第5章 赤蜥蜴と赤羽根と13の悪夢 第17話、第十二の悪夢・恋慕 その12
第17話その12
「フォオオオオオオォォォォォ!」
「チィッ!」
ガキイィィン!
フルフェイスをかぶり、再びブルーフォレストと化したアルウェイが燃え盛る魔剣でドレイクに斬りかかる。ドレイクは舌打ちしながらアルウェイの攻撃を大剣で受け止めた。
「テメェ、マッスル!この期に及んで悪あがきか!」
「ほざけ蜥蜴野郎!今言ったとおりだ!俺は貴様らを殺してリュートを手に入れる!」
「ボクッ娘の想いを踏みにじるつもりか!」
「あいつは正義感に酔っているだけだ!昔から頭の固い融通の利かない奴だったからな!」
「兄貴として大人しく弟に討たれるつもりはないってことか!」
「当然だ!そんなことをすれば俺がリュートを手に入れられなくなるではないか!」
「結局テメエは自分の欲望を満たしたいだけか!」
「最初からそう言っている!そのために………フリルフレアもろとも死ね蜥蜴野郎!」
叫びあいながらドレイクとアルウェイが剣戟を繰り広げていく。互いに大剣を振るい、相手を斬り、相手の攻撃を防御する。ひたすら高速で繰り出される斬撃を互いにかわし、防ぎながら斬りあいは続いた。
正直アルウェイの動きはかなりのものだった。脇腹をリュートに刺されてそこからはまだとめどなく血が溢れ出しているというのに、それを感じさせない動きをしていた。それはまるで痛みを感じていない………というよりも、出血を気にも留めていないように見えた。
(……………こいつ……まさか……?)
斬撃を繰り出しながらもアルウェイの様子が気になったドレイク。だがアルウェイの攻撃は思いのほか鋭く、重傷を負っているとは思えない動きをしていた。
しかし、それも長くは続かなかった。剣撃の応酬を繰り返すうちにアルウェイの動きが鈍くなってきたのだ。やはり脇腹の傷口から血が流れすぎてアルウェイの体力を奪っていったのだ。そしてアルウェイの動きが鈍くなってきたことによりドレイクの方には余裕が出てきた。そのためドレイクはアルウェイの斬撃を剣で受け止め鍔迫り合いの形に持ち込みながら周囲には聞こえないよう小声でアルウェイに語り掛けた。
「もうお前に勝ち目はねえぞマッスル!大人しくボクッ娘に討たれろ!」
「ふざけるな!そんなことが出来るか!」
ドレイクの小声を察したのかアルウェイの方も周囲に聞こえないくらいの声で返してくる。
「けどお前……もう死を覚悟してるだろ!でなけりゃあれだけ深い傷を放っておいてこんな戦い方が出来る訳がねえ!」
「それでも……それでもな……」
ドレイクの言葉にグッと唇をかむアルウェイ。その様子は傷の痛みを堪えているのと同時にどこか悔しさを堪えているようでもあった。
「あいつに……リュートに兄殺しなんてさせられるか!…俺の後なんか追わせてたまるかぁ!」
「⁉」
アルウェイの言葉にドレイクは驚きを隠せなかった。リュートは兄を自分の手で撃つ覚悟をしていた。だがアルウェイはリュートが自分を討つことでその先背負ってしまうであろう罪の意識を少しでも軽くしてあげよと行動していたのだ。自分の死が、リュートに手を下されたためではなく、別の者の手によって討たれることでリュートが感じる罪悪感を少しでも軽くしようとしたのだ。そしてなによりも、リュートが罪の意識から自分の後を追うことが無いようにしたかったのだ。
それを察した瞬間、ドレイクは意を決した。
「分かった……ボクッ娘にお前は討たせない。俺がこのまま叩き斬る」
「ふん!言っておくが………わざとやられてやるつもりはないぞ」
「上等だ、このまま全力でかかってこい!」
その瞬間ドレイクはアルウェイの剣を弾く。そしてそのまま後ろに飛び退くと間合いを取って大剣を構えた。アルウェイも剣を弾かれ体勢を崩しかけたが、何とか踏みとどまり再び大剣を構える。
そして……。
「ウォオオオオオオォォォ!」
「デリャアアアァァァァァ!」
同時に駆け出すドレイクとアルウェイ。互いに大剣を構え一瞬で間合いを詰めていく。そして剣閃と共に互いの影が交差した。
・・・・・・・・・・・・・・・
互いに剣を振りぬき相手に背を向けた姿勢のまま動かない二人。フリルフレアとリュートが固唾を呑んで見守る中………ドレイクの左肩から血が噴き出した。
「ドレイク!」
フリルフレアが悲鳴のような叫び声をあげながらドレイクの元へと駆け寄っていく。
「ぐ………」
思わず呻きながら大剣を地面に突き立て左肩を押さえるドレイク。そして首だけでアルウェイの方を振り返った。
「……やるじゃねえかよ、マッスル……いや、アル…ウェイ…だったか?」
「チッ……今頃人の名前を……憶えや…がった……か……」
次の瞬間アルウェイの肩から脇腹にかけて血が噴き出した。肩から斜めに鎧ごと斬り裂かれていたのだ。そしてそのまま大剣を手離すとその場に倒れ込むアルウェイ。そんなアルウェイの元へリュートが駆け寄っていった。
「兄さん!」
叫びながら倒れ込んだアルウェイを抱きかかえるリュート。フルフェイスの兜を取ると、アルウェイは口から血を吐いていた。そしてその胸からはとめどなく血が溢れ出しており、もうどうにもならないことは火を見るより明らかだった。
「に、兄さん……」
アルウェイを抱きしめながら涙を流すリュート。そんなリュートの頭をアルウェイは優しく撫でてやった。
「リュート………最後まで…ダメな……兄貴で……悪かった…な……」
「そんな!……そんなこと!」
必死に否定しようと何度も首を振るリュート。涙を流し続けながら必死に言葉を紡ごうとするが、なかなかうまく言葉にならない。罪を償わせるために命を奪おうとしたとはいえやはり愛する兄なのだ。その最後が悲しくない訳が無かった。
「うう……兄さん……やだよぅ…やっぱり死んじゃヤダよぅ……」
ボロボロと涙をこぼし続けるリュート。その後ろ姿はあまりに痛ましい。
「リュートさん……」
フリルフレアがそんなリュートに声をかけようとするが、上手く言葉が見つからない。そしてそんなフリルフレアの肩をドレイクは軽く叩いた。そして首を横に振る。今はそっとしておいてあげよう、そういうことだった。
「僕を置いて行かないで……」
「悪いな……リュート…それは……無理そうだ……」
「それじゃ僕も兄さんの後を追うよ!」
「バカ…野郎!………お前は……何も間違ったことはして………ねえんだ…命を……捨てる……必要なんか…ない!」
「でも!」
「いい…か……リュート………俺は……自分の……欲望に……負けて…道を………踏み外しちまった……」
「…兄さん…」
「…け…ど……お前は…違う。……お前なら……俺みたいに…間違った…道に………進んだり……しない…」
「そ、そんなこと……」
「お前は……優しくて…真っ直ぐな……ヤツだから………大丈夫だ………これから…は………迷う……ことが……あっても……自分を……信じて突き進め……」
「兄さん……」
「…これからは………俺の分も……強く生きて……くれ……」
「うう……兄さん…」
アルウェイの言葉にひたすら涙を流し続けるリュート。そんなリュートの頬にアルウェイの手がそっと触れた。
「……最後くらい……笑顔を見せて…くれ……俺の……大好きな…カワイイお前の……笑顔を……」
「…………う、うん…」
アルウェイの手に自分の両手を添えながらリュートは何とか頷いた。そして瞳の端に涙を溜めながらではあったが、何とか笑顔を作って見せた。
「……良かった……愛してるぜ……リュート……」
「うん、僕もだよ。僕も兄さんの事が……大好きだよ」
そう言ってアルウェイを抱きしめるリュート。その瞬間リュートの頬に触れていたアルウェイの手が地面に落ちた。
「…兄さん……ゆっくり…休んでね………う…ううう……うわああああああぁぁぁぁぁん!」
リュートの泣き声が響き渡る中、アルウェイの身体は黒い粒子状になって消え去っていくのだった。




