第3章 赤蜥蜴と赤羽根と魔王の器 第4話、その神殿は何が為 その6
第4話その6
時間は少しさかのぼる。3つの入り口の内左の入り口に入ったドレイクは、特に警戒もせずに中を歩いていた。
正直フリルフレアをバレンシアについて行かせることに不安が無いわけでは無かったが、彼女なりに考えての行動だった様なのであえて口出しはしなかった。それに腕利きのバレンシアと一緒なら特に心配も無いだろうと考え直す。
今はその事よりも神殿内の探索を重視すべきだった。
「しかし荷物の届け先、本当にこの神殿で合ってるのか?」
思わず疑問が口をつくほどの荒廃っぷりを見せている神殿。今進んでいる通路も天井が一部崩落して外の光が差し込んでいる。壁も脆くなっており、一部崩れそうになっている所もあった。
「これだけ崩れてると、例え罠が仕掛けてあったとしても壊れてそうだな」
カチ。
「ん?」
突然足元から聞こえた音と、何かを踏んだような感触に足元を見るドレイク。見れば何か出っ張りの様な物があったらしくそれを踏んで押し込んでしまった様だった。
ビュン!
「うお⁉」
突然のことに思わずのけぞるドレイク。ドレイクのすぐ目と鼻の先を巨大な振り子の様な刃が通り過ぎた。そしてその振り子の刃は通り過ぎたあと戻ってきて、一定の間隔で行ったり来たりを繰り返している。
「…………罠…壊れてないな」
バツが悪そうに呟くと、3~4歩後ろに下がるドレイク。そしてそのまま振り子の刃を吊るしている鎖を問答無用でガシッ!と掴むと、思いっきり下に引っ張った。
バキン!ガチャン!
何かが壊れる様な音。そしてドレイクが鎖から手を離すと、振り子の刃は足元に落ちた。鎖の根元には歯車の様な物が付いており、絡繰りによる罠だった事が分かる。
「………まさか、この先も罠があったりしないだろうな……」
神殿になぜこんな殺人トラップが仕掛けられているのか非常に疑問を感じるが、どうやらこの神殿は招かれざる客は拒む作りになっているらしい。
「もしかして他の通路にもこんな殺人トラップが仕掛けられてるのか?」
もしそうだとすればフリルフレアの身にも危険が及ぶことになる。早くもフリルフレアと別行動したことを後悔しだしたドレイクだったが、バレンシアが一緒だと言う事を思い出し考え直した。
(まあ、あのバレンシアが一緒なら大丈夫だろう……)
気を取り直して改めて通路の先に視線を向ける。明かりは崩れた天井の穴から差し込む外の光だけなのでかなり薄暗い。神殿のくせに窓らしきものも無いため見通しはかなり悪かった。
ランタンを着けようかとも考えたが、ドレイクはある程度夜目が利くので油の無駄遣いと考えてやめておいた。
とにかく再びスタスタと歩きだすドレイク。しばらく歩くと再び足元で「カチ」という音がした。同時に足の裏には何かを踏んだような感触がある。
嫌な予感がして一歩後ろに下がった時だった。
ビュン!
風を切る音と共にドレイクの目の前を上から下に何かが通り過ぎた。一瞬後その何かが3本の槍だと気が付いたドレイク。天井から凄まじい勢いで突き出された槍はドレイクのすぐ目の前を通り過ぎて床に突き刺さっていた。
「……………」
無言のまま3本の槍を掴むドレイク。そのままバキッ!と音を立てて槍をへし折ると、そのまま足元に放り投げた。
「招かれざる客は帰れってことか……」
そう呟くとドレイクは正面を見据えた。そして少し腰を落とすと、そのまま一気に地面を蹴って駆け出した。
走り抜ける中、幾度となく「カチ、カチ」という音とともに足の裏に何かを踏む感触を感じたが無視してそのまま突っ込んでいく。走っている途中、後ろを振り返ると天井や壁から何本もの槍や斧などが突き出されていた。そしてそのさらに後ろ、突き出た槍や斧などを破壊しながら巨大な岩の塊がドレイクに向けて転がってきた。こんなもの一体いつの間に出て来たのか?これも殺人トラップの一種なのだろうか?とにかく迫りくる岩の塊のドレイクの脚は自然と速くなる。
…………が。
「うお、ヤバい!」
視界の先に終点が見えてくる。どうやら扉が付いているらしいが、それ以外は壁。扉の中がどうなっているかは分からなかったが、このまま行くと岩と壁に挟まれて潰されることになる。流石に致命傷になりかねないと考えられた。
「仕方が……ねえな!」
次の瞬間ドレイクは一気に180度方向転換すると転がってくる岩に向かって駆け出した。そしてそのまま転がり来る大岩を受け止めるべく両手を突き出す。
「うおおおおおおおおお!」
ガシッ!と大岩を掴む。勢いを殺しきれずにズザザザザザ!と足の裏で地面をする。だが、それでも何とか壁に激突する前に大岩を止めることに成功した。
「ふう……。何とかなったな」
一気に駆け抜けたおかげで罠にはかからず、かつ後から続く大岩がその罠をほとんど破壊してくれたが、その代わり帰り道を塞がれてしまった。
「どうしたもんかな……」
どうしたもこうしたも無く、先に進むしか道は無いのだが一応他の選択肢も考えておくドレイク。このまま出口に向かって岩を押し返して行けば出られる気もしたが、万が一途中で岩が引っかかったりすると面倒である。
「いっその事、豪鎚で破壊しておくか……?」
思わずそんなことを考える。確かにドレイクの必殺剣『豪鎚の太刀』ならば岩の塊を破壊することなど容易いだろう。ただしこんな狭い場所で使った後どうなるかは分からない。もしかしたら崩れてきた岩の下敷きになる可能性もある。流石にそれは御免だった。
「………進むか」
ドレイクは岩の事は置いておいて扉の方に向き直った。通路の先にあった扉はそれほど大きなわけでは無かったが、それでもドレイクが悠々通れるくらいの大きさはあった。
扉の取っ手に手をかけるドレイク。一瞬また罠が仕掛けてあるんじゃないかと思ったが、予想に反してそれらしいものが作動した様子は無かった。そのままドレイクは扉を押して一気に開こうとする。
グッ………。
力を込めるドレイク。だが扉は開くどころかびくともしなかった。
「何?」
驚きの声を上げるドレイク。ドレイクの力をもってしても開かない扉などそうそうあるものではない。めげずに力を込め続けるドレイク。扉はミシミシと音を立てているが一向に開く気配が無かった。
「どうなってやがる?」
再度力を込めるドレイク。腕に力を込めて一気に押し開けようとした。
ミシミシミシ…メキ!バキバキ!バキン!
ついに音を立てて壊れる扉。蝶番が破壊され、外れた扉が中へと倒れ込む。バタン!と音を立てて倒れ込む扉を踏み越えてドレイクは中に入った。
「その扉は君から見たら引き戸だよ。バカだねえ……」
ドレイクにそんな言葉が投げかけられる。部屋の中は広々としており、中央に祭壇らしきものがあった。そしてその祭壇の前に立つ人物から先ほどの言葉が投げかけられた。
その人物はがっしりとした体格や声の低さから男だろう。僅かに光を纏う緑色の全身鎧を纏っており、右手には鎧同様光を纏う長い鎗を持っていた。フルフェイスの兜をかぶっており、その表情は窺えないが声の調子からドレイクをバカにしているのが分かる。
「何だあんた?……あ、もしかして宝珠を持ってくるように依頼した依頼人か?」
「くくく、そう思うかい?」
「思わねえなぁ。どう見ても宝珠を使って祭事を行う神官職には見えないからな。宝珠を横取りしに来た盗賊か?」
「宝珠を奪いに来たと言うのは間違いではないが、盗賊如きと一緒にされては困るな」
「だろうな。たかが盗賊がそんな高価な魔法の武具を持っているはずが無い」
そう言いながら部屋の中央、祭壇の前まで進むドレイク。そして背中の大剣に手をかけた。
「だが、宝珠を奪おうとしていることに変わりはないんだろう?まあ、生憎と宝珠を持っているのは俺じゃないんだがな」
ドレイクはそのまま背中から大剣を抜き放つ。部屋の四方の壁に備え付けられている松明の光に照らされて、ドレイクの魔剣が淡い輝きを放つ。
「宝珠を持っている奴の所にはいかせない。このまま逃げ帰るなら見逃してやるが、あいつの所に行くって言うなら俺が相手になる」
凄みを利かせながら大剣を構えるドレイク。しかし男は何ら臆することも無く、長槍を悠々と構えていた。
「見逃してやる……か…。くくく、残念だが俺の方は見逃してやるつもりは無いんだよ。お前は危険だから確実に殺しておけとの命を受けているのでな。………なあ、ドレイク・ルフト」
「⁉」
男の言葉に驚きが隠せないドレイク。この男はなぜか自分の名前を知っていた。だがドレイク自身この男の声には聞き覚えが無い、恐らくは初対面なはずだ。それはすなわち自分のことをこの男に教えた人間がいることを示している。
(こいつの背後に俺の事を知っている人間がいる?)
誰かは分からなかったが、少なくとも自分を知る人間がこの男の背後にいることは間違いなさそうだった。
「なに、安心しろ。宝珠の方は兄上が手に入れる手はずになっている。贄にふさわしいフリルフレア・アーキシャ共々な」
「なん……だと?」
男の言葉にドレイクの視線が鋭くなる。この男はドレイクだけでなくフリルフレアのことも知っていた。そしてそのフリルフレアが宝珠を持っている事も知っている。
この男に自分たちの事を教えたのが、この男の兄かどうかは分からなかったが、少なくともその兄上とやらがフリルフレアの所へ向かっているであろうことは想像がついた。
(バレンシアもいるから万が一にも大丈夫だとは思うが……)
とにかく、フリルフレアの所へ向かうにはまず目の前のこの男をどうにかしなければならなかった。
「仕方ねえ、何でもかんでも魔法武具で武装してりゃ良いってもんじゃないってことを教えてやるぜ」
「ふ、だがただの武具よりも魔法武具の方が優れているのもまた事実だろう?」
不敵に言い返す男。ドレイクと男の視線がぶつかり合い火花を散らしていた。




