第3章 赤蜥蜴と赤羽根と魔王の器 第5話、暴かれる真実 その6
第5話その6
「身近?…誰か…裏切り者?」
「そうだな、お前たちから見れば確かに裏切り者だろうな。ある意味では…」
「………?」
ボルンの物言いに若干違和感を感じるフェルフェル。だが、今はそんな事よりも戦闘に集中すべきだと考え直す。目の前の男は自分を何かの生贄にしようとしているのだ。当然ながら生贄にされて命を落とすなど御免である。
「あなたを…倒して…全部…訊き出す…」
そう言ってクロスボウを撃つフェルフェル。しかし、やはり矢はボルンに当たる直前で減速し、そのまま地面に落ちてしまった。
「無駄だ無駄だ!俺には矢は通用しない!」
叫びながら矢をつがえるボルン。フェルフェルはそれを見て一旦距離を取るべく、背中の青いを翼を思いっきり羽ばたかせた。そしてそのまま空中に飛び上がる。
「チッ!」
ボルンが舌打ちしながらフェルフェルに狙いを定める。しかし空中を飛び回るフェルフェルを前になかなか狙いは定まらない様子だった。それに対しフェルフェルは飛び回りながらクロスボウを撃ち続ける。スムーズな動きで矢を装填し、多少大雑把な狙いのまま矢を撃ち続けた。しかしそれらの矢は全てボルンに命中する前に地面に落下してしまう。矢は一発としてボルンに命中しなかった。
「無駄だというのがまだ分からないか?俺が矢避け鎧を纏っている以上、最初からお前に勝ち目など無いのだ」
「…やって…みなきゃ…わかんない…」
ボルンの言葉にムッとなって言い返すフェルフェル。だが、そうしている間に今度はボルンが矢を射かけてきた。バシュン!と激しい音を立てて飛来する矢を避けるフェルフェルだが、ボルンは次の瞬間連続で矢を放ってきた。二射三射と立って続けに撃ってくるボルンの矢に、思わず攻撃の手を止めて回避に専念してしまうフェルフェル。しかし、それでもボルンの放った矢はフェルフェルにかすっており、腕や脚に小さな傷を作っていた。
「まだまだ!」
さらに連続で射掛けてくるボルン。そして次の瞬間ボルンの矢がフェルフェルのクロスボウを直撃した。
バキィン!
激しい音を立ててクロスボウが破壊される。「……チッ…」と舌打ちしながら壊れたクロスボウを捨て去るフェルフェル。そのまま飛びながら徐々に後退し、隙を見て山の木々の中へと身を隠した。
「フン!逃がしはしないぞ!」
木々の向こうからボルンの叫び声が聞こえる。それを聞きながらフェルフェルは身を隠すように腰を落とすと、背中の超長距離射程狙撃弩弓(ハイパーロングレンジスナイピングクロスボウ)を取り出し、組み立てる。そして長大な専用の矢を装填すると、弦を引くレバーをグルグルと回転させた。
「無駄な抵抗は止めて出て来い!お前にはランキラカス様の贄という栄誉が与えられるんだぞ!」
(……ランキラカス?…暴食の…魔王?)
ボルンの言う通りならば、自分は魔王の生贄にされるところだったのだろうか?そんなことを考えながら、木々の間からボルンを見つけ、超長距離射程狙撃弩弓の狙いをつける。フェルフェルの切り札であるこの狙撃弩弓の威力ならばボルンの鎧の魔力も貫通できるのではないかと考えたのだ。
「…狙い…撃つ…」
バスン!
空気を震わせる程の音を響かせなら長距離射程狙撃弩弓の矢が撃ち出される。先ほどまでのクロスボウの矢とは比べ物にならないほどの威力を持つ狙撃弩弓の矢である。その威力は小型のバリスタにも匹敵する。そして狙いを定めた狙撃弩弓の矢はボルンに向けて一直線に打ち出されていた。
思わず勝利を確信し、笑みを浮かべるフェルフェル。しかし、次の瞬間その表情は曇り、険しいものへと変わっていた。狙撃弩弓の矢はボルンに当たる直前に減速し、やはりボルンに届くことなく地面に落ちていたのだ。
「………チッ…」
思わず舌打ちするフェルフェル。しかも今の攻撃で自分の居る方角をボルンに教えてしまったことになる。フェルフェルは次の矢を装填し、レバーを回転させながらその場から駆け出した。
「大人しく出て来いフェルフェル・ゼリア!どんなクロスボウでも俺には通用しないぞ!」
ボルンの声が聞こえる。フェルフェルの居る方向がばれてしまっているので、ボルンは迷うことなく近づいてくる。フェルフェルは木々の間を駆け抜けていったが、目立つ青い翼のせいで恐らく視認されてしまったのだろう、ボルンは一定の距離を開けてぴったりと自分の後について来ていた。
「…この……しつこい…」
走っていたフェルフェルは次の瞬間、翼を羽ばたかせ一気に飛び上がりながら後ろのボルンの方に向き直る。そして素早く狙いを定めるとその引き金を引いた。
バスンッ!
再び激しく空気を震わせながらボルンに向かって撃ち出される超長距離射程狙撃弩弓の矢。狙撃弩弓の矢がボルンに向かって飛んで行く中、その軌道の正反対の場所から撃ち出された矢がすれ違い、そしてフェルフェルに襲い掛かった。
ザシュッ!
「つぅっ!………」
左の二の腕に走った痛みに顔をしかめるフェルフェル。フェルフェルが飛び上がって振り返り狙撃弩弓を撃った瞬間、ボルンもまたフェルフェルに向かって矢を撃っていたのだった。そしてその矢は直撃こそしなかったものの、フェルフェルの二の腕を斬り裂いて後ろの木を破壊していった。一方のフェルフェルの矢はやはりボルンに当たる直前で地面に落ちていた。
左腕に走る痛みに思わず狙撃弩弓を取り落とすフェルフェル。両手でなければ支えられない狙撃弩弓は片腕を負傷した状態ではとても使えなかった。思わず右手で左腕の傷口を押さえるフェルフェル。痛みに顔をしかめながらそれでも何とか飛び上がり、器用に木々の間を飛び抜けて行った。
「手ごたえはあったな!もう逃げられないぞ!」
ボルンの声が響き渡る。どうやらかなり近くまで追って来ているようだった。この木々の中を掻い潜りながら飛ぶのはなかなか至難の業であり、飛んだことを後悔し始めたフェルフェル。恐らく普通に走っていれば距離を詰められることも無かっただろう。だが、今さら後悔しても遅かった。
そして次の瞬間、翼が引っ張られる感じがして鈍い痛みが走る。木の枝の先に翼をひっかけてしまったのだと気が付いた時にはすでに体勢を崩して地面に落ちていた。
ドン!と音を立てて背中から地面に落ちるフェルフェル。翼のおかげで背中にはさほど衝撃は無かったが、その分翼に痛みが走る。「…つぅ……」と呟きながら身体を起こして視線を送る。そこにはフェルフェルが落下したことで勝利を確信したのか余裕すら見せる態度で歩み寄るボルンの姿があった。
「残念だったな。さあ、大人しく俺と共に来い」
そう言って手を伸ばしてくるボルン。しかしフェルフェルは矢筒に右手を伸ばすと、隠し収納に入っていた短めの矢を素早く取り出した。そしてそれを一気にボルンに投げ付ける。
ビュン!
フェルフェルの手を離れた瞬間、矢はまるで弓で撃ち出されたのと同じくらいのスピードでボルンを撃ち抜いた。これはフェルフェルの切り札の一つで、投げつけることで弓で撃ったのと同じくらいのスピードで飛んで行く魔法の手投げ矢である。
「ほう……、流石に今のは驚いたぞ」
ボルンの言葉にハッとなってボルンを見上げるフェルフェル。ボルンを撃ち抜いたかに見えた魔法の手投げ矢だったが、やはりボルンの目の前で止まり地面へ落ちていた。
「だが、残念だったな。これで終わりだ」
すでにあと数歩の所まで来たボルン。勝利を確信し、フェルフェルへと手を伸ばしてきた。
「…そう…これで…終わり…」
パアン!
フェルフェルが呟いた瞬間何か弾ける様な乾いた音があたりに響き渡った。そして、ボルンのフルフェイスの兜が弾き飛ばされて地面に落ちていた。
辺りには何か焦げ臭い様な臭いが立ち込めている。いつの間にかフェルフェルの右手には黒い何かが握られていた。それはまるで弓の無いクロスボウをとても小型にしたような……一見すればなんだか分からないものだった。そしてその先からはわずかに煙が上っている。それはこの世界ではあまり知られていないが………拳銃と呼ばれるものだった。
「な…何だ、それは……?」
突然のことに何が起きたのか分からないボルン。兜を飛ばされて素顔を晒しているボルンにフェルフェルは鋭い視線を送った。
「…どういう…こと…チックチャック…」
そう、ボルンの顔はまさにチックチャックのそれだった。少し髪型が違う気がするが、その顔はチックチャックに間違いない。しかしボルンは首を横に振った。
「ばれては仕方がないな……俺はチックボルン・セレド!チックチャックの四つ子の末弟だ!」
「……あっそ…」
パアン!
再び乾いた音が響き渡る。そして自分に何が起きたのかも分からないままチックボルンはその場に倒れ込んだ。その眉間には弾丸が撃ち抜いた傷がついていた。
「……ふぅ…」
ため息をつきその場に座り込むフェルフェル。拳銃を懐にしまうと、服の一部を破り裂いて左腕の傷口に巻き付けて止血した。
「結局…裏切り者って…チックチャック…の事?」
正直に言えば何がどうなっているのか分からないフェルフェル。全部訊き出してから打てばよかったと後悔していた。




