第3章 赤蜥蜴と赤羽根と魔王の器 第3話、消えてゆく者達 その7
第3話その7
ドレイク達はチックチャックの遺体を埋葬した。あまり深い穴は掘れなかったが、それでもチックチャックの身体がギリギリ入るくらいの穴を掘り、そこに遺体を納めて土を被せる。
途中ランビーが何か言いたそうだったが、バレンシアの「今は黙してチックチャックの冥福を祈るのじゃ」という言葉に黙って従がっていた。
埋葬を終えた一行は崖を渡るための吊り橋を探し始めた。地図に存在が明記されていた吊り橋はそこから崖沿いに200mほど進んだところにあり、比較的新しいものらしく造りもしっかりしている為途中で落ちる心配は無さそうだった。
その10m程の吊り橋を渡り対岸に到着したドレイク達は、再び山道に入る前にそこで野営することにした。
焚火を組み、食事の用意をする一行。どんな時でもたくさん食べるドレイクがいる為、もちろん多めに食事を用意したフリルフレアだったが、さすがに食事の場は和気あいあいという訳にはいかない。
アレイスローもバレンシアもランビーもフェルフェルも、チックチャックの死にショックを隠せない様子だった。そしてそれはフリルフレアやドレイクにしても同じことだった。
皆あまり食が進まない様子だったが、ドレイクだけは「悲しむのと食欲は別だ」と言っていつも通り食べていた。
そして食事も終えて就寝の準備に入る一行。メンバーは6人になってしまったため、1人ずつ1時間交代で見張りをすることにした。
見張りの順番はバレンシア、アレイスロー、フェルフェル、ドレイク、ランビー、フリルフレアの順とし、最初の見張りのバレンシアを残し、残りのメンバーは床に就いた。
焚火の横に座り薙刀の手入れを始めたバレンシア。彼女の薙刀は実家から持ち出したもので、代々竜司祭の職に就いているワーグナー家に伝わっている業物だった。魔法こそかかっていないもののその切れ味はかなりのもので、美しい装飾も相まって美術品としても高い価値を持つ物だった。
「チックチャックよ………妾はおぬしと一度手合わせしてみたかったぞ……」
残念そうに呟くバレンシア。彼女自身チックチャックの実力を買っていただけにレッサーデーモンなどに殺されたのが残念でならなかった。
「レッサーデーモンにやられたなど……さぞ無念であろうな…」
そう独り言を呟くと、薙刀の柄の部分を磨き始める。薙刀は長らく使い込まれているらしく、普段掴んでいる辺りはほんの僅かにへこんでいた。
「そう言えばチックチャックの奴は鎧はともかく武器は普通の長剣じゃったな……」
残念に思う。魔剣とは言わずとも、それなりの業物を使っていればもしかしたら命を落とすことも無かったかも知れない。業物というものは大概扱いやすいものだ。ならば剣速も早くなり、レッサーデーモンに組み付かれることも無かったと思う。そのことが本当に残念でならなかった。
バレンシアはせめてチックチャックの冥福を祈った。
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バレンシアと交代し見張りに着いたアレイスロー。その心境は複雑だった。
ドレイクとフリルフレアはともかく、臨時で組んでいたこの6人のパーティーのリーダーは自分であり、チックチャックの死も自分の責任であると感じていた。
チックチャックがレッサーデーモンに組み付かれた時、どうして魔法で対処できなかったのか?
例えあの状況で攻撃魔法を撃ってもレッサーデーモンのみを倒すなどという器用な真似は出来なかっただろう。だが、チックチャックを巻き込んで攻撃してしまったとしても死ぬよりはましだったはずだ。それに、それでレッサーデーモンが離れれば良し、離れなくとも隙くらいは作れたはずだ
「チックチャックさん……」
やり切れない思いで呟くアレイスロー。そして水が入っている水筒とは別の水筒を取り出すと、その中身をひとくち口に含んだ。
……水筒の中からは発酵したブドウとアルコールの香りがした。
「一度ちゃんと、酒を酌み交わしたかったですよ………」
どこか寂しそうなアレイスローの呟きは、夜の静寂の中に消えていった。
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その後何事もなく見張りを終えたアレイスロー。フェルフェルと交代すると自身は床に就いた。
そしてフェルフェルもクロスボウの手入れをしながら見張りを続けたが特に何事も無く交代の時間を迎えた。
特に何事も無かったのはその次の見張りであるドレイクも同じだった。彼自身、特にチックチャックに思うところがあった訳では無かったが、それでも安らかに眠ってほしいと思っていた。
見張りを終えたドレイクはそのままランビーと交代し、毛布にくるまってすぐに寝息を立て始めた。そんなドレイクを横目でチラ見しながらため息をつくランビー。
「この旦那もよくこんなにあっさり寝れるよな」
そう呟いて「んー」と伸びをするランビー。焚火が消えないように薪を足した。正直に言えばホビットは夜目が利くので焚火は必要ないのだが獣除けと暖を取るために火を着けたままにしていた。
「…………さっきのあれ、どう考えてもおかしいよな……」
呟くランビー。バレンシアに止められたため確証は持てなかったが、先ほど見たチックチャックの遺体はどう考えてもおかしかった。それが何を意味するのかは分からなかったが、もしかしたらチックチャックは単に戦闘中にレッサーデーモンに殺されただけでは無いかも知れない。
「姐さんには怒られるかもしれないけど……やっぱ調べに行こう」
そう言うとランビーは焚火の火が消えない様に薪を少し多めに足すと、荷物の中から折り畳み式のスコップを取り出してこっそり忍び足でその場を離れて行った。
その時、毛布にくるまったままのドレイクが僅かに目を開けたが、すぐにまた眼を閉じると寝息を立て始めた。
野営から少し離れると、そのまま走り出すランビー。夜目が利くため問題なく吊り橋も駆け抜けるとそのままチックチャックの遺体を埋葬した場所へと向かった。
チックチャックの遺体が眠る場所はすぐに見つかった。穴を埋めたため土が盛り上がっているからだ。
ランビーはその場でスコップを伸ばすと、埋めた穴を掘り返し始めた。見張りの交代までは1時間。急がなければならない。
スコップを地面に突き刺し土を掘りまた地面に突き刺し、を繰り返していく。
そしてそれほど時間もかからずにチックチャックの遺体は掘り返されていた。
「……さて、オイラの見間違いじゃ……」
そう言いながらチックチャックの遺体から鎧を剥ぎ取るランビー。そして鎧に隠れていた部分も含め身体全体を確認していく。
…………やはりおかしかった。
「やっぱり……身体に傷が…胸の致命傷しかない……」
チックチャックの遺体には胸の傷しかなかった。そう……50m近い高さから落下したというのにその落下による打撲や骨折などが全くなかったのだ。
「どういうことだ?もしかしてチックチャックは落とされたところを殺されたんじゃなくて、崖の途中で組み付かれたまま胸を刺されて殺されたのか?」
意味が分からなっかった。チックチャックはレッサーデーモンに組み付かれた後、崖の途中で放り出され地面に落下し、その衝撃では命を落とさなかったために槍で止めを刺されたのではなかったのか?
だがこの遺体を見るとそもそもその前提が覆ることになる。そう、この遺体は地面に落下していない。どういうことなのか?
「どういう事なんだ?…意味が分からない」
改めてチックチャックの身体を調べる。身体は中肉中背であろうが、思っていたよりも肉付きが悪い。
(こんなにひ弱だったのかチックチャックのやつ?これでよくあんな重そうな鎧着込んでたよな)
意外に思いチックチャックの遺体全体を見渡した時だった。
「……………え?」
思わず声が漏れる。今度こそ本当に意味が分からなかった。これは一体どういうことなのか?自分の頭をよぎる想像に戦慄を覚える。
そしてランビーは、恐る恐るチックチャックの遺体の顔についている物を手に取った。
「こ、これは……」
ズブリ。
そんな音がして胸元が後ろから押されるような感覚がした。そして一瞬遅れて胸元に焼きごてを当てた様な猛烈な熱さを感じ、さらにその一瞬後に強烈な痛みが襲い掛かってきた。突然のことに思わず膝をつくランビー。
「ぐ……ごばぁ!」
何か熱いものが喉の奥からあふれてくる。口の中に広がる鉄の味にそれが血だと言う事が分かった。………が、分かった所で時はすでに遅かった。
「ごは!………お、お前は…」
何とか後ろを振り向くと、そこには後ろから自分の胸に刃を突き刺した犯人がニヤリと笑みを浮かべていた。
「くそ…お、おま……こ……た………オルグ……」
言いながらも血を吐くランビー。胸からも明らかに命に関わる量の出血が続いていた。
「く…そ………あ…ね…さん……」
最後の力を振り絞るとランビーは小さな白い小石を口に含んだ。
そしてそのままランビーが動かなくなるまでさしたる時間はかからなかった……。




