………いつからです?」

「いっただろ、最初だよ。出会った時から俺はお前を疑っていた」

(え⁉……何⁉……疑ってたって…何の話⁉)

 思わず声をあげそうになるのを自分で口を押さえて必死にこらえる。ドレイクが何を言っているのか分からない。頭の中に入ってくる情報を整理しようとするだけで精一杯だった。理解がまるで追いつかない。ドレイクが瘴気がどうのこうの言っていたが、全く頭に入ってこなかった。何となく理解できたのはロックスローはエルフではない………というより、目の前にいるロックスロー・ストランティスを名乗るエルフは偽物で実は魔物だという………。

トサッ!

 思わず膝から崩れ落ちた。あまりの衝撃に膝に力が入らない。ドレイクは今なんと言ったのだ………?

「ロ、ロックスローさんが………魔物…?」

 信じられない様なモノを見る様な目でロックスローを見る。目の前にいるエルフは実は魔物で、そして………。

「あ……あなたが…黒幕…」

 フリルフレアの声が震える。信じられなかった。仲間だと信用していた人物が実は全ての事件の首謀者だった。あまりのショックに両手を地面についてうつむく。

「赤羽根……」

 ドレイクが苦い顔をする。ただでさえ弟を失ったフリルフレア。それだけでも辛いのにさらにその原因を作ったのが仲間と信じていた者だったと知ればその心の傷は計り知れない。そう考えたドレイクは一人でロックスローと決着を付けに来たのだ。しかしフリルフレアはドレイクを探してこの場にやってきてしまった。こんなことならば嘘でも誤魔化しでも何でもいいから一言声をかけてから出てくるべきだったと後悔するドレイク。しかしその後悔も後の祭りだった。

 だが、次の瞬間ドレイクはさらに後悔した。今はそんな後悔に浸っている場合じゃない。

「逃げろ、赤羽根‼」

「遅いですよ!『バインド!』」

「え⁉…きゃあ!」

 フリルフレアの悲鳴が響く。ロックスローの魔法によりフリルフレアの身体は光の鎖で拘束されてしまった。

「チッ!………お前…さっきと言い、今と言い…無詠唱で…」

「そんなに驚くことでもありませんよ。これくらいはたやすいです」

 そう言うとロックスローはフリルフレアの首に手をかけた。片手で軽く締め上げる。

「う……く……かは…」

「おい偽エルフ!赤羽根を離せ!」

 ドレイクが背負った魔剣に手をかけた。それを見たロックスローはフリルフレアを抱え込む。

「おお、怖いですね……ですが、この娘がどうなってもいいんですか?」

「ドレイク!…私のことは良いです、この人を!」

「ちょっと黙ってください」

「…むぐぅ!」

 片手でフリルフレアの口を塞ぐロックスロー。杖をドレイクの方へと向ける。

「おとなしく死んで、あなたもマン・キメラのパーツになりなさい」

 杖の先端に魔力が集中し、その魔力が帯電する。そしてバチバチと音を立てながら魔力が増大していった。

「ライトニングジャベリン!」

ズガガガーーーン‼

 すさまじい轟音を響かせて集束した電撃が撃ち出された。

「チィッ!」

 舌打ちとともにドレイクは背中の大剣を一気に引き抜き電撃に向けて振り下ろした。バガアン!と激しい音を立てて刃が電撃を打ち払う。

「ほう……やりますねぇ…ですが」

 そう言うとロックスローはフリルフレアの首と掴む手に力を込めた。フリルフレアの細い首がさらに締め上げられる。

「う……ぐ…」

「分かっていますね?次は剣で打ち払うのも無しです」

「くっ……」

 ニヤリと笑うとロックスローはフリルフレアの首から手を離した。

「けほ!げほっけほ!」

 せき込むフリルフレアだったが、気丈にロックスローをキッと睨みつける。

「ロックスローさん……本当にあなたが全ての黒幕なんですか…?」

「そうですねぇ………もっとも、私はロックスローではありませんがねぇ」

「それじゃ………本物のロックスローさんは…」

「そんな者は8ヶ月以上前に死んでいますよ……そう、こいつを奪った時にね」

 そう言うとロックスローの姿をしたものは冒険者認識票を取り出した。

「本物の冒険者に成りすますために金髪優男を殺して化けたのか」

「まあ、そんなところです」

 そいつはロックスローの姿のまま得意げに「くっくっく」と笑う。

「あなたが黒幕……なら、あなたがバルゼビュートですね」

 フリルフレアの言葉に笑い声が止まる。そのままフリルフレアを見た。

「……小娘…なぜ私の名を知っている…?」

「何故でしょうね…私の記憶の中にありましたよ」

「そう言えばあのクラゲみたいな魔物、バル何とか様がどうのって言ってたな」

 ドレイクの言葉にロックスロー……いや、バルゼビュートは舌打ちをした。

「チッ……あの無能ども……安易に私の名を出しおって…」

 そう言いつつ、再びフリルフレアの首に手をかけるバルゼビュート。そのままフリルフレアの顔を覗き込む。

「まあ、私の名を知ったところでどうにもならんがな……」

「いえ……なります…」

「なに……?」

 フリルフレアの言葉に何かを感じたバルゼビュートは彼女の身体を見回した。両手両足全て光の鎖によって繋がれている。それを確認しバルゼビュートは鼻で笑った。

「そんな恰好で何を強がっている?」

「あなたは……お前はピータスの仇…絶対に許さない!『フレイムボディ!』」

 次の瞬間フリルフレアの全身が激しい炎に包まれる。

「ぐお!な、なにぃ⁉」

 炎の勢いに思わずフリルフレアから手を離すバルゼビュート。そして炎が消えると同時にフリルフレアの次の魔法が発動する。

「ディスペルファイア!」

 フリルフレアの翼から輝く炎があふれ出しバルゼビュートとフリルフレアを拘束する光の鎖を包み込む。そしてカシャアアン!と音を立てて光の鎖が砕け散った。

「うおおおおお!」

 解呪の炎を受け苦悶の声を上げるバルゼビュート。そしてフリルフレアは振り向きざまに右手と翼の先端をバルゼビュートに突き付けた。

「フェザーファイア!」

ドドドドドドドオオン!

 轟音を上げて炎の羽が連射されバルゼビュートに直撃する。その炎にバルゼビュートは苦しんでいた。

「ぐお‼バ、バカな……聖炎だと⁉」

 思わず片膝をつくバルゼビュート。その姿は歪んでいる。ロックスローという仮面がはがされようとしていた。

 その様子を荒い息のまま見つめるフリルフレア。だが、次の瞬間グラリと身体が傾く。

「赤羽根!」

 叫びと共に駆け寄るドレイク。フリルフレアが倒れ込む瞬間に彼女を抱きとめた。

「赤羽根……無茶するな」

「ドレイク……」

 ドレイクを見上げるフリルフレアは涙を流していた、。それが悔し涙なのはドレイクにも想像がついた。

「悔しいよ…私じゃあいつを…倒せないもん……悔しい」

「赤羽根……」

「お願いドレイク……私の代わりにあいつを倒して……ピータスの仇を取って…」

 そう言うとフリルフレアは意識を失った。急激に魔法を連発したため魔力の消耗に精神が耐えられなかったのだ。

 意識を失ったフリルフレアを木の陰に優しく横たえると、ドレイクは大剣を握りしめバルゼビュートの前に立った。その怒りの視線の先には解呪の炎により変化の術が破られ真の姿を現したバルゼビュートが居た。






「くく…ふふははははははは!……まったく、どこで覚えたというのか………聖炎を操る魔法とは恐れ入る……しかし!」

 そう言うとバルゼビュートは杖を一振りした。次の瞬間杖は黒い魔力に包まれ二つに分離し、その姿を変貌させる。バルゼビュートの両手には1本ずつ歪んだ形をした片手サイズの鎌が握られていた。

「この程度では私を…我を倒すことは出来ん!残念だったな小娘!」

「赤羽根ならもう落ちてるぞ」

 得意げに言うバルゼビュートにツッコミを入れるドレイク。そのままドレイクは剣を肩に担ぐと真の姿を現したバルゼビュートの全身を見回した。

 奇妙な外見だった。全身は真っ白で筋肉質な人間のような体をしている。体長は約2m半ほどで、頭部にはねじれた角が2本生えている。顔面には中央に巨大な眼が1つ縦に付いており、鼻は無く、その下に牙の生えた口がある。さらに胸元にも巨大な口があり、腹部にも大きな口が付いている。そのほかに両腕や両太腿にも口が付いていた。両手に持った片手サイズの歪んだ鎌は禍々しい魔力を帯びているのが分かる。背中には1対の蝙蝠の様な翼が生えていた。

「ふむ……ではまず、貴様からマン・キメラの材料になってもらおう。世にも珍しい赤いリザードマンの鱗というのもパーツとしては面白い」

「俺は面白くもなんともないけどな……それより…」

 ドレイクがバルゼビュートに鋭い視線を向ける。今にも切りかかりそうだったが、グッとこらえて言葉を絞り出した。

「なぜ突然マン・キメラなんて物を造ろうとした?」

 ドレイクの問いかけに一瞬ポカンとするバルゼビュート。何を言っているの理解できないと言いたげだったが、すぐに声をあげて笑いだす。

「く…くくく…あーっははははははは!」

「何がおかしい?」

「いや……悪く思うな。これから死ぬ貴様がそんなことを聞いてどうするのかと思っただけだ」

「何……」

「いやいや、構わんさ。……せっかくだ。冥土の土産というやつで教えてやろう」

 そう言うとバルゼビュートの顔についている口の端が吊り上がった。恐らく笑ったのだろう。

「大した理由はない……ただ我らの同族の残した研究がどんなもので、どんな成果が残せるのか気になって実験しただけなのだよ」

「同族……?」

「そうだ。マン・キメラは魔王ランキラカス様に連なる者が生み出した産物。そして我は今は亡き暴食の魔王ランキラカス様に仕える悪魔侯爵バルゼビュート。貴様の命を奪うものの名だ、憶えておくといい」

「……生憎と、人の名前を覚えるのは苦手なんだよ…」

 ドレイクはそう言うと大剣を両手に持って構えた。それに対するようにバルゼビュートも両手の鎌を構える。

「どうした……?『実験でこんな騒ぎを起こしたのか』と怒らないのか?」

「今さらだな……。どんな理由だろうと、あんな子供まで巻き込んだんだ。怒ってないはずないだろう」

「ほう……ならばどうする?」

「ならば……こうする!」

 次の瞬間ガッと音を立ててドレイクが地面をける。一気にバルゼビュートとの距離を詰めるとそのまま大剣を振り下ろす。

「オオオオオ!」

「フン、甘いわ!」

ガキイィィン!

 甲高い音を立ててドレイクの大剣が受け止められる。バルゼビュートは鎌の刃を交差させ、ドレイクの大剣を受け止めていた。そして右手の鎌で大剣を受け止めたまま左の鎌でドレイクの脇腹を一閃する。

ザシュ!

「チィッ!」

 バルゼビュートが鎌を一閃する瞬間ドレイクはその場から飛び退いていた。しかしそれでも鎌は浅くだが、ドレイクの脇腹を切り裂いていた。バルゼビュートの鎌は鋭く魔力もおびているためドレイクの赤鱗さえも切り裂いたのだった。

「くくく…。どうした?自慢の赤鱗も我が魔鎌の前ではただの鱗と変わらんなぁ」

「フンッ」

 バルゼビュートの言葉にドレイクは鼻で笑って答える。そして大剣を両手で持ち肩に担ぐように構えた。

「どうした?赤燐が役に立たないと知って怖気づいたか?」

「おいバルセポーン、良いことを教えてやるぜ」

「セポーンではないバルゼビュートだ」

 バルゼビュートが律義に訂正してきたが、ドレイクは無視して言葉を続けだ。

「戦闘ではな、無駄口の多い奴から死んでいくんだぜ!」

 次の瞬間ドレイクが凄まじい速度で踏み込んだ。その踏み込みの速度は先ほどとは比べ物にならないほど速く、かつ激しかった。その凄まじい踏み込みとともに大剣が振り下ろされる。

ガキイイイン!

 再び鎌を交差させバルゼビュートがドレイクの斬撃を受け止める。先ほどよりギリギリではあったが、ドレイクの剣はやはりしっかりと受け止められていた。

「バカめ……どんなに早く踏み込んだところで……」

「おおおあああああ!」

 バルゼビュートが言い終わるより早く、ドレイクが雄叫びをあげながら両腕に力を込めた。ドレイクの両腕の筋肉が盛り上がり、受け止めているバルゼビュートに対し大剣を少しずつ押し込んでいく。

「な…………バカな…」

「ああああああ!」

 次の瞬間さらに叫びをあげ一気に力を込めて大剣を振り下ろす。バルゼビュートの鎌ははじかれ、ザシュ!と音を立ててドレイクの大剣がバルゼビュートの肩口からわき腹までを切り裂く。

「ぐぬう!」

 たまらず後退するバルゼビュート。信じられない物を見るような眼で自分についた傷を見ている。

「き、貴様………貴様ぁ!」

 バルゼビュートの身体がブルブルと震えている。恐らく怒りによるものなのだろう。1つしかない眼を血走らせてドレイクのことを睨みつけていた。

「貴様如きが!たかがリザードマン如きが!悪魔侯爵である我にこのような傷をつけるなど………万死に値する!」

「値したら何だって言うんだ?」

「こうするのだ!『バインド!』」

 バルゼビュートの魔法が発動した瞬間ドレイクに光の鎖が絡みつく。しかしドレイクには焦りはなかった。

「だから何だ……こんなもの!」

 次の瞬間ドレイクが「うおおおおおお!」と雄叫びを上げ全身に力を込める。そしてバキィン!と音を手て光を鎖を断ち切った。

「こんなものが役に立つか!」

「いや、十分な時間稼ぎにはなった」

 そう言い放つバルゼビュートの手の中には黒い闇の魔力が集まっていた。

「ヴァル・リィズ・イド・ヴェルド・スレド・フェスト…」

 音もなくバルゼビュートの手の中の黒い魔力が撃ち出される。ドレイクは舌打ちしながら撃ち出された魔力を剣で斬り払う。斬り払われた魔力は掻き消えるように地面の中に消えていった。

「何のつもりか知らないが無駄だったみたいだな」

 再び剣を構えるドレイク。しかしバルゼビュートは笑っていた。

「ははは!バカめ!闇に切り刻まれるがいい!『スプラッタフィールド!』」

次の瞬間ドレイクの足元を中心に巨大な黒い魔法陣が浮き上がる。そしてその魔法陣から凄まじい魔力があふれ出す。

「な…に……これは⁉」

「フハハハハハ!終わりだリザードマン!」

 次の瞬間魔法陣から魔力が黒い無数の刃となってドレイクに襲い掛かる。剣や槍、鎌など様々な形となった魔力の刃がドレイクを切り裂き貫いた。

「がぁ!ぐあああああ!」

 凄まじい黒い刃の乱舞に膝をつくドレイク。それでも刃は容赦なくドレイクを切り裂き刺し貫いて行く。

「ぐ……ぐう…」

 何とか地面に突き立てた大剣にしがみつくドレイク。そうでもしなければ倒れ込んでしまいそうだった。

ザクッ!ザシュッ!ドス!ズパッ!ガスッ!

 剣が槍が鎌が斧が様々な武具の形をした漆黒の刃が音を立ててドレイクに突き刺さり、それと同時にドレイクの心に黒い影を落とした。じわじわと広がるその影は死への恐怖という名でドレイクの心を蝕んでいく。

「……く…そ…」

 思わず声が漏れる。刃が切り裂き貫くあまりの激痛に悲鳴をあげそうになる。さらにいつまでも続くこの刃の乱舞に心が折れそうになった。

(な…何だこれは……いつまで続くんだ……)

 切り裂かれ、貫かれた全身の激痛で発狂しそうになる。何よりも眼前に迫った死への恐怖に心が押しつぶされそうだった。

「くくくく、苦しめ苦しめ…恐怖と共に朽ち果てるがいい!」

 その様子をさもおかしそうに見ていたバルゼビュートはたまらず笑い声をあげていた。哀れなものを見下すような視線をドレイクに向けている。

「我が最大の魔法スプラッタフィールド……この領域に取り込まれた者は黒き刃で全身を切り刻まれ、同時に精神を圧倒的死の恐怖で支配される。……たとえ刃を耐え抜いても精神は恐怖に支配されてしまうわけだ」

 そう言うとバルゼビュートは両手の鎌の刃同士を擦り合わせシャンシャンと音を立てる。そして、魔法陣の中に足を踏み入れドレイクの前まで歩み寄った。黒い刃は術者本人であるバルゼビュートには襲い掛からない。そして手に持った魔鎌を振り上げドレイクの首にめがけて振り下ろした。

「さらばだ、ドレイク・ルフト」






(俺は……死ぬのか?)

 黒い刃に切り刻まれながらドレイクは自問していた。全身を襲う痛みに意識を失いそうになる。だが、ここで気絶すれば待つのは死だけだ。それにここで自分が死ねば、バルゼビュートは間違いなくフリルフレアに手を出すだろう。最悪あの夢の様に生きたまま翼を切り取ろうとするかもしれない。

 冗談では無かった。これ以上フリルフレアを辛い目に合わせてなるものか、その考えに行きつく。しかし、迫りくる死への恐怖が再び考えをかき消す。迫りくる死が怖い。そんなことは当たり前だった。

(……………当たり前?)

 本当にそうだろうか?考えてみた。本当に自分は死を怖がっているのだろうか?確かに生物にとって死への恐怖はぬぐいがたいものだ。だが、中にはそういった死への恐怖を克服した者もいたのではないか?もっと言えば、死の恐怖などよりももっと耐え難い目にあった者もいるのではないか?死の恐怖など超越した者だっているのではないか?ならば自分は…………。

 そこまで考えたところで頭の奥が激しく痛んだ。考えをその先に進めようとすると、頭が痛む。考えを掘り下げる、いや自分(・・)の(・)こと(・・)を(・)思い出そう(・・・・・)とすると頭が激しく痛んだ。だが、その痛みのおかげで意識がはっきりしてくる。

(そうだ、俺はこんなところで倒れている場合じゃない)

 何かを思い出せそうな気がするが、それが何なのか分からない。

(あんな、悪魔侯爵程度にてこずっている場合じゃない)

 理由は分からない。だが、自分がバルゼビュートなどにやられていい訳がないと思った。

(あいつと……フリルフレアと約束した!)

 次の瞬間ドレイクはカッと眼を見開いた。相変わらず黒い刃は飛び交い自分の身体を切り刻んでいるが今はそんなことはどうでもいい。目の前にバルゼビュートの脚が見える。そこで初めて自分が膝をついていることに気が付いた。

「さらばだ、ドレイク・ルフト」

「おおおおおおお!」

 バルゼビュートの声が聞こえた瞬間、ドレイクは叫びながら全身に力を込めた。そしてガキイン!と激しい音を立ててバルゼビュートの振り下ろした魔鎌を大剣で受け止める。

「何⁉」

 バルゼビュートが驚愕の声を上げる。それに答えるようにドレイクはニヤリと笑った。その口の端からは僅かに炎がくすぶり煙が上がっている。

「舐めるなよ、三下が!」

 次の瞬間ドレイクが口を大きく開けると、凄まじい勢いの炎を吐き出した。グボオオオオオオオ!と轟音を上げるその灼熱の炎は黒い刃を打ち消しながらバルゼビュートに直撃した。

「ぐわぁ!…な、何ぃ⁉」

 炎の勢いに吹き飛ばされるバルゼビュート。そのまま木にぶつかったバルゼビュートの身体は炎で焼け爛れていた。さらに術者の精神集中が途切れたために、魔法陣がはじけるように消滅する。

「バカな………貴様、一体何をした⁉」

「何って……見ての通りだろぅ?」

 不敵に笑うドレイクは立ち上がると大剣を肩に担いだ。口の端からはまだ炎がくすぶっている。

「ふざけるな!リザードマンが!リザードマン如きが、ブレスを吐くなどあり得るか!」

「さあな……じゃあ、俺はリザードマンじゃないのかもな?」

「はぐらかす気か!気様一体何者だ⁉」

「はっ!そんなの俺の方が知りたいぜ」

「貴様ぁぁぁ!」

 次の瞬間バルゼビュートは魔鎌を両手に構えて突進してきた。ドレイクに向けて左右の鎌を交互に連続で繰り出していく。

 ビュンビュンと風切り音を鳴らして繰り出される魔鎌。ドレイクはそれらを紙一重で避け、あるいは大剣で受け止めて防いだ。受け損ねた斬撃により、肩の鎧が斬り裂かれ破壊される。さらに胸の鎧や腕、脚の鎧も魔鎌の前にあっさりと斬り裂かれていくがどれも致命傷には至っていなかった。ドレイクは必要最低限の防御をし直撃や致命傷を避けていた。

ガキイイン!

 激しい音を立ててバルゼビュートの魔鎌とドレイクの魔剣がぶつかり合う。そのまま一進一退の鍔迫り合いの状態となった中、バルゼビュートが憎々しげに言葉を絞り出す。

「おのれ……リザードマンふぜいが……」

「どうしたよ?…リザードマンふぜいだったらあっさり殺したらどうだ?」

「ほざけ!……こうなれば……!」

 カッと眼を見開くバルゼビュート。そしてその下にある口を大きく開く。その口は耳元まで裂け、中にはズラリと鋭い牙が並んでいた。さらにバルゼビュートは胸元、腹部、両腕、両太腿の全ての口を大きく開いた。それらの口全てにもやはり鋭い牙が並んでいた。特に大きな口である胸元の口の牙がギラリと怪しく輝く。

「どうした?……まさか、俺を喰おうってのか?」

「その…………まさかだぁ!」

 バルゼビュートが大きく開けた全ての口でドレイクに嚙り付く。口の中にズラリと並んだ鋭い牙が、ドレイクの肩、腕、脚、腹に食い込み鱗を砕き、肉を裂き、血飛沫をあげさせる………はずだった。

 バルゼビュートの身体が傾き体勢を崩す。噛みつこうとした口がガチン!と音を立てて空を切る。何かに足を取られたことに気が付き一瞬足元に視線を向けるバルゼビュート。その視線の先ではドレイクの尻尾がバルゼビュートの右足首に絡みつそのバランスを崩していた。そして次の瞬間殺気を感じ、すぐに視線を戻すが時はすでに遅かった。

バキィ‼

 骨の砕ける音だろうか?何か固いものが砕ける鋭い音を立ててバルゼビュートの身体が吹き飛んだ。ドレイクの拳がバルゼビュートの顔面を捉え吹き飛ばしていただった。激しい音を立てて木の幹にぶつかるバルゼビュート。吹き飛ばされながらも両手の魔鎌を手放さなかったのは大したものだった。

「どうしたよ?……俺を喰うんじゃなかったのか?」

「黙れ!………黙れ黙れ黙れぇぇ!」

「ふん……もっとも、リザードマンなんか筋肉質だから硬くてうまくないだろ?」

「く…くくく…ははははははは!」

 ドレイクの問いには答えず笑い出したバルゼビュートはひとしきり笑った後にドレイクに見下すような視線を送った。

「バカが!美味い不味いの問題ではない…。我はな…喰らった相手の能力を奪い、さらにその姿に化けることができるのだ!」

「そうかよ……………!ってことは!」

「その通り!これが奪ったロックスローの力よ!再び受けろ『『『ライトニングジャベリン!』』』」

「チィッ!」

ズガガガーーーン!

 集束した雷の奔流がバルゼビュートから撃ち出される。しかも、今回は頭部、胸部、腹部の3つの口から同時に発動の呪文が言い放たれる。3本の激しい電撃がドレイクに襲い掛かった。

「チィィィ!」

 その場を飛び退くドレイク。しかし3本の電撃はドレイクを追いかけるように迫りくる。

「チェアリャア!」

 気迫の咆哮と共に大剣を振り回すドレイク。バチィン!バシィ!と激しい音を立てて、電撃を打ち払った。

 苦い顔をするドレイク。ポツリとつぶやいた。

「……じゃあ、本物の金髪優男は……」

「そんな者とっくの昔に消化したわ。まあ、生きたまま喰われていったあの表情はなかなか忘れられんがな」

 そう言って「くくくく」と笑うバルゼビュート。それを聞いたドレイクは吐き捨てるように言い放った。

「クズだな……やはりお前はこの場で殺す。赤羽根には近づけさせん」

「ほざけ!貴様はそのクズに殺され、喰われるのだ!『『『ライトニングジャベリン!』』』」

 再び轟音を上げて迫りくる3本の電撃。しかし、ドレイクは飛び退かず今度は息を深く吸い込んだ。

「おおおおおおおおおおお!」

ボオワアアアアアアアアア!

 凄まじい咆哮と共にドレイクは再び炎のブレスを吐いた。轟音を上げる灼熱の炎が3本の電撃をあっさりと打ち消していく。

「何ぃ⁉」

 驚愕の声を上げるバルゼビュート。だが、ドレイクの行動はまだ終わらなかった。魔剣を掲げると、その刀身を炎の中に突き立てる。その瞬間炎が渦巻き刀身にまとわりつく。鍔元から切っ先に至るように炎を吹きかけるドレイク。炎を吹き終えると、魔剣を両手で握りしめた。その刀身は炎を纏い、渦巻く炎が燃え盛っている。

「これが俺の切り札………名付けて『劫火の太刀』」

 燃え盛る魔剣を両手で構えるドレイクを見て、バルゼビュートがたじろいた様に一歩下がった。焦っているのだろうか、額から汗が流れ落ちている。

「そ、そんなものは…ただのはったりだ!」

「そう思うなら試してみろよ」

「おのれ!舐めるなぁ!…『『『ライトニングジャベリン!』』』」

 またもや3本の電撃が轟音を上げてドレイクに襲い掛かる。しかしドレイクは燃え盛る魔剣を振り回し、あっさりと3本の電撃を打ち払った。

「芸の無い奴だな。3回も同じことを繰り返せば、いい加減慣れるぜ」

「ぐう……おのれぇぇぇ!」

 瞬間バルゼビュートは両手に魔鎌を構えて突進してくる。鋭く繰り出される左右からの斬撃を魔剣で受け止めるドレイク。バルゼビュートの手は素早く、細かい傷がいくつも増えていくが、それはこの際気にしなかった。

 ガキィン!と甲高い音を立てて魔剣で魔鎌をはじく。その衝撃に思わずよろけるバルゼビュート。すぐに体勢を立て直そうとするが、その時にはすでに遅かった。

 ドレイクがしっかりと両足を踏みしめ、右半身を後ろに下げていた。燃え盛る魔剣を両手で握りしめ、担ぐように力をため込んで構えている。その鋭い眼光がバルゼビュートを射抜いていた。

「おおおおお!チィェストオオオァァァァ‼」

バキィイイイイン‼

 咆哮と共に繰り出される一撃。ドレイクの右足は大地を砕くほどの凄まじい踏み込みで、全身の筋肉をばねとして使い、両腕の全筋肉を斬撃力と変えた全身全霊、渾身の一撃はバルゼビュートが防御のために頭の前で交差させた魔鎌ごと、バルゼビュートを一刀のもとに両断していた!

「…が………は……?」

 脳天から両断されたバルゼビュートの身体がドサッと音を立てて左右に倒れ込む。そしてすぐにその身体はボロボロと崩れ去っていった。1分もたたないうちにバルゼビュートはその痕跡も残さずに跡形もなく崩れ去っていた。

「ふう………」

 ドサリと座り込むドレイク。手元に転がっている魔剣い視線を向けると、刀身の炎が消えかかっていた。炎が消えるのを待って鞘にしまおうと思い、とりあえず立ち上がろうとした瞬間だった。

グラリ……。

(…あれ……?)

 視界が歪む、平衡感覚が失われていく。思わず後ろに倒れ込むドレイク。

(あー……やべぇ……血ぃ流しすぎたかな……)

 何とか顔だけを持ち上げて全身を見回す。全身傷だらけだった。斬り傷に刺し傷、さらに全身血まみれ、致命傷こそ避けたものの、出血はかなり酷いものだった。正直、意識にモヤがかかった感じがして非常に眠かった。このまま寝てしまったらはたして再び目を覚ますことができるのかどうか非常に不安があったが、とにかくひたすら眠かった。

「あー、くそ……赤羽根を連れて帰らなきゃなんねえのに……」

 ぽつりと呟くことで眠気が収まるかと思ったが、気怠さが増しただけだった。

(ちくしょう……腹減ったな……)

 ドレイクの意識はそのまま深い眠りの中に落ちていった……。






「ドレイク!ドレイク!」

 いくばくかの時間がたったのだろうか?フリルフレアの自分を呼ぶ泣きそうな声……否、泣声にドレイクは目を覚ました。うっすらと目を開けると、フリルフレアの泣き顔が飛び込んでくる。

「……赤羽根?」

「ドレイク!………よかったぁ…」

 フリルフレアがポロポロと涙をこぼしながら自分の身体に手をかざしているのが見える。身体に妙な温かさを感じて、その温かい方に視線を向けた。

 フリルフレアの掌だった。彼女の掌から妙に優しい暖かさの炎があふれ出していた。その炎が自分の身体を包み込んで…………。

「うおおおおおおおおお⁉」

 驚きのあまり思わず転げまわるドレイク。身体についた炎を消そうと必死になって転げまわる。どう見てもドレイクの身体をフリルフレアが魔法で燃やしているように見えた。

「ドレイク、まだ……」

「まだ、じゃねえぇ!俺を燃やす気か⁉」

「へ……?」

 ドレイクの非難の叫びに思わず間抜けな声を上げるフリルフレア。そして両手を見つめると、ハッと何かに気が付いたような顔をしてすぐに違うと言いたげに両手をパタパタと振り回す。

「ち、違うのドレイク!今のは魔法で……」

「ま、魔法で俺にとどめを刺そうとしていたのか……?」

 顔をヒクつかせながらフリルフレアにジト目を送るドレイクにフリルフレアは違うと言いたげにさらに手をバタバタと振り回す。

「だから、違うの!これは癒しの魔法で……」

「回復魔法~?」

 疑わし気に体を見回したドレイクはふと気が付いた。あれほど血まみれだったのに、身体の出血が止まっていた。さらに気が付く身体の違和感、いや正確には違和感が全くないのである。あれだけ血を流して意識も朦朧としていたのに、今は意識もはっきりし、全身の痛みも全くない。まるで傷が全て癒えているような……。

「た、確かに傷がふさがってる……」

「でしょう⁉」

 ちょっと得意げなフリルフレア。しかし、ドレイクにはある疑問があった。

「赤羽根、お前回復魔法使えるなんて言ってたっけ?」

「言ってませんよ?」

「何でだよ」

「だって、さっき使えるようになったんですから」

「はぁ?」

 フリルフレアの言っていることの意味が分からない。突然使えるようになったとでも言うのだろうか?

「どういうことだ?」

「はい。私が目を覚ましたらですね、ドレイクが一人で血まみれで倒れてたんです。それで私『ドレイク!死んじゃヤダァ!』って祈ってたら突然この魔法が使えるようになったんです」

「なんだそりゃ………そんなことあるわけが……」

 疑わしげな視線を送るドレイク。しかしフリルフレアは自信ありげに頷いていた。

「ありますよ。ディスペルファイアだってピータスのことを助けたいって思ったら使えるようになったんですから……結局助けられなかったですけど…」

「…………」

 しょぼんとするフリルフレアの頭をドレイクはワシャワシャと撫で回す。正直、突然新しい魔法が使えるようになるなど疑わしかったが、フリルフレアが嘘をついている様にも見えなかった。そうなれば、フリルフレアの言う通り彼女の祈りだか願いだかに応じて神が奇跡を起こしたのかとも考えられたが、この魔法はどう見ても神聖魔法じゃなかったし、そもそも彼女は司祭でも神官でも何でもない。

(どうなってんだ……?…って言うか、こいつ一体何者だ?)

 見たこともない魔法を操り、突然新しい魔法が使えるようになる。正直怪しいことこの上なかったし、怪しいと言えば類を見ない美しい深紅の翼も怪しいと言えば怪しい。失った5歳以前の記憶というのも合わせれば、彼女の過去にこそその怪しさの秘密を知る手掛かりがるのではないかと思えた。

 ………が、しかし、そこまで考えてドレイクは思考を止めた。どうせこれ以上考えても答えは出ないし、今はそんなことを詮索するべきではないと思った。

「ミィィィ、髪が乱れます…」

「お前は頑張ったよ……。それに仇も討った。坊主もそれで許してくれるだろ…」

「うん……ありがとう、ドレイク」

 フリルフレアは立ち上がると、服についたほこりを払った。もうすっかり暗くなっている。帰りが遅いと孤児院でパパ先生やママ先生が心配しているだろうと思う。

 ドレイクも立ち上がると、抜き身のままだった大剣を鞘に納めた。バルゼビュートとの戦いで壊れた鎧の破片が落ちているがそこまで拾っていく気にはなれなかった。

「こりゃ、鎧を新調しなきゃだめだな……」

 ため息をつくドレイクの腕に抱き付くフリルフレア。

「ドレイク……パパ先生やママ先生には私から話しますから…今日は孤児院に泊っていってくれませんか…?」

「……いいのか?俺なんかが居て?」

「みんなで……ピータスの思い出話をしたいんです。ドレイクにも…ピータスのことをもっと知ってほしいんです…」

 そう言ってフリルフレアは微笑んだ。




     エピローグ


「何ぃ⁉最近見かけんと思っておったら、ロックスローが黒幕だったじゃと⁉」

 ランチ時、冒険者たちでにぎわう虎猫亭にゴレッドの叫び声が響いた。

 ドレイクとフリルフレアがバルゼビュートと決着をつけた日からちょうど一週間たっていた。その間、マン・キメラに蹂躙され多くの被害が出たラングリアでは街の復興が行われていた。そしてその復興に際し、冒険者ギルドは冒険者たちに救援を要請、その結果多くの冒険者たちが復興に力を貸すこととなった。

 ゴレッドの様な神官職にある者は怪我人の治療や死者の葬儀、ドレイクの様な大柄で力のある者は木材や石材等の運搬、ローゼリットやスミーシャの様な身軽で手先が器用な者は高所での釘打ちなどの作業等、それぞれ自分に合った仕事をしていた。

 復興のための資金も町を治める領主から出されており、冒険者ギルドを通して冒険者たちへの報酬にもあてられることとなった。

 そしてそんなある日の昼時、むさ苦しく相席になったドレイクとゴレッドが食事をしているときに、ロックスローを見なかったかというゴレッドの質問に対し、ドレイクが事の顛末を話すと、ゴレッドが飲んでいた酒を飛び散らせながら叫んだのだった。

 ゴレッドの叫びにうるさそうに顔をしかめるドレイクは、面倒くさそうに視線をそらしながら炙った牛腿肉に嚙り付いた。

「っつーか、俺たちが知ってる金髪優男はそもそも偽物で……もぐもぐ」

「ええい!食うか喋るかどっちかにせんかい!……それじゃ何か?わしらはずっとあいつの掌の上で踊っておったってことか⁉」

「むしゃむしゃ……ごくん。……まあ……そうなるのか…?あの…バル…バル…バルカンハントウとか言う奴が金髪優男に化けてたわけだし」

「バルカンハントウ?変な名前じゃな」

「ああ、なんかそんな感じの名前だった」

 そう言って再び肉に嚙り付くドレイク。本当はバルゼビュートなのだが、そのことを突っ込むフリルフレアが不在なためドレイクはボケっぱなしだった。そんな話をしていると、その後ろでガタガタと椅子を動かす音がした。

「ね~、それってさ~……」

 スミーシャだった。片手に杯を持ち、顔が少し赤くなって目がトロンとしていることから酒を飲んでいたのが分かる。ドレイクとゴレッドのすぐ後ろの席で食事をしていたらしく、どうやら午前中の復興の手伝いを終わらせ一杯ひっかけているところの様だった。そのままドレイクたちのテーブルの空いている椅子にドカッと座り込む。さらにもう一つの空いていた椅子にローゼリットがいつの間にか音もなく座っていた。こちらも杯を持っている。特に顔は赤くなっていないので素面なのだろうか?

「あたしたち、実はヤバかったんじゃないの~?」

 ドレイクにジト目を送ってくるスミーシャ。責任はお前にあるとでも言いたげである。

「いや、そうかもしれないけど……別に俺のせいじゃないだろ?」

「いいや赤蜥蜴、ロックスローはお前が連れて来たんだろう?ならばお前の責任だ。……責任を取って危険手当をよこせ」

 問答無用と言いたげにローゼリットが掌を突き出してくる。金をよこせと言いたいらしい。

(こいつも酔っぱらってやがる……)

 ローゼリットの杯の中身を確認する。赤紫色の液体が入っている。明らかに葡萄酒だった。

 付き合ってられんと言いたげに額を押さえるドレイク。

「あのなぁ……そもそもあの偽エルフ連れてきたの俺じゃなくて赤羽根だぞ?」

 次の瞬間スミーシャが勢いよく立ち上がる。そして周りをキョロキョロと見回した後、すごい勢いでドレイクに掴み掛った。

「ちょっと赤蜥蜴!フリルちゃんをどこにやったのよ!……は!まさか……フリルちゃんがあんまり可愛いからってどこかに監禁して!」

「何?そりゃほんとか赤蜥蜴?」

 スミーシャの戯言に本気とも冗談ともとれる反応をするゴレッドに頭を抱えるドレイク。わずかな希望にすがってローゼリットに助けを求める視線を送るが、ローゼリットは素知らぬ顔で葡萄酒を飲みながらドレイクたちの卓の料理に勝手に手を付けていた。

(だめだこの酔っ払いども……早く何とかしないと…)

 酒を飲んでいるという意味では酔っ払いには違いないゴレッドを含め、酔っ払い3対素面1で非常に分が悪い。

「赤羽根なら孤児院だよ……。あいつも今回の騒ぎで弟を亡くしたんだ…」

 ドレイクの言葉に、さすがの酔っ払い3人もいくらかおとなしくなる。

「そうだったんだ……フリルちゃん、弟さんを…」

「つらかっただろうな……」

 若干涙ぐむスミーシャと、フリルフレアの心情を想い顔をしかめるローゼリット。

「あの怪物に殺されちまったのか…?」

 ゴレッドの言葉にドレイクは首を横に振った。一瞬フリルフレアに無断で話していいのだろうか?と考えたが、ゴレッドたちも当事者と言えば当事者だ。知っておく権利はあるだろう。

「あのバルサミコスって奴に殺されて、パン・キメラってのにされちまったんだ……」

「バルサミコス……ってなんじゃ?」

「さっき言っただろう?金髪優男に化けてたやつで…」

「おぬしさっきバルカンハントウって言ってなかったか?」

 そう言ってゴレッドが呆れてドレイクにツッコミを入れた瞬間だった。

「ミィィィ。ドレイク、バルサミコスじゃ黒いお酢ですよ。後、バルカンハントウってどこの半島ですか……バルゼビュートですよ。あとパンじゃなくてマン・キメラです」

 いつの間にかドレイクのすぐ後ろにフリルフレアが立っていた。そのいでたちはいつもの通り背中の空いた水色のワンピースに黄色のケープ、冒険用の太いベルトには短剣が括り付けられており、太腿まである白いハイソックスを履き、その上から膝下まであるロングブーツを履いていた。冒険用のいでたちだった。

「フリルフレア、お前その格好……」

「………何ですか、ドレイク?」

「いや……その……」

 ドレイクが口ごもる。正直あんなことがあったのでドレイクはフリルフレアが孤児院に帰るのではないかと考えていた。ピータスの供養をしながら孤児院での静かな暮らしに戻るのではないかと……。

 しかしフリルフレアの服装はそんなドレイクの考えを真っ向から否定していた。表情も心なしかスッキリしているように見える。

「それで……フリルフレア、お前これからどうするつもりだ?」

 ドレイクの言葉に、フリルフレアは決意の光を宿した瞳でドレイクを見つめた。そしてすぐにニッコリと笑う。

「もちろん、ドレイクと一緒に行きますよ!」

「えええ!フリルちゃん、お姉ちゃんと一緒に行かない?」

「残念ですけどスミーシャさんとはいっしょに行きません」

「ガガーン!」

 フリルフレアに振られ何やらショックを受け項垂れているスミーシャ。ローゼリットが「おー、よしよし」と葡萄酒を片手にスミーシャの頭を撫でている。

「そうか、フリルの嬢ちゃん、冒険者続けるのか」

 ゴレッドの言葉にフリルフレアは力強く頷いた。そんなフリルフレアの頭をドレイクがワシャワシャと撫でる。

「別に無理しなくていいんだぞ?あの坊主のことだってあったんだし…」

「別に無理なんてしてませんよ。それにこんなところであきらめたらそれこそピータスに笑われちゃいます」

 そう言って両拳をグッと握りしめるフリルフレア。悲しみがなくなった訳では無いだろうがこの一週間で心の整理は付いたようだった。

「だからドレイク!」

「ん?」

 フリルフレアはドレイクを見上げると、ペコリと頭を下げた。

「不束者ですがよろしくお願いします」

「お…おう…」

 お前は嫁に来るつもりなのかとツッコミを入れそうになったドレイクだったが、そんなことを言えばまたスミーシャが「フリルちゃんをたぶらかして!」とか言い出しそうだったのでやめておいた。

 「はぁ……」とため息をつくドレイク。どうやらまだまだフリルフレアの面倒を見なければいけないらしい。

「と・こ・ろ・で……ドレイクゥ」

 (仕方がないか)などと考えていたドレイクに、フリルフレアが身体を寄ながら、若干ニヤニヤしながら言ってくる。

「さっき……『フリルフレア』って呼びましたよね?」

 フリルフレアの言葉にさっと視線を逸らすドレイク。しかしフリルフレアはさらに顔を近づけてくる。

「やっと覚えてくれたんですね私の名前。これからはちゃんと『フリルフレア』って呼んで……」

「呼んでない、気のせいだ赤羽根」

「嘘です!絶対言いました!」

「別に……どっちでも良いだろ……」

「良くありません!フリルフレアって呼んでくれないなら、私もドレイクのこと『ドレイクさん』って呼びますよ!」

「ぐ………」

 言葉に詰まるドレイク。じっと見つめてくるフリルフレアと視線がぶつかる。どうやら一歩も引く気は無いらしい。

「………わかったよ…、呼べばいいんだろ、フリルフレアって」

「そうです‼……うれしいです、ドレイク!」

 よほど嬉しかったのだろう。ピョンピョン跳ねながらドレイクの両手を握るフリルフレア。(名前の呼び方ひとつで大げさな…)と思ったドレイクだったが、フリルフレアの笑顔を見ていたらどうでもよくなってきた。

「ドレイク!これからはずっと一緒ですよ!」

「ああ……分かったよフリルフレア」

(どうやらこいつとは長い付き合いになりそうだな……)

 そんなことを考えながら、ドレイクは冷めきった炙り牛腿肉に嚙り付いた。



                      赤蜥蜴と赤羽根第1話   完


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