第3章 赤蜥蜴と赤羽根と魔王の器 第7話、赤き竜の咆哮 その5
第7話その5
巨大大喰い蟲を内部から破壊するためドレイクが巨大な魔蟲の口の中へ飛び込んだ頃、フリルフレアはジタバタと暴れていた。そのフリルフレアを無理矢理抱え込んで押さえつけているスミーシャだったが、あまりに激しく暴れるフリルフレアに思わずスミーシャの手が緩みそうになる。
「ち、ちょっとフリルちゃん、落ち着いて……」
「落ち着いてなんかいられません!ドレイクはまだ瓦礫の中なんですよ⁉」
押さえつけられながらもスミーシャに食って掛かるフリルフレア。ローゼリットはそんなフリルフレアの顔を両手で掴むと少し強引に自分の方を向かせた。
「落ち着けフリルフレア。赤蜥蜴の頑丈さはお前が一番知っているだろう」
「それは!……そうですけど……」
ローゼリットの言葉に少し冷静さを取り戻したのか、語尾が小さくなるフリルフレア。
「でも、いくらドレイクでも瓦礫に埋もれている状態であの巨体に押しつぶされたりしたら……」
それでも最悪の事態を想像してしまい顔を青くするフリルフレア。それに対しローゼリットとスミーシャ、そしてゴレッドの3人は心配無用とばかりに首を横に振っていた。
「赤蜥蜴の事だ、巨大大喰い蟲に踏み潰されても死にはしないだろう」
「そうだよ。フリルちゃんが心配すること無いって」
「放っておけばそのうちひょっこり現れるかもしれんぞ?」
3人の物言いに対し、不満げに頬を膨らませるフリルフレア。スミーシャたちの言おうとする事は分からないでもないが、心配なものは心配なのだ。
「フリルフレアさん、お気持ちは分かりますが今はマゼラン村に向かうのが先です。村の人達にすぐに避難するよう伝えなければ…」
「このまま…放って…おくと…マゼラン村の…村人…みんな…巨大大喰い蟲に…食べられる…と思う…」
「そ、それは…分かってますけど……」
アレイスローとフェルフェルの言葉に頷きはするものの、フリルフレアにはやはり不満があった。
「でもそれって全員で行かなくても良いじゃないですか。私一人くらい残ってドレイクを探しても……」
「あんな狂暴な魔物の居るところにフリルちゃんを一人でなんて行かせられないよ!」
もう暴れていないフリルフレアを未だに押さえつけながら……というよりはたんにくっついて抱き付きながらスミーシャが言った。
「そうじゃよ。フリルの嬢ちゃんだけじゃいくらなんでも危険じゃ」
「フリルフレア…一人じゃ…危ない…」
ゴレッドとフェルフェルもスミーシャの意見に賛同する。いや、口に出さないだけでローゼリットとアレイスローもまた同意見な様子だった。
つまり5人の意見は一致していた。心配する必要はないから、ドレイクは探しに行かない。だが、フリルフレアにはその意見はドレイクを見捨てているように感じられてしまった。頭ではそんなことは無いと理解している。でも、感情が追い付いて行かない。感情的になり、皆がドレイクを見捨ててしまったのだと感じてしまう。
「それでも……それでも私はドレイクが心配なんだもん!」
叫んだ瞬間だった。フリルフレアが叫んだ瞬間、一瞬だけフリルフレアの身体が炎に包まれる。
「熱っ⁉」
一瞬だけ炎に触れたスミーシャが思わず叫んでフリルフレアを手放してしまった。
「……ハッ⁉チャンス!」
叫んだ瞬間フリルフレアは思いっきり翼を羽ばたかせた。突然目の前の翼が羽ばたいたことで「うわっ⁉」と声を上げながら思わず後退りするスミーシャ。同時に羽ばたいたことでフリルフレアの身体が宙に舞っていた。
「皆さんはマゼラン村に先に向かっていてください。私はドレイクを探してから下山します!」
そう叫ぶとフリルフレアはそのままもと来た道を戻る様に飛んで行った。
「ちょ、ちょっとフリルちゃん!戻って!」
スミーシャの叫びが響き渡るがフリルフレアは耳に届いていないのか、そのまま飛び去ってしまった。
「ロ、ローゼどうしよう!フリルちゃんが行っちゃった!」
「お前まで慌ててどうする。落ちつけスミーシャ」
慌てするミーシャを諫めるローゼリット。すると横でバサァ!という翼を羽ばたかせる音が響いた。
「フェルが…追いかける…フリル…連れ戻す…」
それだけ言うとフェルフェルは翼を羽ばたかせてフリルフレアの後を追っていった。
「やれやれ、こういう時バードマンは素早いのう」
参ったとでも言いたげにゴレッドが頭をボリボリと搔き毟る。
「アレイスロー、お前さんの実力を見込んで一つ頼まれてくれんかの?」
「何ですかゴレッドさん?」
「お前さん、一人で先行してマゼラン村にこの状況を伝えてきてくれんかの?できれば村人の非難もさせておいてくれると助かるんじゃが……」
「ゴレッドさんはどうされるおつもりですか?」
ゴレッドの答えは予想できたがあえて訊くアレイスロー。そしてゴレッドから帰ってきた回答はアレイスローの予想通りの答えだった。
「わしとローゼの姉ちゃんとスミーシャであの二人を追いかける。まあ、これだけの人数いれば赤蜥蜴が生き埋めになってても掘り起こすくらいできるじゃろう」
「ゴレッド……」
スミーシャが少し頼もしい者を見る様な眼でゴレッドを見ている。ローゼリットは腕を組んで頷いていた。この展開になるであろうと予想していたみたいである。
そんな3人を見ていたアレイスローだったが、諦めた様に深々とため息をついた。
「仕方がありませんね。本当なら私もそちらに行きたいのですが……譲ってはもらえそうもありませんね」
「悪いなアレイスロー」
「ごめ~ん!」
まったく悪いと思っていなさそうに言うローゼリットと、ペロッと舌を出して両手を合わせるスミーシャ。その様子にアレイスローは再度深々とため息をついた。
「本来ならばバレンシアさんの無念も晴らしたいのですが……それは討伐隊が組織された時にでも参加すればいいでしょう。とにかく今は……全員無事に戻って来てくださいよ」
「分かっているさ」
「まっかせといて!」
「安心せい、わしもついとるんんじゃ」
そう言うとローゼリット、スミーシャ、ゴレッドの3人は踵を返し元来た道を戻り始めた。その3人の背中を見送りながら、アレイスローは呟いた。
「みなさん……どうか無事に帰ってきて下さい……」
そしてアレイスローは一人、マゼラン村に向かって歩き始めた。




