第3章 赤蜥蜴と赤羽根と魔王の器 第4話、その神殿は何が為 その5
第4話その5
「…………暗い…」
思わずボソッと呟くフリルフレア。道を直進し地下へと下っていったフリルフレアの前には先が見通せない闇が広がっていた。
「え?……本当にこの先に人がいるの?」
ほんの僅かに上の階から差し込む光で3歩位先までは見通せるがその先はたとえ落とし穴があったとしても気が付かないだろう。
「やだ……ウソ…こんな暗くて怖そうなところ一人で進まなきゃいけないの……?」
目の前に広がる闇に思わず恐怖を覚えるフリルフレア。
(だ、大丈夫よフリルフレア。ここは神殿なんだから……危険な事なんて絶対ないよ!)
思わず自分にそう言い聞かせるフリルフレア。よくよく考えてみれば、こんな崩れかけの神殿だった時点で安全な保障などどこにも無かったのだが、そんなことには気が付かないフリルフレアはビビりながらも脚を1歩踏み出した。
コツン。
踏み出した一歩の音がやけに響き渡る。何となく広い空間なのは分かったがどれくらいの広さなのかは想像もできなかった。
(やっぱり怖い………うう、どうしよう……)
やっぱり引き換えしてバレンシアに一緒について来てもらおうかと考える。事情を話せば彼女ならきっと快くついて来てくれるだろう。正直暗闇が怖くて足がすくむなど冒険者としてどうかとも思ったが背に腹は代えられない。よし、そうしよう!と回れ右する。
(ちょっとバレンシアさんに迷惑かけちゃうけど…これくらいならドレイクも許してくれるよね)
……………ドレイク。相棒の赤鱗のリザードマンの顔が頭に浮かぶ。もしこのことをドレイクが知ったら何と言うだろうか?別に怒りはしないだろう、ドレイク自身フリルフレアがまだまだ未熟なのは知っているからだ。だがどうだろう、怒りはしないだろうが……。
『え?暗闇が怖くてバレンシアについて行ってもらった?……プッ、ダセえ(笑)』
『ギャハハハハハハ!お、お前…それでも冒険者かよ!あー、腹痛てぇ(笑)』
『やっぱりお子ちゃまだな!お~よしよし、怖かったなぁ(笑)』
頭の中でドレイクが3人がかりで馬鹿にしてくる。
(………間違いない!ここでバレンシアさんに頼ったら確実に後でドレイクに馬鹿にされる!)
思わず自分の想像の中のドレイクにカッとなり、顔を赤くしながら頬を膨らませるフリルフレア。(……ドレイクに馬鹿にされたくない!)という思いが彼女に足を踏み出す勇気を与える。
頭の中でいまだに笑い転げている3人のドレイクを蹴り飛ばしながらフリルフレアは足を踏み出した。
コツーン。
再び響く足音。目の前の暗闇に一向に目が慣れず僅かな先も見通せない。どうしたものかと考え込むフリルフレア。この暗闇では先も見えなければ足元すら分からない。ここはランタンに火を着けるべきかと思いカバンをまさぐろうとして思い出した。
(しまった、私の荷物ドレイクに預けているんだ)
自分が背負っているのは宝珠の入っている木箱だと言う事を思い出す。やはり戻ってバレンシアと合流しようかと考えた時フリルフレアは大事なことを思い出した。
(そうだ!そう言えば覚えたての魔法があったんだ!)
今使うのにちょうど良い魔法である。フリルフレアは精神を集中させた。
「アクセス。光の精霊フェアリーよ、あなたの優しい光でこの闇を照らして…『フェアリーライト』」
パアッ。
フリルフレアの頭上に光の玉が3つ現れる。その3つの光の玉を操作し、地下の道を照らしてみた。
通路は真直ぐ続いている。通路の幅は約6m程、天井までの高さも6m程だろうか。通路はかなり長く続いているらしく、その先は光が照らす外で見通せなかった。
「ま、これなら大丈夫でしょ」
そう言うとフリルフレアは歩き出した。
・・・・・・・・・・・・・・・
10分程も歩いただろうか?いまだに先が見えないことに不安を覚える。
(いまだに先が見えないって、ちょっとおかしくない?)
いくらフリルフレアの歩幅が小さいと言っても10分も歩けばそれなりの距離だ。地下道でそれだけの距離を進むとなると、どうだろう?あまり見せたくないものを隠しているとしか考えられない。
どうするべきか?引き返そうかとも考えたその時だった。ついにその地下道の端が光の中に照らし出された。そこには大きな扉があり、その扉には神殿の入り口にあったレリーフが紋様として刻まれていた。
「……この扉の先に宝珠を届ければいいのかな?」
そんな気もするし、そうでない気もする。とにかく悩んでいてもらちが明かなかった。
「とりあえず中に入ってみよう」
そのまま扉に手をかけて思いっきり押してみるフリルフレア。しかし、扉はびくともしなかった。
「ふぬぬぬぬ~!」
再度力を込めたり、身体全体で体重をかけて押してみるがやはり扉はびくともしない。
「はぁ……開かない。もしかして鍵かかってるのかな?」
手元を照らしてみても鍵穴らしきものは無かった。
「おかしいなぁ……」
こんなにも重い扉があるだろうか?確かに自分は非力だが、全くビクともしないとも考えにくかった。
「まさか……逆じゃないよね」
何となく試しに扉を引いてみる。
キイィィィ。
軋むような音を立てて扉が開いた。
「………………引き戸だし…」
恨みがましい視線を扉に向けつつ、扉の中に入るフリルフレア。
扉の中は広い部屋だった。中には松明が据えられており広い室内を薄暗いながらも照らし出していた。
明かりがあることに安心したフリルフレアは光の玉を消す。そして中を見渡した。
部屋の中央には大きな祭壇らしきものがあり、そこには神殿の入り口にあったレリーフと同じものが飾られていた。20m四方はあろうかという室内の壁4隅に松明が掲げられており、入ってきた扉とちょうど正反対の場所にもう一つ扉があるだけの部屋だった。
一見して室内には誰もいない。だが、松明が着いていた以上誰かしら居てもおかしくは無いのだが……。
フリルフレアは片手を口元に添えて呼びかけてみることにした。
『あのー、誰か居ませんか⁉』
そう言おうとした瞬間だった。
バフッ!
「むぐぅ⁉」
突如背後から伸びてきた手がフリルフレアの口を塞いだ。突然のことに慌てるフリルフレア。
「ふ、ふぐぅ!ふううぐ⁉(な、なに!何なの⁉)」
フリルフレアは目を白黒させながらも、手を剥がそうと自分の口を塞ぐ手に両手をかけようとする。だがそれよりも一瞬早く背後からもう1本の手が伸びてフリルフレアの身体を両手ごと抱え込んでしまった。
「うむ!うむぅ!ふむうぐ!(ヤダ!ヤダァ!放して!)」
必死に呻くフリルフレア。だが彼女の口を塞ぐ手は力が強く、またフリルフレアの鼻ごと塞いでいるため呻き声すらまともに出せない。
口を塞ぐ手の大きさや、腕の肉質、背中に当たる身体の固さなどから自分を拘束しているのが男だと言う事は分かったが、当然それが誰なのかは分からない。
「ふ……ん……む…ぐ…」
さらに腕に力を込める男。ガッシリと押さえ込まれた腕はびくともしないし、鼻ごと口を塞ぐ手のせいで呼吸すらままならなかった。
(……この!私がいつまでも捕まりっぱなしだなんて思わないでよね!)
別に後ろの男が今までもフリルフレアのことを捕らえてきたわけでは無いのだが……。とにかく今までにも何度も悪人の手に落ちてきたフリルフレアにとって、自分を拘束するこの男は明確な敵だった。
(いつもいつも、泣きながら誘拐されるだけじゃないんだから!)
次の瞬間、フリルフレアは男の手の中で何とか口を動かす。押さえつけられてほとんど動かない口だったが、それでも何とか男の掌の中で口を開いた。
そして思いっきり噛み付いた。
ガジ!
「っつう!」
思わぬ反撃に男が苦悶の声を上げて手を緩めた。その隙にフリルフレアは思いっきり翼を羽ばたかせる。
バサバサバサ!
「うお!」
突然のことに驚きよろける男から飛ぶように身を離すフリルフレア。そして振り返ると腰から短剣を引き抜いた。
「ケホッケホッ……あなた!一体何者ですか⁉」
咳き込みながらも叫びと共に男を観察する。男はスッポリとローブを被っていたが、そのローブから覗く腕は筋肉質だった。どうやら魔導士では無いだろう。
何よりも男は腰に長剣を下げていた。そして顔を上げてフリルフレアの方を見ると腰の長剣をすらりと抜き放つ。その長剣は僅かに光を放っており、魔力がこもっている事が分かった。
「⁉」
だが、そのこと以上にフリルフレアが眼を疑ったことがあった。それは目の前の男が顔を上げたことだった。ローブの下には見覚えのある顔……いや、仮面があった。
「……うそ…オルグ…さん?」
そう、仮面の主はまさに仮面の名探偵を名乗ったオルグだった。思わず目を疑う。いなくなってアラセアに帰ったとばかり思っていたオルグが何故ここに居るのか?
「オルグさん⁉なんでここに⁉……それに何でこんなこと⁉」
オルグはフリルフレアの疑問には一切答えず、ニヤリと笑うとそのまま一気に突進してきた。その思った以上の素早さに驚きを隠せない。そしてオルグは長剣を振り抜いた。
キイィン!
甲高い音を立ててフリルフレアの短剣が弾き飛ばされる。あまりにも鮮やかな剣技に驚きを隠せなかった。
(ウソ…?オルグさん…こんなに強いの⁉………もしかして探偵って言うのは嘘⁉)
オルグの剣技を前に勝ち目が無いと察したフリルフレア。せめて距離を取るべく何とか飛び退こうとする。
「フッ」
しかしオルグはそれを鼻で笑うと一気にフリルフレアと距離を詰めてきた。単純な剣技だけではない、戦闘における駆け引きにしてもオルグの方が上手である。それはまるでベテランの冒険者の様だった。
一気にフリルフレアに近寄るとそのまま彼女を突き飛ばすオルグ。
「キャア!」
突き飛ばされ尻もちをつくフリルフレア。痛さに思わず涙が滲むが、今はそれどころではない。涙をこらえて後ろを向きその場から離れようとするが、次の瞬間後ろから髪の毛を掴まれた。そして思いっきり引っ張られる。
「痛い!」
思わず悲鳴を上げるが、そのまま髪の毛を引っ張られ地面に放り出されるフリルフレア。そしてオルグはそのフリルフレアに馬乗りになると、長剣を鞘に納めた。
そして自分に向けて伸びてくるオルグの手を見てフリルフレアは身体を固くした。何をされるか分からないが、ろくなことでは無い事だけは分かる。
「いやあ!ドレイク、助け……」
パアン!
フリルフレアの叫びが終わる前に乾いた音が響く。オルグが思いっきりフリルフレアの頬を叩いたのだ。突然のことに眼をまん丸くするフリルフレア。だが、すぐに恐怖が心を支配してくる。先ほどまでの強気な想いは消え去り、ただ震えるばかりになってしまう。
「あ…………いや……」
オルグに馬乗りになられ震えることしかできないフリルフレア。その瞳には涙が溢れてくる。そんな彼女を見てオルグの口元がニヤリと笑みに歪んだ。
「そうだ、それで良い」
そう言うとオルグは布の塊を取り出すとそれを無理矢理フリルフレアの口の中へと詰め込んだ。
「あ…うぐ…」
馬乗りになられている時点で無駄だと分かっているが、せめて最後の抵抗とばかりに口の中の布を舌で押し出そうとするフリルフレア。しかしそれもオルグの手が伸びてきて口を押さえたことで封じられてしまった。そしてその間にオルグな細長い布を取り出すと、それでフリルフレアの鼻の上から顎までをすっぽりと覆うように口を塞ぎ猿轡としてしまう。
「ふー……んん……むう…」
すでに意味のない呻き声しか出せなくなったフリルフレア。オルグはそんな彼女をうつ伏せにすると背中の宝珠の入った箱を剥ぎ取る。そして大事そうにその箱を置くと、縄を取り出しフリルフレアの腕を後ろ手に縛り出した。厳重に何重にも縄をかけて縛り上げていくオルグ。手首のところできつく縛られ、胸元にも縄をかけられたフリルフレア。そのままオルグの手によって脚にも縄をかけられてしまう。足首と膝下で厳重に縛られたフリルフレア。これで自分では身動き一つとれなくなってしまった。それに、こんなに厳重に縛られてはうまく重心を安定させられず、飛んで逃げることもできないだろう。オルグもその事に気が付いているのか得に翼は拘束しなかった。
「フ、フフフ。やはり美しい翼だ…お前こそ最後の贄にふさわしい」
そう言うとオルグはフリルフレアを担ぎ上げ、宝珠の入った木箱を手に取った。
自分を担いだまま歩いて行くオルグの背中を見ながらフリルフレアはとある疑問を感じていた。
(………オルグさんの声って……こんな声だったっけ…?)




