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第7章 赤蜥蜴と赤羽根と大戦技大会 第3話、大戦技大会予選開始 その10

     第3話その10


「ちぇ~っ、まさかリュービーが勝ち残って俺達が全滅するとはな~」

「ひがむなひがむな、俺達も油断があったとはいえ、リュービーが勝ち残ったのは実力だろ?」

「うんうん、そう思う…」

 予選B組の試合が終了し、B組だった者達が各々コロシアム内の控室へ戻って行くところだった。そんな中、B組の予選に参加していた冒険者らしき男3人に囲まれて1人の女性冒険者が「えへへ、まあね~」とか言いながら嬉しそうに笑みを浮かべていた。

 その女性冒険者は貴族を思わせるような長い金髪のストレートヘアに青い瞳をしており、顔だちも結構整っていた。まず美人といって差し支えないだろう。歳は20歳位に見える。

 革鎧の上に数か所金属製の部分鎧を取り付けた物を着用しており、試合用に借り受けているであろう細剣(レイピア)刃破剣(ソードブレイカー)を腰に差している。

 彼女の名前はリュービー・アマンダ。バレンタイン王国内に拠点を置くとある冒険者パーティーに所属する冒険者ランク5の戦士である。そして予選B組の中での本戦出場者でもあった。さらに念のため言っておくと、貴族を思わせるような美人の彼女だが、出身は紛れもなく平民である。ちなみに彼女を取り囲んでいる3人の男は別のパーティーの所属でこそあったが、いずれもリュービーのパーティーと交流のあるパーティーのメンバーであったのだが、先ほどの言葉通り、3人とも予選敗退であった。ちなみにリュービーのパーティーからもう一人戦士のライクという男が出場していたのだが、予選A組であった彼はドレイクによってアッサリと場外へと叩き落とされていた。

「それにしても本戦出場が私だけとはねぇ……。ライクもなんかあの赤い……赤蜥蜴?…とか言う人にアッサリやられちゃってたし」

 そう言って頬を膨らませているリュービーに3人は苦笑いを浮かべている。

「あれは仕方ないよな」

「相手があの赤蜥蜴じゃな……」

「うんうん、運がなかったと諦めるしかないと思う……」

 同意してくれるかと思いきや、ライクの事を擁護する3人に少し不満そうなリュービー。

「あの赤蜥蜴って人、そんなに強いの?確かに滅茶苦茶暴れてたけど…」

 赤蜥蜴……つまりドレイクの実力に関して若干半信半疑なリュービー。しかし3人はまだ苦笑いを浮かべている。

「リュービーは知らないか?赤蜥蜴って結構有名だぜ?」

「冒険者ランク13なんてそうそういないからな」

「おもにアレストラル王国の方で活動しているらしいよ」

「ふうん、そうなんだ~…」

 3人の言葉に応えるリュービーの声はまだ疑わしげだった。

「まあ、赤蜥蜴みたいな連中と当たったら運がなかったと諦めるしかないな」

「確かに、予選A組の連中は運がなかったよな」

「もっとも、それよりD組の人たち方が運がなかったと思うけどね…」

「え?それどういう事?」

 突然予選D組の話が出てきて途惑うリュービー。だが、3人は「確かにD組はなぁ……」とか言ってちょっと嫌そうな顔をしていた。

「だってよ、ABのどっちにもいなかったし、今すれ違ったⅭ組の中にもいなかったんだから、残りはD組しかないだろ?」

「何がよ?」

 言葉の意味が分からず頭の上に?マークを浮かべるリュービー。

「アイツだよアイツ、今年も出場してるって話だぜ?……ここ数年の優勝者」

「ああ……牙狼剣のことね…」

 ここ数年の優勝者と言われて納得したリュービー。確かにABCのどこにもいなかったのだからD組にいると考えるのは普通だ。

「……牙狼剣ベルフルフ・サンドレイ……か……」

 思わずポツリと呟くリュービー。実は去年も出場していたリュービーだったが、結果は予選敗退。しかも予選でベルフルフと同じ組になってしまい、彼が無造作に振るった剣を受けきれずにアッサリと場外へ叩き落とされた記憶がある。

(あんな化け物みたいに強いヤツとどう戦えって言うのよ……)

 本戦ではベルフルフと当たらないように祈るしかない、そんな事を考えるリュービーだった。そしてそのまま3人と共に話しながら控室へ差し掛かったリュービー。

「あれ?何処行くんだよリュービー。控室ここだろ?」

「バカ、ちょっとお手洗いに行くだけよ」

「おお、そうか。ワリィワリィ」

 全然悪く思って無さそうなその言葉にリュービーはジト目を向けている。

「じゃ、俺達はライクでも誘って一足先にお疲れ様残念会でもやってるか」

「お、いいねえ」

「僕も喉渇いたから酒にありつきたいよ」

 そんなことを言っている3人にリュービーはため息をついた。

「あんたたち私の試合見て行かない訳?」

「いや、だって……本戦って言ったってどうせ一回戦敗退だろ?」

「ちょっと!それどういう意味よ!」

「だって、牙狼剣や赤蜥蜴みたいなやつらが出てるんだぜ?いくら何でもリュービーじゃ勝ち残れないだろ?」

「そんなのやってみないと分からないじゃない!」

「まあそれはそうなんだけどよ………まあ、とにかく悪いけど俺達酒場に行くから!」

「ライクも誘っていくからさ」

 そう言ってニコニコしている3人。どうせなんやかんや言って酒が飲みたいだけなのだ。

 リュービーは額に怒りマークを浮かべながら諦めたようにため息をついた。

「あっそ、じゃあ勝手にすれば?後、ライクのことは誘う必要ないから」

「え?何で?」

「あいつ、自分が負けたら私の予選も見ないでさっさと酒場に行っちゃったから…」

「そ、そうなのか……じゃワリィけど俺達はもう行くぜ!」

「本戦ガンバレよ!」

「賞金出たらみんなで打ち上げしようね!」

 そんな勝手なことを言って3人は出口へと向かっていった。

「賞金出たって誰があんたたちのために使ってやるもんかー!」

 まったく期待されていない事が悔しくてとりあえず叫んでおく。

「まったく……」

 ブツブツと文句を言いながら当初の予定通りお手洗いへ向かうリュービー。歩きながらも内心かなりムカムカしていた。

 そもそもリュービー自身、自分の実力では本戦を勝ち残るのは難しいことくらい分かっていた。リュービーの冒険者ランクは5だが、実は去年大会に出場した時はランク4だったのだ。だが、ベルフルフにアッサリと敗れたことが悔しくてこの一年、冒険者としての仕事の合間をぬって自主訓練に励んでいたのだ。それだけでなく、冒険の最中も戦闘になった場合は積極的に前に出て戦ってきた。そのかいもあって冒険者ランクを1つ上げることが出来たのだ。だから………。

(大丈夫……無様に負けたりはしない。それにもしかしたら一勝することだって……)

 自分の中で気持ちを奮い立たせていくリュービー。そしてそうこうしている間にトイレに到着した。

「女子トイレと男子トイレ、ずいぶん離れてるのね…」

 どうでも良いことをボソッと呟くリュービー。実際今頃男子トイレはAB組の勝ち残った選手達でごった返しているだろう。その点女子トイレは今のところほとんど人がいない。根本的に大戦技大会は女性の出場者が少ないから当然なのだが。

「まあ、何でも良いか……」

 そう言って中に入るリュービー。魔力の光に照らされたトイレの中は意外に小綺麗だ。そして手前にある手洗い場には鏡もついている。その奥に並ぶ個室は全部で5つだ。

「あれ?一個使ってる」

 左奥の個室が使用中なのに気が付いたリュービー。あまり女性選手がいなかったからトイレを使用中なことが少し意外に感じたが、まあスタッフや観客が使っているのかもしれないと深く考えなかった。

 とりあえず手前の個室に入ろうとしたリュービー。その時……。

「う、ううう………」

「え?」

 何やら苦しそうな呻き声が聞こえて思わず声を上げるリュービー。そのまま耳を澄ますと………。

「い、いたたたた……痛い、痛いよぉ……」

 声は奥の使用中の個室から聞こえたのが分かる。しかも何やら痛がっている様子だった。

 リュービーは慌てて奥の個室へと駆け寄る。

「だ、大丈夫⁉なんか今苦しそうな声が聞こえたけど⁉」

「あ………はい、すみません……ちょっと………お腹痛くて……」

「え⁉ちょっと大丈夫⁉」

 中から聞こえてきたのは自分と同じ位の女性の声だった。だが、かなり苦しそうなのが分かる。

「ううう………苦し……お、お腹……痛い………」

「ええ⁉ど、どうしよう!……い、医者か…回復魔法使える人連れてこようか⁉」

「す、すいません………それでしたら……医務室まで…手を…貸していただけると…」

「い、医務室ね!分かった、肩かすからドア開けてくれる⁉」

「は……はい…」

 カタンとドアのカギを開ける音がした。

(医務室ね!医務室は確か……Ⅽ組控室とD組控室の間辺りだったはず…ここからならそう遠くはないわね!)

 頭の中で女子トイレから医務室までの道順をイメージする。

(大丈夫、最短距離を通れば5分くらいのはず!)

 しっかりと道順をイメージし、ドアに手をかける。

「開けるよ!」

「どうぞ~」

 ドアに手をかけて声をかけ、ドアを開けた瞬間に返ってきた何処か間延びした声に若干の違和感を感じた。そしてその違和感は………。

「いらっしゃ~い♡」

「……え?」

 思考が……完全に停止していた。声の感じからして中にいるのは自分と同じくらい……それこそ20歳前後の女性だろうと考えていた。だが、中に入っていたのは女性ではなく………それどころかヒューマンでもエルフでもドワーフでもない、人間では無かった。

 そいつは異様な外見をしていた。大柄で筋肉質なヒューマンの男の様な身体をしているが、その肌の色は紫色だ。そしてそれ以上に異様なのが頭部であった。その東部は完全な球体だったがその身体に比べると異様に大きい。そしてその頭部全体は白と黒の縞模様が付いているが、その模様はどういう原理なのが常に流動していた。そしてその頭部の中心には巨大な一つ眼が付いており、その下には頭の端から端まで届きそうなほど巨大な口が付いていた。

 明らかに異質な存在だった。見た目だけで魔界に住まう闇の軍勢に属する魔物なのは一目瞭然だ。そしてこの見ただけで不快感と恐怖を覚える外見と存在感、これはまさに……。

(あ………悪魔……)

 リュービーの瞳が恐怖で見開かれている。目の前の存在があまりに危険なものだという事を本能的に理解したのだ。

「…あ……………あう……」

 何とか言葉を発せようとするが、口がパクパク動くだけでうまく言葉にならない。それでも反射的にドアから手を離し、身を引いて、逃げ出そうとする。例えコイツがどんな悪魔だろうと、今このコロシアムには腕利きの冒険者がごまんと集まっているのだ。コイツがどんな悪魔だろうとそれだけの冒険者を相手に勝てるはずがない。反射的にそう感じたリュービーはとにかく助けを呼ぼうとトイレから逃げ出し…………。

バタン。

「え…………………うぐ!」

 一瞬だった。リュービーの思考よりもその悪魔の動きの方が早かったのだろう。悪魔はドアから手を離したリュービーの手首を掴むと一瞬でトレイの個室の中に引きずり込んだ。そしてそのまま、トレイの便座に腰かけている自分の膝の上に座らせた。もちろん逃げられないように左腕でリュービーの上半身を後ろから抱きしめるように押さえつける。さらに逃げだろうとバタつかせていたリュービーの脚を自分の脚で器用に押え込む。そしてリュービーが叫び声を上げられないように右手で後ろから口を塞いだ。

「……んっ……んん…う………むう………」

 すごい力で押さえ込まれていた。特に口を塞ぐ右手が同時に鼻の穴も塞いでいるのでまともに声を上げるどころか呼吸もままならない。

「う………む……うん…んんっ………んう………」

 やはり全く声を上げられない。それどころか、この悪魔の拘束を振りほどける気が全くしない。それほどに悪魔の力は強かった。そして逃げられないという事実がリュービーの心に恐怖という形でのしかかってくる。

「ふ……ふう………む…………ん…」

 やはり声を上げることは不可能。もちろん悪魔の腕を振りほどくこともできず、それどころかまともに身動きすることすら出来ない。

「う………ううう………ふう……」

 恐怖のあまり涙が零れ落ちるリュービー。この悪魔が自分をどうするつもりなのかは分からなかったが、無事に帰してくれるとはとても思えない。

(や、やだぁ………し、死にたくないよぅ……)

 声も上げられない中、心の中でそう呟くリュービー。その時……。

「君は……予選を突破したのかい?」

「…⁉」

 突然声をかけられ驚くリュービー。しかもその声は先ほどまでの女性の声ではなく、しわがれた老人のような声だった。

「予選は…突破したのかい?」

 再度問いかけてくる悪魔。

(な、何なの………もしかして…答え次第では見逃してくれる⁉)

 そう思った瞬間、リュービーの心にわずかな希望が芽生える。

(そ、そうよ!きっと正直に応えれば見逃してくれる…)

 何の根拠もなくそう思ったリュービー。いや、そうとでも思わなければ、恐怖で心が押し潰されそうだったのだろう。ある意味それも仕方のないことだったのかもしれない。

 そしてリュービーは意を決して何とか首を縦に振った。

「そうか、君は予選を突破したんだね?」

「う……うう」

 何とか再度頷くリュービー。それを見た悪魔は満足そうに………。

「それは良かった。それでは君になりすますことにしよう」

(……………え?)

 口を塞がれているため声に出すことは出来なかったが、心の中で呆然と呟いたリュービー。そして次の瞬間背後で何かがクパァッと開く音、そして口を塞いでいる手が離され、代わりに悪魔が両手でリュービーの身体を押さえてくる……いや、おさえると言うよりは持つと言った方が良いかもしれない。そしてリュービーは頭上から圧迫感と共に何かの影で暗くなるのを感じていた。この時のリュービーは口を塞ぐ手を離されたというのに息をつく余裕すらなかった、それほどに恐怖を感じていたのだ。

 そして……恐怖に震えながら見開かれた瞳で恐る恐る振り返ったリュービーの視界に入ってきたのは何か大きなものの口だった。あまりの恐怖に声を上げることもできないリュービー。そしてそれが………リュービーが見た最後の光景となった。

バリ!ゴリゴリ!ガブ!グチャクッチャ!ガリガリ!ズ、ズズズズ!クチャクチャ!ゴクリ!ムシャムシャ!

 女子トイレの中、左奥の個室から不快な音が聞こえる。それはまるで、骨を噛み砕く音、血液を啜る音、そして肉を咀嚼する音。そんな音がしばらく続いて………急に静かになった。

キィィ……。

 そんな小さな音を立てて左奥の個室のドアが開く。そしてその中から姿を現したのは……………リュービーだった。

「………………」

 リュービーは口の端についた赤い液体を袖口で拭うと、そのまま手を開いたりしながら、まるで………身体の様子を確認しているようだった。そして………。

「まあ、こんな感じだろう」

 そうしわがれた声で言った。その声はまさに先ほどの悪魔の声だった。そしてそのことに気が付いたのであろうリュービー………いや、リュービーの姿をした何かは、喉を押さえながら「あー、あー」とか言っていたが、すぐにリュービーの声になった。

「よし、では作戦を開始しよう。セレド家の生き残りには役に立ってもらわなければいけないしな……」

 そう言ってリュービーの姿をした何かは女子トイレを後にしたのだった。


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