第3章 赤蜥蜴と赤羽根と魔王の器 第8話、後始末 その4
第8話その4
「死ね!アレイスロー!」
チックチャックが振り被った魔剣を振り下ろす。アレイスローは間一髪でその斬撃を避けると、距離を置くべく飛び退いた。
「フフ……どうしたアレイスロー、俺の剣がそんなに怖いか?」
「ええ、怖いですね。フリルフレアさんから聞いていますよ、その魔剣の威力はね……」
「チッ……あの小娘、余計なことを……」
忌々しげにつぶやくチックチャック。肩で息をしながらゆっくりとアレイスローとの距離を詰めてくる。だが、よく見ればチックチャックの全身は傷だらけであり、バレンシアの付けた爪傷や打撲などがいたる所にある。そのせいか先程のチックチャックの斬撃にはキレがなく、どことなくふらついている印象を受けた。
(チックチャックさん……いえ、チックチャックが弱っている今がチャンスですね………。ですが……)
一つ問題があった。それもアレイスローにとってある種致命的な問題が………。
「どうしたアレイスロー。お得意の魔法で攻撃してこないのか?俺は今魔法反射大盾を失っている、絶好のチャンスだろう?」
「そ、それは……」
アレイスローの額を冷たい汗が流れていく。チックチャックは巨大大喰い蟲が深紅の竜にやられたことを知っていた。恐らく、転移の魔法具で倒壊した神殿の中から脱出した後、状況を盗み見ていたのだろう。だから知っているのだ。そう………。
「無理だよなぁ!巨大大喰い蟲との戦いで魔力を使い切ったお前はもうまともに魔法を撃つ魔力なんか残っていないんだからな!」
「くっ………」
図星をつかれ内心焦りが生じるアレイスロー。それでもチックチャックに対抗するために杖を構えた。
「終わりだ……死ねぇ!」
チックチャックがわずかによろめきながらも魔剣を振り被り襲い掛かってくる。その斬撃はどこかヨロヨロとしており、本来のチックチャックの剣からは程遠いものだった。正直なところ、満身創痍のチックチャックには剣をまともに振るう力も残ってはいないのだろう。それでもアレイスローを殺すべく無理矢理剣を振るっているのだ。
チックチャックの斬撃を何とか避けるアレイスロー。チックチャックほど満身創痍ではないが、アレイスローも魔力を使い切った状態であり、身体も重く足取りも軽快とは言い難かった。こんな状態で相手のチックチャックが万全の状態だったならば、恐らくその剣の前に瞬殺されてしまうだろう。それを考えると、チックチャックをここまで追い詰めたバレンシアには感謝しかなかった。
「ハァハァ……どうした…逃げてばかりじゃ……俺は倒せないぞ?」
チックチャックはニヤリと笑いながら掛かって来いとばかりに人差し指をチョイチョイと動かす。明確な挑発だった。恐らくアレイスローが不用意に近づいたところで爆発の魔剣を食らわせるつもりなのだろう。それが分かっているからアレイスローも迂闊に手が出せなかった。
「来ないなら………こっちから行くぞ!」
再び魔剣を振り被り、アレイスローに襲い掛かるチックチャック。魔剣を振り回し、何度もアレイスローに斬りかかるチックチャックだが、アレイスローは冷静に剣を見極め何とか避け続けていた。
本来の剣技ではないとはいえ魔導士であるアレイスローに剣を避けられ続け、段々と苛立ちを募らせるチックチャック。
「ええい!しゃらくさい!」
次の瞬間チックチャックの脚が唸り、地面の土を蹴り上げる。
「うわ!」
蹴り上げられた土がアレイスローの顔面に飛び、思わず顔を背ける。そしてその隙を逃さずチックチャックが一気にアレイスローとの間合いを詰めた。
「今度こそ、死ね!」
「くぅ!」
チックチャックの魔剣がアレイスローに向かって振り下ろされる。何とか杖を両手で持ち斬撃を受け止めるアレイスロー。しかし、魔剣が杖に当たった瞬間、ドゴオオオオン!と轟音を上げて魔剣が爆発を起こした。
衝撃で吹き飛ぶアレイスロー。大木に背中を打ち付け、肺の中の空気が押し出された。
「ガハァ!」
そのまま咳き込むアレイスロー。さらに爆発の衝撃を受け、杖の全体にひびが広がっていた。とてもではないがもう一撃を耐えられる様には見えない。爆発の衝撃で吹き飛ばされ体勢を崩しているうえにもう杖で斬撃を受けることも難しそうだった。そんなアレイスローを見てチックチャックの口の端が吊り上がる。それは……勝利を確信した余裕の笑みだった。
そして振り上げられる魔剣。アレイスローに歩み寄りながら魔剣を握る腕に力が込められていく。
「安心しろアレイスロー。一撃で頭を吹き飛ばしてやるから痛みを感じる暇もないさ」
そう言ってアレイスローの目の前で止まったチックチャック。そして爆発の魔剣を両手で握りしめた。
「じゃあな……さらばだアレイスロー!」
次の瞬間3つの事がほぼ同時に起きた。1つはチックチャックが爆発の魔剣を振り下ろしたこと。1つは、アレイスローが杖を掲げて爆発の魔剣の軌道を何とか逸らしたこと。1つはアレイスローが杖の上の方を掴み、杖に仕込まれていたものを一気に引き抜いたことだった。
そう………アレイスローの杖は仕込み杖になっていた。杖の先端をもって引き抜いた刀身は細身ながら長剣ほどの長さがあった。
そして次の瞬間、アレイスローは引き抜いた剣を一気にチックチャックに向けて突き出した。狙ったのは……バレンシアの攻撃によって武器封じの鎧に開けられた大きな穴。左の脇腹に空いたその穴に向けてアレイスローは剣を一気に突き出した。
ズブリ…。
アレイスローの手に刃が肉に突き刺さる嫌な感触が伝わってくる。そしてそのまま全体重を込めてアレイスローは剣を突き刺した。
「ゴブゥ!」
チックチャックが口から血を吐き出す。そして脇腹と口から血を流しながら、チックチャックが膝をついた。
「な……んだ……と…?」
自分の身に起きたことが信じられないと言いたげに脇腹を見下ろしたチックチャック。アレイスローが剣を引き抜くと、そのまま地面に倒れ込んだ。脇腹からはどんどん血が流れ出ていく。
「バ……バカな………」
「ええ……そう思うでしょうね。実際私もここまでうまくいくとは思いませんでした…」
そう言うと重い息を吐くアレイスロー。実際今の一連の攻防においてアレイスローは奇跡ともいえるほど運が良かった。爆発の魔剣が上手く杖で逸らされたこと。魔剣が爆発を起こす前に仕込み杖の剣を引き抜けたこと。そして、一気に剣を突き立てられるほどの大きな穴が鎧に空いていたこと。このどれかが欠けてもアレイスローは今この場に立っていなかっただろう。そう考えるとこの奇跡ともいえる幸運に感謝するしかなかった。
「ば…かな……このオ…レが……こんな所…で死……ぬだと…?」
「あなたはあまりにも多くの命を犠牲にしました……だから、この場で終わりにしましょう……」
「ふざ……けるな……俺が…死…んだら…誰が…ランキラ…カスさ…まを…蘇らせ……」
「……もう、良いです」
ザシュ!
アレイスローがチックチャックの首筋を突き刺す。そのまま首から血を流しチックチャックは絶命した。
巨大大喰い蟲の生贄になった人々を含め、あまりに多くの犠牲者を出した今回の事件の黒幕は……こうしてあっさりと命を落としたのだ。
「バレンシアさん、ランビーさん、オルグさん………せめて、仇は討ちましたよ……」
そう呟くとアレイスローはその場に座り込んだ。正直、身体が鉛のように重くまともに動ける気がしない。よく見れば左手の肩から腕にかけて酷い火傷になっている。恐らく爆発の魔剣を杖で逸らした時に左腕にかすっていたのだろう。動かすとかなりの痛みを感じる。
(これは……………まずい…ですね……)
意識が揺らめいて行く。そしてアレイスローはその場に倒れ込むと意識を失った。




