第3章 赤蜥蜴と赤羽根と魔王の器 第8話、後始末 その3
第8話その3
結局ドレイクはアレイスローに金を借りて服を一式買い揃えた。本当は鎧なども欲しかったのだが、今は服だけで我慢しておく。大剣も抜き身のままでは危ないので刀身を布でくるんで持ち歩くことにした。
一方着替え等を無くしたフリルフレア。ドレイクは「別に今着てる服があるんだからいらないだろう」とそのままでいいと主張したが、「女の子は見た目にも気を遣うのよ!この馬鹿蜥蜴!」とスミーシャに怒られた。そしてフリルフレアはスミーシャにお金を借りて着替えと替えの下着を一式とそれをしまう小さなリュックサックを買った。ちなみにスミーシャが「良いのよフリルちゃん、遠慮しないで。お姉ちゃんが何でも買ってあげるからね~♪」とか淫魔の様な笑みを浮かべながら言っていたが、スミーシャに悪いのと、後で何を要求されるか分かったものでは無かったため、フリルフレアは必要最低限の物を買うに留めておいた。
そして村長宅へ移動したドレイク達。借りた部屋で各々くつろいでいたが、自然とアレイスローに視線が集まった。
「そんで?結局どうなってるんだ?」
ドレイクの問いかけに頷くアレイスロー。椅子に腰かけたまま少し神妙な表情をしていた。
「私がこの村に戻ってきたときに、あの男が姿を現したのです」
「あの男?」
フリルフレアの疑問に、アレイスローは静かに答えた。
「チックチャック…です」
「チックチャックさん⁉」
驚きの声を上げるフリルフレア。確かにその最後を見たわけではないが、あれだけのダメージを受けて、さらに巨大大喰い蟲の覚醒による神殿の崩壊に巻き込まれたのである。てっきり死んだとばかり思っていたフリルフレアにとっては寝耳に水だった。
「生きていたんですか⁉」
「はい………ですが、もう………死にました」
「え?」
「………私が、殺しました」
そう言うとアレイスローは淡々と語り始めた。何があったのかを……。
ゴレッドに頼まれて先行し、マゼラン村に向かっていたアレイスロー。何やらゴレッド達が向かった方角から巨大大喰い蟲の鳴き声以外に竜の様な咆哮が聞こえるが、今は気にしている場合ではない。とにかく徒歩で急ぎながら2時間ほど歩いて向かっていたが、これでは二日近くかかってしまうため、仕方なく切札を使う事にする。
『転移のスクロール』
自分の行ったことのある場所に一度だけ転移できる魔法の巻物である。ただし、アレイスローの持っていたこの巻物は一人用である(アレイスローが元々ソロ冒険者だったため、一人用で良いと判断したのだ)。
全員で転移することは出来ないが、これを使えば自分はすぐにマゼラン村へと向かうことが出来る。そうすれば村人たちの避難をかなり先行した形で行うことができるだろう。
そうと決まれば……と、転移のスクロールを取り出した瞬間だった。
ドオオオオオォオォォォォン!
遠くで何か巨大な爆発音が響き渡った。そして同時に激しい衝撃がアレイスローを襲う。
「何⁉……こ、これは……⁉」
衝撃でローブが揺れれる。爆発音がしたのはゴレッド達の向かった方、恐らくあの巨大大喰い蟲が暴れて居る辺りだ。この衝撃が何なのかは分からなかったが、何か戦局を左右する出来事が起こったのかもしれない。戻りたい衝動に駆られるアレイスローだったが、その衝動を必死に押さえ込む。今の自分の使命はマゼラン村の人々を避難させることだ。
アレイスローは転移のスクロールを広げるとその魔法の巻物を発動させる。
行き先は………マゼラン村。
次の瞬間アレイスローの身体は光に包まれるとそのまま弾けるようにその場から消え去っていた。
忽然と光る人影が現れると、その光が弾け飛ぶ。そして光が消え去った後にはアレイスローが立っていた。アレイスローはマゼラン村のすぐ外の林の中に転移していた。
「よし、転移成功だ。すぐに村の人々を避難させないと……」
そう言って村の中へ向かおうとした時だった。
パアアァァァァァ…。
一瞬光が溢れると、そのまま光が人型に集束していく。そしてそのまま光が弾けると、そこに立っていた人影はグラリと片膝をついた。
その人影はボロボロに破壊された漆黒の全身鎧を纏い、光る長剣を杖のように地面に突き立てていた。そして、肩で息をするその顔には見覚えがあった。
「……チックチャックさん…」
「⁉」
アレイスローの呟きを聞き、驚いたように視線を向けてくるチックチャック。立っているのがやっとの様に見えるが、その視線は見た者の命を奪いかねないほど鋭く狂気を帯びていた。
「………アレイスロー……」
「やはり、生きていたんですねチックチャックさん…」
「やはり……だと?」
そいうとアレイスローを睨み付けるチックチャック。しかしアレイスローはひるむことなく言葉を続けた。
「フリルフレアさんから事の顛末を聞いた時にある程度は予測していました。チックチャックさん、あなたは転移の魔法具を持っていますね?」
「………良く分かったな」
「あなたが我々の裏をかきすぎているのでおかしいとは思っていたんです。ですが転移の魔法具があるならば、偵察も逃走もし放題ですからね」
「ふん!相変わらず頭だけは回るみたいだな」
そう言うとチックチャックは忌々しげにアレイスローを睨み付けながら剣を突きつけてきた。
「だが、ならばどうする?確かに今回はあの謎の深紅の竜に巨大大喰い蟲がやられてしまったが、巨大大喰い蟲自体はまだ探せば世界のどこかにいるぞ。再び100人の生贄を捧げて……」
「深紅の竜?……それに巨大大喰い蟲がやられたですって⁉」
「なに…?貴様知らなかったのか?」
「初耳ですね」
アレイスローの言葉に「チッ」と舌打ちするチックチャック。余計なことを教えてしまったと思ったのだろう。
「まあいい、どうせここで死ぬ貴様が知った所で何の問題も無い」
そう言うとチックチャックは不敵な笑みを浮かべながらその手に持つ爆発の魔剣を振り被った。




