第5章 赤蜥蜴と赤羽根と13の悪夢 第17話、第十二の悪夢・恋慕 その9
第17話その9
「ハァッ……ハァッハァッ……ハァッ………」
ひとしきり叫んだあとアルウェイはしばらく荒い呼吸を繰り返していたが、それで逆に落ち着いてきたのか、息を整え冷静さを取り戻したようだった。
「……に、兄さん……」
「ああ、すまんリュート……少し取り乱していたみたいだ…」
「うん………で、でも…僕の事を………その…異性って……?」
リュートが不安げに兄を見上げている。突然兄から自分の事を異性だと思っていると聞かされれば困惑もするだろう。不安げに……そしてどこか怯えた様子のリュートにアルウェイは優しく語りかけた。
「その……すまないリュート……俺は………お前のことを兄として愛していると同時に………異性として愛してしまったんだ……」
アルウェイの衝撃の告白にリュートは何度か口をパクパクさせて何か言おうとしていたが、上手く言葉が見つからず俯いて黙り込んでしまった。
「分かってる………実の兄貴からこんな感情を向けられたら……気持ち悪いよな…」
自嘲気味にそう言うアルウェイ。その言葉にリュートは弾かれたように顔を上げて何か言おうとしたが、やはりうまく言葉が見つからず、「…………そんなことないよ兄さん…」とだけ呟いていた。
「でもなリュート、俺はどうしてもこの想いだけは押さえることが出来なかったんだ………それだけお前を愛してしまったんだな……」
「………だから…」
「ん?何だリュート?」
「だから僕にこんな格好をさせたの……?」
リュートはそう言うと身に纏っているドレスのスカートを広げて見せた。確かにどんなに似合って見えてもリュートは男だ。ドレスは本来リュートが纏うべきものではない。
「ああ、そうだ。お前なら………誰よりも似合うと思ってな」
いつくしむようにそう言うアルウェイの言葉にリュートは悔しそうに唇をかむ。
「じゃあ……僕を檻の中に監禁したのも…?ベッドに縛り付けて口も塞いで……ただただ、時々帰ってくる兄さんの話を聞くだけしかできない状態にしたのも……?」
「お前を落ち着かせるためだ。檻だけじゃお前が逃げ出す可能性も考えられたから……縛り付けて、舌を噛んで自殺しないように猿轡もした。お前に……黙って俺の話に耳を傾けてもらいたかったからだ」
「僕が逃げ出すって考えていたってことは………僕が兄さんの想いを受け入れないと思っていたってことだよね……?」
「少なくともすぐには受け入れてもらえないだろうと思っていた。時間をかけてゆっくりと話し合って……俺の想いを伝えるつもりだった…」
アルウェイの言葉にリュートは歯を食いしばった。次に訊こうとしていることは今回のアルウェイの行動のある意味核心とも言えることだ。これの答え次第では……リュートは兄と決別しなければならない。
「兄さんは………どうしてナイトメアになったの?………僕を女の子にしたくてナイトメアに……なったの?」
「………そうだ」
アルウェイのその言葉を聞いた瞬間、リュートの瞳から涙が零れ落ちた。今のアルウェイの肯定の言葉により、リュートの中で2つの事が確定事項となった。1つは兄が本当にナイトメアになってしまった事、もう1つは……その原因が自分にある事だった。
「……何で?……どうして?………分からないよ兄さん!…そこで何で兄さんがナイトメアにならなきゃいけないのさ!」
叫ぶリュート。そのリュートの叫びは心の底からの叫びだった。兄がナイトメアになった事実も、その原因が自分にあるという事も、リュートには到底受け入れられない事実だった。
「………ナイトメアになればな?」
「……え?」
「ナイトメアになれば、悪夢を自在に作り出すことが出来るんだよ。そして上位のナイトメアともなればその悪夢を完全に自在に操れる。だから………だから俺は、お前を悪夢の中に捕らえて少しずつ……少しずつ女に変えていくつもりだったんだ…」
「………女の子に…?」
「そうだ。時間をかけてゆっくりと……お前の心を女にするつもりだった」
「……何で?何でゆっくりとなの…?……悪夢を自在に操れるなら一気に僕の心を女の子に変えちゃえば良かったじゃない……」
そう言ってリュートは顔を伏せる。先ほどから涙はポロポロとこぼれ続けている。兄の告白を聞くのが辛すぎたのだ。
「俺は……お前にも心の底から俺を愛してほしかったんだ。時間をかければお前も俺と同じ気持ちになってくれると………。ナイトメアの力を使った洗脳はあくまで最終手段だったんだ」
「そう……別に監禁なんてしなくても……僕の心が変わるとは思わなかったの…?」
「すぐに変わるのは難しいと思っていたさ……お前は男で…俺の弟だ。自分の兄がそんな感情を抱いていると知ったら気持ち悪いと思うだろう?」
「そ、そんなこと……」
「思うだろう?………それにお前はあの時………フリルフレアに好意を寄せていると言った!あの小娘に!」
「そ、それは……確かに言ったけど…」
リュートはそう言うと少し顔を赤らめた。本人が居る前でそんなことを言われれば愛の告白も同然なのだが、今はそんなことを言っている場合ではない。
「ああ!確かにお前は言った!フリルフレアが気になると!だから……だから俺はナイトメアの誘いを受け入れた!ナイトメアと融合し、お前を手に入れる道を選んだんだ!」
「…え⁉」
アルウェイの言葉に愕然とするリュート。アルウェイの言葉が確かならば、兄をナイトメアにした原因は自分の不用意な言動にある事になる。
「………そ、そんな……僕があの時…フリルフレアさんが気になるなんて言わなければ……兄さんは…」
そう言って兄を見上げるリュート。この顔には驚愕と後悔の念が色濃く出ていた。
「おいマッスル…」
その時、事の成り行きを黙って見ていたドレイクがリュートとアルウェイに歩み寄っていった。油断はしていないのか、大剣は構えてこそいないがまだ肩に担いでいる。そしてそんなドレイクを見るとアルウェイはリュートから手を離して脚元に転がっている大剣を拾い上げた。
「何だ蜥蜴野郎……言っておくが俺はまだリュートを諦めてはいない。貴様らを殺してリュートを手に入れる」
「テメエがどうしたいかなんて興味はねえよ」
「何だと?」
「それより答えろマッスル。テメエ……悪夢野郎になってから何をしていやがった…?」
「何をしていた……だと?」
「おうよ。てめえが俺やフリルフレアの前に現れた時以外に……それとボクッ湖を監禁して檻に閉じ込めていた時以外は……何をしていやがった……?」
「……何が言いたい?」
「そのほかの時間にテメエは他の悪夢野郎と同じように人々を悪夢の中に捕らえたり……恐怖と絶望を集めるために人々を殺して回っていたのかって訊いてるんだよ!」
「ああ、その通りだが……それがどうした?もっとも、俺の創った悪夢はここで、ここにはリュート以外誰も入れないつもりだったからな……悪夢に引き込んだりはしていない」
「殺したりはしていたってことか!」
「もちろんだ。それがナイトメアだからな。他の連中の創った悪夢を回って……何人も拷問処刑しておいたさ…」
そう言って暗い笑みを浮かべるアルウェイ。その笑みは暗く残酷で……今までのアルウェイからは想像できないような気味の悪い笑みだった。そしてそんなアルウェイを見たドレイクは思わず歯を食いしばる。
「テメエの目的がボクッ娘なら……何も人々を殺すことは無かったんじゃねえのかよ?」
「そうはいかん。このナイトメアとしての力は悪夢王カッドイーホ様から賜った物……カッドイーホ様復活のために尽力してこそ俺は悪夢の中で永遠にリュートと二人で暮らせるんだ」
「………テメエの欲望のために人々を殺すことに罪悪感はねえのかよ?」
「そんなものはとうに捨てた」
「そうかよ……分かった。テメエはもう……完全に悪夢野郎になり果てたんだな…」
ドレイクはそう言うと大剣を構え、アルウェイを睨みつけた。一方アルウェイの方もリュートを下がらせると大剣を構えた。
「なら、この場で引導を渡してやるぜ」
「ほざけ蜥蜴野郎が……死ぬのは貴様の方だ」
ドレイクとアルウェイの互いに殺気のこもった視線がぶつかり合い火花を散らしたのだった。




