第7章 赤蜥蜴と赤羽根と大戦技大会 第10話、ラグナの正体 その2
第10話その2
「魔王竜カオスラグナだと⁉」
「憤怒の魔王が何でこんな所におるんじゃ⁉」
震えているアレイスローからラグナの正体が魔王と聞き、跪いた姿勢から一転して武器に手をかけ立ち上がろうとするローゼリットとゴレッド。だが………。
「立ち上がってはなりません!」
「「⁉」」
あまりにも激しいアレイスローの制止の声に驚き、二人はしぶしぶ武器から手を離し再び手をついて跪いた。
「どういうことだアレイスロー!相手は魔王だぞ⁉私たち人間の敵だ!」
「そうじゃ!それにこれだけ冒険者と聖騎士達が揃っとるんじゃ!いかに魔王竜と言えど……」
ローゼリットとゴレッドの言葉にアレイスローは首を横に振った。
「いえ……我々でどうにかなる相手ではありません」
「で、でもさ……あたし達あの悪夢王だって倒したんだよ?まあ、確かにあの時はベルフルフも生きてたし、他にもたくさんいたけど……」
「……まだ……死んで…ねえぞ……この巨乳猫……」
「やっぱとどめ刺してやろうかしら」
スミーシャの言葉を耳ざとく聞いていたベルフルフが息も絶え絶えながらツッコミを入れてくる。しかしどうやら巨乳猫呼ばわりされたのが気に入らないらしいスミーシャが跪いたまま器用に後ろのベルフルフを睨んでいた。
そして、スミーシャの言葉にもアレイスローは首を横に振る。
「悪夢王如きとあのお方を一緒にしてはいけません…」
「何故だ?あの悪夢王も魔王に匹敵する力だったという話じゃないか」
納得がいかないらしいローゼリットだが、それでもアレイスローは首を横に振る。
「確かに、序列の低い魔王……と言うか、恐らく序列六位の暴食の魔王や序列七位の色欲の魔王辺りと比べたら近い力を持っているかもしれませんね」
「それなら……」
「ですが、魔王竜公は序列二位の憤怒の魔王です。それに………たとえ悪夢王の力が序列三位の怠惰の魔王と同格だったとしても、魔王竜公とは天と地ほどの力の差があります」
「何じゃと?同じ魔王なのにか?」
思わず口を挟むゴレッド。序列が一つ違うだけでそれほどの差があるものなのか?という疑問があるのだ。
「ハッキリ言えば、魔王竜公と他の魔王を同じと考えてはいけません。序列一位の強欲の魔王だけは例外ですが……それ以外の魔王では魔王竜公の力の足元にも及びません」
「何じゃと⁉」
そこまで圧倒的な実力の差があるのかと驚くゴレッド。そして、それはゴレッドだけでなくローゼリットとスミーシャ、フェルフェルも同じ意見だった。
「そもそも、魔王竜公は竜王であり魔王でもあるお方。そして……何よりも重要なのはあのお方が真なる竜……だという事です」
冷や汗を流しながら言葉を紡ぐアレイスロー。説明しておいてなんだが、いつかカオスラグナに眼を付けられるんじゃないかと思うと生きた心地がしない。
「ねえ、あたしも真なる竜は知ってるけど………そんなに強いの?」
「確かに……古竜よりも強いと聞いたことはあるが………少し強い…くらいじゃないのか?」
スミーシャとローゼリットが真なる竜の力に疑問を抱いている。だがアレイスローからすれば、そんな疑問を抱くこと自体が浅はかだと言わざるを得なかった。
「確かに古竜は強いです。個体差はありますが上位の力を持つものなら魔王と同等、場合によってはそれ以上の力を持っているかもしれません」
「それなら……」
口を挟もうとしたスミーシャにアレイスローは再度首を横に振った。
「今言ったでしょう。古竜の力で魔王くらいだと。そして真なる竜の力はそれを遥かに超えるという事です。それこそ真なる竜に対して古竜では足元にも及びません」
「………ウソでしょ……」
目の前にいる竜王にして魔王なる存在がいかにヤバい存在であるかようやく理解したスミーシャ達。
「………な、なるほど……お前ほどの男が震える訳だ…」
ローゼリットも冷や汗が流れるのを止められなかった。
「アレイスローよ……念のために訊いておくが…」
「どうしましたゴレッドさん?」
「あの魔王竜じゃが……このコロシアム一帯を焼け野原にするのにどれくらいかかると思う……?」
ゴレッドの疑問はつまり………カオスラグナが暴れ出したときに逃げることは可能なのかという事だ。そしてそれに対するアレイスローの答えは……。
「あの姿でどこまで力を出せるのかは分かりませんが………あのお方がその気になれば、ブレスの一撃でこの国が消滅します……」
「そりゃぁ………まいったのぅ……」
どうやら逃げることも不可能らしい事実にゴレッドも冷や汗が止まらなかった。
そしてそんな説明を一応小声でしていたはずのアレイスロー。ふと何となく視線を感じ、僅かながら視線を前方に向けてみると……。
「おう、そこの耳長、お前なかなか聡いな」
「⁉」
どうやら竜の聴力を持ってすればアレイスローが小声でしていた話など筒抜けだったようだ。その事実に気付いた時アレイスローは全身の震えが止まらなかった。
「は……はい……み、身に余る……こ、光栄に…存じます…」
震える声で何とかそれだけは言うアレイスロー。
カオスラグナは特にそれ以上アレイスローのことは気にせず、まだ頭をさげずに立っている者たちに視線を向けた。
「それで……だ。俺が魔王竜と知って………なお頭を下げんアホがいるみたいだが……」
そう言ってカオスラグナが目を細める。そしてその言葉を聞いて……アレイスローだけでなくゴレッドやローゼリット達も冷や汗が流れるのを感じていた。さっきのアレイスローの説明は確かに小声だったが、それでも多少は聞こえていたはずだ。それでも頭を下げないという事は………つまり眼の前の男が魔王竜カオスラグナだと信じていない……もしくは魔王竜に対して頭を下げる必要はないと感じているという事に他ならなかった。それは………魔王相手とは言えいささか礼儀に欠く行動と言えるかもしれない。そして、カオスラグナにとってはそれは不愉快な行動だったようだ。
カオスラグナは人差し指をまだ立っている者たちに向ける。そして…………。
ヒュッ!
カオスラグナが軽く指を振った。そして次の瞬間…………。
ブシュッ!
わずかな音を立てて立っていた者達の身体が斬り捨てられた。胸の辺りで切断され………その傷より上の部分はまるでお辞儀をするようにその場に落ちていった。
立っていた人数はそこまでは多くない。アレイスローの警告のおかげでかなりに人数が頭を下げていたため命拾いした人数は相当いる。だが、それでも20人以上の人間が今この瞬間に命を落としていた。
そして倒れていく胸から上を失った身体。次々と倒れていくうちに、ついに頭を下げていない者達は倒れ………今現在立っている者は……カオスラグナ本人と………ドレイクだけだった。




