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第1章 赤蜥蜴と赤羽根 第4話、フリルフレアの悲劇

     第4話、フリルフレアの悲劇




「ただいま戻りました~」

 虎猫亭に疲れ切ったフリルフレアの声が響き渡った。

 魔物討伐を終え、再び丸一日かけてラングリアまで戻ってきたフリルフレアたち。その足で冒険者ギルドに向かい報酬を受け取った後そのまま虎猫亭に帰還したころにはもう夕方になっていた。

 初めてのまともな冒険で疲労困憊のフリルフレアはそのまま椅子に座り込んだ。

「あ、おかえり~。仕事はどうだった?」

 虎猫マスターの娘キュロットがパタパタと駆け寄ってくる。彼女は冒険者の話を聞くのが好きで、よくクエスト帰りの冒険者に話を聞きに来るのだった。

「ばっちりですよ!…疲れましたけど~」

 疲労のあまりテーブルに突っ伏すフリルフレア。そんなフリルフレアの髪をけろっとした顔のドレイクがワシャワシャと撫で回す。

 周りを見れば、疲れ切っているのはフリルフレアだけで他のメンバーはそれほど疲労感をにじませてはいなかった。汚れてはいるものの、ドレイクやゴレッドにいたっては今からもう一仕事しても問題なさそうな雰囲気だった。

「よくやったな赤羽根。けど、とりあえず荷物を置かないとな。……虎猫娘、部屋は空いてるか?」

「ドレイクとフリルフレアちゃんの部屋は空けてあるよ?ローゼリットさんとスミーシャさんは相部屋でいいんだったよね?」

 手に持っていた宿帳をパラパラとめくりながらキュロットが答える。

「うん、いつまで泊まることになるかわかんないからね」

「相部屋で構わない」

 スミーシャとローゼリットが頷く。どうやら彼女たちも元々虎猫亭に泊まっていた様だった。

「別の宿探すのも面倒じゃからわしらもここに泊まるかの」

「そうですね」

「オッケー、じゃあこの宿帳にサインしてくれる?」

 キュロットの差し出した宿帳にゴレッドとロックスローがサインをする。ドレイクとフリルフレア、スミーシャとローゼリットの分のサインはすでに書かれていた。ドレイクたちが帰って来る事が分かっていた虎猫マスターが気を利かせて部屋を確保していた様だった。

「とりあえず一回部屋に行こう」

「はい、じゃあこれ鍵ね」

「ありがと」

 キュロットが差し出した5つのカギをスミーシャが受け取る。

「あたしとローゼは301。後は?」

「あ、わたし202です」

「俺、203だ」

 ドレイクとフリルフレアがスミーシャから鍵を受け取る。ドレイクはこの部屋に長らく泊まっていたし、フリルフレアは冒険に行く前に泊まっていた部屋だった。

「じゃ、わしはこれでいいかの」

 ゴレッドがスミーシャから303号室のカギを受け取る。そして残った204号室のカギをロックスローに渡した。

「では、荷物を置いたら1回の酒場に集合しましょうか」

「ちょーっと待った!」

 ロックスローの言葉にスミーシャが手を上げて待ったをかける。その表情は真剣そのものだった。何事かと皆でスミーシャの方を見る。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 しばしの沈黙の後スミーシャがゆっくりと口を開く。

「先にお風呂入りたい」

「あ、私もです」

 スミーシャの言葉にすぐさま同意するフリルフレア。ローゼリットも隣でウンウン頷いている。だが、男性陣はげんなりした顔で「そんなのどうだっていいだろう」と言っていた。

「良くない!」

「そうだ!気持ちの悪い汚れはさっさと落としたい」

「身だしなみは女の子にとって大事なことなんです!」

 スミーシャ、ローゼリット、フリルフレアの順に猛烈にたたみかけてくる女性陣。これは先に風呂に入らせないと後で何を言われるか分かったものではない。

「わ、分かったよ……好きにしろ」

 ドレイクが顔をヒクつかせながら声を絞り出すと、フリルフレアとスミーシャが「やったー!」と大喜びで両手でハイタッチをしていた。その横では再びローゼリットがウンウンと頷いていた。






 荷物を置き(フリルフレアたちは風呂に入ってサッパリし)一息ついた後、ドレイクたちは1階の酒場に集まりテーブルを囲んで座っていた。テーブルの真ん中には今回の報酬である10000ジェルが置かれている。

「じゃあ、報酬はフリルの嬢ちゃんとロックスローが1000ジェルずつ、他は2000ずつで良いんじゃな?」

「私はそれでいいです。守られてばっかりでしたから……」

「私も皆さんの足を引っ張ってしまいましたので…」

 ゴレッドの言葉にフリルフレアとロックスローが申し訳なさそうに同意する。10000ジェルを6人で分けると均等に分けられないため、どうしたものかと言う話になったとき、フリルフレアが「私、今回皆さんに助けられてばかりだったので少なめでいいです」とおずおずと手を上げた。そして、それを見たロックスローが「う、それだと私も皆さんの足を引っ張ってしまったので…半額くらいでいいです」とやはり手を上げた。そうなれば分けるのは簡単だという話になり、フリルフレアとロックスローがそれぞれ1000ジェル、ドレイク、ゴレッド、スミーシャ、ローゼリットがそれぞれ2000ジェルと言うことになった。

「しかし、本当によかったんかフリルの嬢ちゃん。わしのピンチを救って、トロールにとどめを刺したのはお前さんじゃろ?」

「いえ、それも運が良かっただけですし…、その前にゴレッドさんがトロールを弱らせてたから倒せただけですよ」

 ゴレッドの言葉に静かに首を横に振るフリルフレア。そんなフリルフレアを見てキュンキュンしたのかスミーシャが彼女の頭をがばっと抱きしめる。

「はあ~、やっぱりフリルちゃんいい子だよね~」

「もが…もがが……」

 フリルフレアが手足をバタバタさせる。スミーシャがフリルフレアの頭を抱きしめているのだが、そのせいでフリルフレアの顔面がスミーシャの豊満な乳房に埋もれる形で押し付けられているため完全に窒息していた。

「おい、フリルフレアが死ぬぞ」

「え?…ああ、ごめ~ん!」

「ぶはぁ!」

 ローゼリットのツッコミによりようやく解放されるフリルフレア。スミーシャが「ゴメンね、ゴメンねフリルちゃん」と言いながら両手を合わせているが、若干身の危険を感じたフリルフレアは椅子を隣のドレイクのそばに寄せた。そして各々分配した報酬を財布にしまい込む。

「まったく、無事に帰ってきやがったか、赤蜥蜴!」

 そんな声に後ろを振り向くと、虎猫マスターがメニューを持って立っていた。

「虎猫マスター…、そりゃどういう意味だよ」

「別に、お前がくたばりゃフリルフレア嬢ちゃんももっとまともな奴と組む気になるんじゃないかと思っただけじゃよ」

 虎猫マスターはそう言いながらテーブルにメニューを置いた。早速ドレイクがメニューを広げる。

「あのなぁ……、何度も言うけどコンビ組もうって言いだしたのは赤羽根の方からで……」

「そうです!」

 ドレイクの言葉に急に立ち上がるフリルフレア。そして拳をグッ‼と握りしめると……。

「私とドレイクは出会う運命だったんです!一緒に旅をしろって神様が言っているんです!」

「だから、そんなこと言ってるのはどこのアホ神だよ……」

「とりあえず、アルバネメセクト神ではないぞ?」

 フリルフレアの言葉にドレイクとゴレッドのツッコミが入る。その横ではスミーシャが「何なのその運命って⁉運命共同体なの⁉」と何やら悔しがっており、それをローゼリットに「ドウドウ、落ち着け」と馬の様になだめられていた。

「もう良いじゃろ?早く飯にせんか?」

 ゴレッドの言葉に一堂頷くと、メニューに目を落とした。立ったままだったフリルフレアも恥ずかしそうに椅子にチョコンと座る。メニューを見ないことから何を頼むか決まっているみたいだった。

「どうせお前はチーズオムレツだろう?」

 ニヤリと笑いながら指摘するドレイク。だがフリルフレアは「チッチッチ」と言いながら人差し指を左右に振る。

「今日はチーズよりもキノコの気分です。なので今日はキノコオムレツです」

「オムレツに変わりはないのかよ……」

「はい!前にも言いましたけど、私オムレツ大好きなんで!」

 そういうとフリルフレアは虎猫マスターに向かってビシッと手を上げる。

「と言うわけで、私はキノコオムレツと黒パン、あとリンゴジュースです」

 虎猫マスターが「はいよ」とオーダーをメモしている中、フリルフレアに視線が集中する。

「あれ…?何ですか?」

「いや、フリルの嬢ちゃん、酒は飲まんのか?」

 ゴレッドの言葉にスミーシャとローゼリットがウンウンと頷いている。

「冒険の後の1杯っておいしいよ?」

 スミーシャの言葉に「う~ん…」と考え込むフリルフレア。その表情はどこか困った様な表情だった。

「私、お酒飲んだことありません」

「え⁉そうなの?なんで~?」

「冒険者なら、ある程度酒を覚えておくことも必要だぞ?」

「それは分かっているのですが……」

 ローゼリットの言葉に歯切れの悪い返事を返すフリルフレア。どうやら酒に対してあまりいい感情を持っていないように見える。

「別に本人がいらないって言うなら無理強いすることもないだろ」

「まあ、それもそうじゃが……」

 ドレイクの言葉に何やら残念そうな声を上げるゴレッド。どうやらフリルフレアに酒を飲ませてみたかったようだ。一方スミーシャは「まあ…無理強いは良くないよね」と言いながらどさくさに紛れてフリルフレアの頭を撫でている。

「早く注文しましょう。私は野菜スープをもらいます、あと水で」

「何じゃロックスロー、お前さんもか!」

「てか、それだけで足りるの?」

 ロックスローの注文を聞いたゴレッドとスミーシャが疑問の声を上げる。確かに随分と少ない。

「私小食なんですよ」

 そう言って「はははは」と笑うロックスローを信じられない物を見る様な目で見ていたゴレッドとスミーシャだったが、すぐに「まあいいわい」「そうだね」と切り替えてメニュー選びに集中する。

「私は葡萄酒とチーズ、サーモンの香草ソテー、バケットで頼む」

 ローゼリットが手を上げて注文する。次いでスミーシャが「はいはい、はーい」と手を上げる。

「あたしね、蜂蜜酒とカモのソテー、あとフライドポテトとクロワッサン」

「わしゃ、まずはエール酒じゃろ。後は…ビーフステーキにするかの!オニオンフライと、スモークフィッシュも貰おうかの!あとは……ガーリックライスじゃ!」

ゴレッドの注文にスミーシャとローゼリットが驚く。

「そんなに注文して大丈夫なの?」

「食べきれなかったらもったいないぞ?」

「なあに、これくらいなら軽いわい!」

 ガハハハハ!と笑うゴレッドに驚きを隠せないスミーシャとローゼリット。だが、それを聞いてもフリルフレアは特に反応を示さなかった。彼女はもっとすさまじい大喰らいを知っていたからだ。

「え~と、じゃあ俺は……、エール酒と…豚肉のカツレツ、エビフライ、チーズのせのハンバーグと…野菜スティック。後は…オニオンスープとキノコのグラタン、ガーリックトーストと……」

 そこまで言うとドレイクはフリルフレアの方をちらっと見る。

「スパイスたっぷりのフライドチキン」

「ミィィィ!なんで今私を見たんですか!」

「いや、だってフライドチキンと言えば赤羽根………」

「なんでそうなるんですか!」

「何だ、じゃあパンモロの方が良かったのか?」

「だまれ!」

 思わずいつもの口調すら忘れるほど取り乱したフリルフレアが、テーブルの下でドレイクの脚を思いっきり踏みつける。………が、しかしフリルフレアの脚力ではドレイクの鱗に傷一つ付けられないようだった。ドレイクが「何だ?」と言いたげな表情でフリルフレアの方を見ている。フリルフレアは半ベソかいて「ミィィィ……」と唸りながらくやしがっていた。

「何じゃいパンモロって?」

「パンモロって言うのはですね、パンツが思いっきり見えている状態の事です」

「いや、そんなことは知っとるわい。なんで嬢ちゃんがそんな呼ばれ方しとるんじゃ?」

 ロックスローの要らん説明にジト目を返したゴレッドがもっともな疑問を投げかける。

 だがその横ではローゼリットとスミーシャがドレイクに向けて目をまん丸くしていた。

「あ、赤蜥蜴……、お前それ全部食べるのか…?」

「ん?もちろんだが…」

「やだ、ウソ信じらんない…」

 何を当然のことを言っていると言いたげなドレイクの言葉に、信じられない物を見るような目を向けるローゼリットとスミーシャ。スミーシャにいたっては聞いただけで胸やけがすると言いたげだった。

「フリルちゃんは驚かないの⁉」

 スミーシャが視線を向けると、フリルフレアは半ベソかいていた涙をぬぐっているところだった。しかし、スミーシャの言葉にすぐにケロッとした表情で彼女を見上げる。そして一言。

「もう慣れました」






「虎猫マスター!あたし林檎酒追加で!」

「私は葡萄酒を頼む。もちろん赤でな」

「わしゃ芋焼酎貰おうかの」

「エール酒もう一杯、あと豚のもつ煮込みな」

 スミーシャ、ローゼリット、ゴレッド、ドレイクの順に好き勝手に酒の追加を注文する。

 辺りはもうすっかり暗くなっており、酒を飲んでいたメンツはすっかり出来上がっていた。テーブルの上に置いてある料理はもうどれが誰の注文したものか分からないくらいゴチャゴチャになっている。

 酔っぱらっているくせに、まだ食べ物も注文しようとしているドレイクにフリルフレアは呆れてため息をついた。

「あの…ドレイク、そろそろお酒やめてもらっていいですか?」

「はぁ?なんでだよ」

 ドレイクは他の3人ほどには酔いが回っていない様子だったが、それでも若干トロンとした目をフリルフレアに向けた。ちなみに全身の赤い鱗のせいで酒が回っているのかそうでないのか全く分からない。

「あのですね、実は今から行きたいところがあって……ドレイクにもついて来てほしいんです」

「俺に?」

「はい、一緒に行きたいところがあるんです」

「今からか?やだよ面倒くさい」

「め、面倒くさい⁉」

 フリルフレアがプクッとほほを膨らませる。ドレイクの言い様に明らかに不満があるようだ。

「い、良いじゃないですかちょっとくらい」

「もう酒飲んじまったしなぁ……明日じゃダメなのかよ?」

「むぅ……今日のうちに報告したいんです」

 むぅっとふくれっ面をしているフリルフレアを見て、すかさずスミーシャが詰め寄ってくる。

「赤蜥蜴が行かないならあたしが一緒に行ってあげる!ねえフリルちゃん、お姉ちゃんと一緒に行きましょうね~」

「誰だよお姉ちゃんって…」

 スミーシャの後ろでローゼリットがボソッとツッコミを入れていたが、誰も聞いていなかった。一方スミーシャはフリルフレアに抱き付くと、そのままほっぺたをスリスリし始める。ちなみにそれをされているフリルフレアは、スミーシャの酒臭さも相まってかなり嫌そうな顔をしている。

「あのですね、酔っ払いのスミーシャさんには用はありませんので」

「ガーーン‼」

 さらにスリスリして来るスミーシャをいい加減鬱陶しいと感じたのか、彼女の頬を押しのけてフリルフレアがきっぱりと言い放つ。そしてショックで凍り付くスミーシャ。

「良いじゃねえか、踊り猫と一緒に行って来いよ」

「ドレイクじゃないと意味ないんです!何度も言いますけどスミーシャさんじゃダメなんです!」

「さらにガーーン‼」

 フリルフレアの言葉がスミーシャの心をえぐっている様だったが、今の彼女はそんなことは全く気にしていなかった。それを見てさすがに不憫に思ったのかローゼリットがスミーシャの頭を撫でて「よしよし、残念だったな」と慰めていた。さらに言えば、そのままスミーシャは「え~ん!ローゼェ…」と半ベソかきながらローゼリットに甘えていた。

「一体どこに何しに行きたいんだよ?」

「孤児院ですよ。ちゃんとした冒険をしたのでパパ先生とママ先生に報告したくて」

「それ、別に俺いらないだろ……」

 フリルフレアの言葉にドレイクがジト目を送る。だが、フリルフレアはドレイクの言葉にフルフルと首を横に振った。

「ちゃんとドレイクのことも紹介したいんです。コンビを組むことにしたって」

「やっぱそれ、明日でいいだろ?」

 フリルフレアのすぐにでも報告に行きたい気持ちは何となくわかったが、それでもドレイクは席を立つ気にはならなかった。

「はいよ、林檎酒に赤の葡萄酒、芋焼酎とエールだ。もつ煮込みはもうちょい待っとれ」

 タイミングがいいのか悪いのか、虎猫マスターが追加した酒を持ってきた。そのままテーブルに置くと、空の皿を回収して去っていく。

 ドレイクはエール酒のジョッキをつかむと、グビグビと喉を鳴らして飲んだ。

「まだもつ煮込みも来るし、やっぱ明日にしようぜ」

 ドレイクの言葉に、フリルフレアのほほが先ほどの倍くらいに膨れ上がる。大いに不満があるのは明白だった。体もプルプルと震え、瞳に涙がにじんでいる。それを見たドレイクは「よく泣くやつだなぁ…」などと思っていた。

「もういいです!一人で行きますから!ドレイクのバカ‼」

 それだけ言うとフリルフレアは虎猫亭を飛び出していった。ドレイクが呆然としている中、今まで静観を決め込んでいたロックスローがガタっと立ち上がる。

「ま、待って下さいフリルフレアさん!こんな夜中に一人歩きは危険ですよ!」

 そう言いながらロックスローはフリルフレアを追いかけて、外へ向かって駆け出して行った。

「おい赤蜥蜴、追いかけんでいいのか?」

「そうよ!追いかけなさいよ赤蜥蜴!悔しいけどフリルちゃんの心にはあんたしか映ってないのよ!」

「スミーシャ、話がややこしくなるからちょっと黙って」

 スミーシャの口の中にパンをねじ込んで黙らせるローゼリット。ドレイクはジョッキの中のエール酒を飲み干すと、ドンっと音を立ててテーブルの上に置いた。

「別にあいつも子供じゃないんだ、一人で行かせりゃいい」

「じゃがなぁ……」

「それにこれは俺とあいつのコンビの問題だ。口出し無用だ…」

 そう言いつつも、ドレイクの表情は少し後悔の色がにじんでいた。少し冷たくあしらいすぎただろうかと言う後悔の念がドレイクの心に浮かぶ。

「赤蜥蜴なんかこのままフリルちゃんに嫌われちゃえばいいのよ」

 そう言いながら「べー」と舌を出してくるしてくるスミーシャを見てドレイクはため息をつく。

「別に…、このコンビ自体あいつが言い出したことだ。あいつが俺を嫌って解散するならそれも仕方ないことさ……」

 そう言いつつも、ドレイクの表情はどこか寂しそうだった。

「まったく、この意地っ張りめ…」

 ドレイクの姿を見て、ゴレッドがため息をついた。そのまま空いた自分の隣の席へと視線を移す。

「嬢ちゃん追いかけていったはいいが、ロックスローじゃ不安じゃの……」

 そういったゴレッドの視線の先にはほとんど手の付けられていない野菜スープと水が置かれていた。






「待ってください、フリルフレアさん」

 後ろから自分をよぶ声に、フリルフレアは振り向いた。声やしゃべり方で誰だか分かる、ドレイクではないことも………。

「ロックスローさん……」

「こんな夜中に一人で出歩くのは危険ですよ。私でよければついて行きますので」

「あ、ありがとうございます……」

 本当はドレイクに追いかけてきてほしかった気持ちがある。追いかけてきたのがロックスローと分かり落胆したのも事実だった。だが、それを表に出すのはさすがに彼に失礼だとわかっていた。ペコリと頭を下げながら、「ははは」と愛想笑いを浮かべる。

「すみません。私もちょっとムキになっちゃって……でも、どうしてもちゃんと孤児院のみんなに報告がしたかったんです」

「分かっていますよ。あれはドレイクさんが悪いんですから」

「……でも、確かにドレイクの言う通り…別に明日でもよかったんですよね……」

 そう言うとフリルフレアは「えへへ」と寂しそうに笑いながら頭を掻いた。自分でも分かっていた。なぜこうもムキになってしまっていたのか……。

「ダメですね私……ついドレイクに甘えちゃいます…」

「そんなことはないと思いますが?」

「いえ、そうなんです。自分でも分かってるんです……」

 フリルフレアとドレイクの出会いはあまりいい物では無かった。面と向かう前に丸出しのパンツを見られるわ、自分のことをパンモロやらフライドチキンやら言ってくるわ、名前は覚えないわ、単純に考えて親しくなれる要素は一つもなかった。

 だが、ドレイクの記憶が無いという話を聞き、そして自分の記憶もないという話をする中で奇妙な親近感の様なものがわいてきたのだ。互いの話をする中で芽生えた親近感、フリルフレアはこれをある種の絆だと考えていた。

 フリルフレアが「運命」と言う言葉を多用したのは、この絆こそを「運命」だと感じたからであった。

 今までドレイクはなんだかんだフリルフレアの言うことをむげにしたことはなかった。フリルフレアが言い出したコンビも組んでくれたし、言葉にはしないがその端々に彼女に対する気遣いの様なものが感じられた。だから今回、いつもの様なドレイクからの気遣いが感じられずに面白くなかった……だからムキになってしまっただけだったのだ。

 ただ、それが分かっていつつも感情は追いついていなかった。

「ついついドレイクが優しいから…甘えすぎちゃった……」

 今回の依頼でも、遺跡までの道のりの中なんだかんだ気を使ってくれたドレイク。戦闘では自分たちの負担を減らすため真っ先に飛び出して言ったドレイク。自分にいろいろな経験をさせるために真剣にクエストを選んでくれたドレイク。一見しただけでは分からないが、彼なりの優しさや気遣いが感じられた。

「いやいや、ドレイクさんはランク13じゃないですか。フリルフレアさんはまだ駆け出しなんですから、ベテランに甘えてもいいと思いますよ」

 ロックスローがニッコリ微笑む。彼は彼でフリルフレアに対して気を使っているんであろう事は分かった。だが、フリルフレアはその言葉に首を横に振る。

「多分、ドレイクは私に早く1人前になってほしいんだと思います。だから少しずついろいろ経験させてくれるんだと思います。……でも、私は私でちゃんと自分で努力しなきゃいけないと思うんです」

 そう言ったフリルフレアの瞳は先ほどまでの拗ねてむくれていたものではなくなっていた。ロックスローに話すことで少しすっきりした様だった。

「ごめんなさいロックスローさん。せっかく追いかけてきてくれたのに私ったら、自分の事ばっかりで……」

「いえいえ、気にしないでください」

 そう言って手をパタパタと左右に振るロックスロー。それを見たフリルフレアはふと悪戯を思いついたようにニヤリと笑う。

「あ、それとベテランに甘えていいって言うなら、ロックスローさんに甘えてもいいんですか?」

「えええ?わ、私ですか⁉」

 困ったようにワタワタしているロックスローを見てフリルフレアは「ふふふ」といたずらっ子のような笑みをうかべる。

「うふふ、冗談ですよロックスローさん」

「あ、あまりからかわないでくださいよ。私はしょせん頭でっかちの実戦下手なんですから……」

 少し自虐的に笑うロックスロー。それを見たフリルフレアは少し困ったような表情をする。

「ロックスローさんって、ちょっと変わってますね」

「そ、そうですか?まいったなぁ…」

 困ったようにロックスローは「ははは」と笑った。

「ところで孤児院に行かれると言っていましたが……」

「はい。……そういえば、ロックスローさんにはまだ話していませんでしたよね?」

「なにをです?」

「私、孤児なんです。ヒューマンの孤児院で育ったんですよ」

「そうだったのですか」

 意外とたんぱくな反応を示すロックスロー。だが、話をどう捉えるかなど人それぞれだろうとフリルフレアは思いなおす。

「それでその孤児院に、お世話になったパパ先生やママ先生にどうしても最初の冒険の報告がしたくて……、あとドレイクのことも紹介したくて……」

 そう言うとフリルフレアは少し顔を赤らめてうつむいた。その様子はさながら両親に恋人のことを報告しようとしている娘の様である。

「なるほどそういうことだったのですか……それだと私がついて行ってもしょうがないですね?」

「いえ、良いんです。今日は報告だけにして、ドレイクのことはまた今度紹介しに行きます」

 そう言うとフリルフレアはニッコリと微笑んだ。

「なるほど、それでそのパパ先生とママ先生って言うのは?」

「はい、孤児院でみんなの世話をしている先生なんですけど、みんなの親代わりだからみんなそう呼んでいるんです」

 そう言うとフリルフレアは人差し指を立てると「それでですね」と指を左右に振る。

「パパ先生は元冒険者で私の精霊魔法はパパ先生に教わったんです。ママ先生は元薬剤師でして…………」






「それでパパ先生ったらおかしいんですよ?『そんな精霊魔法は教えていない』って言うんですよ?私パパ先生以外から魔法教わったことなんてないのに……」

 ニコニコしゃべりながら、フリルフレアはクルリと振り返った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

「あれ?」

 思わず目が点になる。ロックスローとしゃべりながら、(と言うよりはフリルフレアがしゃべるのをロックスローが黙々と聞きながら)歩いていた二人のはずだったが、気が付けば後ろにロックスローの姿はなかった。キョロキョロと周りを見わたしても、何処にも姿は見当たらない。

「あれ……?ロックスローさんもしかして道に迷った?」

 額を汗がつつーと伝っていく。頼りないとは思っていたが、まさか街中ではぐれるほど頼りないとは思わなかった。

「どうしよう…」

 このまま孤児院に向かうことも考えたが、さすがに自分を心配して追いかけてきてくれたロックスローを置いていくのは気が引けた。

「もう、しょうがないなぁ…」

 ため息をつくと、今来た道を戻ることにする。正直この辺りはかなり薄暗く、人通りもほとんどないため一人で歩くのは怖い。後ろにロックスローが居ると思ってしゃべりながら歩いていたため気が付かなかったが、今日は一段と人気を感じなかった。

(………なんかお化け出そう……)

 薄暗い中を戻るのに躊躇したが、仮にも冒険者がお化けを怖がっているなど笑いものでしかないと考え直す。

(そうよ。お化けが出て来たって精霊魔法で…)

 お化けと言うか、魔物の中には死者であるアンデッドも存在するのでどうせいずれは相手にしなければならないのだが、今はそこまでは思いつかなかった。

「ロックスローさ~ん」

 声をかけながらもと来た道を戻っていく。少し戻った暗がりをキョロキョロと見回すが、あたりに人影はなかった。

「おかしいなぁ……」

 頭をひねる。正直に言えば、一体いつはぐれたのか想像もつかなかった。ずっと話しかけていたつもりだったせいもあるが、果たしてこうも人気の無い道ではぐれたりするものなのだろうか?

(まさかロックスローさん、お化けに食べられちゃったんじゃ……)

 馬鹿な考えが頭をよぎる。ドレイクあたりが聞いたら「何だそりゃ!」と言いながら大笑いしそうな考えだったが、今のフリルフレアにとってはあまり冗談とも言い切れない状況だった。

 そんな暗がりの中をそのまま恐る恐る歩いていると、こちらに向かってくる一つの人影を見つけた。思わずビクッと反応してしまう。その人影は大柄で、間違ってもロックスローのものでは無かった。

 思わず立ち止まってしまうフリルフレア。だが、人影はお構いなしにドンドン近づいてきていた。

「あ」

 思わず声が漏れる。暗がりに慣れてきた目にその大柄な人影の顔が見えた。見覚えのある顔だった。あれはそう……。

「ルドンさんのお屋敷にいた…」

 その大柄な人影は、仕事の依頼者である魔導士ギルド幹部ルドンの屋敷にいた大男だった。名前は知らなかったが間違いない。

「ど、どうも…こんばんは……」

 向こうが自分のことを覚えているかはわからなかったが、一応挨拶をしておく。それに対し大男は無表情のまま一言も発せず黙々とこちらに向かって歩いてきている。

 沈黙があたりを支配し、大男のザッザッザッという歩く音だけが周囲に響き渡る。居心地の悪さを感じたフリルフレアは「え、えへへ」と愛想笑いをうかべながらわざとらしく翼をピコピコと動かしながら大男の目の前を通り過ぎた。

 次の瞬間だった。

バフッ!

「むぐぅぅ⁉」

 いきなりのことにフリルフレアは何が起きたのか分からなかった。状況が理解できないながらも、驚きのあまりフリルフレアの紅い瞳が見開かれている。

 大男がいきなり背後からフリルフレアの口を塞いだのだった。そしてもう片方の手で抱え込むようにフリルフレアの身体を押さえつける。

「むぐう!うう、うむう!」

 口を塞がれ声にならないフリルフレアの叫びがあたりに響き渡る。それを聞いた大男はフリルフレアの口を塞ぐ手にさらに力を籠める。

「ふ………む……んん……」

 さらに声が出せなくなる。いきなりのことにフリルフレアの頭はパニックに陥っていた。

(何⁉……え?何?何なの⁉)

 混乱の最中、フリルフレアは自分の口を押さえる手をはがそうと大男の手に両手をかける。だが、はがそうと両手に力を籠めるても大男の手はびくともしなかった。

(何⁉……なんで…なんで⁉)

 混乱で思考がまとまらない。両脚をバタバタとさせるが、大男はフリルフレアを抑え込んだまま簡単に持ち上げてしまい両脚は空を切るばかりだった。

「……ん……んん…む…」

 フリルフレアを抱えたまま、大男が後ろに下がっていく。そう、暗がりの中へ。

 連れていかれまいと必死に手を伸ばすフリルフレア。だが、その手を空を掴むばかりだった。そうしている間にも、大男はどんどん暗がりの中へと入っていく。

(やだぁ!ウソ……なんで⁉……助けてドレイク!)

 必死になって心の中で相棒の名前を呼ぶ。だがその言葉か彼女の口から発せられることはない。

「…ふっ………む……」

 息苦しさにとパニックで頭がくらくらしてくる。大男は完全に声を出させまいとフリルフレアの口だけでなく鼻まで押さえていた為空気の通り道が無く、呼吸さえまともにできない状態だった。

(く、苦しい‥‥‥‥‥助けて!)

 フリルフレアの必死の抵抗もむなしく、大男はどんどん暗がりの中へと入っていき、ついにフリルフレアは明かりや人気の全く感じない路地裏へと引きずり込まれてしまった。

(うそ……やだ……やだぁ!)

 恐怖で瞳に涙がにじむ。大男が自分をどうするつもりなのか?全く想像もつかなかったが、あまりいい結果にならないことだけは容易に想像できた。

「……んむ……ぐ……」

 涙をこぼしながら必死に首を振ろうとする。何とかして口だけでも解放させれば助けを呼べる。そう思って必死にもがいたが、大男の腕はびくともしない。腕力でダメなら翼の力で、そう思い思いっきり翼に力を込めて羽ばたこうとするが、大男の力は想像以上に強いらしくこちらもピクリとも動かなかった。

「ふん」

 大男が鼻で笑うのが分かる。次の瞬間フリルフレアの身体は路地裏の地面にドサッと放り出されていた。呼吸は解放されたが、背中を打った痛みに息が詰まる。

「かはっ‼…げほっげほっ!」

 やっと息苦しさから解放されたフリルフレアだったが、急に呼吸が解放されたのと背中を打ったことで激しくせき込んでしまう。そしてその隙に大男はフリルフレアの上にのしかかり、両手を足で抑え込んでしまった。大男の体重が腹部にかかり再び息が詰まる。

「けほっ!……だ、誰か……助けて…うぐ!」

 必死に声を絞り出したフリルフレア。だが大男はのしかかったまま再びフリルフレアの口を押さえ込んでしまう。

「ううん……むう…ぐう…」

 再び押さえつけられた口を何とか解放しようと必死に首を振ろうとするフリルフレアだったが、大男の腕力によりピクリとも動かない。そうしている間に大男が懐から何かを取り出す。月明かりに照らされたそれは白い布切れの塊だった。

「ぷは!……むぐ!」

 大男はフリルフレアの口を塞いでいる手を放したが、それも一瞬のことですぐに手に持っていた布切れを彼女の口の中に詰め込んだ。フリルフレアの小さな口の中に布切れがぎゅうぎゅうに詰め込まれる。

「ぐ……む……うぐ」

 あまりのことに目を白黒させるフリルフレア。大男はフリルフレアの口に布を詰め終えると、今度は大きな手ぬぐいを取り出した。それを細長く折りたたむとフリルフレアの鼻の上から顎の先までを覆うように口に押し当てる。そしてその両端を後ろに回し、頭の後ろの所できつく結んでしまった。フリルフレアは口の中の布切れを吐き出すことができなくなってしまった。

 大男は次に縄を取り出すと、少し腰を浮かせてフリルフレアの両腕をつかみ後ろ手に捻り上げる。

「んん!……む…う…」

 両腕の痛みに思わず悲鳴を上げるフリルフレア。だが彼女の悲鳴は猿轡をされていることで意味のないうめき声にしかならなかった。痛みに涙がにじむが、大男はお構いなしに彼女の腕に縄をかけていく。そして手慣れた様子で後ろ手に縛りあげてしまった。

(うそ!やだよ……この人私のこと誘拐しようとしてるの⁉)

 確かにここまでくれば、この後自分がどんな目に合うのかは想像ができた。だがなぜ自分がそんな目に……。大男の目的までは分からなかった。

 そうこうしている間に、フリルフレアの足首までもしっかりと縛り上げた大男は、大きなズタ袋に彼女を押し込める。

(やだ!…うそ…本当に誘拐されちゃう!)

 あまりの恐怖に体の震えが止まらなくなる。

(そんな……子供の頃は攫われるお姫様に憧れたりもしたけど……)

 パニックの最中、子供の頃のことが頭をよぎる。

 フリルフレアが子供の頃、孤児院で読み聞かせてもらったおとぎ話。

『あるところに美しいお姫様が居ました。

お姫様はその美しさから国中の者たちから慕われていました。

ところが、そんなお姫様の美しさに目を付けたものが居ました。

そうです、魔王です。

魔王は魔物の軍勢を引き連れお姫様を攫いに来ました。

王国の軍勢は応戦しましたが、魔物にかなうわけもなく、お姫様は魔王にさらわれてしまいました。

魔王城の地下、牢屋に連れて来られたお姫様。

お姫様は縄で縛られ、布で口を塞がれてしまいました。

「誰か助けて…」

お姫様は祈りました。

するとその時です。一人の青年がお姫様のいる地下牢の前に現れました。

その青年は手に持った聖剣で魔物たちをバッタバッタとなぎ倒していきます。

その青年こそ伝説の聖剣に選ばれし勇者でした。

勇者はお姫様を地下牢から救出するとその足で魔王の元に向かいました。

「おのれ勇者め!」

「お姫様は返してもらった。魔王覚悟!」

勇者の聖剣が魔王を切り裂きました。

「さあ姫、王国へ帰りましょう」

「ああ勇者様。あなたこそ私が待ち望んでいたお方です」

王国へと帰った二人は結ばれて生涯幸せに暮らしました。』

 そんなおとぎ話に憧れていたこともあった。いつか自分が攫われて、勇者が助けに来てくれるんじゃないかと期待していた時期もあった。攫われるだけで勇者と結ばれるならそれもいいのではないか…と。でも……。

(苦しい………腕が痛い……怖いよ…)

 実際に攫われてみてわかる。そんないい物では無い。むしろ恐怖しか感じなかった。昔の自分に言ってやりたい、「誘拐されるって本当に怖いんだよ?おとぎ話みたいないいものじゃないんだよ?」と。

 完全に袋の中に入れられ、袋の口がしっかりと結ばれる。持ち上げられて担ぎ上げられたのが分かった。

(これからどこに行くの?……ルドンさんの所…?)

 考えても分からないことだらけだった。自分が何のために誘拐されたのか?目的が分からない。自分は冒険者でお世辞にも裕福とは言えない。営利目的とは考えにくい。

(もしかしてドレイクに恨みを持ってる人…)

 一瞬そう考えたが、この大男がドレイクに対して恨みを持っているとも考えにくかった。ドレイクのルドンに対する態度は確かにほめられたものでは無かったが、それだけでこんな犯罪行為に手を染めるだろうか?それよりももっとシンプルな答えにたどり着いていた。いや、正確に言えば、その答えは考えないようにしていたのだが、やはりそれ以外に考えられなかった。

(やっぱり……私が目的。………私の翼が目的…)

 自分の翼が目立つのは知っている。正直に言えば、美しい自覚もある。だが、同時にそれを狙ってくる輩が居るであろうことは子供の頃から言い聞かせられてきていた。だから、知らない人にはついて行かないようにしていたし、そもそも知らない人からは逃げていた。それに、子供の頃はなんだかんだ言ってパパ先生やママ先生が守ってくれた。でも大人になって冒険者になった今、自分の身は自分で守らなければいけない。しかし、自分の実力ではそれすらもままならない。口惜しさと情けなさで再び涙がにじむ。誰かに頼らなければ自分の身すら守れない事実に涙がこぼれ落ちる。

 それでも、この瞬間思い浮かべた顔は一つだった。

(ドレイク……ごめん……足を引っ張んてばかりで…ごめんなさい)

「うっく……む……ふっく…」

 こぼれ落ちた涙が猿轡にしみこむ。自分の情けなさに消え去ってしまいたい。それでもフリルフレアは願ってしまった。

(ドレイク……助けて…)

 そこまで願ったところで、苦しさと恐怖からフリルフレアは意識を手放してしまった。再び目を開けた時にその瞳に相棒の顔が映っていることを願いながら……。






「ふ……ん…むう…」

 意識を取り戻し、フリルフレアは目を開けた。正直まだ頭はボーっとしているし、視界はにじんでいるため自分の置かれている状況は全く分からなかった。

(あ…れ……、私なんで…寝てたんだ…け……?)

 頭の中にもやがかかっているような感じで思考がまとまらない。それでも体を起こそうと腕に力を入れる。

ギチッ

 何かがきしむような音がしただけだった。体を支えようとした腕が動かない。

(え?……何で…?)

 再び体を起こそうと、まず腕を動かしてみる。

ギチッギチギチギィ。

 腕は動かなかった。体の後ろに回ったままの腕が全く動かせなかった。

(あれ?…な、何で?)

 心の奥底で警笛が鳴っている。まるで「危険だ、今すぐ逃げろ」と言っているように感じた。心の中に決して小さくない焦りが浮かぶ。何かがおかしい……。

 とにかく立ち上がろうと脚を動かしてみる。

ギチギチッギチ

 まともに動かせなかった。曲げることはできたが、両脚同時にしかできない。まるで両脚がくっついてしまったかのようだった。

(何で……?)

 だんだんと意識がはっきりして、視界がはっきりしてくる。薄暗い石造りの部屋に居る事が分かる。天井が低く、圧迫感がある。地下室だろうか?

「え…ここ、何処?」

 そう言ったつもりだった。しかし実際は「ふ……ふほ、んん」と意味のないうめき声にしかならなかった。

(……え?)

 ここにきてようやくフリルフレアは自分の体の自由が奪われていることに気が付く。自分の身体を見わたしてみる。脚には何も履いておらず裸足になっている。そして足首の所が縄で厳重に縛られていた。さらに視線を移すと、自分の履いているパンツが眼に入る。さらに視線を移すと、ブラジャーに包まれた小さな胸が視界に入る。ここまできてようやくフリルフレアは自分が下着姿にされている事に気が付いた。いつも着ているワンピースや、冒険用のベルトにブーツ、ハイソックスなど下着以外すべて脱がされている。腕は両方とも後ろに回されており、感触から手首のあたりで縄で縛られているであろうことが分かった。そして息苦しさからも、鼻の上から顎の先までスッポリと覆うように手ぬぐいで猿轡をされていることも分かった。口の中にもしっかりと詰め物がされている。

 ここまできてようやくフリルフレアは自分の身に何が起きたのかを思い出した。魔導士ギルド幹部ルドンの屋敷にいた大男の手によって誘拐されたのだ。

「ふ……んぬ……」

 何とか首を巡らせて辺りを見わたす。すぐに二つの人影を見つけた。一つは大柄な大男のものもう一つは……。

(……ルドンさん…)

 人影はフリルフレアを誘拐した大男と、その主である魔導士ギルド幹部ルドンの物だった。二人はフリルフレアの視線に気が付いたのかゆっくりとこちらを振り向く。

「ルドン様、起きてしまったようです」

「仕方ありませんね、寝ている方が楽だったのですが…」

 そう言ってニタリと笑うルドンの手には小さな短剣が握られていた。その姿にフリルフレアの背中を冷たい汗が流れ落ちる。

(私を……どうするつもりなの⁉)

 恐怖を感じとにかく逃れようともがくフリルフレア。だが、すぐに大男が近寄ってきて押さえつけられてしまう。そして大男はフリルフレアをうつぶせにすると、その深紅の翼を無理矢理開かせた。

「おお!やはり美しい……。この美しい翼を使えば、最高のマン・キメラが作れるだろう」

「はい、バルゼビュート様もお喜びになられるかと…」

 二人の会話がフリルフレアの耳に入る。聞きなれない単語が気になった。

(マン・キメラ?バルゼビュート?……何のこと?)

 気にはなったが、猿轡のためその疑問を口に出すことすらできない。そうしている間にも短剣を手にしたルドンがフリルフレアのそばに寄ってくる。そしてフリルフレアの翼の頬ずりをしながら「美しい……。最高の材料になりそうだ」と言っている。反対側では大男がうつぶせのままのフリルフレアの身体を完全に押さえつけており、もはやまともに動くことはおろかもがくことすらままならない。

(………待って、材料(・・)ってことは……)

 最悪の事態を思いついてしまい、フリルフレアの顔が真っ青になる。そしてそれを証明するかのようにルドンは翼の根元に短剣の刃を押し当てる。

 そう、マン・キメラとやらが何なのかフリルフレアにはわからなかったが、彼らはフリルフレアの翼を材料と言ったのだ。つまり、必要なのは材料である翼だけ……。言い換えれば()()()()()()()()

 それを証明するようにルドンの手が動いた。

ズブリ。

「ッーーーーーーーー‼」

 フリルフレアの声にならない悲鳴が響き渡る。ルドンは手に持った短剣をフリルフレアの翼の根元に深々と突き立てていた。そしてそのままぐいぐいと肉を切り裂いていく。

「ッーーー!…カッ……モガッ…!」

 あまりの激痛にフリルフレアの瞳が裂けんばかりに見開かれる。その瞳からは涙がこぼれ落ち、猿轡の下でその唇も叫び声を上げんばかりに大きく開かれる。

 だが、フリルフレアの声にならない叫びもむなしく、ルドンが手を止めることはなかった。ズブリズブリと刃を進めていく。翼の根元に刃を入れ、肉を裂き、骨を関節の部分で断ち切り、慣れた手つきで片翼を取り外す。

「――――――ッ……あがっ」

 片翼を切り取られフリルフレアの背中は瞬く間に血まみれになる。唯一身に着けていた下着も自分自身の血によって真っ赤に染まっていた。しかしそれにかまうことなく、ルドンはもう片翼に手をかけ、その根元に再び刃を突き立てる。

「ーーーーーーッ……うぐ」

 再び声にならない悲鳴を上げるフリルフレア。すでに瞳はこれ以上ないほど見開かれ、そのあまりの激痛にとめどなく涙があるれ出している。猿轡に隠されているが、その唇も引き裂けんばかりに開かれ、必死に声にならない叫びをあげていた。

 しかしルドンはそれに構わず刃を滑らせ続ける。そのあまりの激痛にフリルフレアの身体はビクンビクンと魚の様にはね、震えるように痙攣しているが、それらは無慈悲にも大男によって押さえつけられてしまう。

ブチシュッ。

「ーーーーーーーッ‼」

 音を立てて残っていた方の翼も根元から断ち切られる。さらに止血をしていないため、フリルフレアの背中からは命に係わるであろう程の出血が続いていた。しかし、ルドンはそんなフリルフレアのことなどお構いなしに切り取った翼を持ち上げてうっとりと見つめている。その表情は恍惚のあまりよだれを垂らしており、決して見ていて気持ちのいい物では無かった。そしてその横では大男が鼻息を荒くしている。

「素晴らしい……、この翼を使えば最高傑作間違いなしだ…」

「はい、ルドン様……。この小娘はいかがしましょう?」

 大男の言葉にルドンは鼻で笑って答える。

「小娘に用は無い。放っておいても死ぬだろうが好きにしろ」

「ありがとうございます」

 ルドンの言葉に大男が鼻息も荒くニタリと笑う。そして血まみれのフリルフレアを仰向けにすると、その小さな体にのしかかった。そして自らの両手をフリルフレアの身体に伸ばす。その先にあったのは彼女の細い首だった。

「はあっはあっ!ルドン様の許可も下りた……」

 そう言うと荒い息のまま大男はフリルフレアの細い首に両手をかけた。その手に少しずつ力を加えていく。

「ふ………ぐ……」

 背中の激痛に加えて今度は息苦しさで、フリルフレアの瞳は再び大きく見開かれた。麻酔もなしで翼を切り取るという拷問をしておいて、この男たちはさらに自分に何かするつもりなのだろうか?理不尽極まりない仕打ちに、涙があふれ、声にならない叫びがこだまする。

 しかし大男は両手の力を緩めるどころか一層強めていく。

「はあっはあっ……。背中が痛いだろう?安心しろ、楽にしてやるからな」

 そう言うと大男はより一層腕に力を籠める。フリルフレアの細い首が今にも折れそうなほどに締め上げられる。しかし、大男は首を折って一思いに殺そうとはしなかった。それどころか、絶妙な手加減でフリルフレアが窒息する一歩手前でわずかに手を緩めたりしている。そして、再び首を絞める。そんなことを繰り返していた。

 その姿は完全なる異常性癖者であり、大男の股間のあたりがもっこりと膨れ上がっている。フリルフレアの苦しむ姿に興奮し勃起していたのだ。それでもさらに手を緩めたり、再び首を絞めたりを繰り返す。繰り返されるその苦しみと背中からの出血によりフリルフレアは意識をほぼ失いかけていた。

「何をゆっくりしている、早く始末してしまえ」

「は、はいルドン様!」

 大男があまりにフリルフレアをいたぶって楽しんでいたためルドンが声をかける。そしてその言葉に答えた大男は両腕に一気に力を込める。

「うぐ………が……」

 フリルフレアの瞳が再度見開かれる。その瞳を覗き込み大男は舌なめずりをしながら腕に力を込めた。フリルフレアの細い首が折れそうなほど締め上げられる。

「…う…………ぐ……」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 フリルフレアの身体がビクッと動いたかと思うと、そのまま痙攣しだす。そして痙攣がしばらく続いた後その動きがピタリと止まった。次の瞬間フリルフレアの身体から一気に力が抜け落ちる。

 大男がフリルフレアから手を離した。力無く横たわった体はもう動くことはない。彼女の胸はもう上下していなかった。フリルフレアの命の灯は大男によって消されてしまった。邪な魔導士とその僕が己の欲望のために少女の命を奪ったのだ。

ルドンと大男がフリルフレアの無残な死体に目を向ける。男たちは互いに口の端をニヤリと上げて邪な笑みをうかべていた。

 そしてその視線の先で、フリルフレアの身体が赤く………。







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