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第1章 赤蜥蜴と赤羽根 第5話、悪しき者たちの末路

     第5話、悪しき者たちの末路




「フリルフレア‼」

 自分自身の叫びでドレイクは目を覚ました。叫びで目を覚ましたという表現はおかしいだろうか?叫びとともにドレイクは体を起こし右手を必死に伸ばしていた。

 だがいない。フリルフレアはいない。目の前に彼女の死体など無い……。

 動揺のあまりフリルフレアのあだ名ではなく名前を呼んでいたことにさえ気付いていなかった。あまりの鮮明な映像に頭がついて行かない。額に手を当てて考える。

(何だ……今のは⁉)

 夢と呼ぶにはあまりに鮮明な映像。寝ていたドレイクの頭に浮かんだのは地下室に監禁されたフリルフレアが翼を切り取られ殺されてしまう映像。ただの夢と笑うにはあまりに鮮明で残酷な映像。

 ドレイクのこめかみを冷たい汗が伝い落ちる。

(何だこの胸騒ぎは…)

 嫌な予感にドレイクは布団を引きはがすと、ベッドから降りた。

 結局フリルフレアが出て行った後、ドレイクたちは残った酒を飲み干し、それぞれ部屋に戻って床に就いたのだった。ドレイクはフリルフレアが戻ってきていないことが気にかかってはいたが、行き先が彼女の実家ともいえる孤児院である事が分かっている事と、彼女も子供ではないということからそれほど心配はしていなかった。

 だが今現在、胸の中に灯った不安や焦りは時を追うごとにどんどん増していく。

「くっ!」

 ドレイクは着の身着のまま部屋を出ると隣の202号室の扉をドンドンと激しく叩いた。

・・・・・・・・・。

 何も反応が無い。「赤羽根!」と叫びながらドレイクは乱暴に部屋の扉を開けた。

「きゃあ!ドレイク、女の子の部屋にいきなり入ってくるなんてどういうつもりですか⁉」

 一瞬そんなフリルフレアの反応が返ってくるのではないかと期待してしまう。しかし、期待に反して彼女の部屋は無人だった。荷物などは置いてあるがフリルフレアの姿はどこにもない。

「ちぃっ!」

 舌打ちする。胸の中の焦燥感は大きくなるばかりだ。いてもたってもいられず、走り出す。階段を駆け下り、虎猫亭の外に飛び出した。

 辺りを見回すが、当然フリルフレアの姿はない。だが、別の人影を見つける。

「おや?ドレイクさん、そんなに急いでどうしたんですか?」

 ロックスローだった。フリルフレアについて行ったはずのロックスローが今目の前にいる。次の瞬間ドレイクははじかれた様にロックスローの胸ぐらをつかみ上げていた。

「おい!赤羽根は今どこにいる⁉」

「ええ?フ、フリルフレアさんですか?」

「そうだ!」

 そう言ってドレイクが胸ぐらをつかむ手を持ち上げる。ロックスローの身体がわずかに宙に浮く。

「ま、待ってくださいドレイクさん!」

 そう言ってロックスローは両手をバタバタと左右に振る。

「私も途中ではぐれてしまって、彼女がどこにいるのか知らないのですよ」

「はぐれただと?」

 そう言ってドレイクは睨みながらもロックスローを放す。ロックスローは「苦しかったー」などと言いながら着衣を整えている。

「じゃあ、孤児院に行ったかどうかわからないんだな?」

「まあ、そうですが……」

 言葉尻が小さくなるロックスロー。そんなロックスローをドレイクがぎろりと睨みつける。その瞳には有無を言わさぬ迫力があった。

「おい金髪優男。お前探知魔法得意だって言ってたな」

「え、は、はい」

「赤羽根の居場所を今すぐ調べろ」

「え?‥‥‥‥し、しかし」

「良いから、早くしろ‼」

 ドレイクが吠える。その迫力に恐れを抱いたのか「わ、分かりました…」と言って、ロックスローが杖を取り出すと呪文の詠唱を始める。

「アルファ・ラー・ハッシュ・リーリーゼル…『ピンポイント』」

 呪文を唱え終えると、ロックスローの杖がわずかに輝きだす。そしてそれに呼応する様に目を閉じているロックスローの額のあたりに淡い光がともる。

「ふむ………なるほど、ここは……」

 ロックスローが呟くと光はすぐに消えてしまった。ゆっくりと目を開ける。

「分かりましたよドレイクさん。フリルフレアさんの居場所」

 そう言ってニッコリ微笑むロックスローに掴みかからんばかりの勢いでドレイクが詰め寄る。いや、右手はすでに掴みかかっている。

「赤羽根はどこにいる⁉」

 ドレイクの言葉にロックスローは頷いて口を開いた。

「町外れにあるルドンさんのお屋敷ですよ、あなたとフリルフレアさんが冒険者ギルドの後に訪れたあのお屋敷です」

 ドレイクはその言葉にハッとなる。今気が付いた。確かに夢で見たあの映像の中に出てきた二人組に見覚えがあった。そうだ、あれは……。

(ラドンとかいう魔導士とその従者)

 相変わらず微妙に名前を間違っていることに気が付いていないドレイクだったが、そんなことはどうでもいい。

「チィッ!赤羽根!」

 舌打ちをし、ドレイクは町外れに向かって走り出した。後ろではロックスローが「あれ?ドレイクさん?」と間の抜けた声を上げて突っ立ったままだったが、今はそんなことに構っている暇はなかった。とにかくルドンの屋敷を目指して全速力で駆け抜けていった。

(頼む!赤羽根、無事でいてくれよ!)






 町中を一気に駆け抜けると、10分ほどでルドンの屋敷にたどり着いた。町の中とはいえ町外れであり時間もすでに深夜であるため人の気配は全くしなかった。

「オラァ‼」

ドゴオオォォン!

 ドレイクは走ってきた勢いそのままに屋敷の扉めがけて飛び蹴りを喰らわせた。轟音を立てて扉が打ち破られる。

 勢いに乗って屋敷の中に入り込んだドレイクは周囲を見渡した。これだけの轟音を響かせたというのに人が集まる気配はない。それどころかそもそも人の気配を感じなかった。

 屋敷の入り口からの通路を抜け、エントランスに到着する。そこでドレイクはピタリと足を止めた。エントランス中央にはこの町中には似つかわしくないモノが立っていた。薄汚れた緑色の身体。その巨体にふさわしい両手持ち用の棍棒。牙の生えた口からは臭そうな息が漏れている。

 ホブゴブリンだった。それもかなり大柄な…。

 そのホブゴブリンの眼は遺跡で戦った時のように赤く光っていた。魔法によって操られていることがうかがえる。ドレイクを見つけたホブゴブリンは両手に持った棍棒を振り上げながらゆっくりとドレイクに近寄ってきた。

「ハッ!さしずめ門番の代わりってところか」

 ホブゴブリンを見ながら、ドレイクはこぶしを握り締めた。着の身着のまま飛び出してきたドレイクは魔剣はおろか、鎧さえ身に着けてはいなかった。それでも、左腕を前に出し、右半身を半歩下がらせ腰の横で右手の拳を握りしめる。

 そして、左手の人差し指でクイクイと挑発する。

「どうした?来いよ」

「うがああああ!」

 瞬間、挑発に乗ったのかホブゴブリンが棍棒を振りかぶったまま一気に突進してくる。そして棍棒の間合いに入ったところで一気に振り下ろした。

ガコオオオン!

 轟音が響き渡る。ホブゴブリンが振り下ろした棍棒は、しかしドレイクを捉えてはいなかった。振り下ろされる棍棒に対し、横から左手を裏拳の様に打ちつけて軌道をそらしたのだった。

「ゴブア!」

「フン!」

 信じられないと言った風に驚きの声を上げるホブゴブリンの隙だらけの腹にドレイクの拳が叩き込まれた。

「ゴブフ!」

 ドレイクの拳を受けたホブゴブリンが膝をつく。口と鼻から血を流しており、今の一撃が内蔵にダメージを与えたのが分かる。だが、ドレイクはさらに右の拳を振り上げるとその手を開き手刀の形にする。

「おおおああああ!」

ザシュゥ!

 音を立ててドレイクの抜き手がホブゴブリンの腹部を貫いていた。ホブゴブリンの鼻と口からドパッと血が噴き出す。そしてガクガクと痙攣すると、そのまま全身の力が抜けた。ドレイクが右手をホブゴブリンの腹から引き抜くと、その体はドサリと地面に落ちて横たわる。もう息が無いことは明白だった。

 ホブゴブリンの死体をそのままにドレイクはそこから通じる部屋を片っ端から開けていった。開けては中を見、何もないことを確認し次の部屋へ、これを幾度か繰り返す。

 そして、一階の部屋を調べ終えた時だった。

(そうだ……確かこの屋敷地下室があったな…)

 思い出す。この屋敷にはフリルフレアが見つけた下り階段があったはずだ。あの時ルドンは「魔導士ギルドの研究で使ってるので遠慮してほしい」と言っていた。明らかに怪しい。それに、ドレイクの見たフリルフレアは地下室のようなところに監禁されていた。

それならば……。

「こっちか!」

 記憶を頼りに下りの階段を探しあてる。すぐに見つかった下り階段を下りきると、そこには鉄製の扉があった。扉に手をかけて動かしてみるがびくともしない。どうやら閂がかけられている様だった。

「おおおおお!」

 次の瞬間ドレイクは扉に向かって拳を叩き込んでいた。決して薄くはないであろう鉄の扉だったが、ドレイクの拳によりわずかにひしゃげている。

「がああああ!」

 幾度も幾度も拳を繰り出す。ドレイクの赤鱗は鋼よりも強度があるため鉄の扉を前にしてさえ砕けることはなかった。それどころかドレイクの拳の衝撃をダイレクトに扉に伝え、扉の形をドンドン変形させていく。

ゴカアン!

 轟音を立てて扉が外れた。ドレイクの拳の衝撃は扉を変形させるほどだったが、その衝撃に先に耐えられなくなったのは扉の蝶番の方だった。蝶番が外れ扉は中に倒れ込む。

「赤羽根!」

 叫びと共に部屋に飛び込んだドレイクが眼にしたのは、床に散らばる赤い羽根とルドンと大男の後ろ姿。そしてその奥にいるであろうフリルフレアの身体が一瞬燃えているように見えた。

「な⁉」

 自分の目を疑う。そして一瞬の瞬きの後、再び視界に入ってきたのは両手を後ろ手に縛られ、両足首も拘束され、口には苦しそうな猿轡をされたフリルフレアの姿だった。彼女は下着しか身に着けておらず、その下着は血にまみれて真赤になっている。

 それを目にした瞬間一気に頭に血が上った。考えるより早く右手が振り下ろされ手近にあった机をたたき壊す。

「貴様らぁぁぁぁ‼」

 ドレイクの咆哮が地下室内に響き渡る。ルドンは驚愕したように「こ、これは一体⁉」と呟いていたが、ドレイクの叫びに我に返りはじかれた様にドレイクの方に振り返る。大男も驚きの表情のままドレイクの方を見ていた。

「き、貴様はこの娘の連れ……何の真似だ!」

「何の真似だ……だと?……それはこっちのセリフだ‼」

 叫びとともにドレイクは拳を乱暴に壁に打ち付ける。地下室の壁は石造りだったが、ドレイクの拳により一部砕けそこからひびが広がる。

「貴様らこそ……赤羽根に何をしたぁ!」

 再び叫んだドレイクの言葉に、ルドンと大男はハッとして自分たちの後ろを見た。そこには横たえられたフリルフレア、彼女を寝かせた台座は血まみれであり言い逃れはできるはずもない。ルドンの表情に焦りが浮かぶ。しかし、すぐに表情を崩すとニタリと邪な笑みをうかべた。

「ホブゴブリンはうまくかわしたのか…?まあいい、おい」

 ルドンは笑みをうかべたまま、大男に視線を向ける。そして、顎でクイッとドレイクの方を差した。

「取り押さえろ………いや、良い。殺してしまえ。こいつもマン・キメラの材料にしてやろう」

「はい、ルドン様」

 大男はそう言うとズンズンとドレイクに向かって歩き出した。

メキメキ、ビリッ、ムキムキ!

 一歩歩くごとに大男の身体が変化していく。腕や腰、脚が太くなり筋肉が膨れ上がる。膨れ上がった筋肉により服が破れ、その下の身体が体毛に覆われていく。手足の爪が伸び、口と鼻が伸びると、鋭い牙が伸びる。瞬く間に大男の姿が3mはあろうかと言う巨大な熊になっていた。

 熊となった大男は爪を振り上げると、ドレイクに向かって突進していく。

「だからどうしたぁぁ!」

 熊男の爪が振り下ろされるより早く、叫びとともにドレイクの拳が振り抜かれる。ゴキッ!と音を立ててドレイクの拳が熊男の顔面を直撃する。突進していた熊男だったが、ドレイクの拳のあまりの威力に頭から弾き飛ばされる。そして轟音を立てて倒れ込んだ。

「ゴアッ………おのれ……」

「黙れぇぇぇ!」

 頭に血が上ったドレイクは、すぐに熊男に追い打ちをかける。駆け寄るとその巨体の上に飛び乗り、拳を何度も繰り出した。すぐに熊男の牙は砕け、頬骨が砕け、顔がグチャグチャに潰れていった。

 完全に我を失い、拳を繰り出すドレイク。その隙に、短剣を持ったルドンがドレイクの背後に忍び寄っていた。

(頭に血が上った間抜けな蜥蜴め…死ね!)

ガツッ!

 短剣を振り下ろした瞬間、ルドンの腕に何か固いものにぶつかったような衝撃が走り刃が止まった。突然のことに動揺しながら短剣の先に視線を送る。ドレイクに対して振り下ろされた短剣だったが、その切っ先はドレイクの身体を捉えてはいなかった。彼の腕によって止められていた。その赤鱗には傷一つついていない。さらに視線を進めると、ドレイクの視線とぶつかった。

「……あ?」

 次の瞬間ドレイクの裏拳が小太りなルドンの腹部を直撃していた。腹に拳がめり込み、そのまま弾き飛ばす。

「グベロッ」

 カエルが潰れた様な声を上げてルドンの身体が吹き飛ぶ。そして盛大な音を立てて本棚に直撃し、その本棚もろとも倒れ込んだ。

「…………」

 その様子を見てドレイクが立ち上がる。熊男が死んだかどうか気になったが、とりあえず顔面が分からないほどグチャグチャに潰されているので、たとえ生きていたとしてもすぐに起き上がることは無いだろうと思った。

 いまだ本棚の下敷きになっているルドンに向かって歩み寄りながらドレイクは口を開いた。

「ライカンスロープを飼ってるってことは、お前…闇の軍勢の魔導士か?」

 一応の冷静さを取り戻したドレイクが疑問を口にする。多くの魔物やライカンスロープ、ダークエルフやデーモンなどが属する闇の軍勢に堕ちる人間種の魔導士が居るのも事実だった。だが、その言葉に答えるようにルドンの笑い声が響く。そして本棚の下から這い出すと、さらに高笑いをする。

「ハハハハハ!確かに闇の軍勢に属するものではあるがな!」

 そう叫んだ瞬間ルドンの頭部が光り出す。そして光を覆い隠すように紫色の(もや)の様なものがルドンの頭を覆った。その靄はルドンの顔の周りをグルグルと回り出す。そしてそのまま霧のように消えた。

「………」

「くくく、どうした?驚きで声も出んか?」

 ルドンはそこに立っていた。否、ルドンであったものはそこに立っていた。だが、その頭部があった場所にはルドンの頭ではなく、白い大きなクラゲの様なモノが乗っていた。それには中心に巨大な眼があり、頭であろう部分の下からは無数の触手が生えている。その姿は明らかに魔の物、闇の軍勢に属するモノであった。

「後悔するがいいわ!」

 ルドン、いやルドンであった魔物は短剣を持ったまま立ち上がる。しかし、その体は左腕が折れ、腹部が潰れていた。だが、その魔物は特に気にした様子はない。それどころか呪文の詠唱を始める。

「アフ・イド・ヴェルド・ブラド…『エナジーブラスト!』」

バシュウ!

 轟音を上げて光の弾丸が撃ち出される。それはドゴオオン!と音を立ててドレイクに直撃した。両腕で何とかガードはしたものの、ダメージは否定できない。

「チッ」

 舌打ちするドレイクを見て魔物はニヤリと眼を歪める。そして再び呪文の詠唱を始める。

「アフ・イド・ヴェルド……」

「2度も同じ手を食うか!」

 次の瞬間飛び出したドレイクの拳が崩れかけた魔物の胴体を打ち貫いた。

「終わりだ!」

「いや、まだ終わらんよ!」

「なに⁉」

 ドレイクの言葉に、魔物は余裕の声で反応する。そして次の瞬間魔物の頭から上だけが音もなく飛び上がる。そしてそれは熊男の方へと飛んでいった。

「なんだ?」

 目の前を見れば、ドレイク自身が貫いたルドンの身体。しかし、胴体の外傷はともかく、食い千切った様な首の断面の傷には心当たりがない。だが、考えても分からないのでルドンの身体を放り捨てると、魔物の頭部が向かった先を見た。

そこでは、頭部の下方触手の内側にある口が開き鋭い牙がのぞいていた。そしてその口が今まさに熊男の頭に嚙り付こうとしているところだった。

ガブリ!ガジガジ!バリバリ!

 生の肉や骨を咀嚼する嫌な音があたりに響き渡る。そしてその音が落ち着くと、今まで倒れていた()()()()()がむくりと起き上がる。

「‥……………」

 ドレイクの視線に気が付いたのか、魔物が「くくく」と笑い声をあげる。今立っているのは熊男の身体だが、その頭の部分にはクラゲのような魔物がくっついている。

「驚いているようだな。俺はな、頭を、脳みそを喰らうんだよ。そして脳みそを喰らった後の身体を自在に操れるんだ」

 魔物は得意げに言い放つ。そして熊男の爪をシャリシャリとすり合わせる。

「さらになぁ!」

 叫びとともに魔物は熊男の身体を突進させる。そして腕を振り上げると、その鋭い爪を勢いよく振り下ろした。

「俺が操ることで、その生き物は限界以上の力を発揮する!何故だかわかるか⁉」

 魔物は何度も何度も爪を振り下ろした。それに対しドレイクは両腕を使って捌き続ける。迫りくる爪を、手の甲で、あるいは腕で、掌ではじき続けていた。

「体の負担を考えなくていいからだよ!」

 次の瞬間魔物は今までよりいっそう大きく爪を振り上げる。

「死いいねええ!」

「チェアリャアアア!」

ズブシュッ!

 魔物が大きく爪を振り上げた瞬間だった。ドレイクが一瞬で1歩下がりながら右半身を後ろに引いた。そのまま弓を引く様に手刀を引くと、魔物の胸めがけて一気に抜き手を撃ち出した。

 これを一呼吸の間にやってのけたドレイク。ドレイクの腕は熊男の胸に深々と突き刺さっている。

「さあ、これでどうする!」

 ドレイクが頭部の魔物を睨みつけるが、魔物は再びニタリと目を歪ませた。

「こうする」

「⁉」

 次の瞬間熊男の身体がドレイクにつかみかかってくる。そのままドレイクを抱え込むように覆いかぶさっていく。

「アルファ・ラー・コウンド・バーティラ…『バインド!』」

 そのまま魔物は呪文を詠唱し発動させる。どうやら胴体と本体は別々に行動できるようだった。魔物の魔法により光の鎖がドレイクに絡みつく。

「チイッ!」

 ドレイクが舌打ちした瞬間、ドレイクの頭を大きな影が覆った。見上げれば、熊男から分離した魔物が大口を開けてドレイクに近づいてきている。

「お前の身体は強そうだ……俺がもらい受ける」

 ドレイクの頭が完全に飲み込めそうなほど魔物は大きな口を開けていた。そのままゆっくりとドレイクの頭に覆いかぶさっていく。

「おおおああああ!」

バリィ!

「がああああああああ!」

 地下室に凄まじい叫びが響き渡る。そして魔物の頭部が血を流しながら床にベタリと落ちる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()。ドレイクが触手のついた魔物の肉片をさも不味そうにペッと吐き捨てる。

「不味いな……食えたもんじゃない」

 そう言うとドレイクは全身に力を込め「ハァ!」と気合を込める。次の瞬間光の鎖は跡形もなく砕け散っていた。そのままドレイクは熊男の身体から右腕を引き抜くと熊男の身体を蹴り飛ばす。

「バ、バカな……抵抗(レジスト)していたというのか…」

 信じられない物を見るような目を向ける魔物。「おのれ……リザードマンふぜいが…」とくやしそうな声を上げているが、それを無視し魔物を踏みつける。

「残念だったな。俺の方が大口だったみたいだ」

 そう言ってドレイクは魔物を踏んでいる脚に力を込める。だが、それに対して魔物から焦った様な声が上がる。

「ま、待て!待ってくれぇ‼」

「あ?」

 ドレイクが睨みつけると、魔物は媚びた様な声を上げた。

「ま、待ってくれ!そうだ!我らの仲間にならないか?バルゼビュート様の配下となれば金など思いのまま…」

「だまれ」

グシャ!

 最後まで言わせず、ドレイクは魔物を踏み潰した。






 フリルフレアの横に立ったドレイクは後悔と共に彼女の身体を見下ろしていた。どうしてあの時彼女について行かなかったのか。自分が一緒に孤児院へ向かっていればこんなことにはならなかったはずだ。ドレイクの心は後悔一色だった。

「赤羽根……、苦しかったよな……。間に合ってやれなくてすまん…」

 目頭が熱くなる。わずか数日前に出会ったばかりの少女だったが、彼女の優しさに好感を持っていたのは事実だった。冒険でためたお金を孤児院の経営の足しにするんだと言っていた優しい少女。ドレイクの記憶が無いことを聞き、自分自身も幼いころの記憶が無いことを打ち明け、ともに記憶を探そうといった優しい少女。冒険者になりたてでありながら、臨時のメンバーにさえ気を遣おうとした優しい少女。

 彼女の未来はこれからだったはずだ。彼女が本当にこれからもずっと自分と共に旅をしていくかどうかは分からない。だが、彼女が独り立ちできるようになるまでは共にいるつもりだった。彼女の魔法の素質を考えれば、将来いい冒険者になれるであろうと思った。そう優しく、思いやりと正義感にあふれる本当の冒険者に……。

「お前は……こんなところで死んでいい奴じゃない…」

 ドレイクは上着を脱いで床に広げた。そしてまず、フリルフレアの両手と両足を戒めている縄を丁寧にほどいた。次に、彼女の鼻や口、顎までをしっかり覆ってきつく結ばれているいる猿轡を外すと、彼女の口の中に詰め込まれている大量の布をつまみだした。

 そこでドレイクはフリルフレアの身体を見回す。頬にはきつい猿轡の痕があり、手首や足首にも縛られていた痕が残っていて、見ていて非常に痛々しかった。

 後悔と悔しさでドレイクは奥歯をかみしめた。

(どうして……助けられなかった…)

 悔やんでも悔やみきれなかった。そう、これでは………。

(俺が殺したようなものだ……)

 自責の念に苛まれる。本当に、なぜあの時一緒に行かなかったのか……。自分自身のふがいなさに怒りさえわいてくる。

「すまない……赤羽根…」

 ドレイクはそのままフリルフレアの身体を両手で優しく抱き上げた。背中の翼も傷つけないように慎重に抱き上げると、そのまま床に広げた上着の上に寝かせた。

 フリルフレアの身体をこのまま置いておく訳にはいかなかった。せめて彼女が生前多くの時間を過ごしたという孤児院へ連れ帰るのがすじと言うものだろう。血まみれの下着しか身に着けていないフリルフレアをそのまま運ぶのは彼女を辱めることになると考えた。そのまま彼女の身体を上着で優しく包むと、やはり両手で優しく抱き上げる。

 このまま孤児院へと連れていくつもりだった。その孤児院でパパ先生やママ先生とやらからどんな酷い罵倒を受けようとも、甘んじて受け入れるつもりだった。彼女の死は自分の責任なのだから……。

 抱き上げたフリルフレアの顔を見た。

「きゃあ!お、お姫様抱っこですか…ドレイク?」

 フリルフレアが生きていたらきっと今の状況を見てそんなことを言うだろう。そう思うと再び目頭が熱くなった。

 ドレイクは散乱した地下室を抜け、そのままルドンの屋敷を後にした。

 そのままドレイクは夜の街をフリルフレアの身体を抱き上げて歩いていた。上着はフリルフレアの身体を包むのに使っているためドレイクは上半身裸だった。今の時期真夜中ともなればさすがに肌寒くもなる。だがドレイクはそんなことは気にも留めず歩みを進めていった。

 10分ほど歩いただろうか、ドレイクは足を止めた。

(そういや、孤児院て何処にあるんだ……?)

 当然と言えば当然の疑問だった。フリルフレア自身しか孤児院の場所は知らなかった。探そうにも手掛かり一つなく、まして真夜中である。誰かに道を聞くこともできなかった。

(こんなことなら………こんなことなら…一緒について行ってやれば…)

 再び後悔の念に苛まれる。後悔してもし足りない。だが、どんなに後悔してももう手遅れなのだ……。

(赤羽根は………もう…)

 思わずフリルフレアの身体を抱きしめる。

(すまん……本当にすまん…赤羽根…)

 自責の念に苛まれる。しかしすべては手遅れ……。

 もうフリルフレアの大きな瞳が開かれることは無い。彼女がその瞳を輝かせることももうない…。その深紅の翼をはばたかせることももうない……。そして、彼女のこの温もりのある体が再び動くことも………………………?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?

……()()()()()()()

 何かとてつもないことを見落としている気がしてきたドレイクは、フリルフレアの身体を軽く抱きしめる。

(…………あったかい…?)

 ふと気になって、フリルフレアの身体を抱えたまま、器用に上着を少しはだけさせる。そこにはどことなく血色のいいフリルフレアの肌と翼………?

(そうだ、翼!夢の映像では切り取られていたはずじゃ…⁉)

 ドレイクの中で違和感はどんどん大きくなっていく。切り取られていなかった翼。死んでるはずなのに血色がよく温もりのある肌。

・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 非常に気になったので、上着をもう少しはだけさせてみる。フリルフレアの上半身はほとんどあらわになり、小さくつつましい乳房が血まみれのブラジャーに包まれているのが見える。そしてそれをじっと見つめるドレイク。エロい意味ではなく胸元をじっと見つめてみると……。

 すうすうと呼吸音が聞こえ、それに呼応するように胸が上下していた。動揺しすぎて彼女の呼吸ににさえ気が付いていなかったようだ。

 念のためにフリルフレアの胸元に耳を近づけてみる。ドレイクの聴力はフリルフレアの鼓動を聞き取っていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・。

 ドレイクの思考が完全に停止する。元から考える方ではないが、今は本当の意味で完全に停止していた。何がどうなっているのかさっぱりわからない。

 呆然と立ち尽くしているドレイク。その時冷たい風がヒューと吹き抜けた。

「ハクチッ」

 フリルフレアがくしゃみをする。そして、ドレイクの腕の中で寝返りを打ちながら上着を引き寄せ肩の上までかぶる。

「ムニャムニャ………プリン…」

イラァ!

(こいつ……今プリンッて言ったか…?)

 次の瞬間ドレイクのこめかみに怒りマークが浮かぶ。今まで自分が散々してきた後悔は何だったのか?散々自責の念に苛まれていたのは何だったのか?かなりいらだったまま、ドレイクは思いっきり息を吸い込んだ。

 そして……。

「ブフー!」

「きゃわあ!」

 ドレイクがかなり強みにフリルフレアの耳に息を吹きかけると同時に彼女はドレイクの腕の中で飛び起きた。そしてバタバタとドレイクの腕の中で暴れているので、ドレイクは容赦なく手を放す。ドテッと音を立てて、フリルフレアが尻もちをついた。痛みのせいか瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。

「いったぁ!……何するんですかドレイク!」

「うっせえ!無事じゃねえか、まったく!」

「は!極限のプリンと最高のプリンの勝負の行方はどうなったんですか⁉…それにプリン王国から来た妖精は……?」

「何の話だぁ!」

 わざとらしく大声を出すドレイク。そしてそっぽを向くと、「ったく、心配して損したぜ…」と小声で呟いたが、それは寝ぼけているフリルフレアの耳には入っていなかった。

 そうこうしている間にも、フリルフレアが自分の状況に気が付いたのか悲鳴を上げる。

「ミイイィィィィ!な、なんですかこれは⁉」

 ドレイクの上着を羽織って、それ以外は血まみれの下着しか身に着けていない自分の身体を見て、全身をまさぐる。

「誰の血ですかこれ⁉まさか私の血ですか⁉……怪我はしてないみたいですけど…」

 体中をまさぐり、とりあえずの怪我が無いことを確認するフリルフレア。次に翼をピコピコ動かしてみる。……なんともなさそうだった。

「なんでこんなに血だらけ…?……ブラもショーツもドロドロになっちゃって………」

 血だらけの下着に手をかけたところだった。フリルフレアの手がピタリと止まる。そしてそのままハッとした様にドレイクに視線を向けた。

「なんでジロジロ見てるんですか!見ないでください、ドレイクのエッチ!」

 そう叫んでフリルフレアはドレイクの上着で体を包んで隠してしまう。しかし、それを見たドレイクはフリルフレアにジト目を送る。

「エッチって……。何度も言うけど俺はリザードマンでお前はバードマンなんだから欲情するわけないだろう?」

「分かりませんよ!昔から竜は美しい人間の娘を生贄として要求するらしいじゃないですか!」

「美しいって………自分で言うか…」

 ドレイクがジト目でフリルフレアを見るが、彼女は「何か文句でも?」と言いたげだった。

「それにいつの時代の話だ…。竜族が生贄を要求することはドラゴンロードによって禁じられてるだろうが…」

「そうなんですか?」

「知らんのかい……、まあいいけど」

 ドレイクはため息をついたが、フリルフレアは納得していないようだった。

「ならこの痕は何なんですか?」

 そう言ってフリルフレアは自分の手首にある縄の痕を見せつけてくる。

「これって……その…」

 そう言ってフリルフレアは顔を赤くして視線を逸らす。フリルフレアのその様子に何か非常に誤解があると感じたドレイクは嫌な予感がしつつも先を促す。

「その、なんだよ?」

「ドレイクが私のこと縛った痕じゃないんですか?」

「何でそうなるんだよ」

「だって、そうじゃないですか。ドレイクが私を縛って無理矢理そういうことをしようとした痕なんじゃないですか?」

「そういうことってどういうことだよ……」

「それはですね……、えっとですね……、その……男の人がですね、女の子に…ゴニョゴニョ…」

「耳年増め……」

 ドレイクがげんなりした顔でフリルフレアを睨んだ。フリルフレアの言葉は最後は小声で聞き取れなかったが、言おうとしたことはだいたい想像がつく。

「それは別に…ですよ?…ドレイクとそういうことをするのが嫌だってわけじゃないんですけど……、ただですね、やっぱりこういうのは無理矢理って言うのは良くないと思うんです。やっぱり本人同士、互いに了承の上でですね……」

「あー、だから違うっちゅうねん」

 フリルフレアの妄想が暴走しそうだったのでデコピンをくらわし、言葉を遮った。

「いったー!じゃあ、何だっていうんですか?」

「覚えてないのかよ?」

「何をですか?」

 どうにも話がかみ合わない。疑問に思ったドレイクはフリルフレアを問い正す。

「お前、何処まで覚えてるんだ?」

「え?憶えてることですか?」

 フリルフレアは顎に指をあてて考えている。そしてドレイクの方を向くと口を開いた。

「ドレイクと喧嘩して飛び出した後、ロックスローさんが追いかけてきてですね……」

「ああ」

「それでですね、ロックスローさんとはぐれてですね」

「ああ、それで?」

「次の瞬間にはドレイクに落とされてました」

「はぁ?」

 フリルフレアの言葉に疑問の声を上げるドレイク。フリルフレアの言葉通りならば彼女は自分の身に起きたことを全く覚えていないということになる。それにそれ以外にも疑問が生じる。

(それなら、俺が夢で見たあの鮮明な映像は何だったんだ?確かに赤羽根は翼も切り取られていないし殺されてもいなかったが……?)

「ドレイク?」

 難しい顔で考え込んでいたドレイクの顔を覗き込んだフリルフレアが心配そうな声を上げる。

「いや、何でもない。後で話す」

 そう言うとドレイクはフリルフレアの頭をクシャクシャと撫で回す。

「とりあえず、お前が無事でよかった」

「ミィィィ。子供扱いしないでください」

 自分の頭からドレイクの手をどけながら不満の声を上げるフリルフレア。そして、そのまま思い出したように手を叩く。

「そういえば私、孤児院へ向かっているんでした」

「いや、ちょっと待て」

「ドレイク、せっかくだから一緒に来てください」

「だから、待てと言ってるだろうが」

 ドレイクの手を掴んでいこうとするフリルフレアを逆に止める。

「お前、その格好で行くつもりか?」

「あ……」

 フリルフレアが言葉に詰まる。さすがに血まみれの下着姿では行けない。

「明日の午後にでもついて行ってやるから、いったん虎猫亭に戻るぞ」

「え?本当ですか?」

 ドレイクの意外な言葉に嬉しそうな声を上げるフリルフレア。どうやらよっぽどついて来てほしい様だった。

「とりあえず帰るぞ」

「はい!」

 嬉しそうに返事をするフリルフレア。

 虎猫亭へ向けて足を向けるドレイクとフリルフレア。二人が歩みを進める中日が昇り始め、あたりが明るくなり始めていた。






「お帰りなさい。ご無事で何よりです」

 ドレイクとフリルフレアが虎猫亭に戻ると、扉の前でロックスローが待っていた。手持無沙汰なのか、両手で杖をクルクル回しては手を滑らせて落としている。宿屋の前で早朝にエルフが一人杖をクルクル回しては落としているさまは傍から見てかなり間抜けだった。

「あ、ロックスローさん。ただいま戻りました」

「お前……あれからずっと外で待ってたのか……?」

「ええ、そうですよ」

 ニコニコと笑いながら答えるロックスローを「こいつ絶対アホだ」と思いながら呆れて見ていたドレイクだったが、今はそんなことはどうでもよかった。

「しかし、フリルフレアさんその格好は?」

「へ⁉……え、えっとですね……」

 ロックスローの指摘に顔を赤くして身体を隠すフリルフレア。上半身裸のドレイクと、そのドレイクの上着に身を包み他に何も着て無い様に見えるフリルフレア。一見すると性行為の後に見えなくもない。

「あ、もしかしてお楽しみの後だったんですね。野暮なことを聞きました」

 そう言って頭を掻きながら退散しようとするロックスローをフリルフレアが慌てて止める。

「ち、ちょっと待ってくださいロックスローさん!誤解です‼誤解ですからね!」

 顔を真っ赤にしながら否定するフリルフレア。彼女は手をバタバタと振って必死に否定している。ちなみにドレイクはその横で「あ、このエルフやっぱバカだ」とか考えている。

 結局フリルフレアの制止も聞かず「邪魔者は退散しますので~、失礼しました~」などと言って宿の中に消えていくロックスローを見送って、ドレイクはフリルフレアの肩に手を置いた。

「そんなことは良いから、お前一応怪我がないかどうか金目ハーフにでも見てもらえ」

「え?怪我なんてありませんよ?…ドレイクに落とされたお尻は痛いですけど」

「悪かったよ……。でも見えないところ怪我してるかもしれないだろ?念のため見てもらえって」

「え……あ、はい」

 意外としつこく言ってくるドレイク。思いのほか心配性なドレイクに気おされる形でフリルフレアは彼の申し出を承諾する。

「でも、何でローゼリットさんに?」

「冒険者ならある程度は応急手当の知識とかあるからな」

「いえ、そうではなくなんでローゼリットさん限定?」

「そんな体の隅々まで俺が見る訳にもいかないだろ?」

「今さらですか?人の水浴びや下着姿さんざん見たくせに……」

「不可抗力だろうが……。それと…」

「それと?」

「踊り猫はお前を見る目が邪だからやめた方がいいと思う」

「あー、あははは」

 フリルフレアが思わず乾いた笑い声を出す。確かにスミーシャには悪いが、彼女に体の隅々まで調べられるのはどことなく身の危険を感じる。

 仕方なくドレイクに連れられてローゼリットとスミーシャの泊まる部屋へと向かうフリルフレア。今さらだが思いのほか心配性なドレイクに驚きを隠せない。フリルフレアは意外そうな視線をドレイクに向けているが、ドレイクは気付いたそぶりも見せず前を歩いていた。

「……こんな早朝にお邪魔しちゃ悪いんじゃ…」

 ふと気になった疑問が自然と口からこぼれた。しかしドレイクは特に気にした様子もない。

「別にいいだろ、どうせあいつらヒマしてんだから」

 その認識は失礼では無いだろうかと思うフリルフレアをよそにドレイクが足を止めた。ローゼリットとスミーシャが泊まっている301号室の前に来ていた。

 どう声をかけようか迷っているフリルフレアをよそに、ドレイクは遠慮なくドアをドンドンと叩く。

「おい金目ハーフ居るか?」

・・・・・・・・・・・・・・・・。

 反応が無かったため、再びドアをドンドンと叩く。今度は少し強めに。

「おい金目ハーフ、起きたか?」

 三度ドアをドンドンと叩いたときに、部屋の鍵が開く音がした。ドアがうっすらと開き、隙間からスミーシャがのぞき込んでくる。

「うるさいわねぇ…何よ赤蜥蜴こんな朝っぱらから」

 顔をのぞかせてくるスミーシャは半開きの眠そうな眼をしており、頭は寝ぐせでグチャグチャ、身に着けているのは下着のみという格好だった。不機嫌そうにドレイクを見ている。

「こんな時間に何?夜這い?」

「んなわけあるか。そもそももう朝だろ」

「何?んじゃ朝這い?」

「何だよ朝這いって……」

 ジト目でスミーシャを睨んでいたドレイクだが、彼女の姿を見回して若干視線を逸らす。後ろのフリルフレアから見ると心なしか照れているような……。

「良いから金目ハーフ居るか?」

「いるわよ~、ローゼェ?」

 スミーシャがドアを少し開けながら後ろを振り向くと、ベッドからローゼリットがはい出してきたところだった。彼女も寝ぐせだらけの髪をしており、眠そうに目をこすっている。下着姿では無かったが、ほとんど肌着の様な薄着だった。それを見てドレイクがさらに視線を逸らす。

「こんな朝っぱらから何の用だ赤蜥蜴」

 ローゼリットが欠伸をしながら不機嫌そうに言ってくる。まあ、早朝にいきなり起こされたので無理もない話だった。

 そんなローゼリットとスミーシャの色っぽいのか色っぽくないのかよくわからないきわどい姿を見たドレイクはさらに視線を逸らす。

 それを後ろから見ていらフリルフレアはプゥッと頬を膨らませた。

「ちょっとドレイク!何で私の裸はガン見したクセにローゼリットさんとスミーシャさんには視線を逸らすんですか⁉」

 ドレイクの後ろから飛び出してフリルフレアが詰め寄る。いかにも不満そうにしているフリルフレアだったが、そんな彼女を見てスミーシャが歓声を上げる。

「フリルちゃん⁉どうしたの…もしかしてお姉ちゃんと一緒に寝たかった⁉」

「だから、誰だよお姉ちゃんって……」

 ローゼリットのツッコミを無視し、スミーシャはフリルフレアに抱き付くとほっぽたをスリスリしている。

(この猫女、だんだんスキンシップが過激になってきてないか?)

 そんなことを考えながら目の前の光景に視線を向けたドレイク。さっきまでとは打って変わって呆れた様な表情をしている。

「やだ、フリルちゃん!なんでこんなバッチィの着てるの?脱いじゃいなさい!」

「や、やぁ~」

「おい、人の上着にバッチィのは無いだろう……」

 嫌がるフリルフレアとツッコミを入れるドレイク。そんな二人を見てローゼリットがスミーシャの横まで来る。

「それで?本当に私に何の用だ?」

「ああ、金目ハーフ。すまんがこいつに怪我が無いか見てやってほしいんだが…」

「怪我?」

 ローゼリットがフリルフレアに視線を移す。横ではスミーシャが「フリルちゃん!怪我したの⁉どこ⁉どこ⁉」とフリルフレアの身体をベタベタ触っている。

「ああ、詳しいことは後で話すからちょっと確認してやってくれ」

「構わんが……」

 ローゼリットは視線を一旦ドレイクへと移す。

「なぜ私なんだ?」

「いや、なんかこいつ信用できなくて……」

 よだれを垂らしながらフリルフレアの尻を撫でようとしているスミーシャの手をペシッと叩きながらドレイクが言った。ちなみに横ではフリルフレアが「ミィィィ!」と嫌がっている。

「分かった………が」

 言った瞬間ローゼリットはフリルフレアの手を引いて部屋の中に引き入れると、同時にスミーシャの背中を足の裏で蹴り押して部屋の外へ追い出す。そしてそのままドレイクとスミーシャの目の前でバタンと音を立ててドアを閉めた。

「それならば、関係ない奴は出て行ってもらおう」

 ドアの奥からローゼリットの声が聞こえる。どうやら関係者以外立ち入り禁止と言いたいらしい。

「あ~、分かった。すまんが金目ハーフ、赤羽根のこと頼む」

 それだけ言うと、ドレイクは部屋に背を向けた。自分もいつまでも上半身裸でいる訳にもいかない。一旦部屋へと戻ることにした。

 部屋へ行くため階段を下りていくドレイク。その背中に「ちょっとローゼ⁉あたし、こんな格好で締め出されたら困るんだけど!」と叫ぶスミーシャの声が響いていた。






「ふむ………別に異常は無いな」

 裸にしたフリルフレアを一通り調べ終え、ローゼリットは一息ついた。ドレイクに言われた通り、フリルフレアにどこか異常が無いかそれこそ下着を脱がせてまで調べたが、特に異常らしい異常は見当たらなかった。むしろ健康そのものといった感じだった。体はだが……。

「一番の異常はその血まみれの下着だな…」

 ローゼリットがフリルフレアの脱いだ血まみれの下着に視線を送る。その横では何とか部屋に入れてもらったスミーシャがフルフルと震えている。

「まさか、まさかフリルちゃん!赤蜥蜴に無理矢理……」

「されてません!なにもされてませんよ!…………多分…」

「多分なの⁉」

 きっぱりと否定……しきれていないフリルフレアの言葉に、スミーシャがベッドの上で頭を抱えながらジタバタともがく。それを見てため息をつくローゼリット。フリルフレアにドレイクの上着を投げてよこす。

「とりあえずいつまでもそんな恰好でいるもんじゃない。まずはその体の汚れをどうにかした方がいいな」

 血で汚れたフリルフレアの全身を見回す。確かにフリルフレアの身体は下着を身に着けていた場所だけでなく背中や翼など全身血まみれだ。これで傷一つないのだから不思議でならない。

「おい、風呂に行くぞ」

「え?お風呂ですか?」

「そうだ。さっさと行くぞ」

 そういうとローゼリットは荷物から着替えとタオルをを取り出すと丸めてわきに抱える。

「ち、ちょっと待ってローゼ、あたしも行く!」

そう言うとスミーシャもシャツを着てハーフパンツを履くとタオルを首にかける。

「さ、行こうフリルちゃん!」

 スミーシャとローゼリットに促されたフリルフレアはとりあえずドレイクの上着で身を包み隠すと、血まみれの下着を手に持った。そして鍵をかけて部屋を出た3人はフリルフレアの部屋に行き下着を含め着替え一式とタオルを持ち、そのまま1階の大浴場へと向かった。

 大浴場は女性冒険者のために基本女湯のみ早朝から深夜まで開放されていた。これは夜遅くに帰還した女性冒険者に配慮した虎猫マスターの粋な計らいだった。ちなみに男湯は夕方から夜までしか開放されていない。

「ヤッホー‼一番乗り!」

「はしゃぐな!みっともない、子供か」

 すぐに服を脱ぎ捨てて浴場へ飛び込むスミーシャ。浴場を走っていき……そのまま滑って尻もちをついている。そんな相棒をローゼリットはアホを見る目で見ていた。

「イタタタ、ローゼェ」

「いや、アホのことは知らん」

 次いで浴場へ入ってくるローゼリット。タオルは持つだけで特に体を隠していなかったスミーシャと違い、ローゼリットは前を隠している。

「ほら、フリルフレア」

「は、はい」

 最後にフリルフレアが入ってくる。彼女は体にタオルをしっかり巻いていた。

ザッパーン!

 スミーシャが勢いよく浴槽に飛び込む。大きな浴槽一面に張られている熱いお湯がフリルフレアたちの方へ飛び散る。

「はあ~、朝風呂なんて贅沢だよね~、最高~」

 完全にだらけ切って浴槽に浸かっているスミーシャ。そんなスミーシャをローゼリットの鋭い眼光が睨みつける。

「こらスミーシャ!先に体を洗え!」

「ええ~?昨日の夜洗ったよ?」

「そういう問題ではない!湯船に入る前の礼儀だ!」

 何やら力説しているローゼリットを不思議そうに見上げるフリルフレア。

「あ、あの…ローゼリットさん?」

「ああ、すまんすまん。つい熱くなってしまった」

 そういうとローゼリットはフリルフレアを椅子に座らせると、彼女が体に巻いたタオルを剥ぎ取った。

「え⁉ロ、ローゼリットさん⁉」

「良いから、体中血まみれじゃないか……」

 そういうとローゼリットはタオルを小さくたたむと桶でお湯を汲みタオルを浸す。そしてタオルに石鹸を擦り付けると泡立てていった。

「あ、あの……」

 戸惑うフリルフレアの背中をローゼリットが優しく洗い出す。あまり力は入れず、撫でるように背中や翼を洗っていく。

「翼もあるし、背中を洗うのは大変だろう?」

「は、はい…」

 ローゼリットの言葉にフリルフレアは顔を赤く染めてわずかに身を固くする。

「大丈夫だ、優しくしてやるから」

「あ、ありがとうございます…」

 恥ずかしさからか耳まで真っ赤になったフリルフレアを見て思わず微笑むローゼリット。だがそれを見たスミーシャは当然黙ってはいない。

「あー!ローゼずるい!あたしもフリルちゃんと洗いっこしたい!」

 浴槽を出てあわただしく近寄ってくるスミーシャ。そんな彼女に若干冷たい視線を送るローゼリット。

「別に洗いっこしてる訳じゃないだろ…」

 今度はフリルフレアの髪をほどき、髪の毛を丁寧に洗ってあげる。フリルフレア自身は自分の胸や股間、両手足や顔など念入りに洗っていた。

 結局スミーシャが入る隙を与えずフリルフレアの身体は洗い終わった。その後ローゼリットとスミーシャも簡単に体を洗うと、3人そろって浴槽に浸かりに行った。少し熱めのお湯だったが、それが逆に気持ちいい。フリルフレアはサッパリし、ローゼリットとスミーシャは眠気も吹き飛ぶようだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 しばし3人とも無言のままお湯の熱さを楽しんだ。

 しばらくして、ローゼリットがお湯から上がり、浴槽のふちに腰かけた。フリルフレアの眼に、その抜群のスタイルが映し出される。胸は大きすぎずだが決して小さくは無いうえとても整った形をしている。腰は驚くほど細く、お尻も小ぶりながら引き締まってとても形がいい。全体的にバランスの取れたプロポーションをしている。

 今度はスミーシャが「あつ~」と言いながらお湯から上がった。やはり浴槽のふちに座る。こちらも抜群のスタイルだ。とにかく大きい乳房についつい視線が行ってしまう。それにお尻も少し大きいが、腰はちゃんと細くしっかりとしたくびれができている。男性受けすること間違いないプロポーションの持ち主だとフリルフレアは思った。

(それに引き換え……)

 思わずお湯につかっている自分の身体を凝視してしまうフリルフレア。胸は薄く、腰は細いがお尻も小さい典型的な幼児体型。もともと発育の良い方では無かったが、こんなに差を見せつけられてしまうとへこむしかない。

(ドレイクも……ああいうのが良いのかなぁ…?)

 ドレイクの言を借りるならば、異種族なのだから関係ないということになりそうだったが、今はそんなことは思いつかなかった。

 フリルフレアが小さく「ハァ」とため息をついた時だった。

「ところで……結局何があったんだ?」

 ローゼリットが口を開いた。詰問するというよりは優しく訊ねてているという感じだった。スミーシャもウンウン頷いている。

「あたしたち臨時とはいえパーティー組んだんだからさ、困ったことがあったら頼っていいんだよ?」

「ローゼリットさん、スミーシャさん……」

 二人の優しさに胸が熱くなるフリルフレア。嬉しさのあまりわずかに涙がにじむ。

「分からないんです……」

 フリルフレアは正直に話した。

「覚えているのは……ドレイクと言い争いになって、飛び出して行った所にロックスローさんが追いかけてきて……」

「うん……それで?」

「ロックスローさんと話しながら孤児院に向かってたんですけど、はぐれちゃって…」

「はぐれたって……え、街中で?人込みでもないのに?」

 スミーシャが口を挟む。どうやら街中ではぐれたというロックスローのふがいなさに呆れている様だった。

「あいつ、本当にランク11なの?」

「まあ、冒険者認識票にはそう書いてあったがな」

 スミーシャの言葉に、「やれやれ」とでも言いたげに肩をすくめるローゼリット。やはりロックスローに呆れている様だった。

「それで?ロックスローとはぐれた後はどうしたんだ?」

「はい、はぐれた後に……………」

 そこまで言って黙ってしまうフリルフレア。心なしか呆然として目の焦点が合っていないように見える。

「あ……れ…?」

 そのままフリルフレアの身体がお湯に浸かっているというのに小刻みに震えだす。それは何か嫌なことを思い出したような………。

「わ、私……そこで、大きな人を見かけて……」

「大きな人?」

 ローゼリットが疑問を口にするが、フリルフレアはそれに答えられずにいた。そうしている間にもフリルフレアの震えがはたから見ても分かるほど大きくなる。

「ちょっと!フリルちゃん、大丈夫⁉」

 スミーシャが慌ててフリルフレアの身体を抱きしめる。それはいつもの若干邪な感情によるものではなく、純粋にフリルフレアを心配しての事だった。ローゼリットも心配そうにフリルフレアを見つめている。

「フリルフレア、つらいなら無理に思い出さなくていいんだぞ?」

 そう言って優しくフリルフレアの頭をなでるローゼリット。だが、フリルフレアは首を激しく横に振った。

「違うんです!その人、ルドンさんの所にいた人でした!」

「ルドン?誰だ?」

「いや、あたしも知らない」

 頭に?マークをうかべているローゼリットとスミーシャ。だが、フリルフレアは震えながら叫び出した。

「でも…でも……私…その人に誘拐されて…!」

「ゆ、誘拐⁉フリルちゃん、それどういう……?」

「分かりません…!でも今、はっきりと思い出しました。私その人にいきなり口を塞がれて……縛られて……袋に入れられたんです」

 ひとしきり言って少し落ち着いたのか、叫んでいたフリルフレアの声は少し小さく普通のしゃべり方に戻っていた。

「その後のことは…………覚えていません」

 少しシュンとしたフリルフレアをスミーシャがギュッと抱きしめる。

「そっか……でも、フリルちゃんが無事でよかった」

「はい……ありがとうございます」

 ローゼリットがフリルフレアの手首に視線を向けた。そこにはいまだ痛々しい縄の痕が付いている。

「それじゃ、これは赤蜥蜴がやったんじゃなかったのか」

「何だそっかー、あたしてっきり赤蜥蜴がフリルちゃんを無理矢理手籠めにしようとしたのかと……」

「ミイィィ、ドレイクはそんなことしませんよ」

 そう言うとフリルフレアは視線を落とした。伏し目がちに湯船のお湯を見つめる。

「多分、ドレイクが助けてくれたんだと思います。私気が付いたときにはドレイクに抱えられてましたから」

 少し頬を赤らめながら言うフリルフレア。先ほどまでとは打って変わってニッコリ微笑むその顔を見ながらスミーシャは「くぅ!赤蜥蜴に先を越された!」と悔しがっていた。

「とにかく、赤蜥蜴が後で詳しいことを話すって言っていたからな、あいつに聞けば何かしら分かるだろう」

 そう言うとローゼリットは浴槽から上がると、「先に上がるぞ」と言い残して大浴場を後にした。浴場の中にはフリルフレアとスミーシャだけが残される。

「そっか~、と・こ・ろ・で……」

「ミィ!……な、何ですか…?」

 スミーシャが再びお湯に浸かると、そのままフリルフレアにさりげなく密着しようとしてくる。それに対して何か不穏なものを感じたフリルフレアはばれないように若干身を引く。

「フリルちゃん……誘拐されたなんてきっと怖かったわよね…」

 そう言って「うんうん」と勝手にうなずいているスミーシャ。言葉が若干わざとらしい。

「だからお姉ちゃんが慰めてあげる!あたしの胸で泣いていいのよ!」

 そう言って、若干よだれを垂らしながら迫るスミーシャ。それに対し身を引くフリルフレア。だがしかしすぐに浴槽の隅に追い詰められてしまう。

「ミ、ミィィィ……」

「さあ!この胸に飛び込んできて!」

「ミイイイイィィィ!」

 迫りくるスミーシャの顔面にフリルフレアはザッパーン!と音を立てて翼で思いっきりお湯をかけていた。






「お待たせしました」

 そう言ってフリルフレアは席に着いた。

 フリルフレアとスミーシャが風呂から出て着替え酒場に向かうと、すでにテーブルにはドレイクとローゼリット、ゴレッドとロックスローが座っていた。フリルフレアはドレイクの隣に座り、そのさらに隣にスミーシャが座る。

 その時ふと視線を感じたフリルフレア。視線の方を向くと、ドレイクが自分に対し視線を送っている。

「ドレイク、そんなに見つめられたら照れちゃいます」

「いや、お前が何を言っているのかさっぱりなんだが……」

 そこでいったん言葉を切るドレイク。どうにも言うべきかどうか迷っている様だった。

「何ですか?」

「いや……その……気のせいならいいんだが……」

 再び言葉を切るドレイク。彼にしては何とも歯切れの悪い言い方だった。

「お前、なんか翼でかくなってないか?」

「ミィ?」

 ドレイクの言葉になんとも間抜けな返事をしてしまうフリルフレア。心なしか目が点になっている。

「え、え?大きくなってますか?」

「いや、俺も確証がある訳じゃないんだが……さっき帰り道の途中でそんな気がしたんだが……」

「そ、そうなんですか?」

 ドレイクの言葉に必死に後ろを見ようとするフリルフレア。だが、翼を広げてみても大きくなったかどうかなんてわからない。

「えっと……よく分からないです…」

「いや、まあ気のせいならいいんだ。どうせ大きくなった気がするって言ってもせいぜい半回り位だから」

 そう言ってドレイクは自分の頬を掻いた。もしかしたら自分の気のせいかもしれないと考え直す。

「それで?結局一体何があったんじゃ?」

 そう言ってゴレッドは手の中にあるジョッキの中身に口をつけた。まだ朝だというのにそのジョッキの中にはすでにエール酒が入っている。

「はい、ドレイクと言い争いになって飛び出したんですけど、そのあとすぐロックスローさんが追いかけてきてくれたんです」

「はい、フリルフレアさんに追いついて、そのまま二人で孤児院へ向かいました」

 フリルフレアの説明にロックスローが頷く。

「そのままフリルフレアさんの身の上話なんかを聞きながら歩いていたんですが……」

「そうですよ!なんでかロックスローさん居なくなっていて!」

「いやはやすみません。実は、私あの時かなり眠くって……」

「ミィィィ!じゃあ、私が話したことほとんど聞いてなかったんですか⁉」

「面目ないです」

 頭を下げるロックスローにため息をつくフリルフレア。一人で身の上話をしていたなんて間抜けにもほどがある。

「それで……そこでルドンさんのお屋敷にいた大きな男の人にあったんです…」

 あまり思い出したくないのか、自分の身を抱きしめるフリルフレア、そんなフリルフレアの肩をスミーシャが触れる。

「大丈夫フリルちゃん?無理に話さなくてもいいんだよ?」

「そうだ。つらいなら無理をすることは無い」

 ローゼリットもフリルフレアのことをいたわる。しかし、フリルフレアは首を横に振った。

「大丈夫です。……覚えていることを話します」

 そう言うとフリルフレアは全員を見回した。そして再び静かに口を開く。

「私、その人がルドンさんの屋敷にいた人だって気が付いたからあいさつしたんです。でもその大きな男の人は、それを無視して私の口を塞ぎ、暗がりに連れ込んだんです」

「暗がり?まさか何かされたんか⁉」

 ゴレッドが憤慨した様に言う。彼はフリルフレアが強姦された可能性に思い当たり苦い表情をしている。しかし、フリルフレアは首を横に振る。

「強姦とかそういうのじゃありません………けど…誘拐されました」

「何じゃと⁉」

 声を荒げるゴレッド。ここまでは聞いていたスミーシャとローゼリットもフリルフレアに降りかかった災難を想い顔をしかめている。

「縛られて、袋に詰められて……多分ルドンさんの屋敷に連れていかれたと思います」

 そこで言葉を切ったフリルフレア。「意識を失っちゃったみたいで、私が覚えてるのはここまでです」と締めくくり全員を見回した。皆一様に顔をしかめている。

「そのルドンちゅうのは何もんじゃ?」

「あ、それあたしも思った」

「何者なんだ?」

 ローゼリットはドレイクに視線を送る。黙ってフリルフレアの話を聞いていたドレイクだったが、静かに口を開く。

「そのラドンってやつは、魔導士ギルドの幹部で今回の仕事の依頼人だ」

「どこの怪獣ですか。ドレイク、ルドンさんですよ」

「いや、オヤコドンだかテポドンだか知らんがそんなことはどうでもいい」

「…………」

 いい加減名前を覚えないドレイクに突っ込む気力も失せたのかジト目を送るフリルフレア。だが、ドレイクの表情は険しいものだった。

「しかし、そのルドンさんがなぜフリルフレアさんを?」

「確かにそうじゃの、もしかしてそのルドンってやつロリコンだったんかの?」

 ロックスローの疑問に賛同するゴレッド。しかし余計なことを言ったことでフリルフレアに「誰がロリですか」と睨まれていた。

「フリルちゃんが可愛すぎてほしくなったんじゃない?」

「お前じゃないんだからそれは無いだろう」

 スミーシャの意見はローゼリットによって秒で否定されていた。

「でも、それなら何でフリルの嬢ちゃんを狙ったんじゃ?」

「翼だよ……」

 ゴレッドの疑問に答えたのは意外にもドレイクだった。そのまま静かに言葉を紡ぐ。

「奴の狙いは赤羽根の翼だったんだ。この深紅の翼を使えば最高のマン・キメラがどうとか言ってたな」

「マン・キメラ?」

 聞き覚えの無い言葉に疑問を口にするフリルフレア。記憶の底に何か引っかかるものがあったが、それが何かは分からなかった。

「何じゃい?そのマン・キメラってのは?」

「さあ、俺も知らん。とにかく奴らはそのマン・キメラってのの材料に赤羽根の翼を使おうとしたんだ」

「そのマン・キメラってのを作るためにフリルちゃんを狙ったわけ?」

 スミーシャの言葉にドレイクが頷く。皆の視線がドレイクに一気に集中した。

「だから奴らは攫った赤羽根の翼を切り取り、そのうえ赤羽根自身には用は無いと言ってこいつを殺し…‼」

バキッ‼

 音を立ててドレイクの手の中で木製のカップが砕け散る。フリルフレアが殺された夢の映像を思い出し一瞬頭に血が上り、思わずカップを握りつぶしていたのだ。カップに入っていた水が手から滴り落ちている。それを見てドレイクはハッとなった。

「いや、すまん。何でもない…」

 ドレイクは顔をしかめた。フリルフレアが翼を奪われ殺されてしまったのはあくまで自分が夢で見た映像の中の話だ。確かに夢にしてはあまりにも鮮明だったし、フリルフレアが監禁されていた場所や、犯人など符合する点が多すぎ一概にただの夢だと考えるのは難しかったが、だからと言って現実にフリルフレアは生きているし翼も無事だった。ならば余計なことは言うべきでは無いだろう。

 ドレイクは夢の映像のことは黙っておき、それ以外のことを語ることにした。

「とにかく奴らは赤羽根を攫って監禁したんだ。俺は夜中に赤羽根が居ないことに気が付いて探しに行こうとしたところで…」

「私に会ったわけですか」

 ドレイクの言葉をロックスローが引き継ぐ。その言葉に頷いたドレイクは言葉を続けた。

「それで俺は…」

「ちょーっと待った赤蜥蜴」

 唐突にスミーシャの制止が入る。そんなスミーシャにドレイクは面倒くさそうな視線を送った。

「何だよ踊り猫」

「赤蜥蜴さ……あんたなんでフリルちゃんが居ないって気が付いたの?」

「そりゃあ、部屋にいなかったからだが?」

「ふぅ~ん、部屋にいなかった……つまり部屋に入ったわけね?」

「何が言いたいんだ?」

 スミーシャの言わんとしていることが理解できず頭に?マークを浮かべるドレイク。そんなドレイクにスミーシャはビシッ!と指を突きつける。

「つまりよ、赤蜥蜴あんたは用もなくフリルちゃんの部屋に入ったわけね?しかも夜中に!」

「あ~、そうなるのか?」

「そうよ!しかも実際にはフリルちゃんは居なかったわけなんだから無断で!…あんたさてはフリルちゃんに夜這いしようとしたんでしょ!」

 突き出した人差し指をズズズイと突きつけてくるスミーシャに、ドレイクはジト目を送る。言葉には出していないが、その視線は「あ、こいつバカだ」と言っていた。

「んなわけあるか。何となく帰ってきた気配が感じられなかったから見に行っただけだよ」

 ドレイクはあえて嘘をついた。それらしいことを言ってごまかしておく。

「本当にー?」

「スミーシャ、その辺にしておけ。話が進まない」

 まだ疑っていたスミーシャだったが、ローゼリットに止められる。これ以上の詮索がなくなったことに内心ほっとしたドレイクは再び語り始めた。

「俺は金髪優男に魔法で赤羽根の居場所を探させて、その場所に向かったんだ。そこがテポドンの屋敷だった」

「どこの兵器ですかドレイク。ルドンさんの屋敷ですね」

 再びフリルフレアのツッコミが入る。シリアスな所での間違いに若干気まずくなるドレイクだったが、とりあえず気を取り直す。

「屋敷の中は無人に近い状態だったな。中に門番代わりのホブゴブリンが居たけどな」

「ホブゴブリンだと?町中のそれも魔導士の屋敷の中にか?」

 ローゼリットがもっともな疑問を口にする。普通町中にそんな魔物が存在するはずは無い。

「おそらく魔法か何かで操ってたんだろう。遺跡にいた魔物どもみたいに眼が赤く光ってたからな」

「遺跡にいた魔物と同じだったじゃと?」

 ゴレッドが疑問を口にする。

「遺跡にいた魔物はライカンスロープに操られておった。そしてその依頼人の屋敷にも同じように操られた魔物……こりゃ偶然か?」

「偶然じゃあ無いだろうな。赤羽根を攫ったって言う大男、そいつもライカンスロープだった。しかも遺跡にいたやつと同じ熊のライカンスロープだ」

「何じゃと?っちゅーことは、最初から全部仕組まれとったってことか?」

 ドレイクの言葉にゴレッドが驚きの声を上げる。他のメンバーも驚きを隠せないようだった。

「全部がそうかは分らんが、今回の依頼自体罠だったんじゃないかって俺は考えてる」

「ど、どういうことですか?」

 正直あまり話についていけてないフリルフレアが驚きの声を上げる。自分たちの受けた依頼が罠だったとは一体どういうことなのか?

「あの依頼、ランク4にしてはやけに多くの魔物が出て来たし、予想外の魔物も出てきた。これは冒険者ギルドに伝えられた情報が意図的にゆがめられた結果だと思ってる」

「でも、そんなことして依頼人に何の得が……?」

 スミーシャが疑問を口にするが、ドレイクがチッチッチと指を振る。

「この仕事の依頼人であるウコンは何か作ろうとしていたよな」

「二日酔いを防止してどうするんですかドレイク。ルドンさんです。あと作ろうとしていたのはマン・キメラって言うのですよね?」

 フリルフレアのツッコミながらの回答にドレイクが頷く。そしてゴレッドに視線を向けた。

「実際に何のことかはわからないが、確かキメラってのは魔物同士を掛け合わせた合成獣だったよな?」

「わしもそうだと思うが…、こういうのは魔導士のロックスローの方が詳しかろう?」

 そう言ってゴレッドはロックスローを促す。みんなの視線がロックスローに集まる。

「そうですね。確かにキメラって言うのは合成獣の事です。魔導士の中には研究している者もいますが……、キメラの研究って正規の魔導士ギルドじゃ、基本禁忌とされていることが多くって、一部の特別なギルドを除けば後やっているのは闇の軍勢に属する者たちなんですよ」

 そこまで行った所でローゼリットがハッとした表情をした。

「そうか‼合成獣…そして、マンつまり人間。マン・キメラとはヒューマンやエルフなどの人間種を使った合成獣⁉」

「恐らくそうじゃろうな」

 ローゼリットの言葉に渋い顔で頷くゴレッド。人間種で作られた合成獣など考えたくもない。

「じゃあ、まさかあの依頼は……」

「おそらく、全滅した冒険者の死体を手に入れてマン・キメラのパーツにするために仕組んだんだろう」

 スミーシャの言葉に答えるドレイク。不自然に高い報酬も欲につられた冒険者をおびき寄せるためだったと考えれば納得がいった。

「あたしら、もしかしてヤバかったんじゃない?」

「まあ、好ましい状況でなかったのは事実だな」

 スミーシャとローゼリットがげんなりした表情でぼやいていた。

「話が脱線したな。ホブゴブリンを倒して、地下室に行ったらマトンってやつと、大男が居た。そこに赤羽根は監禁されてたんだ」

「羊の肉になってますドレイク。ルドンさんですね。……私、地下室に監禁されてたんですか?」

「ああ、言っておくが服を脱がせたのは奴らだからな。俺が来た時にはお前、もう血まみれで下着姿だったから」

「ミィィィィィ……」

 改めて言われて恥ずかしくなったのか、フリルフレアが顔を真っ赤にしてうつむく。ドレイクは気にせず先に進めた。

「そんで、ライカンスロープが熊に変身したけど、あっさり倒したと思ったら、あのアバドンってやつ変なクラゲみたいな魔物になってな」

「どこの悪魔ですかドレイク。クラゲみたいな魔物ですか?」

 いい加減飽きて来たのかツッコミが雑になっていくフリルフレア。だが、しっかりと疑問は口にした。

「ああ、なんか白いクラゲみたいな形なんだが、頭だか胴体だかの下にでかい口があって、それで頭に嚙り付いて脳みそを食った後にその体の頭に成り代わって体を動かすとかどうとか」

「何じゃいそりゃ?そんな変な魔物聞いたこともないわい」

「俺だった初めて見たさ」

「ロックスロー何か知らない?」

 スミーシャに振られたロックスローが「う~ん」と唸りながらしばし考える。そして自信なさげに口を開いた。

「恐らくですか……、ブレインジャッカーという魔物ではないかと思われます」

「恐らく?」

 歯切れの悪い物言いに、ローゼリットが疑問を口にする。

「はい。確かに脳を食べた体を操るという特徴はそのものなんですが……」

「じれったいな、何が言いたいんだ?」

 ドレイクがイライラしながらロックスローを睨む。睨まれたロックスローは「困った」と言いたげに頭を掻いた。

「ブレインジャッカーは第6位魔王ランキラカスの眷属でして……」

「ランキラカスの眷属じゃと?」

 ゴレッドが疑問の声を上げる。ランキラカスというのはこの世界に存在する全7体の魔王のうちの1体であり、その肉体は大昔に竜王との決戦に敗れ消滅していた。

「ええ、魔王の加護を失った眷属なので普通は魔界にいるはずなのですが……」

「何か目的があって人間界に来たってことでしょうか?」

 フリルフレアの言葉にうなずくロックスロー。

「恐らく。もしくはよほど強力な上位の悪魔の後ろ盾が居るか…」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 ロックスローの言葉に一同シーンとなる。思ってもみなかった者たちが絡んでいると知って、各々考えを巡らせていた。もっとも、あまり考えていないのが若干一名いたが…。

「まあ、どうせその何とかジャッカーも踏み潰しといたからもう死んでるけどな」

 あっけらかんというドレイクに、ローゼリットが視線を送る。

「赤蜥蜴、さっきから思っていたんだが、お前フリルフレアを探しに行ったときに武装していったのか?」

「ん?いや、着の身着のままで行ったからな」

 その言葉に信じられない様なモノを見る目でドレイクを見るスミーシャ。

「え?何あんた、ホブゴブリンやライカンスロープだけじゃなくそんな魔物まで素手で倒したの?どうやって?」

「いや、かじって踏み潰したら死んだ」

「「……………」」

 こいつの戦闘能力はどうなっているんだと呆れるローゼリットとスミーシャだった。

「とにかく、それでこいつが血まみれだったから死んでると勘違いして丁重に運んでたんだが、途中に寝言でプリンがどうとか言い出しやがったからムカついて落とした」

 そう言ってドレイクはフリルフレアを指さす。

「ミィィィ……ドレイク、痛かったんですからね」

「訳のわからんプリンの夢なんか見てるからだろうが…」

 睨んでくるフリルフレアにジト目を送り返すドレイク。「まあ、とにかく」と肩をすくめ、全員を見回した。

「結果的には赤羽根は無事だったわけだからな」

「まあ、そりゃあそうじゃが……」

 ゴレッドがちょっと納得できていないように言葉を濁す。そしてロックスローに視線を向けた。

「ロックスロー、お前さんもし暇じゃったら、そのマン・キメラってのについて少し調べてみてくれんか?」

「構いませんが?」

「どうにも、これで終わりだという気がしなくてのぅ……」

 渋い顔のゴレッド。その言葉にドレイクも頷く。

「同感だ。あのブレイン何とかが言っていたバル何とかってのも気になるしな…」

「何そのバル何とかって?」

 スミーシャが疑問を口にするが、ドレイクは首を横に振っていた。

「分からん。なんか、そのバル何とか様がどうのこうの言ってたんだが……訊くより早く踏み潰しちまったんだよな」

「「「‥……………」」」

 皆一様に黙ってしまう。これ以上議論をしても話は進展しそうになかった。

「ま、しょうがないわな。ロックスロー、お前さん何か分かったらわしらに伝えてくれるか?」

「ええ、分かりました。今日早速魔導士ギルドに行ってみますよ」

 そう言って頷くロックスロー。「頼むぞい」と声をかけたゴレッドは「さて」と一区切りし、全員を見回した。

「大体のことは分かったが、これからお前さんたちどうするんじゃ?」

 ドレイクとフリルフレアに声をかける。今回のパーティーは臨時であり、彼らには各々本来の仲間や冒険スタイルがある。それぞれ自分に合った仕事をこなしていくことになる。

「とりあえず、赤羽根のランクに合わせた仕事を少しやってみるつもりだ」

「え?ドレイクはそれで良いんですか?」

「俺は構わんよ。それに推奨ランク4の仕事をこなしたんだから、いきなりランクアップすることもできるんじゃないか?」

 しかし、ドレイクの言葉にフリルフレアは首を横に振った。

「今回の仕事は私、助けられてばっかりでしたから……ランクアップはまたの機会にしたいと思います」

「そうか?まあ、お前がそう言うなら…」

 少し残念そうなドレイク。彼なりにフリルフレアを思っての言葉だったが、彼女がそれを望まないならば仕方がない。一方フリルフレアはスミーシャにしがみつかれていた。

「あの……スミーシャさん?」

「だってー!フリルちゃんとお別れだなんて……フリルちゃん、やっぱりあたしたちのパーティーに入らない?」

「ミィィィ、ごめんなさい。私はドレイクと組んでいるので……」

「ガーン!」

 何度目かになる勧誘もきっぱりと断り、フリルフレアはドレイクを見つめた。「二人で、私とドレイクの記憶を……見つけるんです」と密かにそう呟いたフリルフレアの声は、わめいているスミーシャの耳には届いていなかった。

「ま、とりあえずこれでパーティーは解散だ。世話になったな灰色石頭」

「別に世話した覚えもないがの」

 そう言うとゴレッドは「カッカッカ!」と笑いジョッキのエール酒を喉に流し込んだ。

「まあ、しばらくはこの町におるからの、何かあったら声をかけとくれ」

「私も、しばらくこの町に居ようかと思います。ギルドでの調査結果が出次第皆さんに知らせますよ」

 そういうとロックスローは席を立った。「それでは皆さん、またお会いしましょう」そう言ってロックスローは扉から外へ出る。どうやら魔導士ギルドに向かった様だった。

「あたしたちはどうせしばらく留守番してなきゃだしね~」

「とりあえず、二度寝でもしよう」

 そう言ってスミーシャとローゼリットも席を立った。風呂に入ってサッパリしたはずだったが、どうやら長話で再び眠気を催してきたようだった。

「また助っ人が必要なら声かけてよ。あ、フリルちゃんはいつでも歓迎よ?」

「ミィィ、ごめんなさい」

「ガーン!」

 さっきと同じやり取りをしているフリルフレアとスミーシャを呆れた様子で見つめるローゼリット。思わずため息をつく。

「まあ、お前たちも達者でな」

 そう言うと欠伸をしながら階段を上っていった。スミーシャが慌てて「待ってよローゼェ!」と言いながら追いかけていく。

「さてと、俺たちも部屋に戻るか」

「ふわ~ぁ、眠くなってきました」

 フリルフレアが大きな欠伸をする。どうやらなんだかんだ睡眠不足な様だった。

「ひと眠りするか……」

「そうしましょう……ゴレッドさんは?」

 フリルフレアの言葉にゴレッドは満面の笑みでジョッキを掲げた。

「朝から飲む酒は最高じゃよ」

 どうやら一人で飲み続けるつもりの様だった。






「じゃあ、午後は一緒に孤児院に行ってくれるんですよね?」

「ああ、分かってる。そのつもりだ」

 フォークでベーコンオムレツを口に運びながら言うフリルフレアにドレイクは答えながら頷いた。そしてそのまま長いバケットを丸ごとかじる。

 眠気を催したドレイクとフリルフレアは互いに部屋に戻りそのままベッドに潜り込んでいた。そして昼頃起き出し、連れ立って1階の酒場に降りて昼食をとっている途中だった。

 ちなみにあのまま酒を飲んでいたゴレッドは「たまには酒場をはしごするかの~」と言って出ていったらしく、すでに虎猫亭にはいなかった。スミーシャとローゼリットもまだ寝ているのか姿は見当たらなかった。

「明日以降はどうします?」

「さっき言った通りだ。ランクの低い仕事からこなしていこう」

「分かりました。ランクの低い仕事って言うと……例の行方不明事件の捜査とか?」

 フリルフレアは魔物討伐の依頼を受ける前に自分が持ってきた以来のことを示唆したが、ドレイクは首を横に振った。

「捜査したいのかよ……。ああいうのは自警団に任せとけばいいんだって」

「でも、行方不明になった人たち、まだ見つかってないんですよね?」

「まあそうだが……そもそもあの仕事だってランク3だっただろ?まずはランク1の仕事から攻めていこうと思うんだが…」

「まあ、ドレイクがそう言いうんでしたら…」

「行方不明事件なら、半分は解決したらしいぞ?」

「「は?」」

 突然口を挟まれ、思わず同じ反応をしてしまうドレイクとフリルフレア。声の方に視線を送ると、虎猫マスターが料理を両手に立っていた。

「じゃから、行方不明事件なら被害者が戻って来たらしいから半分は解決じゃぞ?ほれ赤蜥蜴、グリルチキンとラザニアとストロガノフお待ち」

 そう言って料理をテーブルにドンドンと置いていく虎猫マスター。突然のことにドレイクもフリルフレアも頭がついて行かなかった。

「ど、どういうことですか?」

「どうもこうもないぞ、行方不明だった連中、今までにもフラッと帰ってくることがあったみたいじゃが、まだ行方が分からなかった奴らみんな今朝方帰って来たらしいぞ?」

「今朝?」

「ああ、今朝じゃ」

 ドレイクの言葉に頷く虎猫マスター。お盆を持ったまま器用に腕を組むと、不思議そうに首を傾げた。

「じゃが、何でもみんな行方不明だった間のことは覚えていないらしいわい。不思議なこともあるもんじゃの」

 言い終えると虎猫マスターは肩をすくめ、「ま、わしらみたいな人間には関係ないんじゃがな」と言って二人のそばを離れていった。

 その様子を呆然と見送ったフリルフレアはハッとした様にドレイクを見た。

「もしかしてこれって……」

「ああ、恐らく今日にも依頼が撤回されるだろ」

「ミィィ、残念です……」

「いや、だから捜査したかったのかよ……」

 つっこむドレイクに、フリルフレアは恥ずかしそうに「えへへ」と言いながら頭を掻いた。どうやら本当に捜査したかったようだ。

「行方不明って言えばですね、前に孤児院でもあったんですよ」

「あったって、何が?」

「行方不明事件です」

「はあ?」

 なぜか得意げに言ってくるフリルフレアに、間の抜けた返事をするドレイク。そんなドレイクを見てちょっと得意げな表情になったフリルフレアはわざとらしく人差し指を立てて、「実はですね」と前置きをして語り始めた。

「孤児院に私より3こ年下のピータスって言う男の子が居るんですけど……あ、そのピータスって言うのは今は孤児院で最年長なんですけど、とにかく悪戯好きの悪ガキでいっつもパパ先生やママ先生に怒られて、私も何度叱ったことか……」

「いや、そのピーマンって子がどうしたんだよ」

「………ドレイク、一応ピータスは孤児院の子供で私にとっては弟みたいなものなんで……」

「ん?」

「野菜にしないでください、野菜に!」

「はぁ」

 フリルフレアが何を言いたいのかさっぱり分からないドレイクは気の抜けた返事をしたが、フリルフレアは若干憤慨している様だった。どうやら、ドレイクがそのピータスという少年の名前を野菜のピーマンと間違えたことが気に入らないらしい。

 ちょっと興奮気味のフリルフレアだったが、話が脱線したことに気が付く。

「こほん。とにかくそのピータスがですね、今から1か月ちょっと前くらいに突然行方不明になったんです」

「え?おい、それ放っといて大丈夫なのか?」

「ご心配なく。2日後にはケロッとした顔で帰ってきましたから」

「なんだそりゃ……」

 ジト目を送るドレイクに、フリルフレアは「あはは」と笑って答えた。

「まあ、そういうこともあったってだけの話です。今回の事件とは関係ないと思いますけどね」

 そう言うとフリルフレアは若干冷めてしまったベーコンオムレツを口に運んだ。もぐもぐと咀嚼し、次はロールパンに手を伸ばす。しかし一瞬早くドレイクの手が伸びてきてロールパンを皿からかっさらうと、そのまま口の中に放り込んでしまった。

「ミィィィ!ドレイク、それ私のパンですよ!」

「ん?ああ、そうだった。悪い悪い………食うか?」

 そう言ってドレイクはグリルチキンを丸ごとフリルフレアに差し出すが、フリルフレアは「ミィィ」と言って両手で拒否する。

「今からそんなに食べられませんよ!」

「ん、そうか」

 そう言うとドレイクはグリルチキンを引っ込める。その隙に、フリルフレアはナイフとフォークでラザニアを4分の1ほど切り取ると、それを皿に移した。

「あ、俺のラザニア」

「パンの代わりです」

 睨んでくるフリルフレアにため息をつくドレイク。そう言われては言い返せなかった。

「そんで、そのピータンって坊主、2日間もどこ行ってたんだ?」

「ドレイク、食べ物から離れてください。熟成させたアヒルの卵になってます。ピータスです、ピータス」

「あ、ああ」

 若干フリルフレアの気迫に気圧されるドレイク。視線をそらしつつ頬を掻く。

「んで、その坊主2日間もどこほっつき歩いてたんだ?」

「あ……いえ、それが妙なんですけど……」

 急にフリルフレアの声のトーンが下がる。不審に思っているのか、不安があるのか、首を傾げている。

「ピータスは覚えてないって言ってたんですよ」

「覚えてない?」

「はい……まあ、本当は言いづらくって誤魔化してるだけだと思いますけど……」

「ふむ……」

 ドレイクは少し考えてみる……が、すぐにやめた。どうせ考えたところで答え等出てきはしない。ならば、考えるだけ無駄というものだ。

「まあ、本人に聞いてみればいいか」

 どうせこれから孤児院に行くのだからそこでピータスという少年に聞いてみればいいと考え直し、ドレイクはグリルチキンにかじり付いた。






「フリルフレア!」

「ミィィ!ママ先生!」

 そう叫ぶと、フリルフレアは初老の女性に抱き付いた。フリルフレアの言葉から察するに、彼女が「ママ先生」なのだろう。

 ドレイクとフリルフレアは昼食の後、約束通り孤児院へ来ていた。道中「えへへ、パパ先生とママ先生喜んでくれるかな」などと言いながら上機嫌に歩いていたフリルフレアに、ドレイクは若干どうでもよさそうな視線を送っていたが、特に口を挟みはしなかった。そして虎猫亭からは歩いて30分ほどの所にあったその孤児院はドレイクの予想に反して庭こそそれなりの広さがあったが、いかにも普通の家だった。どうやら本当に普通の夫婦がやっている孤児院らしく、教会の所属でも、金持ちの道楽でもないらしい。正直に言えば、そんなに何人も子供が住めるとも思えない程度の大きさだった。

「元気にしてた?ちゃんとご飯食べてるの?」

「もう、ママ先生大げさだよぅ。私冒険者になってまだ1週間だよ?」

「あら、そうだったかしら?」

 そう言って「うふふ」と笑うママ先生。なんとも人の良さそうな笑顔が印象的な人だった。

「ドレイク、紹介するね。マディ・アーキシャ先生、通称ママ先生。ママ先生!彼は私とコンビを組んでる冒険者でドレイク・ルフト!」

 やや興奮気味にまくしたてるフリルフレア。とりあえずドレイクは頭を下げておく。

「どうも、ドレイク・ルフトです」

「これはご丁寧に…、フリルフレアがいつもお世話になってます。マディ・アーキシャと言います」

 ペコリと頭を下げるマディだったが、顔を上げてドレイクに視線を向けた瞬間体がビクッとして動きが止まる。

「え……?、あ、赤いリザードマン……?」

「あ、そうだった」

 フリルフレアは思い出す。自分は見慣れていたが、本来赤いリザードマンなど存在しないはずである。マディの反応はもっともなものだった。

「ドレイクは世にも珍しい赤いリザードマンなの」

「人を見世物みたいに言うな」

 フリルフレアの説明に不満を漏らすドレイク。確かにまるで見世物小屋のキャッチフレーズである。

「まあ、見かけと口は悪いけど、根は良い人だから大丈夫だよママ先生」

「見かけと口が悪くて悪かったな……」

 フリルフレアのあまりの言い様にジト目を送るドレイク。しかしそんなことは気にせずドレイクの腕をつかむと引っ張って孤児院の中へと入っていった。

 孤児院の中は、小ぎれいに片付けられていた。しかし、ところどころ子供たちの遊んだ玩具らしきものも転がっている。

「みんな、ただいま!」

 フリルフレアがそう叫ぶと、バタバタと足音がして子供たちが集まってきた。その数4人。ドレイクを無視してすぐにフリルフレアを取り囲む。

「お姉ちゃん!帰って来たの!」

「何だよ姉ちゃん!冒険者あきらめたのか?」

「姉ちゃん!お土産は⁉」

「…お姉ちゃん……」

 子供たちは口々に言いたいことを言っているが、フリルフレアが慕われている事だけは分かった。そして、子供たちの後ろからマディと同じくらいの年の初老の男性がひょっとりと顔を出す。

「おお。フリルフレア、おかえり」

「あ、ただいまパパ先生!」

 なるほど、この人がパパ先生か、と思うドレイク。この男性もいかにも人がよさそうだったが、脚を引きずっているのが気にかかった。

「ドレイク!この人がパパ先生、アベル・アーキシャ先生!元冒険者なんですよ!」

 紹介され、アベルは頭を下げる。

「どうも、アベル・アーキシャです」

「あ、ご丁寧にどうも……ドレイク・ルフトです」

 つられてドレイクも頭を下げる。一方アベルは顔を上げてドレイクを見ると、驚いたような表情になった。

「驚きましたな。赤鱗の方には初めてお会いします。…はて?赤鱗の部族というとどの竜王様に仕えてらっしゃるのでしたかな…?」

「あー、いえ……赤鱗の部族って言うのはいないはずでして……」

 どう答えたらいいか迷っているドレイク。困っていたらフリルフレアが助け船を出してきた。

「パパ先生、赤鱗の部族って言うのはいないよ。ドレイクはこの世に一人しかいない珍しい赤鱗のリザードマンなの」

「おお、そうだった。確かリザードマンの部族は青鱗、白鱗、黄鱗、黒鱗、紫鱗の5部族だったな」

「もう、昔パパ先生が教えてくれたんじゃない」

「む、そうだったかな?」

「そうだよ。パパ先生忘れん坊なんだから」

 フリルフレアの言葉に「これはまいった」と言って笑うアベル。つられてフリルフレアも笑っている。ドレイクは若干ノリについて行けずに呆然として乾いた笑いを発している。そうしている間に、子供の一人が「何だこいつ~?」とか言いながら、ドレイクの脚に蹴りを入れていた。

「こら!ピータス、何をしてるんだ!」

「ああ、気にしないでください。別に痛くもないんで」

 ピータスと呼ばれた少年を叱るアベルを、まあまあとなだめるドレイク。ちなみに、鉄より硬い鱗を持つドレイクの脚を蹴ったピータスは「痛てー!」とわめきながら足を押さえている。

「まったく、自業自得ねピータス」

「くっそ~」

 涙目で足を押さえているピータスを、呆れた眼で見ているフリルフレア。そしてすぐにドレイクの方に視線を向ける。

「子供たちの紹介をしますね。今ドレイクを蹴ったアホっぽい子が最年長のピータス」

「誰がアホだよ姉ちゃん!」

 しっかり聞いていたピータスが文句を言うがフリルフレアは気にも留めていなかった。

「そっちの男の子がピータスの弟分で2番目に年長のバーク。そっちの女の子が3番目に年長でしっかり者のシャオン。シャオンの後ろに隠れている女の子が4番目のラナ」

 そこまで言ってフリルフレアはキョロキョロと周りを見回す。

「あれ?クルトは?」

「お昼寝させてる」

 フリルフレアの疑問に答えたのはシャオンだった。少し気の強そうな眼をフリルフレアに向ける。

「起こしてくる?」

「良いよ。寝かせておいてあげて。ドレイク、あと一人最年少のクルトって言う男の子が居るんですけど、紹介はまた後で」

「あ、ああ。お構いなく……」

 今まで見てきた頼りないフリルフレアではなく、どことなくお姉ちゃん的な雰囲気をかもし出しているフリルフレアに若干気圧されるドレイク。一方フリルフレアは子供たちに視線を送った。そして手でドレイクの方を示す。

「この人は、ドレイクって言ってお姉ちゃんのパートナーなんだよ!」

 「わー」と子供たちから歓声が上がる。恐らくリザードマン自体が珍しいのだろう。ピータスはまたドレイクの脚に蹴りを入れて、その痛みに脚を押さえて「痛てー!」と言っている。バークは「何これ、赤い⁉」と言ってドレイクの鱗に興味津々である。シャオンは「お姉ちゃんのパートナー?」とちょっと疑った視線を送ってきており、ラナにいたってはシャオンの後ろに隠れたままドレイクにおびえた視線を送っている。

「おい赤羽根、なんか俺、警戒されてないか?」

「う~ん、見かけが怖いからじゃないですか?」

「そーかよ……」

 見かけが怖いと言われ若干ムスッとするドレイク。しかしフリルフレアは気にも留めずに子供たちの方を向いた。

「今からお姉ちゃんの活躍をみんなに聞かせてあげるからね!」

 フリルフレアの言葉に子供たちから歓声が上がる。

「活躍⁉何それ、すげー!」

「姉ちゃんが活躍?本当かよ?」

「お姉ちゃん活躍したの⁉すごーい!」

「…お姉ちゃん、すごい……」

 フリルフレアが活躍したと聞いて感嘆の声を上げる子供たち。もっともピータスだけはフリルフレアの言葉を疑っていたようだが…。

 フリルフレアは「パパ先生、ママ先生、こっちこっち」などと言いながらすぐに全員をリビングに集めると、腕を組んで無言のまま視線をそらしているドレイクをよそに開口一番言い放つ。

「実は!お姉ちゃんはこの度、冒険者として初の!しかも大きな!クエストを!達成したのです‼」

「初のクエストはツケの取り立てじゃなかったのかよ……」

「黙ってください」

 ボソッとツッコミを入れたドレイクに、これまたボソッと冷たい言葉を送るフリルフレア。都合の悪いことは無かったことにするつもりらしい。

「初のクエストはなんと魔物退治でした!」

 そう切り出してフリルフレアは魔物退治の仕事の話を、大層盛りに盛って話し始めた。その内容は、やれ見張りのオークを魔法で黒焦げにしただの、迫りくるゴブリンを短剣でバッタバッタと倒しただの、仲間のピンチをさっそうと助けただの、巨大なトロールを必殺魔法で一撃で倒しただのと、若干の真実と大幅に誇張表現されたものだった。さらにそれらをドレイクと二人での寸劇付きで説明するフリルフレア。

ちょっと興奮気味に玩具の剣で「やああー!」と言いながらドレイクに斬りかかったフリルフレアは、それが当たった瞬間ドレイクが欠伸をしていたので、「ドレイク!早く倒れてください!」と釘を刺す。ドレイクは棒読みで「うわーやられたー」と言いながら倒れる。

 そんな寸劇を見せられながら、子供たちは純粋に「うわー!姉ちゃんすげー!」とか「お姉ちゃんかっこいい!」「…お姉ちゃん素敵…」とか言いながら感心していた。もっとも、アベルとマディは「さすがにこれは無いだろう」と言いたげな引きつった笑みをうかべながら微妙な表情でフリルフレアを見ていたのだが……。ちなみに先ほど顔を出さなかったクルトという最年少の少年は騒ぎに結局起き出してきたは良いが、フリルフレアの寸劇に興味が無かったらしく再びお昼寝していた。

 そんな中、一人フリルフレアの寸劇に疑いの目を向けていたのは子供たちの中で最年長のピータスだった。フリルフレアが「そして私たちは見事魔物の討伐に成功したのです‼」と締めくくりみんなから拍手を送られている中、ピータスは一人ドレイクへと近寄っていく。

「ん?どうした坊主?」

「坊主じゃねえよ!ピータスだ!」

「そうか。んで、そのピクルスが俺に何の用だ?」

「野菜の酢漬けじゃねええええ!ピータスだよピータス!」

「ああ、すまんすまん。ピーターかそれで?」

「てんめぇ~!ふざけてんのかよ!」

「いや、悪いが本気だ」

「は?」

 ドレイクの言葉に間抜けな声を上げるピータス。ドレイクの物言いにいらいらが溜まったピータスが地団太を踏んでいると、それに気が付いたフリルフレアが近寄ってくる。

「どしたのピータス?」

「姉ちゃん!こいつ、人の名前をわざと間違えておちょくってくる!」

「いや、別にわざと間違えているわけじゃ……」

 弁解しようとするドレイクを押しとどめ、フリルフレアはピータスの肩をポンと叩いた。

「ピータス、あきらめなさい。ドレイクの場合は本気で名前覚えてないだけだから」

「なんだよそれ⁉」

 頭を抱えているピータスに「あと『こいつ』じゃないでしょ?『ドレイクさん』でしょ!」と注意するフリルフレア。

「ああもう!そんなことどうでもいいよ!」

 かんしゃくを起こしたピータスはドレイクをビシッと指さす。

「そんなことより!この変なの、姉ちゃんの彼氏なのかよ?」

「へ?」

 突然のピータスの言葉に間抜けな声で返事をするフリルフレア。だが、言われた言葉の内容をゆっくりと頭の中で理解していくと、だんだんと顔が赤くなっていく。

「え…え、え⁉か、彼氏って……いや、その……わ、私とドレイクは……」

「なんで俺がこんなお子ちゃまと付き合わなきゃならんのだ」

「ミイイィィィィ!ドレイク、どういう意味ですか!」

 今度は別の意味で顔を真っ赤にしてドレイクに詰め寄るフリルフレア。正直に言えば顔が赤い理由がどっちなのかはいまいち分からない気もしたが、とにかくフリルフレアは顔を赤くしながらドレイクの方を向き指を突きつけている。

 ドレイクの方を向いたため結果的にピータスに背を向ける形になったフリルフレア。ピータスがそーっと手を伸ばしていることに気が付いていない。そして……。

バサッ‼

「きゃああああああぁぁぁ!」

 ピータスが思いっきりフリルフレアのスカートを捲り上げる。その場にいる全員の眼に少し幅が広く白くて子供っぽいパンツが飛び込んでくる。

「ピ、ピータスゥ!」

 半ベソかいたフリルフレアがキッとピータスを睨みつける。一方ピータスは頭の後ろで手を組みながら舌を出している。

「そ~んな子供っぽいパンツ履いてる色気のない姉ちゃんに彼氏なんかできる訳ないか」

そう言って肩をすくめると、次の瞬間ピータスは猛ダッシュで孤児院を飛び出していく。

「おのれ許さん!」

 フリルフレアは普段の彼女からは想像もつかないほど乱暴な言い方をすると、逃げ出したピータスを追って走り出していった。

「お、おい赤羽根……」

「待ちなさい!ピータス!」

 ドレイクの言葉も届いていないのか、ピータスを追って孤児院を飛び出すフリルフレア。一方追われたピータスは、孤児院の庭を駆け回って逃げ回る。

「ㇸへ~ん!のろまの姉ちゃんが俺に追いつけるもんか!」

「何ですってぇ!」

 小ばかにするピータスの言葉に顔を真っ赤にして怒るフリルフレア。そうしている間にピータスは孤児院の壁を這い上がり屋根の上まで登ってしまった。フリルフレアは孤児院の庭から屋根の上のピータスを見上げている。そしてドレイクや子供たちも孤児院の庭に出てきた。皆一斉にピータスを見上げている。

「どんくさい姉ちゃんはここまで来れないだろう!」

 そう言って「ベロベロバー!」と舌を出すピータス。地上のフリルフレアが「こら!危ないから降りてらっしゃい!」と注意しても聞く耳を持たない。それどころか退屈そうに鼻くそをほじると、丸めてフリルフレアに向かって弾き飛ばす。

「まあ、しょせん姉ちゃんが俺にかなうわけ……」

「あらピータス、お姉ちゃんにそんなこと言っちゃっていいの?」

 ピータスの投げつけた鼻くそを目測で避けながらフリルフレアは自信満々に言い放つ。そして次の瞬間、背中の深紅の翼をバサッと広げる。

「行くわよ!…アーイ、キャーン、フラーイ!」

「ん?フライ?フライドチキンか?」

ドベシャッ!

 飛ぼうとした瞬間にドレイクに妙な言葉をかけられ、思わず顔面から地面にダイブするフリルフレア。むくっと起き上がると、ドレイクに恨みがましい視線を送る。

「ドレイク……」

「いや、待て、今のは俺のせいじゃないだろう」

「思いっきりドレイクのせいですよ!何ですか!いつもいつも人のことをフライドチキンだパンモロだって!」

「いや、今はパンモロは言ってない……」

 ドレイクの弁解もむなしく、「ムキー!」と癇癪を起こすフリルフレアだったが、屋根の上でこちらを指さして笑い転げているピータスを見て本来の目的を思い出した。

「は!そうです、今はピータスでした!」

 そう言うと、フリルフレアは右手を握り、腕をまっすぐ伸ばす。左手はやはり握り、肘を曲げ胸の前に拳を持ってきた。そして次の瞬間バサッと音を立てて飛び立つ。

「ジュワ!」

 どこの光の巨人かとツッコミを入れたくなる掛け声とともに飛び立ったフリルフレアは真っ直ぐに屋根よりも高く飛び立つと、ピータスを見下ろせる高さの場所で止まり腕を組んで仁王立ちになる。

「愚かなりピータス、バードマンの私に空中戦を挑むなんて!」

 そう言うとフリルフレアはピータスに向かってビシッと人差し指を突きつける。

「さあピータス、観念なさい!」

 しかしピータスはそれに答えることなく、片手で日差しを遮りながらフリルフレアの方を見上げていた。若干目を細め、覗き込んでいるように見える。

「姉ちゃん、やっぱもっと色気のあるパンツ履いた方が良いんじゃねえの?もてないよ?」

「ピータスのエッチィ!」

 慌てて自分のスカートの裾を押さえるフリルフレア。涙目でピータスを睨んでいるが、あまり迫力は無い。ちなみに地上ではドレイクが「やっぱりパンモロじゃねえか」と思いながら、下からフリルフレアを見上げていた。ちなみにドレイクの位置からだとスカートの中が丸見えである。

 上空でフリルフレアとピータスが醜い罵り合いをしていると、アベルがお茶を持って現れた。

「遅くなってすみません。ドレイクさん、お茶をどうぞ」

「あ、すいません。いただきます」

 アベルの差し出したお茶をドレイクは素直に受け取った。高級品という訳では無かったが、来客用らしきティーカップに入った紅茶は淹れたてなのかまだ熱かった。少し息を吹きかけ、冷ましてから口をつける。決して高級品という訳では無いのだろうが、丁寧に入れたのだろう。美味しい紅茶だった。

「よろしければこちらもどうぞ。妻がおやつに焼いたスコーンです」

「いただきます」

 遠慮なくスコーンを口に放り込むドレイク。思いの外しっかりとしており食べ応えがあり甘さ控えめスコーンは紅茶との相性が抜群だった。思わず2個3個とほおばるドレイク。

「あ!おやつずるい!」

「ママ先生のスコーン、私も食べる!」

「わ、私も……」

 屋根の上でいまだ不毛な言い争いをしているフリルフレアとピータスを放っておいて、バーク、シャオン、ラナの3人がやってくる。スコーンを見てうらやましそうな視線を送ってくる。

「こら、お前たちそれはお客様の物だぞ」

「まあまあパパ先生、ほら小坊主食べるか?」

 ドレイクはスコーンを一つバークに手渡す。

「ありがとう!リザードマンのおじちゃん!」

「お、おじちゃん……?」

 突然おじちゃん扱いされ面食らうドレイク。自分の年がそれくらいに見えるのかと思いつつも、実年齢が分からないため何とも言えなかった。それにバークくらいの年齢からすれば、ある程度以上はおじちゃんになってしまうかもしれないと考え直す。

 とにかく気にしないことにし、再びスコーンを2個取るとシャオンとラナに一つずつ手渡した。

「ありがとうございます、ドレイクさん!」

「あ、ああ」

「ほら、ラナもお礼を言わなきゃ」

「うん……ドレイクのおじちゃん……ありがと」

「う、うむ」

 シャオンのしっかりとしたお礼や、ラナにお礼を言わせた手際に驚くドレイク。フリルフレアは彼女をしっかり者と言っていたが、これは年上のピータスやバークよりよっぽどしっかりしているかもしれない。驚き、感心しているドレイクにアベルが声をかけて来た。

「ドレイクさん、フリルフレアがお世話になっているようで……どうですかあの子は?」

「いや、俺もあいつと出会ってまだ一週間くらいなんですけどね」

 そう言って紅茶を一口すする。

「あいつ、頑張ってますよ。まだ駆け出しだけど、自分にできる事は率先してやろうとしますし。まあ、まだできないことも多いんで無理はさせませんけど」

「そうですか……」

 アベルはそう言うと少し黙り込んだ。そして少し考えて再び口を開く。

「さっきフリルフレアが言いましたが、私は元冒険者でして……」

「ああ、そう言ってましたね」

「元冒険者と言っても、ランク3に上がった直後に冒険の途中で脚に大怪我をしてしまい、その怪我がもとで引退した半端モノですがね。今では当時の知識を生かして魔物研究員をやっていますよ」

「そうでしたか…」

「当時ランクが上がった直後で貧乏でしてね、神殿に見せる金もなくて結局町の薬局に担ぎ込まれて応急処置をされたんです。その時の処置や、のちの投薬治療をしてくれたのが実は妻でして」

「その怪我が無ければ、お二人は出会わなかった?」

「そうかもしれません。それに妻には感謝してるんです。今でもまともに走ることはできませんが、歩く分には支障は無いのです。後に別の医者に診てもらった時に最初の処置が良かったからこの程度で済んだと聞きました。下手な医者に掛かったら足が腐って落ちていたそうですから、まったく妻には頭が上がりません」

「なるほど、そうでしたか」

 何となくこの夫婦の力関係が分かった気がしたドレイクだった。

「話がそれました。それでフリルフレアに精霊魔法を教えたのは私なのです」

「そうでしたか」

「はい…ただ、私はなにもフリルフレアに冒険者になってほしかったわけではないのです」

「と言いますと?」

「フリルフレアは見ての通り美しい深紅の翼を持っています。それを狙ってどんな輩が現れるか分かったものではありません。私ももう実戦で戦える力は残っていません」

 そう言うとアベルは紅茶に口をつけた。一口飲むと言葉を続ける。

「それにフリルフレアは見ての通り小柄です。腕っぷしだけならピータスにも負けるかもしれない。だから私はあの子に自分の身を守ってほしくて精霊魔法を教えたのです」

「だけどあいつは冒険者に…」

「はい。昔の記憶を探すんだと聞かなくって……正直根負けしてあの子が冒険者になるのを許しました」

「そうだったんですか…」

 思わぬ形でフリルフレアの過去に触れたドレイク。アベルがフリルフレアを心配していることは分かった。しかし、おそらく彼女もそんなことには気が付いているのだろう。気が付いていてもなお自分の記憶を探したいと言い出したのだろう。恐らくそれは彼女の精一杯のわがままだったに違いない。

(記憶探しの結果がどうあれ、赤羽根はここに帰ってこさせなきゃいけないな……)

 自分と違い帰るべき場所があるフリルフレア。なればこそ、彼女の身はなんとしても守ってやらなければならない。あの夢のようなことには絶対にさせない。決意を新たにするドレイク。

 そんなドレイクのはるか頭上では今だに言い争っているフリルフレアとピータスの姿があった。







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