第6章 赤蜥蜴と赤羽根と過去の絆 第3話、魔法使いのお姉さん その4
第3話その4
小さな川で川幅はせいぜい5m程だったため対岸から現れた女二人の姿を確認するのは容易だった。
一人は年齢が20代前半だろうか?長い杖を持ち、ローブを身に纏っているため魔導士であろうことが分かる。女性にしては長身で恐らく身長は170cm位だろう。長い黒髪をしており、同じ色の瞳がじっとドレイクとフリルフレアの方を見ていた。
もう一人は10代半ばくらいの少女だった。こちらは比較的小柄で身長は150cm半ばくらいでピンク色の髪をしている。法衣を身に纏い手には錫杖を持っていることから神官や司祭であろうことが分かる。そして黒髪の女魔導士と同様その紫色の瞳でドレイクとフリルフレアの事をじっと見つめていた。
「何だ、あいつら……?」
ドレイクはそんな女二人をじっと見返している。フリルフレアも突如現れた二人の女の事をキョトンとした表情で見つめていた。
「………あ、あのぅ……あちらのお二人は…ドレイクのおじちゃんのお知合いですか…?」
「いや、尻は触ってみたいが……知り合いじゃあねえな」
「……………は?」
ドレイクのしょうもない駄洒落にフリルフレアは再び鋭い視線でドレイクを睨みつける。
「あ、いや……とにかく知り合いじゃねえ…」
「ミイィィィ……そうなんですね……こちらに何か御用でもあるんでしょうか?」
慌てて取り繕ったドレイクの言葉を半ば無視して疑問を口にするフリルフレア。フリルフレアの疑問はもっともであり、ドレイクも気になっていたところだった。女達はジッとドレイク達を見つめている。魔導士と神官という組み合わせなので恐らく冒険者だろうことが分かる。そしてその女二人はドレイク達には聞こえないような声で何かひそひそと喋っており、時折フリルフレアやドレイクを指差したりしていた。その様子にドレイクは若干嫌な予感がしていた。
「……嫌な予感がするぜ…」
「ミイィィ?どうしたんですか?」
「いや、この状況………もしかして俺…」
ドレイクが嫌な予感に額から汗を流した時だった。黒髪の女魔導士が杖の先端をビシッとドレイクの方へ向けてきた。
「止まりなさい、そこのリザードマン!あなた、さては人さらいですね!その子をどこへ連れていくつもりです!」
「うおお!やっぱりかああぁぁぁ……」
女魔導士の言葉に思わず頭を抱えるドレイク。嫌な予感が的中していた。彼女たちはドレイクが人さらいでフリルフレアの事を誘拐してきたのだと勘違いしているのだ。
「そちらのお嬢さん、すぐに助けて差し上げますからね!今しばらくご辛抱ください!」
ピンク髪の神官少女も錫杖を大きく振ってフリルフレアに向かって自分たちの存在をアピールしている。
そんな二人を見いていたフリルフレアだったが、さすがにドレイクが誤解されている事には気が付いた。少しばかり焦って思わずドレイクを見上げる。
「あ、えっと……ドレイクのおじちゃん」
「だからおじちゃんじゃねえって………んで、何だよ?」
「この場合………やっぱり、あのお二人の誤解を解いた方が……良いんでしょうか?」
「ああ、そうだな……」
「それとも………私が本当におじちゃんに誘拐された方が……良いんでしょうか?」
「良くねえよ!…………何なんだそりゃ…頼むからやめてくれ……」
フリルフレアの妙な発言に再び頭を抱えるドレイク。ドレイク的にはこの娘が何を考えているのかいまいち掴み切れない。フリルフレアが本当に妙なことを言わなければ良いのだが……と心の中で警戒しながら女二人の方を見ると、彼女たちは川を渡ろうとこちらへ向かってきていた。
(うわ………面倒くせえからくるなよ……)
ドレイクの想いを尻目に女二人は対岸の川岸まで来ていた。
「そこの人さらい、覚悟してもらいます!抵抗するなら容赦はしませんよ!」
「そうです!あ、もちろん大人しく投降すると言うのなら乱暴なことは致しませんよ。もちろん街で衛兵の方へ引き渡させてはいただきますが……」
「それにしても……赤い鱗のリザードマンとは面妖な!あなた、さては闇の軍勢ですね!」
「じゃ、邪悪なリザードマンなのですね!……あ、じゃあやっぱり覚悟していただきます!」
女魔導士と神官少女は杖と錫杖をドレイクへ向けながらそんなことを叫んでいる。そんな二人を見てドレイクは「チッ!」と舌打ちしながら面倒くさそうに首をポキポキ鳴らしていた。そして彼女たちに向かって人差し指をチョイチョイと動かし挑発する。
「あぁん?やれるもんならやってみろ小娘ども。何なら、テメエらのケツ撫で回してヒーヒー言わしてやるぜ!」
ドレイクの言葉に女二人………よりも早くフリルフレアが反応する。
「え………あ、あの……ドレイクのおじちゃん?」
「ん?何だ?」
「えっと………その……ドレイクのおじちゃんって……やっぱり変態さんですか?」
ドレイクから若干身を引いて、かつゴミを見るような眼つきでドレイクを見ているフリルフレア。
「あと、今のセリフ………完全に悪役のセリフだと思います…」
「え、マジで?」
フリルフレアの言葉に心外そうな声を上げるドレイク。むしろさっきのセリフを聞いて悪役のセリフ以外の何だと思っていたのか非常に気になるが、どうやらドレイクとしては別段悪役ぶって言った訳では無いらしい。
だが、ドレイクがどんなつもりで言ったのだろうと、聞き手の側からすれば関係ない。むしろ侮辱されたのだと感じたのだろう。女魔導士の方は明らかに怒りをにじませている。
「破廉恥な!大人しく投降すれば手荒な真似はするつもりは無かったのですが……いたしかたありません!……『レビテーション!』」
女魔導士が叫んだ瞬間彼女の身体が宙へ浮かび上がった。そしてそのまま空中を浮遊して対岸のドレイク達の目の前に降り立った。そして杖をビシッとドレイクにつきつけてくる。
「私を魔導士だと甘く見ない事です。こう見えても私は冒険者ランク8、魔法を使わずとも人さらい如きに遅れは取りません」
そう言ってドレイクを睨みつける女魔導士。そしてその後ろの方では、神官少女が困った様に法衣の裾をまくり上げて川の中を歩いて渡っていた。
「お、お待ちください、ルーベルさぁん!」
そう言って悪戦苦闘しながら川を渡ってきている神官少女。そんな少女の方を見て思わず(しまらないですねぇ……)と心の中でため息をつく女魔導士。そしてそのルーベルと呼ばれた女魔導士は再びドレイクの方を向くと杖をさらに突きつける。だが、ドレイクの方はルーベルの方を見ておらず、川を渡っている神官少女の方へ視線を向けていた。そこには、法衣の裾をまくり上げ、太腿までがあらわになった神官少女の姿が………。
「エクレアの事を嫌らしい眼で見るのはやめてもらいます!」
そう叫んでドレイクの視線を遮るように杖を上げるルーベル。だが、ドレイクの方はそれを無視してエクレアと呼ばれた神官少女の方を指差している。
「おい、あの川………多分真ん中辺深くなってて足つかねえぞ?」
「はぁ?」
ドレイクの言葉に思わず間抜けな声を上げながら後ろを振り向くルーベル。そんな彼女の視界には今まさにその深みに足を捕られて盛大に川の中に沈み、流されていくエクレアの姿があった。
「た、た~す~け~て~く~だ~さ~い~……」
「エ、エクレア⁉」
本当におぼれて流されていくエクレアを見て思わず声を上げるルーベル。慌てて川岸に近寄るが、エクレアは容赦なく流されていく。
「くっ……この川の流れ……レビテーションでは追いつけませんね……」
川の流れの速さを見て焦りの声を上げるルーベル。浮遊魔法であるレビテーションでは宙に浮くことは出来るが、素早く移動することは出来ない。移動速度はせいぜい徒歩と同じくらいしか出ないのだ。
「お~ぼ~れ~ちゃ~い~ま~す~!た~す~け~て~!」
流されながら再度そんな叫び声をあげてくるエクレア。(意外と余裕だなコイツ……)とか思いながらドレイクはため息と共にフリルフレアの肩をトントンと叩いた。
「ミィ?何ですかおじちゃん?」
「おじちゃんじゃねえって……いや、面倒くせえからこの隙にずらかるぞ」
「え……でも…」
ドレイクの提案にフリルフレアが思わず躊躇したその時だった。
「そ~ん~な~こ~と~言~わ~ず~に~た~す~け~て~く~だ~さ~い~!」
流されているエクレアからそんな懇願の叫びが上がる。先ほど聞こえてきた叫び声と、今の叫び声の聞こえてきた位置がほぼ変わっていなかったのでよく見ると、エクレアはいつの間にか川の中にある岩に必死にしがみ付いていた。それでも川の流れのせいでいつ手が滑って再び流されてもおかしくはなさそうだった。さらに言えばドレイク達から岩にしがみついているエクレアまでは相当な距離がある。
(………どういう聴力してんだコイツ……)
この状況で見捨てようとしたドレイクの言葉を耳ざとく聞き逃さなかったエクレアに呆れつつも、自分達からエクレアまでの距離を確認してみる。
(………まあ、間違いなくさっきの浮遊魔法じゃ、間に合わねえだろうな…)
ドレイクの目算でもルーベルが浮遊魔法でエクレアの所に辿り着くよりも、エクレアが川の流れに押されて岩から手を離す方が先だろう。
「……仕方がありません、ここは泳いで助けに行くしか……」
そう言ってチラリとドレイクとフリルフレアの方を見るルーベル。彼女にしてみれば、ここでエクレアを助けに行くという事はすなわちフリルフレアを見捨てるという事になるのだ。だが、仲間の命には代えられないというのも事実だろう。どちらを取るべきか……思わず歯を噛み締めるルーベル。その時……。
「ミイィィィ……ドレイクのおじちゃん…」
「何だよ嬢ちゃん」
「あのお姉ちゃん……助けられませんか…」
そう言ってじっと見つめてくるフリルフレア。ドレイクは視線をそらそうとしたが、少しだけ考えて「チッ!」と舌打ちすると、フリルフレアの頭をワシワシと撫でた。
「分かったよ、俺が何とかしてやるからそんな泣きそうな顔すんな」
「おじちゃん……」
ドレイクの言う通り泣きそうな顔をしていたフリルフレアだったが、ドレイクの言葉でその表情は晴れていった。そしてドレイクは面倒くさそうにその場に荷物を下ろすと、そのままためらうことなく川に飛び込んで行った。
「え……ちょっ…」
思わず驚きの声を上げるルーベル。彼女がドレイクの行動に呆然とする中、ドレイクは川の流れに逆らうことなくエクレアの方へ泳いでいった。
「…………………」
ドレイクの行動に手を伸ばした姿勢のまま思わず呆然としてしまうルーベル。そんな彼女は思わずフリルフレアと顔を見合わせていた。




