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第3章 赤蜥蜴と赤羽根と魔王の器 第6話、魔王の器の恐怖 その2

     第6話その2


 光に包まれたバレンシアの身体は、そのままどんどん膨れ上がっていった。10m近い高さまで膨れ上がるとそのまま弾けるように光が消え去る。そしてその後には。青い鱗をを持つ全長8m以上ある竜が咆哮を上げながら佇んでいた。

「グオオオオオオオオオオ!」

 竜の咆哮があたりに響き渡る。部屋の空間はかなり広いため竜によって部屋が崩されることは無かったが、それでもその巨体にはやはり圧迫感を感じる。流石のチックチャックも突如現れたドラゴンに眼を白黒させていた。

「何だ……これは一体…⁉」

「驚いたかチックチャックよ!これが妾の切り札、竜化の魔法『ドラゴフォーゼ』じゃ!」

 ドラゴンはバレンシアの声でそう叫ぶと、再び方向を上げた。

「え…え、ええ⁉……このドラゴン……もしかしてバレンシアさん⁉」

 フリルフレアが驚愕の声を上げる。確かに目の前の竜は青い鱗をしていたし、よく見れば左腕が肘の所で失われていた。その傷口からはいまだ血が滴っている。

「フリルフレア、今助けてやるぞ」

 そう言うとドラゴン…バレンシアはその右手を伸ばしてフリルフレアを掴み上げた。チックチャックが驚きのあまり動けないでいる間に、掴み上げたフリルフレアの縄の間に器用に爪の先を刺し込む。そして軽くクイクイと引っ張ると、縄はあっさりと切れた。フリルフレアはもがきながら切れた縄を何とか外し自分の戒めを解いていった。

「はっ⁉……させぬ!フリルフレアは返してもらうぞ!」

「それはこっちの台詞じゃ!このたわけ!」

 チックチャックが叫びながら魔剣を振りかざす。それに対しバレンシアはフリルフレアを地面に降ろすと、彼女を庇うようにその前に出た。

「フリルフレア、下がっておれ」

「は、はい。分かりました…」

 縄を完全に解いたフリルフレアはそのまま竜と化したバレンシアの後ろに隠れるように下がった。一方のバレンシアはチックチャックに対峙すると片腕ながら、その鋭い鉤爪を持つ腕を振り上げる。

「さあチックチャックよ。第2ラウンドじゃ!」

「フッ……ピンチになると第2形態になる……まるで物語に出てくる悪の魔神だな」

「ほざけ!悪はどちらじゃ!魔王を蘇らせようとする狂信者め!」

 次の瞬間バレンシアはチックチャックに向かって鉤爪を振り下ろした。それに対しチックチャックは魔法反射大盾で鉤爪を受け止める。

ガキィン!

 鉤爪と大盾がぶつかり合い火花を散らす。そしてそのままチックチャックは大盾もろとも弾き飛ばされた。その様子に思わずガッツポーズをするフリルフレア。

「スゴイ!スゴイですよバレンシアさん!」

「そ…そうじゃな…」

 対照的にバレンシアは少しつらそうに見える。その巨体を上下させながら肩で息をしていた。

(……やはり消耗が激しすぎる……あまり長く使えば命に関わるのぅ…)

 本来は禁呪とされる竜化の魔法である。その消耗は精神力だけに留まらず、生命力までも消費させていった。ましてやバレンシアは魔剣の一撃で左腕を失っている。あまり長くは竜化していられそうも無かった。

「チックチャックよ……一度はパーティーを組んだよしみで一度だけチャンスをやろう」

「チャンス…だと?」

「そうじゃ。今すぐ武装を解除し投降せい。そしてすべての罪を司法の裁きに委ねるのじゃ。そうすれば命までは取らぬ」

 バレンシアの言葉に意表を突かれたのか思わず動きが止まるチックチャック。だが、それも少しの事ですぐに肩を震わせて笑い始めた。

「くく、くくくく、あ~はっはっはっはっはっは!……どうしたバレンシア?さっきまではランビーの仇を討つと息巻いていたのに……何か決着を急がないといけない理由でもあるのか?」

「………ぐ…」

 思わず言葉に詰まるバレンシア。恐らく竜化の魔法が長くはもたないであろう事をチックチャックに悟られていると直感的に感じ取っていた。しかし、それならばこれ以上の問答は無用だった。何よりも、ここで自分が敗れればフリルフレアは生贄に捧げられ命を落とすことになる。確かに囮として使ってしまったが、この心優しい少女を犠牲にすることなどあってはならない事だった。それにチックチャックの言葉が本当ならこの場に暴食の魔王が復活することになる。そんなことは何があっても避けなければならない。

 それならばやはりチックチャックを倒すしかないと決意するバレンシア。

「どうやら最後の忠告も無駄だった様じゃな!ならば、死んでもらうぞチックチャック!」

「ほざけ!死ぬのはお前だバレンシア!」

 次の瞬間バレンシアの鉤爪とチックチャックの爆発の魔剣がぶつかり合う。激しい爆発音がして、バレンシアの鉤爪にひびが入る。

「まだまだじゃ!」

 再び鉤爪を振るうバレンシア。鉤爪はチックチャックの魔剣を掻い潜り、漆黒の武器封じの鎧を斬り裂いた。思いの外あっさりと武器封じの鎧を斬り裂くことが出来て若干拍子抜けするバレンシア。だが、それはチックチャックも同じようであっさりと破られた鎧に焦りを感じているのが見て取れた。

「ぐ……バ、バカな!最強の武器封じの鎧がなぜこうもあっさり……」

 動揺を隠せないチックチャック。バレンシアはその隙を逃さず、連続で鉤爪を振り下ろした。鉤爪が武器封じの鎧に当たるたびに鎧を斬り裂き、決定打ではないながら着実にダメージを与えていく。

「く……おのれ!」

 何度も切り裂かれたチックチャックは体中にいくつもの傷を作っていた。そのほとんどは深手では無かったが、それでも浅くない傷も多い。それでもチックチャックは再びバレンシアの攻撃を魔法反射大盾と爆発の魔剣で受け止めた。

「何故だ!?何故我が最強の鎧が……⁉」

「ああ!そうか!」

 バレンシアの後ろに隠れながら様子を伺っていたフリルフレアはその時何かに気が付いたのか叫んでいた。

「武器封じの鎧って言うくらいだから、きっと武器にしか魔法の効果が無いんですよ!だからバレンシアさんの爪に対しては普通の鎧と同じ防御力しか発揮しないんじゃないですか⁉」

「な、何じゃと⁉」

「な、何だと⁉」

 思わずバレンシアとチックチャックがハモる。だが、フリルフレアの推測通りならば確かに先ほどからあっさりと鎧を斬り裂けたのにも説明がついた。

「そう言う事ならチャンスじゃ!もらったぞチックチャック!」

 再び鉤爪を振り上げたバレンシアはチックチャックに対し素早く何度も鉤爪を振り下ろす。やはり鉤爪が鎧を斬り裂く中、チックチャックは魔剣と大盾でその攻撃を防いでいった。

「舐めるな!俺にはまだ爆発の魔剣(エクスプラウド)魔法反射大盾(マジックリフレクションシールド)がある!」

 ボロボロになりながらもチックチャックは魔剣を振り下ろす。連続で繰り出される魔剣はそのたびに爆発を起こし、バレンシアの身体を破壊していった。

「死ね!バレンシア!」

「させぬわ!」

ドゴオオン!

 魔剣と鉤爪がぶつかり合う。爆発による煙で視界が利かない中チックチャックが魔剣を手に突撃する。

「ウオオオオオ!」

ズブリ!

 突撃したチックチャックの手に、魔剣が何かに突き刺さった感触が伝わる。そして次の瞬間爆発音と共に魔剣が刺した物が弾けるように衝撃が伝わってきた。

「ぐぬううう!」

 バレンシアから苦悶の呻き声が上がる。そして爆発による煙が晴れると、そこには右手の半分を無くし、左脚に深く抉る様な傷を負ったバレンシアがいた。

「く……お、おのれ……」

 バレンシアの巨体が片膝をつく。だがチックチャックはさらに追い打ちをかける様にバレンシアの身体を駆け上ると、肩や胸、首筋など様々な場所に斬撃と爆発を振り下ろしていった。

「がはぁ!……さ、させぬわ!」

 チックチャックに向けて半分残った右手の鉤爪で斬りかかるバレンシア。あまりの激痛に意識を失いそうだったが、それでも今はチックチャックを倒すべく鉤爪を振るった。しかしそんな攻撃もチックチャックは大盾で受け止める。そしてそのままバレンシアの肩口から跳躍するとバレンシアの顔の目の前に跳び上がった。

「これで俺も…ドラゴンスレイヤーだな!」

ドゴオオン!

 チックチャックの魔剣がバレンシアの顔面を直撃した。そしてその斬撃が確実に何かを破壊する。

「ぐああああああああ!」

 バレンシアの叫びが響き渡った。そしてそのまま轟音を上げて倒れ込むバレンシア。その竜の顔面は焼け爛れ、右目が斬り裂かれていた。先程のチックチャックの一撃はバレンシアの右目を奪っていたのだ。

「う……お、おのれ……」

「残念だったなバレンシア。一足先にあの世へ行っていると良い、じきにドレイク・ルフトたちも後を追う」

 そう言ってバレンシアの目の前で魔剣を振り被るチックチャック。バレンシアに止めを刺すべく魔剣を振り下ろそうとした瞬間だった。

「させません!『フェザーファイア!』」

チュドドドドドオン!

 フリルフレアの叫びと共に無数の炎の羽根が連続でチックチャックに撃ち込まれる。そこには右手と両翼を前に突き出したフリルフレアがいた。フリルフレアの深紅の翼から炎の羽根が撃ち出されたのだ。

「バカめ!魔法は俺には効か……ぐああああああ!」

 魔法反射大盾で炎の羽根を弾き返そうとしたチックチャック。しかし、炎の羽根は反射するどころか大盾もろともチックチャックを吹き飛ばした。

「バ、バカな!何故魔法を反射できない!」

 予想外の事態に動揺しヨロヨロと立ち上がるチックチャック。しかし、予想外なのはフリルフレアも同じだった。精霊使いである自分の魔法はチックチャックには効かないためどうすることもできないと考えていたフリルフレア。バレンシアが止めを刺されそうになり咄嗟に注意を引くつもりでフェザーファイアを撃ったがそれがまさか通用するとは思わなかった。何故通用したのか……?

「は!…さてはその魔法の盾、精霊魔法は弾き返せないんですね!」

「な、何だと⁉そんなバカな⁉」

 フリルフレアの言葉に、そんな筈はないと激しく首を振るチックチャック。しかし、動揺は隠せなかった。信じられないとばかりに呆然と立ち尽くしている。

「チャンス!もう一発、『フェザーファイア!』」

チュドドドドドドオン!

 再びフリルフレアの両翼から炎の羽根が撃ち出される。再び大盾で防ごうとするチックチャックだったが、炎の羽根は容赦なくチックチャックを吹き飛ばした。

「今のうちに、バレンシアさん、大丈夫ですか!」

 満身創痍のバレンシアに近づくフリルフレア。倒れ込んだバレンシアは残った左目でフリルフレアを見ると、静かに首を横に振った。

「妾はよい、逃げるんじゃフリルフレア……。いかに魔法が効こうとも、おぬしではあの男は倒せぬ……。逃げて……逃げてこのことをドレイク殿に…」

「ドレイクなら放っておいても助けに来てくれますよ。それより今はバレンシアさんです」

 フリルフレアはそう言うとバレンシアに両手をかざした。そして精神を集中させる。

「フリルフレア……何を…?」

「ヒーリングフレイム」

 呟きと共に魔法が発動する。フリルフレアの掌から輝く温かい炎があふれ出す。そしてその炎はバレンシアの身体を包み込んだ。

「な……何じゃこれは…?」

 バレンシアは思わず自分の身体中を見回す。そして、炎が収まるころにはバレンシアの身体から一切の痛みが消えていた。思わず立ち上がり両手をじっと見つめる。無くなったはずの左腕や右手の半分、それにそれを見ているのが両の眼だというのに気が付く。傷は完全に癒えていた。

「フリルフレア……今のは一体…?」

「えへへ、精霊魔法ってすごいでしょう?バレンシアさん!」

「せ…精霊魔法……じゃと?」

 バレンシアは信じられないものを見る様な眼でフリルフレアを見た。バレンシアにも精霊使いの知り合いはいる。だが、こんな魔法を使ったところなど見たことが無い。それに失った腕や眼を再生させる魔法など聞いたことも無い。思わずフリルフレアを見つめるバレンシア。目の前のこの幼い顔をした美少女が急に得体の知れない者のような気がしてくる。

 しかしそんなバレンシアの気も知らず、フリルフレアはただニッコリと微笑みながら少し首を傾げていた。フリルフレアからすれば、何をそんなに自分を凝視しているのか分からなかった。

「い、いや……何でもない。礼を言うぞフリルフレア」

 フリルフレアは確かに得体が知れなかったが、それでも自分を治療してくれたのだと考え直す。それに今はチックチャックの相手をするのが先だった。

 そして、そのチックチャックはボロボロになりながらもしっかりとした足取りでこちらに向かって歩いて来ていた。

「やってくれたなフリルフレア……。流石は最後の贄に選んだだけのことはある」

「何言ってるんですか!羽根が綺麗ってだけで選んだくせに!」

「確かにそうだが……ますますお前を最後の贄にしたくなったぞ!」

 叫びながら魔剣を振り被り突撃してくるチックチャック。シールドを前面に出しての突撃、シールドバッシュからの斬撃はチックチャックの得意とする戦法だった。

 しかしそんなチックチャックとフリルフレアの間にバレンシアの巨体が割って入る。

「させぬわチックチャック!今こそランビーの仇、討たせてもらおうぞ!」

 次の瞬間バレンシアは口を大きく開く。そして数舜の溜めの後、凄まじい水のブレスをチックチャックに向けて放った。

ドゴオオオオオオオ!

 凄まじい水のブレスがチックチャックに直撃する。しかしチックチャックはそれを魔法反射大盾で防いでいた。

「甘いぞバレンシア!貴様の竜語魔法は先ほど跳ね返せると分かっているはず!」

「甘いのは貴様じゃ、チックチャック!」

 次の瞬間さらに凄まじい水流がバレンシアから放たれた。その水流を大盾で防ぐチックチャックだったが、どんどん盾ごと押されていく。

「な、何ぃ……」

「竜のブレスは魔法ではない!その盾で防ぎきれるものか!…止めじゃ!」

 バレンシアの叫びと共にさらに激しい水流がチックチャックを襲った。その水流は盾を弾き飛ばしチックチャックを飲み込むとそのまま部屋の壁まで吹き飛ばした。

「がはっ……」

 壁に叩きつけられそのまま倒れ込むチックチャック。衝撃で腰の後ろに括り付けてあった宝珠の入った箱が外れて落ちた。

「やりましたね、バレンシアさん!」

 フリルフレアが両手を上げながらバレンシアに駆け寄る。それを見ながらバレンシアは小さく呟いた。

「ランビーよ……仇は討ったぞ。後の事は妾達に任せて安らかに眠るんじゃ……」


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