第6章 赤蜥蜴と赤羽根と過去の絆 第5話、遺跡の中で待ち受けるモノ その5
第5話その5
「ぎぃやあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
あたりに巨漢盗賊の悲鳴が響き渡った。だがその悲鳴もすぐに小さくなっていき、更にそれをかき消すように爆炎が燃え上がる轟音が辺りに響き渡り、燃え上がる炎はまるで火柱の様に空を焦がす勢いだった。
「う、うわああああああぁぁぁ!」
「な、何だこいつ⁉」
「火を吐きやがったぞ!…ば、化け物だ!」
「さては貴様!リザードマンのふりをした人型の竜だな!」
盗賊達が口々に叫びながらドレイクの周りから離れていく。中にはちょっとキメ顔のまま自分なりの考察を述べている者もいたが、とりあえずそれは気にしないでおこう。
「ぎあああ……あああ…………ああ……………」
炎に包まれた巨漢盗賊の悲鳴がさらに小さく鳴っていく。そしてほどなくすると巨漢盗賊の悲鳴は聞こえなくなり、そのままその巨体はズンッ!と音を立てて地面に倒れ込んでいった。
「ふん…………んん…」
そのある意味凄惨な光景に思わる目を瞑って顔を背けるフリルフレア。確かに、ただでさえドレイクの手によって盗賊達が殴り飛ばされて顔面を潰されたり、内臓が潰れそうなほどの勢いで腹部を殴られたり、ドレイクの太い尻尾で脇腹を薙ぎ払われたりとかなりの暴力的現場を目の当たりにしたうえに、巨漢の盗賊が炎で丸焦げになる現場を見てしまったのだ。子供のフリルフレアが顔を背けてしまうのも無理はなかった。…………と言うか、下手をすれば大の大人だって顔を背けたくなってしまうかもしれない程バイオレンスな状況だった。
「んん……んむむ………っぷは!」
そんな凄惨な状況から目を背けたフリルフレアとは異なりルーベルはそのドレイクから目を離せなくなっていた。ドレイクを凝視しながら激しく顔を振って何とか猿轡を外すことに成功する。そして口の中の布切れを苦しそうに吐き出すと、深く息をついた。
だが、そんなルーベルにいち早く気付いた頭目。舌打ちしながらルーベルの口元へ手を伸ばした。
「バカヤロウ!女の猿轡が外れてるぞ!魔法を使われたらどうするつもりだ!」
そう言ってルーベルの首に巻き付いた縄の端を握っている盗賊を睨みながらルーベルの口を塞ごうとしたが……。
「な、何なの………あれは…………待って…考えてみれば………?」
ルーベルのそんな呟きに頭目の手がピタリと止まる。そして頭目はルーベルの顎を掴むと無理矢理自分の方を向かせた。
「おい女……何なんだあの蜥蜴野郎は?炎を吐くリザードマンなんざ聞いたことがねえぞ?もしかしてお前……あの蜥蜴野郎について何か隠してんじじゃねえのか?」
頭目がルーベルの顎を掴んだままその眼を覗き込んでくる。だがルーベルは頭目を睨み返しながら毅然と言い放った。
「さっきあの人も言いましたが、私とあのリザードマンは仲間でも何でもありません!先ほど知り合ったばかりです!」
「ほう……その割には何か知ってそうな口ぶりだったが…?」
「知っている訳ではありません。ですが………ある事実に気が付いただけです」
「ある事実?」
頭目の問いにルーベルは無言で頷くと、ドレイクの方へ視線を向けた。
「彼はリザードマンですね………赤鱗の…」
「おう、そうだな」
「でもね………ありえないんですよ」
「ありえない?……何がだ?」
「彼の鱗が赤いことがですよ!私としたことがこんな事にも気付かなかったなんて……」
悔しそうに顔を歪めるルーベル。だが頭目はルーベルの行っていることの意味が全く分からない。
「一体何の話だ?」
「良いですか?リザードマンの赤鱗の部族というのはですね………とうの昔に滅んでいるんですよ!」
「滅んでる?……何言ってやがる。現に眼の前にこうして……」
「ですから!それがおかしいんですよ!赤鱗のリザードマンはとっくに滅んでいて、もう百年以上目撃例が無いはずなんです!」
「つまり………どういうことだ?」
ルーベルの言葉の意味がいまいち理解できていない様子の頭目。だが、少しヤバい雰囲気を感じ取ったのか、ルーベルの言葉の続きを固唾を呑んで待っていた。
「つまりは………あのリザードマンは…もしかしたらリザードマンではない別の何かかもしれないという事です」
「べ、別の……何かだと⁉」
「はい、そうでなければ……彼が滅んだはずの赤鱗のリザードマンの姿をしていて、なおかつまるでドラゴンの様に炎のブレスを吐く理由が思いつきません」
「な、なんだと……」
ルーベルの仮定に思わず驚愕する頭目。だが、ルーベルは更にドレイクに続くもう一つの異質な事実に気が付いていた。
(そう……おかしいんです。赤鱗のリザードマンはもう滅んでいるはずなのに……。それに………赤い翼のバードマンなんて存在しないはずなのに……)
心の中でそう呟きながらルーベルはフリルフレアの方を見た。
確かにフリルフレアに関しては今現在盗賊に捕まっていて暴れることはおろか喋ることもできないので、ドレイクの様に炎を吐いたりといったことは無いだろう。だが、それでもルーベルはバードマンの翼の色が風の精霊王フレスベルグの6色の翼の色である白、黒、青、茶色、灰色、銀色のどれかであることを知っていたので、フリルフレアの異質さにも気が付いたのだ。それはつまり………。
(フリルフレアさんも……バードマンでは無い⁉つまり………この二人はもしかしたら人間ではないのかもしれない………)
そんな憶測がルーベルの頭をよぎる。思わず額から冷や汗が流れ落ちていった。
(こんな異質な状況だったことに今の今まで気が付かなかったなんて……)
自分の迂闊さを呪いたくなるルーベル。最初にドレイクとフリルフレアを目撃した時、二人とも赤かったのでそれを不自然だと思わなかったし、そもそもドレイクの事を人さらいだと思っていてフリルフレアを助けなければと焦っていたので二人が普通ならば存在しない鱗や翼を持つ異質な存在だと気付かなかったのだ。あと、エクレアを見捨ててフリルフレアと逃げたことで後ろめたさからそう言ったことに対して注意が向けられていなかったのもあるだろう。
「お、おい……じゃあ、あの野郎はどうやったら始末できるんだ?」
頭目がルーベルの顔を覗き込みながら問いかけてくる。正直、頭目もドレイクの腕が立つことは見抜いていたが、こんな化け物じみているとは思っていなかったのだろう。直接戦うのは出来れば避けたい様子に見える。
「わ、私に訊かれましても分かりません」
とりあえず正直に答えておくルーベル。そもそもドレイクはエクレアと一緒に行動していたので一応は自分たちを助けに来てくれたのだろうとルーベルは考えていた。だから頭目の問いに答える義理など無いのだが、それ以上にルーベル自身本当に今のドレイクの倒し方など考えつかなかった。というか、むしろドレイクに加勢して盗賊達を倒すべきだろうと考える。となると………。
(そう言えば………エクレアは何処に…?)
もしかしてひそかに自分たちを救出するために近くまで来ているのではないかと辺りを見回すルーベル。そして………。
「ひゃあああああ……お、お助け~……」
情けない悲鳴を上げながら盗賊達に取り押さえられているエクレアの姿が目に入った。
「……………………」
何やってんだコイツ?と思いながら情けない声を上げているエクレアをジト目で見つめるルーベル。残念ながらエクレアはそんなルーベルの視線には気付かなかったようだが、ドレイクの方がルーベルの視線に気づき、そのまま視線の先を確認して………そのままこっちもジト目になった。
「おいエクレア!テメエさっき自分はエリートだとか俺は落ちこぼれだとか散々言ってたくせになんだよそのざまは!お前冒険者ランク5じゃなかったのかよ⁉」
ドレイクの叫び声が響き渡る。確かにルーベルがエクレアから聞いた話では、エクレアは15歳で成人になってすぐ冒険者になり、たったの1年3カ月ほどで一気に冒険者ランク5まで上り詰めた天才的エリートだったはずだ。確かに魔法職の神官である以上近接戦闘はあまり得意ではないだろうが、それでもあんなにあっさり取り押さえられるとは考えにくい。ルーベルは疑問に思っていたが、その答えはエクレア自身の口からアッサリと語られた。
「フッ!舐めないで頂きたいですねドレイクさん!たったの1年かそこらで冒険者ランクを5も上げるなんて不可能に決まっているじゃありませんか!」
そんなことをキッパリと言い放つエクレアにドレイクとルーベルの眼が点になる。
「は?…………だってお前ランク5だって……」
困惑気味のドレイクに対してエクレアは取り押さえられたままの姿勢で偉そうに言い放ってきた。
「もちろんわたくしはランク5ですよ!ただランクアップの試験の時、担当の試験官に賄賂を握らせて合格にしてもらっただけです!」
「何だそりゃあぁぁぁ⁉」
「エ、エクレア……?」
エクレアの言い放ったとんでもない事実にドレイクは頭を抱えて叫び、ルーベルは眼が点になっている。
「おいエクレア!賄賂渡してランクを上げてもらったって……そりゃ単なるいかさまじゃねえか!」
地団太を踏みながら叫んでいるドレイク。どうやら、1年かそこらでランクを5まで上げたという話を聞いてドレイクなりにエクレアの事を評価していたみたいだった。しかしそれが不正によるものだったと知り、苛立っているように見えた。
そんなドレイクの叫びを聞いたエクレアだったが、特に悪びれた様子もなく、取り押さえられたまま小馬鹿にしたようにドレイクを見上げていた。
「いかさまだろうと何だろうとわたくしが冒険者ランク5であることに変わりはありません。ランク1のあなたと一緒にしないでください」
「うがあああああ!納得できねえええええ!」
叫びながら地団太を踏み続けるドレイク。ガンガン!と踏みつけた地面にどんどんひびが入っていく。ドレイクの驚異的な脚力で地面が砕かれているのだ。
(あのドレイクというリザードマン………エクレアの不正にあんなに苛立った様子を見せるなんて………意外ですが、そう言った反則行為は見逃せないたちなのでしょか……?)
意外と生真面目なのかもしれないと思い直したエクレア。だが………。
「お前ばっかずりぃじゃねえか!くっそ~!それなら俺も金渡して最初っからもっと高いランクにしてもらえばよかったぜ!」
このドレイクの叫びにルーベルは心の中で一度は上げたドレイクに対する評価を元に戻した。
(やはりろくでもない男の様ですね……)
ルーベルがそんなことを考えている中。今だ地団太を踏み続けるドレイク。金でランクを上げられるという事実を知らなかった事がよほど悔しかったらしい。もっとも、冒険者ランクアップの試験を行う試験官の全てに賄賂が通用するわけでもないだろうし、何なら賄賂なんぞ送ろうとした時点で不正行為とみなされ失格になる可能性もあるのだが……。
とにかく地団太を踏み続けるドレイクを見ながらルーベルは少し呆れていた。正直ドレイクとエクレアが助けに来ても状況が全く好転していないように思える。
そんな風に考えていたルーベルは………次の瞬間ドレイクの足元を中心に地面に亀裂が走っていくことに気付くのが一瞬遅れた。
「………………え?」
そう、地面に亀裂が走っていた。ドレイクが地団太踏みまくっていた足元から亀裂がかなりの範囲に向かって走っている。ドレイクが盗賊達相手に戦っている間にいつの間にか遺跡の目の前まで移動して来ていたのだ。そして足元は石畳の様になっており、そこに無数の亀裂が走っている。だが、当のドレイクは気付いていないのか「くっそ~!」とか言いながらまだ地団太踏んでいる。その事実に気付いた瞬間、ルーベルの額にイヤな汗が流れ落ちた。
「ちょ、ちょっとあなた!ドレイクさん……でしたっけ⁉足元!足元が崩れます!」
「へ?」
ルーベルの叫びにドレイクがポカンとした表情になる。どうやら本当に足元に走る亀裂に気付いていなかったようだ。そして………。
ガスン!
ドレイクの片足が石畳に埋まった………いや、石畳を踏みぬいたのだ。そしてそのまま連鎖的に亀裂が割れていき、石畳の地面が砕けていく。
「……………え?」
ドレイクが目をまん丸くしたまま踏みぬいた石畳の亀裂の中へ消えていく。どうも何が起きているのか分かっていない様子だった。
「ウオオオオ⁉な、何だこりゃ⁉」
頭目が砕けていく地面から飛び退きながら焦った様子で叫んでいる。
「う、うわあああああ!」
「お、落ちるぅ!」
「お、お頭!お助けえ!」
盗賊達も口々に叫びながら亀裂から石畳の下へ落ちていく。
「あわ、あわわわわわ!お、お助け~」
間抜けな声とともにエクレアが、彼女を取り押さえている盗賊もろとも地面の下落ちていく。
「ミイイイィィィ!お、おじちゃん、助けてー!」
何とか猿轡を外したフリルフレアがドレイクに助けを求めるが、その叫びがドレイクに届いたかどうか分からないままフリルフレアは彼女を抱えた盗賊と共に地面の下へ落ちていった。
「エクレア!フリルフレアさん!………こうなったら…『レビテーション!』」
何とか二人を助けようと浮遊魔法で飛び上がるルーベル。これで何とか落ちずに済むはずだと安堵していた矢先だった。
「ま、待ってくれ!俺も!」
「俺達も助けてくれ!」
「お、魔導士の姉ちゃん、なかなかいい尻してるなぁ」
盗賊数名がルーベルに飛び付いてきたのだ。恐らくルーベルが浮いているので彼女につかまれば落ちずに済むと思ったのだろう。若干一名、ルーベルに飛び付いたまま尻を撫でまわしている不届き者がいたのでそいつは蹴り落としておいた。だが、一人蹴り落としたくらいではあまり意味が無かった。……そう、完全な重量オーバーだったのだ。
「は、離れてください!」
ルーベルの叫びも虚しく、盗賊もろとも彼女も亀裂の中へ落ちていった。そして………気が付けばその場に残っているのは誰もいなかった。全員ドレイクが踏みぬいた遺跡の天井から中へ落ちていったのだ。そう……………この遺跡は地下へとつながっており、ドレイクがその天井を踏みぬいて破壊してしまったので皆地下へ……遺跡の中へと落ちて行ってしまったのだった。




