第5章 赤蜥蜴と赤羽根と13の悪夢 第21話、悪夢の終わり その5
第21話その5
ドレイクとフリルフレアはユーベラーの墓の前で手を合わせていた。
「チビ魔導士……あの時お前が自分を犠牲にしてまで俺達を先に進ませていなければ、今回の事件はまだ終わっていなかったかもしれない……」
「私達が助かったの、ユーベラーさんのおかげなんです。どうか安らかに眠ってください………」
手を合わせるドレイクとフリルフレアを黙って見ている三人。そしてドレイクとフリルフレアはライデンとシェリエルに向き直ると改めて頭を下げた。
「すまんデンデン、緑の姉御……俺とフリルフレアを行かせるためにチビ魔導士は……」
「あの時、ユーベラーさんの言葉をうのみにしてしまいました………ちょっと考えればおかしいって気付いたはずなのに……ごめんなさい……」
顔を上げたドレイクはやりきれない表情をしていた。フリルフレアに至っては後悔の念からかポロポロと涙をこぼしている。だが、そんな二人の謝罪を受けながらもライデンとシェリエルは怒る事もなく、静かに首を横に振っただけだった。
「……良いんだドレイク、フリルフレア。ユーベラーはナイトメアと融合してしまっていた。そして一度ナイトメアと融合してしまったら戻る方法はない。それならユーベラーがああなってしまったことは仕方がないことだったんだ……」
少し涙声になりながら辛そうにそう告げるライデン。本来ならば仲間の死を『仕方がないこと』の一言で片付けることなど出来ないだろう。だが、それでもライデンはあの状況ならば仕方のないことだったと考えることにしていた。それにここでドレイクとフリルフレアを責めることはユーベラーの想いにも反することの様な気がしていた。
「ユーベラーはね、そういう奴だったんだよ。だからさ……あまり気に病まないでおくれ…」
シェリエルも涙ぐんでおりユーベラーの死をまだ受け止め切れていない所もあった。だが、それでもユーベラーの死をドレイクとフリルフレアのせいにすることはなかった。あくまでユーベラー自身が覚悟をもって己の意思で決めた人生の結末を誰かのせいにしたくなかったのだ。
そんなライデンとシェリエルを見てドレイクもフリルフレアもやりきれない気持ちでいっぱいだった。確かにどうしようもなかったのかもしれない。だが、本当にユーベラーを助ける方法は無かったのか?もしかしたら自分達ならまだ救える方法があったのではないか?そう思わずにはいられなかったのだ。
「……………………」
その場に重い沈黙が広がる。後悔と悲しみの念がその場を支配しているようだった。
そんな沈黙に耐えられなくなったのか、フリルフレアがユーベラーの墓から視線を逸らす。そして逸らした視線の先にはノイセルの墓が建っていた。
「……ノイセルさんも……亡くなられてしまったんですね……」
フリルフレアの悲しそうなつぶやき。ノイセルの死にもドレイクとフリルフレアは責任を感じずにはいられなかった。
あの時……悪夢王カッドイーホとの戦いに自分たちが参戦できていれば、もっと犠牲者を減らすことが出来たかもしれない。ドレイクとフリルフレアはそう思わずにはいられなかったのだ。
「俺達が……もっと早く悪夢から脱出していれば……悪夢野郎の親玉との戦いに間に合っていればオカッパ坊主まで死ぬことは……」
ドレイクがそこまで言ったとき、ライデンがドレイクに近づいていった。そして力のこもっていない拳で軽くドレイクの胸を殴る。
「おいおい、いくらドレイクでもそれ以上言ったら怒るぜ?」
「デンデン……」
「俺達も、お前たちもみんな全力で戦い抜いた結果がこれだろ?なら受け入れるしかないさ。それにいくらお前が強いって言ったって、一人で全ての戦況を覆すことなんてできないだろ?だからあれはお前が気に病むことじゃないさ」
「…………すまん…」
「謝るなって……ノイセルもユーベラーと同じさ。あいつは自分の意思でアレイスローや魔導士達を守って死ぬことを選んだんだ。だから……」
思わず言葉に詰まるライデン。その隣ではシェリエルも必死で涙をこらえている。それを見たドレイクは今自分がすべきことが謝罪ではないことに気が付いた。
「そうだな……フリルフレア…」
「……うん…そうだね…」
ドレイクの言葉に、彼の意図を察したフリルフレア。二人はそろってノイセルの墓の前に立つと手を合わせて静かに眼を閉じた。
「オカッパ坊主……俺達の仲間を……弐号の奴を守ってくれて…ありがとう」
「ノイセルさんのおかげでアレイスローさんは魔法を撃つことが出来ました………あなたがみんなを守ってくれなければ……悪夢王は倒せていなかった……アレイスローさん達を……守ってくれて……あ……ありが………とう…ござ……い…ます……」
亡きノイセルの墓前で改めて礼を言うドレイク。そう、ドレイクがすべきことは駆けつけられなかったことを後悔して謝罪することではなかった。ノイセルが己の意思で命を懸けて仲間たちの命を守ってくれたことに礼を述べる事だったのだ。そしてフリルフレアもそのことを察したからこそノイセルの墓前で礼を述べたのだ。もっとも、言葉の後半ではこらえていた涙がこぼれてきて完全に涙声になってしまっていたのだが……。
「……ありがとう……二人とも…」
ライデンが震える声でそう呟く。
「アレイスローとローゼリット、スミーシャも……ノイセルに手を合わせに来てくれたんだよ……フェルフェルはまだ来てないけどね……」
そう言って無理に笑おうとするシェリエルだったが、涙をこぼしながらだったため上手く笑えていなかった。
そんなライデンとシェリエルを見てリュートは胸が締め付けられる思いだった。やはり兄の……アルウェイのやったことは許されることではない。だから兄亡き今となっては、自分が代わりに裁きを受けて罰を受け入れるべきだと思っていた。
「あの……ライデンさん、シェリエルさん…」
突然リュートに声をかけられ驚いた様子のライデンとシェリエル。二人とも涙を拭いてリュートの言葉を待っていた。
「やっぱり、僕……どうしてもお二人に償いがしたくて………どんな罰でも甘んじて受けますから…どうか……」
リュートの言葉を聞き困ったような表情になるライデンとシェリエル。
「リュート、そのことならもう良いって言ったろ?確かにアルウェイは裏切っていたかもしれないが、お前自身はそのことを知らなかったんだし……」
「でも……でも兄さんが裏切らなければ……こんなことにはならなかっただろうし……」
泣きそうな声でそう言うリュートに思わずかける言葉を失うライデン。リュートがすっかり『兄の罪=自分の罪』という考えに陥ってしまっているのが分かった。
ライデンは困ったようにシェリエルの方を見たが、彼女もどうするべきか分からない様子だった。仕方なくライデンが助けを求めるようにドレイクとフリルフレアの方を見る。
ライデンの視線に気が付いたフリルフレアは困ったように辺りをキョロキョロと見回している。明らかにどうしていいか分からない様子だ。そしてそんなフリルフレアの様子に気が付いたドレイクは、そのままライデンの助けを求める様な視線にも気が付いた。
ドレイクはライデンの意図に気が付きそのまま少し考えていたが、おもむろにリュートの肩を叩いた。肩を叩かれたリュートはハッとしたようにドレイクを見上げる。
そして次の瞬間……。
ゴスッ!
おもむろに繰り出したドレイクの拳がリュートの頬を殴っていた。ドレイク的にはそれほど強く殴った訳では無いが、それでも貧弱なリュートでは耐えきれず思いっきりよろめいて膝をついている。
「ちょ…ちょっとドレイク!いきなりリュートさんに何してんのよ!」
ドレイクの突然の行動に思わず声を上げるフリルフレア。ライデンとシェリエルもドレイクの行動に思わずポカンとしている。
しかし当のドレイクはケロッとした顔のまま指の関節をボキボキ鳴らしている。それに対してリュートはよろめきながらも何とか立ち上がっていた。
「ドレイクさん……」
痛みのせいか目に涙を溜めながら、それでも真っ直ぐドレイクを見つめ返すリュート。そんなリュートを見てドレイクは小さくため息をついた。
「満足したか?」
「………え?」
「殴られて満足したかって訊いたんだ」
少し睨むような視線を送ってくるドレイクに、思わずポカンとしながらもすぐにその言葉の意味を察するリュート。そしてそのまま俯くと噛み締めるような声で呟いた。
「………いいえ…」
そう言ってリュートは俯いたまま肩を震わせていた。恐らく涙をこらえているのだろう。
「ボクッ娘……お前は殴られれば……罰を受ければ楽になれると思ったんじゃないのか?」
「………そうです…」
「けど実際はどうだ?」
「……殴られても……何も変わりません……」
「そうだろうな…」
リュートの言葉を聞き、今度は深々とため息をつくドレイク。そしてリュートに向き直ると、その頭にポンと手を乗せた。
「おいボクッ娘、お前はどうやら兄貴の……アルウェイの罪をお前が背負わなきゃいけないって思ってるみたいだが、それは間違いだ」
「で、でも……兄さんは僕のせいで道を踏み外して……」
「いや、どう考えてもアルウェイが勝手に道を踏み外しただけだろ」
「………………」
ドレイクの言葉に少しポカンとするリュート。そんなリュートの横ではすでにその辺りの事情の説明は受けていたライデンとシェリエルがウンウン頷いていた。
「あいつは……アルウェイは自分のやったことと向き合って、その上で俺に倒される道を選んだんだ。あいつの罪は確かに重いが、命を失ったことでその罪を清算されていると俺は考えている」
「で、でも………」
「それで良いんだよ。それにあいつが悪夢野郎だったって街の人たちに知らせても何もかわりゃしねえだろ」
「そ、そんなことは無いと思います……真実を知らせたら……きっと街の人たちは僕を許さない……」
「そりゃ中にゃそんな奴もいるだろうな。だが、大概の奴は変わらねえよ」
「そ、そうでしょうか……?」
「そうだよ。人間嫌なことはさっさと忘れたがるものさ。なら余計な情報教えて不満や不安を煽る必要もねえだろ」
そう言って肩をすくめるドレイク。そしてポカンとしながらドレイクを見上げているリュートの髪をクシャクシャに撫でまわした。
「だから、何度も言ってるがお前に罪はねえんだよ。あいつは自分の罪は自分でけじめ付けて逝ったんだ。それにあいつに最後、強く生きろって言われたんだろ?このまんまメソメソしてて良いのかよ?天界でアルウェイが嘆いてるぞ?」
そう言ってニヤリと笑みを浮かべるドレイク。ドレイクがまた無茶なことをしだすのではないかとヒヤヒヤしていたフリルフレアはホッと胸をなでおろした。そしてリュートはそんなドレイクの言葉を聞いてポロポロと涙をこぼし始めた。
「………良いん…ですか?…………本当に…僕は………許されて良いん…ですか……?」
「許されるも何も、最初から誰もお前を責めちゃいねえよ」
そう言って今度は苦笑いするドレイク。リュートはそのまま肩を震わせていたが、急にドレイクの方を向くとその胸に顔をうずめて泣き出した。
「…あり……がとう…ござい……ます」
肩を震わせて声を立てずに泣くその姿はまるで少女のようであり、フリルフレアが少しやきもきしていた。
そして、ドレイクがリュートを殴った時にはどうしようかと慌てていたライデンとシェリエルは落ち着きを取り戻しつつあるリュートを見てホッと胸をなでおろした。そして、しばらく涙を流すリュートを見ていたが、意を決したように口を開いた。
「それで……実は今日はリュートに話があるんだ」
「……え?……話……?」
ライデンの言葉に、涙を拭きながら不思議そうな顔をするリュート。ライデンの隣ではシェリエルがウンウン頷いている。
「ドレイクとフリルフレアにも聞いてほしいんだ……その…立会人として」
「「立会人?」」
思わず声がハモるドレイクとフリルフレア。一体何に立ち会えと言うのか……?そう思って頭の上に?マークを浮かべるドレイクとフリルフレアの前でライデンとシェリエルはリュートに向き直った。そしてライデンはリュートに手を差し出す。
「リュート………良かったら俺達と一緒に行かないか?」
「…………え?」
ライデンの言葉に思わずポカンとするリュート。何を言われたのか頭の中で理解しきれていない様子だった。それを見たシェリエルは苦笑いしながら口を開く。
「あたい達とパーティーを組んでくれないかって言ってるんだよ」
そう言ってリュートに向けてパチリとウィンクするシェリエル。そう言われてやっと言葉の意味が理解できたのかリュートの眼が驚きに見開かれていく。
「え………ええ⁉ぼ……僕とパーティーを組む……ってことですか⁉」
「だから、そう言ってるだろ?」
驚きすぎているリュートに再び苦笑いと共に言葉をかけるシェリエル。リュートは驚きのあまり口をパクパクさせている。そんなリュートを見て少し申し訳なさそうに頭をかいていたライデン。だが、差し出した手を引っ込めることは無かった。
「で、でも………僕は…」
少ししどろもどろにそう答えるリュート。だがライデンは首を横に振った。
「さっきドレイクが言っただろ?リュートには罪は無いんだ、気にすることは無い。まあ……無理強いするつもりは無いんだが………」
「あたいらのパーティーもライデンとあたいだけになっちまったからね。貴重な戦力である魔導士にはぜひ仲間になってほしいのさ」
そう言ってシェリエルも手を差し出してくる。だが、そんなライデンとシェリエルを見て途惑うリュート。
「で、でも………僕は……」
歯切れ悪くそう呟くリュート。正直差し出された手を取りたい気持ちはあった。だが、本当に自分がその手を取ってよいのかどうか……リュートの中には迷いが生じていた。
だが、次の瞬間リュートは背中を何者かに押された。少しよろめいて数歩前に出るリュート。ちょうどライデンとシェリエルの手を握れるところまで出てきている。そして戸惑いながら後ろを振り返ると、そこにはリュートを突き飛ばした姿勢のまま良い笑顔をしているフリルフレアの姿があった。
「リュートさん!迷う事なんてありません!ライデンさんとシェリエルさんが……みんながリュートさんを必要としているんです。どうしてもアルウェイさんの罪を償いたいって言うなら、冒険者として各地を回って困っている人達のために力を貸してあげてください。それこそが強く生きるってことだと……アルウェイさんの願いだとも思いますから!」
そう言ってフリルフレアは少しいたずらっ子の様な笑みを浮かべてグッと親指を立てて見せた。それを少し驚いたような表情で見ていたリュート。リュートはそのまま少し考え込んでいたが、すぐに結論を出したのかフリルフレアに応えるように親指をグッと立てて見せた。そしてそのままライデンとシェリエルに向き合う。その顔にはもう迷いは見受けられなかった。そしてリュートはソッとライデンとシェリエルの手を掴むと両手で優しく握りしめた。
「僕なんかでよかったら……これからよろしくお願いします!ライデンさん!シェリエルさん!」
大きな声ではっきりとそう言ったリュート。迷いの吹っ切れたその顔はまるで澄み切った青空の様にさわやかだった。




