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第3章 赤蜥蜴と赤羽根と魔王の器 第6話、魔王の器の恐怖 その3

     第6話その3


「これで……全部終わったんですね⁉」

「そうじゃな……終わったんじゃ…何もかもな…」

 フリルフレアの言葉にそう答えたバレンシアの身体が再び光に包まれる。そしてその光は縮んでいき、光が弾けた時には元のリザードマンのバレンシアがそこにいた。

「冒険者行方不明事件の真相も、おぬしらの宝珠を運ぶという依頼も全て終わったんじゃ……」

 バレンシアの言葉に、フリルフレアは自分とドレイクの受けた依頼が果たされていないことを思い出した。

「いえ……そう言えば終わっていませんでした。私とドレイクの受けた依頼は祭事に使う宝珠を届けることですけど、肝心の宝珠の受け取り手がいませんよね」

「あ~、その事なんじゃが……」

 バレンシアは少し考え込むと、すぐにフリルフレアに視線を移した。その表情はどこか憐れんでいるようにも見える。今考えていたバレンシアの考えを伝えたらフリルフレアはきっと落胆するだろう。だが、それでもこのままという訳にもいかない。仕方なくバレンシアは口を開いた。

「フリルフレアや…、恐らくなんじゃが……その宝珠の受け取り手は……チックチャックじゃ」

「え⁉……どういうことです?」

「チックチャックの奴、魔王の復活に魂の宝珠とやらが必要だと言っておったじゃろう?」

「あ、そう言えば……。最後に魂の宝珠でランキラカスの魂を降臨させるとか何とか……」

 フリルフレアの言葉を聞いて、ため息をつくバレンシア。そして倒れたチックチャックの方を指差した。

「恐らく、おぬしらに運ばせていたのがその魂の宝珠じゃ。その仕事の依頼人はこ奴だったんじゃ」

「えっと……つまり、チックチャックさんが魂の宝珠を探していて、見つけたは良いけど少し遠い所にあるし、自分は行方不明事件の捜査を妨害しなきゃいけない。だから冒険者を雇って運ばせた……それでその依頼を受けたのが私とドレイク………ってことですか?」

「恐らくそんな所じゃろう」

 バレンシアの言葉に、言葉を失うフリルフレア。それはつまりこの仕事には最初から報酬など無かったことを意味していた。チックチャックの事だ、どうせ最初から宝珠を運んできた冒険者も生贄にするつもりだったに違いない。

 つくづくついてないと思う。チックチャックに文句の一つも言ってやりたくなり倒れているチックチャックの方へと視線を向けた。

「ああ‼バ、バレンシアさん!」

「どうしたフリルフレア⁉」

「チックチャックさんが!」

 フリルフレアの叫びに、彼女の指さす方へと視線を向けるバレンシア。そこにはボロボロになり、兜も半壊し鎧もあちこち破壊され、大盾も無くし魔剣を杖代わりにしてヨロヨロと立ち上がるチックチャックの姿があった。そしてその右手にはフリルフレアが運んでいた宝珠の入った箱が握られている。息も絶え絶えなチックチャックだったが、それでも箱を地面に叩きつけて破壊し、中の宝珠を取り出した。

 その宝珠は特に装飾が施されている訳でもなく、わずかに赤みがかった透明な水晶の宝珠だった。

「バ…バカめ……ちゃんと止めを刺さない…から、こうなる…。くく…く……こうなったら……誰でも良い……俺を含めて…3人の生贄を捧げ……て…………⁉」

 宝珠を掲げていたチックチャックだったが、その顔が驚愕の表情に変わる。そして宝珠をまじまじと見つめ……そのままドサリと尻もちをついた。その手から宝珠が転がり落ち祭壇の後ろの大穴の方へと転がっていった。

「ち…違う……これは…魂の宝珠では…………ランキラカス様の魂を降臨させる魂の宝珠ではない!」

 座り込んだまま叫び声を上げるチックチャック。両手で頭を抱えて「バカな!そんなバカな!まさか……ギルドの職員が間違えて手配したとでもいうのか⁉それとも……魂の宝珠を発見したというのはガセネタだった⁉」などと呟いていた。

「ど、どうしたんでしょうかチックチャックさん……?」

「うむ……どうやら、あの宝珠が偽物だったようじゃな」

 そう言うとバレンシアは転がっていた薙刀の先を拾い上げる。柄の部分で半分に折れてしまっていたが、刃の付いた先端部分はまだ小剣の変わりとして使用できそうだった。

「哀れな奴よチックチャック。妾がここで引導を渡してやる」

 薙刀の先を携えてチックチャックに近寄るバレンシア。チックチャックはそんなバレンシアのことなど目に入っていない様子で、「バカな…そんなバカな」と繰り返し呟いていた。

 そしてその時、転がっていった宝珠はそのまま直径10mはある大穴へと転がり落ちて行った。落ちる途中何度か壁に当たる様な音がして、最後にはカシャーン!と砕ける様な音がする。

 その様子を見ていたフリルフレア。宝珠は何か魔法がかかっていた気がしたのだが、今となってはそれが何なのか調べる術はない。仕方なく宝珠の事は諦めた。そしてチックチャックに止めを刺そうとしているバレンシアに視線を移す。正直な話チックチャックには酷い目にあわされたし、ランビーの仇であることに変わりはない。殺してしかるべきなのはわかる。だが、それでもフリルフレアはバレンシアを止めようと考えていた。せめて司法の裁きに委ねれば命だけは助かるかもしれない。なにも命まで取らなくても良いのではないかと考えたのだった。

 だからフリルフレアはバレンシアの方を見て……いや、正確に言えばバレンシアとチックチャックのさらに後ろを見て動きが固まった。そして震える指先でバレンシア達の後ろを指差した。

「な………何ですか…それ…?」

 フリルフレアの言葉に、何のことか分からずに彼女の指さす方に視線を向けるバレンシアとチックチャック。その視線の先には20cmほどの太さの蠢く無数の何かが穴の中から伸びてきていた。そしてその無数の蠢く何かが、まるで巨大なミミズのような姿の触手だと気が付いた時フリルフレアの全身が総毛立った。

「ミギャアアァァァァ!ミ、ミミズー!」

 フリルフレアが悲鳴を上げる。バレンシアもその異様な光景に思わず後退ってしまう。それに対し、チックチャックだけは顔を輝かせて「おお……おお!まさか!」と歓喜の声を上げていた。

 20cmほどもある無数の蠢く触手、その触手が穴の中からどんどん伸びてくると、その長さはすぐに天井に達するほどになった。そしてさらに下からどんどん伸びてくる。次第に地面が小刻みに揺れ出し、その揺れはどんどん大きくなっていった。

「な、何じゃこの揺れは⁉」

「フ、フフフ、フフハハハハハハッハハ!やったぞ!ランキラカス様がお目覚めになるのだ!」

「何じゃと⁉」

 高々と笑い声をあげ宣言するチックチャック。バレンシアはチックチャックを睨み付けながら薙刀の先を握りしめた。これは……まずい事態だった。

「そんな⁉あの宝珠は偽物だって……」

「そんなことを言っておる場合ではない!」

 フリルフレアを叱咤するバレンシア。薙刀の先を放り捨てるとすぐさまフリルフレアを抱え上げそのまま扉から外へと連れ出す。そうこうしている間にも揺れはどんどん大きくなっていった。

 後ろの方ではチックチャックが狂ったように「アハハハハハハハ!やった!やったぞ!ついにランキラカス様が復活なされる時が来たのだ!」と叫び笑い声をあげていた。

 バレンシアはそんな笑い声をあげるチックチャックを尻目に、フリルフレアの両肩を優しく掴むと、そのまま真直ぐ先を指差した。

「良いかフリルフレア、おぬしはこのまま全速力で飛んで出口を目指すのじゃ。道は真直ぐじゃから迷う心配はない」

「おぬしはって……バレンシアさんはどうするんですか?」

「妾はあ奴を……あの魔王とやらを止めねばならぬ」

 穴の方を振り向きそう言うバレンシア。揺れはさらに大きくなり、そろそろ立っているのすら難しくなってくる。

「そんな⁉バレンシアさんが残るなら、私も残って戦います!」

「ならぬ!おぬしは一刻も早くここから逃げるんじゃ!」

「嫌です!私も戦います!」

「足手まといじゃと言っておる!分かれ、フリルフレア!」

 フリルフレアの強情っぷりに思わず声を荒げるバレンシア。しかし、そうでも言わなければフリルフレアは引き下がらないだろう。短い付き合いだったが、バレンシアはフリルフレアのお人好しな本質を見抜いていた。だからなんとなく分かっていた。

「足手まといだろうとなんだろうと、盾の代わりくらいにはなります!」

 バレンシアの予想通り食い下がってくるフリルフレア。お人好しなうえに強情とは……この先ドレイクは苦労しそうだなと思いながら、バレンシアはフリルフレアを突き飛ばした。突然突き飛ばされ、思いっきり尻もちをつくフリルフレア。

「それでもならぬ。流石に今、魔王に対抗できるのは妾だけじゃろうからな……」

 そう言うと扉を閉めるバレンシア。閉めきる直前に「さらばじゃ、フリルフレア」と言ったのをフリルフレアは聞き逃さなかった。

「……………くぅ…バレンシアさん」

 最後の言葉を聞くまでもなく分かっていた。自分を一人脱出させようとしていた時から気が付いていた。バレンシアは……恐らく死ぬ気だ。命に代えても魔王ランキラカスを止めるつもりなのだ。彼女の決意を考えると涙が込み上げてくる。それに、彼女の言った魔王に対抗出来るのは自分だけというのは、恐らく先程の竜化の魔法の事だろう。だが、いかに竜化しようとも魔王に対抗できるとはとても思えない。

 どうしたらバレンシアを救えるのか……その赤い瞳から涙をこぼしながら必死に考えるフリルフレア。それでも、こんな時に思いつくのは一つだけだった。

(ドレイクなら……ドレイクならバレンシアさんを助けられるかも……)

 意を決したフリルフレア。相棒を呼びに行くべく翼を広げ、一路出口へ向かって暗闇の中翼を羽ばたかせた。


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