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第1章 赤蜥蜴と赤羽根 第3話、フリルフレア、初めての冒険

     第3話、フリルフレア、初めての冒険




 翌日、ドレイクたち一行は魔導士ギルド幹部ルドンが言っていた、ラングリアから東に1日ほど歩いたところにあるという古代遺跡を目指していた。最初は馬車や馬を使う案も出たのだが、ドレイクの「フリルフレアに冒険の基本である徒歩を経験させたい」と言う言葉と、予想以上に寂しいドレイクの懐事情により徒歩で向かうことになった。

「しかし、ラングリアの近くに未調査の遺跡なんかあったかの?」

 ゴレッドが疑問を口にする。それも当然のことで、冒険者ギルドの存在する町の近くにある古代遺跡などはそのほとんどがすでに冒険者によって調査され、何も残っていないのが普通だ。当然町から1日程度の距離の遺跡ならばとっくに調査されていると考えた方が自然である。

「そう言えばそうだよね。そのルドンって人、いったい何の調査に行ったんだろ?」

「新たに隠し部屋でも見つかったんじゃないのか?」

 スミーシャの言葉にローゼリットが答えるが、スミーシャは釈然としないと言わんばかりの表情をしていた。

「でもさ、それなら普通調査団を組むなり冒険者を雇うなりしない?」

「む……確かに…」

「そうですね、そう言われると何か違和感を覚えますが…」

 彼女たちの言葉にロックスローも賛同するが、その違和感の正体が何なのかはわかっていない様子だった。

「俺はあのフトンって魔導士は信用していない。俺の勘だがな」

「ドレイク、何度も言いますけどルドンさんですよ」

 相変わらず人の名前を覚えないドレイクにツッコミを入れるフリルフレアだったが、その表情は不安と緊張が入り混じったものだった。その様子に気が付いたドレイクはフリルフレアの頭にポンと軽く手をのせる。

「心配するな赤羽根。これだけ人数が揃ってるんだ、大抵のことは乗り切れる」

「ミィィ……分かりました。あとドレイク」

 フリルフレアがまだ不安そうな表情ながら見上げてくる。その表情に少しドキッとするドレイク。何故かは分からないが、何となく彼女に不思議な魅力を感じていた。

「子供扱いしないでください」

「あ、ああ……悪い悪い」

 フリルフレアの頭から手をどかす。横ではスミーシャが「フリルちゃんかわいい!やっぱり持って帰りたーい!」と叫んでいたが、もう慣れたのかみんな無視していた。

 ドレイクたちはそうやってあるいは談笑しながら、あるいは周囲を警戒しながら歩みを進めていった。そして、目的地までおそらく後3分の1程であろう所まで来た頃にはすっかり日も暮れていた。

「今日はこの辺で野営じゃの」

 ゴレッドはそう言うとあたりを見回した。ドレイクとローゼリットも周囲を警戒しながら気配を探るが、特に生き物の気配はない。この場で野営をすることにする。

「じゃ、あたしちょっと周りを見てくるね!」

「待てスミーシャ、一人で行くな」

 自分たちの荷物を置くと、スミーシャとローゼリットが林の中に入っていく。身軽な二人だったのであっという間に姿が見えなくなった。

「ミィィ…脚がパンパンです…」

 フリルフレアがヘタッと座り込んでしまった。半日以上歩き詰めだったため体力のない彼女にはかなり負担が大きい様だった。そんなフリルフレアにドレイクが声をかける。

「疲れただろ赤羽根。お前は野営の準備は良いから少し休んでろ」

「で、でも……」

 自分だけ休んでいることに罪悪感があるのだろう、手伝おうとするフリルフレアだったが、ゴレッドが手を上げて止めた。

「良いんじゃ、フリルの嬢ちゃんはしっかり休んどれ。どうせ野営の準備なんぞ大した手間でもないわい」

 そう言うとゴレッドは野営の準備を始める。ロックスローもそれにならって野営に必要な荷物を取り出していた。

「俺は薪を探してくる」

 そういうとドレイクも林の中に消えていった。

 何となく居心地の悪さを感じたフリルフレアは座り込んだまま両脚を抱えた。膝に顔をうずめる。

(やっぱり私、足手まといだよね……)

 思わず弱気になる。ドレイクどころかランク7のスミーシャやローゼリットにも自分は遠く及ばない。その事実に目頭が少し熱くなる。泣いている場合じゃないと思いつつも、視界がゆがんできたので両腕で顔を隠す。

(こんなんで、私の記憶…見つけられるのかな…?……ドレイクの記憶…見つけてあげられるのかな…?)

 少しネガティブな思考になっていたフリルフレアの様子を知ってか知らずか、ゴレッドが声をかけてくる。

「そういや、フリルの嬢ちゃんは何か苦手な食いもんとかあるんかいの?」

「え?……苦手な食べ物ですか?」

 突然の食べ物の話題にフリルフレアが顔を上げる。その瞳はまだ濡れていたが、表情自体は不安げなものではなく、ポカンとした表情をしていた。

「そ、そうですね……特に好き嫌いは無いです……あまり変わったものは食べられませんけど…」

「バードマンは鶏肉や卵が苦手な奴らが多いって聞いたんじゃが?」

 ゴレッドの言葉にフリルフレアは首を横に振った。

「私、ヒューマンに育てられたんでそういうのは大丈夫です。鶏肉食べられますし、卵料理大好きですよ」

「そうなんか。まあ、残念じゃがさすがに卵は持って来とらんな」

 そう言ってゴレッドは背負いの荷物の中からいくつかの食材を取り出している。ロックスローは焚火を組むために周囲の石を円形に並べていた。

「あ、私は肉類苦手ですね」

「何じゃお前さん、そんなんだからそんなにヒョロッこいんじゃないんか」

 ロックスローの言葉にゴレッドが呆れた声を出す。森に住んでいるエルフたちには菜食(ベジ)主義者(タリアン)も多かったが、冒険者ともなればそうもいっていられないのが実情である。

「そうかもしれませんね。とにかくそういうことですので私の食事はこれで結構です」

 そういうとロックスローは何か親指の先ほどの大きさの丸薬の様なものを取り出すと、それを口に放り込んで飲み込む。

「何じゃいそれは?」

「エルフの里に伝わる兵糧丸ですよ。1粒飲めば1日食事をとらなくて大丈夫です」

「すごいですね。エルフの里ってそんな物があるんですね」

 フリルフレアが驚きの声を上げる。フリルフレアの知らない物だったが、それはゴレッドにとっても同じだったようだ。

「何じゃい、そんな便利なもんがあるのかい。じゃが、それじゃと飯を食う楽しみが無かろう?」

「まあ、それはそうなんですがね」

 ゴレッドの疑問に言葉を濁すロックスロー。だが、フリルフレアはロックスローの兵糧丸に興味を持ったようだった。

「ロックスローさん、その兵糧丸っていったい何で出来てるんですか?」

「ああ、ゴメンなさいフリルフレアさん。これは私の里の秘伝の丸薬でして……他人に教えたり、あげたりしてはいけないのですよ」

「そうなんですか……残念です」

 フリルフレアが心底残念そうにしていたところで、スミーシャとローゼリットが帰ってきた。何故か二人とも先ほどより顔がスッキリサッパリしている。

「聞いて聞いて!ちょっと行った所に水の綺麗な泉があったよ!」

 興奮気味に林の中を指さすスミーシャ。どうやら彼女とローゼリットはその見つけた泉で顔を洗ってサッパリしてきたようだった。

「かなり水質が良い。飲んでも問題なかった」

「明日出発前に水筒に汲んでいこう!」

 嬉々としているスミーシャとローゼリットを見てフリルフレアはふと思いついた。

(そうだ…明日の朝…)

「薪になりそうな枯れ枝見つけて来たぞ」

 ドレイクが帰ってきた。肩に大量の薪を抱えている。それを手近なところに降ろすと、そのまま薪を組み、火打石で火をつけ始めた。カチカチと火打石の音が響き、すぐに炎が上がる。そのまま薪をくべ、焚火の炎は大きくなっていった。全員で焚火を囲むように腰を下ろしていく。

「さて、さっそく晩飯の準備をするかの」

 そう言うとゴレッドはドレイクが起こした焚火の周りにさっそく串に刺した肉を突き立て炙っていく。同様にスライスしたパンやチーズ、干したイモなども炙っていった。

「わ~!美味しそうじゃないゴレッド!」

「カッカッカ!どんどん食え!どうせ大喰らいが居るんじゃ!」

「それは俺の事か?」

 ゴレッドの言葉にドレイクが突っ込むが、事実なので仕方がない。フリルフレアが初めて見る調理法に興味津々とばかりに目を輝かせていた。

「焚火の周りで焼くんですね」

「そうじゃ、パンも一緒に炙っとくと、香ばしくてまたうまいんじゃ」

 カッカッカ!と笑うゴレッドはローゼリットに視線を向ける。

「そういえば、ローゼの姉ちゃんは肉食えるんか?」

「問題ない。私は何でも食べる」

 そう答えるローゼも、旨そうな食事に期待していた。横に座るスミーシャともどもどこかソワソワしている。一方でドレイクは我慢できないとばかりに炙った肉に手を伸ばしていた。塩と胡椒を強めに振って軽く干した肉だったが、炙ったために香ばしさが増しなんともいい香りを放っている。また同様に、炙ったことでパンは香ばしい香りを放ち、チーズはとろけ、干しイモには軽く焦げ目がついていた。

「それじゃ、いただきま……」

「待て待て赤蜥蜴!それはこうやって食うんじゃ!」

 ドレイクが大口を開けたところでストップがかかる。ドレイクが不満そうな視線をゴレッドに向けていたが、彼はそんなことはお構いなしに食べ方の説明をする。

「まず、パンを手に取るんじゃ、その上に炙った肉と干しイモ、チーズの順に乗せるんじゃ、それを半分に折って食べる」

 ドレイクがさも面倒くさそうな表情をしていたが、フリルフレアはゴレッドの言った通りのやり方でやってみた。

「えっと、パンの上にお肉、おいも、チーズの順で……」

 フリルフレアの小さな掌の上にパン、肉、干しイモ、チーズの順に乗せられていく。それを最後に半分に折りたたんだ。

「美味しそう……いただきます」

 恐る恐る一口かじってみる。炙ったパンの香ばしい香りが鼻孔を抜ける。次いで、強めに塩で味付けされた肉のしょっぱさと胡椒の刺激、干したイモの甘さとチーズのコクが同時に口腔内を駆け抜ける。最後にパンが強めの味のそれらを受け止めていた。

「お、美味しいですゴレッドさん!」

「わっはっはっは!そうじゃろそうじゃろ!」

 フリルフレアの称賛にゴレッドが満足げな笑い声をあげる。スミーシャとローゼリットも惜しみなく称賛の声を上げていた。

「美味しい!こんな食べ方があったなんて!」

「うまいな。パンやチーズも炙っただけで全然違うものだな」

「まだまだたくさんあるからの、どんどん食べるんじゃ!」

 ゴレッドはそう言うと自身もパンに肉などを挟んでかぶりつく。

「うむ、今日もうまいのう!」

「別に、腹の中に入れちまえば一緒じゃないか?」

 満足げなゴレッドに水を差すドレイク。もっともそう言いながら、一番たくさん食べているのはドレイクだった。そんなドレイクをゴレッドが睨みつける。

「お前さんは本当に飯の食わせがいが無いのう」

 ヤレヤレと肩をすくめたゴレッドは、腰につけた水筒を取り出すと、中身を喉に流し込む。ごくごくと音を立てて、水筒の中身を飲んでいった。

「くはー‼、やっぱりこれじゃわい!」

 満足げなゴレッドを見て、フリルフレアが不思議そうな表情をしていた。彼が何を飲んでいるのか分からない様子だった。もちろんドレイクもスミーシャもローゼリットもロックスローも、ゴレッドの水筒の中身が何なのかはわかっている。

「ゴレッドさん、何飲んでるんですか?」

「ん?フリルの嬢ちゃん飲んでみるか?」

 そう言って差し出されたゴレッドの水筒をフリルフレアは恐る恐る受け取る、そして中身も確認せずにいきなり口をつけた。

「あ、バカやめとけ……」

 ドレイクの制止も間に合わず、水筒の中身がフリルフレアの口の中に入る。そして一瞬の後、フリルフレアは隣のドレイクの方を向くと、口の中の液体を「ブフー!」と思いっきりドレイクに吹きかけた。

「……………」

「ゲホッゲホッ!な、なんですかこれ⁉」

「何って、酒じゃよ酒。ドワーフ特製の麦焼酎じゃ」

 ゴレッドは「カッカッカ!」と笑うと、フリルフレアから水筒を受け取り再び飲み始める。その横ではスミーシャが、「あはははは!」と笑い転げており、ローゼリットも「ぷ……クク」と笑いをこらえている。ロックスローは「ドレイクさん大丈夫ですか?」と目を丸くしていた。

「なんで俺に吹きかけるんだよ」

「だって!あんなの飲み込めませんよ!」

「何も俺の方向くことないだろ…」

 フリルフレアの言いたいことは分かるが、何も自分の方に向かって吹きかけることないだろうと思うドレイクだったが、さすがにあまり強くは言えなかった。

 そんな和やかな雰囲気のまま食事を終えたドレイクたちは、一同寝床の準備を始めた。各々寝袋や毛布を取り出している。

「見張りの順番はどうする?」

 ローゼリットがドレイクに問いかける。ドレイクは「そうだな…」と言いながら顎に手を当てて考えている。

「俺が適当に決めていいのか?」

「構わんが、わしは朝飯の用意したいから最後にしてほしいの」

 ドレイクの問いにそう答えたゴレッドは「朝飯用の食材も買い込んでおるんじゃ」と、自分のリュックサックをポンポンと叩いている。

「分かった。なら、最初が金髪優男、二番目が踊り猫、3番目が金目ハーフ、4番目が俺、最後が灰色石頭、赤羽根は今日は休ませる形でいいか?」

「オッケー!」

「別に問題は無い」

 ドレイクの言葉に、スミーシャとローゼリットが同意する。ロックスローとゴレッドも「問題ない」と言いたげにウンウン頷いていた。

「待ってくださいドレイク。私だけ休むわけには……」

「お前、今日は疲れ切ってるだろ?それにただでさえ慣れてない野営だ。いいから今日は休んどけ」

「ですけど……」

 なおも食い下がるフリルフレアの頭を、ドレイクはクシャクシャと撫で回す。

「ただでさえ明日は初の実戦なんだ。お前の体調が万全じゃないと困るんだよ」

「ミィィ、ですから、子供扱いしないでください…」

 自分の頭を撫でまわすドレイクの腕をつかむと、頭の上から外すフリルフレア。それでも表情はどこか不満げだった。

「でも……やっぱり私だけ…」

「案外強情だな……」

 ボソッと呟いたドレイクは顎に手を当てて少し考えると、何か思いついたのかフリルフレアの方を見て人差し指を立てた。

「じゃあ、どうしても何かしたいんだったら、朝早めに起きて灰色石頭の朝飯の準備を手伝ってやれ」

「え……あ、はい。分かりました」

「なるほど、そりゃ確かに助かるのお」

 ドレイクの言葉にフリルフレアは納得し、ゴレッドもそれに賛同した様だった。他の3人も特に異論は挟まない。

「じゃあ、これで決定だな。1時間半ずつで交代だ」

「りょーかい!」

「分かった」

 ドレイクの言葉に、スミーシャとローゼリットが答える。ゴレッドとロックスローもそれぞれ「分かったわい」「分かりました」と同意していた。

「では、私が1番手ですので」

 そういうとロックスローは焚火の真横に座りなおした。その横ではゴレッドが毛布にくるまっており、さらにその横ではローゼリットとスミーシャが寝袋に潜り込もうとしている。さらにその横で寝袋を持ったままどうしようかとただずんでいるフリルフレアにスミーシャが声をかける。

「フリルちゃん!よかったらお姉ちゃんの横で一緒に寝ない?」

「誰だよお姉ちゃんって……」

 ローゼリットの冷たい視線がスミーシャに突き刺さるが、彼女はさして気にしていない様子でフリルフレアを手招きしている。その様子に何故か不穏なものを感じたフリルフレアは愛想笑いをしながら、「わ、私ドレイクの相棒なんで……」と言いながら、ドレイクの横に腰を下ろすとそのまま寝袋に潜り込んだ。ちなみにドレイクはとっくに毛布にくるまって寝息を立てている。

「キイイイ!なんでよ!なんでそんなに赤蜥蜴が良いの⁉」

「スミーシャ、うるさいぞ」

 フリルフレアをドレイクに取られて納得できないと不満の声を上げるスミーシャに静かに呟いたローゼリットの言葉は届いていなかった。






 翌朝、ドレイクは目を覚ますと、体を起こしあたりをキョロキョロと見回した。視界に入るのは寝息を立てているスミーシャとローゼリット、ロックスローの3人と、焚火の横で何やら火にかけているゴレッドのみ。自分の真横を見ると、見張りの時にはあどけない寝顔をさらしていたフリルフレアの姿が無く、彼女の荷物が置いてあるだけだった。

 欠伸をしながらもう一度周りを見回す。やはり彼女の姿は無かった。

(大方用を足しにでも行ったんだろ……)

 深く考えずに毛布を丸めると、リュックサックの中に突っ込む。

「起きたか赤蜥蜴。フリルの嬢ちゃんなら……」

「あ~、分かってる分かってる」

 ゴレッドの言葉を最後まで聞かず手をパタパタさせながら雑に答えたドレイクは、立ち上がって大きく体を伸ばした。若干眠気が残っているがどうしたものか……。そんなことを考えていたところでふと思い出す。

(そういえば、泉があるって言ってたな)

 眠気覚ましに顔を洗うにはちょうどいいだろう。そう考えたドレイクは立ちあがると、少々重そうな足取りで泉の方へと向かうことにする。

「ん?赤蜥蜴、何処へ行くんじゃ?」

「ちょっと散歩だ」

 どういうとドレイクは泉を目指し林の中へと消えていった。後ろから「今は泉には近づかん方がいいぞ~」と言うゴレッドの声が聞こえた気がしたが、眠気の残っているドレイクはその言葉を完全に聞き流して、泉へと向かった。

 少し歩くと、さほど大きくない泉があった。昨日スミーシャとローゼリットが言っていた通り確かに水がきれいであり、泉の底まで見渡せそうな透明度だった。

「よし」

 呟くと、ドレイクは泉の畔にしゃがみこんで両手を水に入れてみる。ヒンヤリとした水の感触がそれだけで眠気を吹き飛ばしてくれそうだった。満足そうに口の端を吊り上げると、両手で水をすくい上げ、それをゴクゴクと音を立てて飲み干す。2杯3杯と胃の中に水を入れると、満足そうに「ふー」とため息をつく。

「うまい水だな」

 そう満足げに呟くと、今度は両手で水をすくい上げ、それを思いっきり顔にたたきつけた。バシャバシャと音を立てて、少々乱暴に顔を洗っていく。

「ぷはー‼眠気も吹き飛ぶな!」

 顔についた水を乱暴に拭い去り、ドレイクが顔を上げた瞬間だった。

「ぷはー“気持ちいいです」

「は?」

 ドレイクの間抜けな呟きが響く中、バシャアン!と音が立ったかと思うとそんな声が前方から聞こえてきた。そして、ドレイクの視線とフリルフレアの視線が正面からぶつかり合う。

「…………は?」

 もう一度呟くドレイク。その視線の先には泉の中に立っているフリルフレアの姿がある。彼女は衣服を一切身に着けておらず、髪も降ろしていた。お世辞にも成長しているとは言えない控えめな胸をさらしており、下半身は泉の中に浸かっているためよく見えないが、その表情は何が起きているのか理解できていない様子だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 数秒見つめあう。そのうちゆっくりとフリルフレアの両手が動き右腕で胸を、左手で股間を隠していく。

「きゃああああああああああああああああああ‼」

 次の瞬間爆発した様なフリルフレアの悲鳴が周囲に響き渡る。その悲鳴を聞きながら、ドレイクはどこか冷静に「そこはいつものミイイイィィィィィィ‼じゃないのか?」などと考えていたが、次の瞬間我に返る。

「きゃあああ!いやあ!ドレイクのエッチ!スケベ!変態‼私のことどうする気ですか⁉」

「いや、あのな、落ち着け」

「きゃああああ!近寄らないでください変態‼」

「お前なあ……」

 なおもギャーギャー騒いでいるフリルフレアに若干イラっとしたドレイクはフリルフレアをジト目で睨みつける。

「ていうか、なんで水浴びなんかしてんだよ。水飲んじまったじゃないか、汚い」

「き、汚いってどういうことですか汚いって!」

 ドレイクの物言いに抗議の声を上げるフリルフレア。一方ドレイクは「うえ~」と顔を歪めている。

「いやだって、水浴びして汚れ落としたんだろ?それに、泉の中でしたかもしれないだろ?」

「したって、何をですか?」

「小便とか大便とか」

「しませんよ!失礼な!」

 あまりと言えばあまりなドレイクの発言に、フリルフレアは顔を真っ赤にする。あまりにデリカシーのないドレイクの発言にめまいを覚えそうだった。

「もう!とにかく後ろ向いていてください!着替えますんで!」

「いや、別にリザードマンの俺がバードマンのお前に欲情するわけ……」

「着替えますんで‼」

 再度強く言うと、ドレイクは「はいはい、分かったよ」と言いながらしぶしぶ後ろを向いた。ドレイクが後ろも向いたのを確認するとフリルフレアは泉から上がってくる。そして着替えの置いてある場所に行くと、タオルで体をふき始める。

「ところでドレイク、何しに来たんですか?」

「顔洗いに来ただけだよ」

「もう!ゴレッドさんにちゃんと言っておいたのに……」

 そういえばゴレッドが何か言っていたような気がしたドレイクだったが、何を言っていたのかちゃんと聞いていなかったため、その内容は全く思い出せなかった。

「ああ、そうだ赤羽根……」

「まだ着替え中です!」

 振り返ったドレイクの顔面に向かって、下着姿のフリルフレアからタオルが投げつけられた。






「聞いてください!ドレイクったらひどいんですよ!」

 フリルフレアの着替えが終わるのを待って、ドレイクとフリルフレアはそろって野営の場所まで戻った。そして開口一番、フリルフレアが半ベソをかきながら非難の叫びをあげる。

 野営の場所を見てみると、皆すでに起きており各々荷物をまとめたり朝食の準備などをしている。そしてその場所に響き渡ったフリルフレアの叫びに、スミーシャの目尻が吊り上がる。

「こら赤蜥蜴!フリルちゃんに何したのよ!」

「いや、別に何もしてない………」

「嘘です!裸を覗かれました!」

「お前、その言い方は無いだろ…」

 ドレイクの抗議の声はむなしく響き渡るだけであった。そんなドレイクに目尻を吊り上げたスミーシャがズンズンと詰め寄ってくる。

「フリルちゃんになんてことするのよ!うらやましい!あたしが見たかったわよ!」

「怒ってるのか悔しがってるのかどっちなんだよ……」

 ドレイクがジト目で睨むが、スミーシャは興奮冷めやらぬ様子で鼻息を荒くしていた。その後ろではローゼリットが「ドウドウ、落ち着け」と馬を落ち着かせるようになだめている。

「ううう、もうお嫁にいけません……」

 若干嘘泣きっぽく、フリルフレアが涙をふく。その様子を見ながら呆れたようにため息をつくドレイク。だがスミーシャはさらに興奮している様だった。

「安心してフリルちゃん!どんなになってもあたしがお嫁にもらってあげるから!」

「お前もお嫁になる方の人間だろうが……」

 スミーシャのあまりの物言いに、頭を押さえながらツッコミを入れるローゼリット。いい加減彼女のボケについて行けないといった感じである。

「お前さんたち寸劇(コント)は良いから、さっさと飯を食ってくれんかの」

 このままでは話が進まないと思ったゴレッドに促され全員焚火の周りに集まった。器が置いてあり、その中には干し肉と干し野菜で作ったスープが入っている。横にはパンが添えられていた。

「ロックスロー以外は朝飯食うんじゃろ。冷めん内に食ってくれ」

 ゴレッドに促され全員焚火の周りに腰を下ろし各々器を手に取る。

「いただきます」

 フリルフレアも1度両手を合わせて食事に感謝の意を示すと、器を手に取り匙でスープをすくって口に含んだ。

「あ、しっかりとした味付けで、美味しいです」

「そうじゃろ。お前さんに刻んでもらった干し肉から良い出汁がでとるんじゃ」

「なるほど、こうなる訳ですね」

「そうじゃ。パンはスープに浸して食べるとうまいぞ」

「こうですか?」

 言われたとおり、パンをちぎってスープに浸した後口の中に入れる。少し硬めのパンが水分を吸って柔らかくなり、かつ濃い味のスープとマッチして口の中を楽しくさせた。

 朝早く起きてゴレッドの食事の準備を手伝ったフリルフレアとしては、自分の手伝いが有意義な結果になったと知って満足げだった。

「う~ん、確かにおいしいね」

「見かけよりも味が濃厚だな」

 スミーシャとローゼリットも称賛の声を上げていた。そんな皆のおいしそうな食べっぷりを見て、ロックスローがうらやましげな視線を向ける。

「皆さん、美味しそうに食べますねぇ…」

「何じゃロックスロー、お前さんも食うか?」

「いえいえ、私は肉、食べれませんので」

 器にスープをよそろうとするゴレッドをロックスローが手を振って止める。どうやら本当に肉が食べられないようだった。

「おい、灰色石頭。足りないぞ?」

「分かっとるわい。残り全部食っていいぞ」

 お代わりを要求するドレイクに、面倒くさそうに鍋ごとスープを渡すゴレッド。他のメンバーが食事を終えるなが、ドレイクは一人で残ったスープを平らげた。

 食事を終えると、ドレイクは腹をさすった。

「‥‥‥‥腹五分目くらいか?食い足りない……」

「あれだけ食べてまだ食い足りないのか?」

「あんたどういう胃袋してんのよ……」

 ローゼリットとスミーシャが驚きを通り越して、呆れながらツッコミを入れている。フリルフレアはドレイクの朝からの食欲も知っていたので見事にスルーして食器類を片付けていた。

 その後、ドレイクたちは荷物をまとめると、再び遺跡を目指して歩みを進めた。






「いた」

 先頭を歩いていたローゼリットが、手で後続を制する。後ろから続いていたドレイクたちはその場で足を止めた。

 遺跡の近くまで来たドレイクたちは、魔物たちが徘徊、あるいは見張りを立てている可能性を考え、盗賊で索敵能力に優れるローゼリットを先頭にして木々や岩陰に隠れながら慎重に歩みを進めていた。そして先頭を歩くローゼリットが魔物を発見したようであった。岩陰からそっと遺跡の様子をうかがう。

 遺跡と言うよりはむしろ雨ざらしの廃墟と言った雰囲気のその遺跡は、石造りではあるものの屋根などはほぼすべて崩壊しており、かろうじて柱や壁が残っているだけだった。よく見れば奥の方に一か所だけ屋根や壁がちゃんと残った建物があったが、それも4m四方ほどの大きさでさほど大きくは無かった。

 一応遺跡の入り口らしきところに身長130~140㎝程の豚の様な顔をした小太りな魔物、オークが2匹立っていた。槍を持っているその2匹は恐らく見張り役なのだろうが、やる気が無いのか、1匹は欠伸をしながら鼻くそをほじっており、もう1匹にいたっては壁に寄りかかって寝息を立てている。

 それを見ていったん岩陰に隠れるドレイクたち。

「さてどうするかの。オークが居るのは分かったが、中にどれだけ居るか全くわからん」

「だが、相当数の気配は感じる」

 ゴレッドの言葉にローゼリットが答える。彼女の鋭い感覚は、遺跡の中にかなりの数の魔物が居るのを察知していた。

「せめて、数が分かるとありがたいんだが……」

 ドレイクが唸っていると、隣でフリルフレアが「あ、そうだ!」と声を上げる。

「そういえばロックスローさん、探知系の魔法得意って言ってましたよね?」

「あ、そう言えば!確か呪文魔法に一定範囲内にある物や人を探知する魔法あったよね?」

 フリルフレアの言葉に、スミーシャも同意の声を上げる。

「『サーチサークル』ですか?確かにそういう魔法ですけど……」

「何か問題があるんですか?」

 言葉を濁したロックスローに、フリルフレアが不思議そうな声をかける。

「あれは術者を中心に発生させる魔法なんで、ある程度近づかないと……。それに、私の魔力では遺跡全体を範囲内に収めることは不可能です」

「そうなんですか……」

 残念そうな声を出すフリルフレアだったが、そんな彼女の肩をドレイクがポンとたたく。

「いや、それで行こう。起きてる方のオークを魔法でつぶして…」

「なら、寝ている方は私が仕留める」

 ドレイクの言葉にローゼリットが続いた。懐からスローイングダガーを取り出している。

「なら、魔法で潰す役は誰が行く?わしが行くか?」

 ゴレッドの言葉に、ドレイクが首を横に振る。

「お前の魔法は念のために取っておきたい、回復もあるしな。それより金髪優男に……」

「あ、あのドレイク!」

「ん?」

 ドレイクの言葉を遮るようにフリルフレアが声を上げる。その表情はどこか決心した様なものだった。

「良ければ出すけど……、その役私にやらせてください」

「赤羽根に?」

「はい……私まだまだ役に立たないと思いますけど、少しでも自分で出来ることはやっておきたいんです」

「でもなぁ……」

 ドレイクとしては、正直自衛に専念させて戦闘の雰囲気だけでも感じさせれば良いつもりだったし、なんだかんだ優しいフリルフレアは魔物相手でも躊躇してしまうんではないかと思っていた。だから積極的なフリルフレアの言葉はドレイクにとって意外なものだった。

「ドレイク、お願いです」

「……分かった」

「ありがとうございます!」

 フリルフレアの表情からその決意が本気だと悟ったドレイクは、ためらいつつも許可を出した。

(まあ、どうせいつかは通らなきゃならない道か……)

 そうと決まれば、決断は早かった。相変わらずやる気のなさそうなオークと居眠りをしているオークに気づかれないように可能な限り距離を詰める。

「よし、良いぞ赤羽根!」

「はい、アクセス!」

 そういうとフリルフレアは自分の意識を炎の精霊界に接触させる。そしてその中から炎を纏う小さな蜥蜴に意識を集中させる。

「お願い、炎の精霊サラマンダーよ!あなたの炎の息吹を私に貸し与えて!『ファイアシュート‼』」

ボオゥン!

 フリルフレアの手より撃ち出された炎の塊が一瞬にして欠伸をしていたオークを火だるまに変える。

「ぎ……あが……」

 オークが火だるまになりつつもよろよろと歩き出す。どうやら仲間に助けを求めようとしている様子だった。

「いかん!浅かったか!」

「いや、十分だ!」

 ゴレッドの言葉が終わるより早くドレイクが飛び出し拳を振り上げる。

グシャ!

 次の瞬間、火だるまになっていたオークの脳天をドレイクの拳が叩き潰していた。隣ではローゼリットの投げたスローイングダガーが寝息を立てていたオークの喉に深々と突き刺さっていた。そちらのオークも音もなく絶命し倒れこむ。

 フリルフレアたちがドレイクのところまで慎重にやってくる。

「ご、ごめんなさいドレイク……私、失敗して……」

「いや、あれでいい。よくやった」

「え?」

 半ベソかきかけていたフリルフレアだったが、ドレイクの言葉にキョトンとする。そんな彼女の頭をクシャクシャとなでながらドレイクは口の端をニィッと吊り上げる。

「別に一撃で仕留める必要はない。ようはあのオークが仲間を呼ばなければよかったんだからな」

「そ、そうなんですね」

 ドレイクの言葉を聞いてフリルフレアはどこか安心した様だった。

「さて、お前さんの出番じゃロックスロー」

「はいはい。探知系の魔法ならお任せください」

 そう言うとロックスローは杖を掲げ精神を集中させる。

「アフ・ラー・ミラル・テレパス………」

 ロックスローが呪文を唱え深く目を瞑る。精神を集中し探知をしているその様子をドレイクたちは周囲を警戒しつつ見守る。そしてロックスローが眼をカッ‼と見開く。

「どう、ロックスロー?」

「…………」

 スミーシャの問いに沈黙をもって答えると、ロックスローはゆっくりと顔を上げ、静かに言葉を紡いだ。

「し、失敗しました……」

「はぁ?失敗した?」

「はい……緊張のあまり…」

「おいおい、お前さんランク11じゃろ?」

 ロックスローの言葉に呆れるゴレッド。スミーシャが「何それ~」と言いながら脱力しており、その隣ではローゼロットが「まじめにやれ」と睨んでいる。

「す、すみません。気を取り直して…… アフ・ラー・ハッシュ・サークレット…『サーチサークル!』」

 再び精神を集中させ呪文を唱えたロックスローは魔法を展開させる。彼は目を閉じて「フムフム、なるほど」などと言っていた。どうやら彼の脳裏には魔法の効果範囲内にいる魔物の数や種類が映し出されている様だった。もっとも、その横でスミーシャに「何かさっきと呪文違くない?」と突っ込まれ、ローゼリットには「こいつもしかして呪文間違えたんじゃないのか?」と疑われており、余り様にはなっていなかったが………。

 そんな中、精神集中を終えロックスローが顔を上げる。

「効果範囲はここからあの比較的無事な建物あたりまでなのですが……」

「そんなもんか、案外狭いな」

「仕方ありません、そういう魔法なので…。それよりも、そこまでにおよそ20匹ほど居ます」

 ドレイクの落胆の声も気にせずロックスローが答える。ドレイクの感覚で言えば、20匹と言うのは大した数では無かった。

「そんなものか……?」

 ドレイクが呟いたとき、壁の向こう側、遺跡の内側で犬の遠吠えの様な「ワオォォォォーーン」と言う雄たけびが聞こえる。

 それを聞いた瞬間ドレイクがはじかれた様にロックスローに詰め寄る。

「おい金髪優男!その20匹の内訳は何だ!」

「え?内訳……ですか?」

「そうだ!」

「ええと……おそらくゴブリンらしき小柄な鬼が6匹、豚の頭をした魔物が8匹、犬の頭をした魔物が6匹ですが……」

「コボルトがおったのか!いかん!気付かれとるぞ!」

 言うが早いかゴレッドが得物のウォーハンマーを手に取る。スミーシャはショートソードをローゼリットはダガーをそれぞれ両手に1本ずつ持って構える。フリルフレアもダガーを取り出して右手にしっかりと握りしめた。

「コボルトどもが居るならどうせ奴らの嗅覚でばれてる。突っ込むぞ!」

 言うが早いか、ドレイクは駆け出しながら器用に背中の大剣を引き抜く。鞘から抜き放たれたその真赤な片刃の刀身は僅かに赤い輝きを放っていた。その後ろにローゼリット、スミーシャ、ゴレッドの順に続き、最後にフリルフレアとロックスローが同時に遺跡内に飛び込む。

「何じゃ赤蜥蜴、お前さん魔剣持ちだったんか!」

「まあな!5年前からこいつが俺の相棒だ!」

 そう叫ぶと、ドレイクは魔物の集団へと駆け寄っていく。一方魔物たちはドレイク達の襲撃を知っていたとばかりに迎撃の体制を取っていた。その数はざっと見ただけでも20匹どころではない。魔法の範囲外にもかなりの数が居たようだった。さらに遺跡中央部に位置する建物の中から、さらに魔物たちがワラワラと姿を現している。その中にはゴブリンを大きくしたような魔物や、緑の皮膚をした大柄な怪物、赤黒い皮膚を持った大鬼も存在していた。しかし、その魔物たちはみな一様に目を赤く光らせている。

「うっそ⁉ホブゴブリンだけじゃなくて、トーロルにオーガ⁉絶対ランク4のクエストじゃないよ!」

 スミーシャが悲鳴を上げる。彼女の言う通り、トロールやオーガを含むこれだけのモンスターの討伐となれば、もっと高ランクの仕事のはずである。中堅になりたてのランク4の仕事ではない。

「気にするな!どうせ俺たちだってランク4じゃない!」

 ドレイクはそう答えると、魔物の群れに強引に突っ込む。

「チャァリャァアアァァァ!」

 魔物の中に突っ込むと、ドレイクは大剣を思いっきり水平に薙ぎ払う。ザァシュゥゥ!と音を立てて、ゴブリン2匹とオーク2匹の胴体が一気に両断される。さらに踏み込みながら返す刃でコボルト3匹の首を一気に飛ばす。

「ブギー!」

 ドレイクの背後からこっそり近寄ったオークが雄叫びを上げ鎧の隙間に槍を突き立てる。

ガツッ!

「ブヒ⁉」

 オークが目を白黒させる。確かに鎧の隙間の脇腹に入ったと思われた槍の穂先は固い何かに阻まれ、その役目を遂げることは無かった。槍によって切り裂かれたドレイクの服の隙間から彼の深紅の鱗がのぞいている。

「残念だったな。そんな鈍らで俺の鱗を貫けるものかよ」

 そう言うとドレイクはオークの頭を鷲掴みにすると、思いっきり地面に叩きつけた。オークは頭を潰されあっさりと絶命する。

「シャー!」

 背を向けているドレイクの隙をついて、ホブゴブリンが1匹、斧を振りかぶって襲い掛かってくる。だが、その斧が振り下ろされるより早く、ドレイクが片手で持ったまま振り抜いた大剣により、ホブゴブリンの胴体はあっさりと両断された。常人ならば両手でなければ扱いきれない大剣を片手で振り回せるのはドレイクの膂力がなせる業であった。

「うっわ!赤蜥蜴つよ!」

 スミーシャが両手に持ったショートソードで舞うようにコボルトを切り伏せながら感嘆の声を上げる。その隣ではローゼリットがスローイングダガーを2本同時に投擲し、オーク2匹を一気に仕留めている。

「しかし、なんじゃこの無茶苦茶な集団は⁉」

 フリルフレアとロックスローに近づかせないよう二人の前で戦槌を振っていたゴレッドが疑問の声を上げる。

「ゴブリンにホブゴブリン、オークにコボルト、果てはトロールとオーガじゃと⁉」

「頭の悪そうな魔物ばかり集まっていますね」

 ゴレッドの言葉に答えるロックスロー。彼が呪文の詠唱をしようと集中した時だった。フリルフレアの「あ!」と言う叫び声が響く。

「どうしたフリルの嬢ちゃん!」

「あそこ!あそこです!」

 フリルフレアが遺跡中央の建物の屋根の上辺りを指さす。彼女の指さしたその先には何やら杖を掲げたフードを被った人影が立っていた。その手に持つ杖はどこか禍々しい雰囲気をかもし出しており、怪しい輝きを放っている。

「あいつが頭か!」

 ゴレッドの叫びが響く。だが、ドレイクたちが反応するよりも早く、フードを被った人物は手に持った杖を高く掲げ、「殺せ!皆殺しにするのだ!」と叫んでいた。それに呼応するように魔物たちが雄叫びを上げ、さらに激しく襲い掛かって来る。どうやらフードの人物によって操られているようだ。

「まず、頭を潰す!」

 叫び、フードの人物の元へ跳ぼうとしたドレイクの前にオーガ2体が立ちふさがる。そしてドレイクを取り囲む様にさらにオークとゴブリンが群がっていく。

「チッ!邪魔だぁ!」

 舌打ちをしたドレイクは、正面からかかってきたオークを一刀の元に斬り捨てる。同時に後ろから襲い掛かってきていたゴブリン2匹をその太い尻尾で打ち払っていた。

 オークは声もなく両断され、ゴブリンは「ゴブェ!」と血反吐を吐いて弾き飛ばされていった。

 オークを両断したドレイクに向かって、さらにゴブリンやオークが襲い掛かる。そして立ちはだかった2体のオーガもそれぞれ大斧と金棒を振りかぶる。

「ゴオアアアア!」

「ギアアアアア!」

ドッゴオオオォォォン‼

 大斧と金棒の左右からの強烈な1撃がほぼ同時に打ち込まれる。受ければ人間種などミンチになってしまうであろう強力な一撃だったが、それらがドレイクを捉えることは無かった。一瞬早く上空に跳躍すると、その大柄な体からは想像もできない身軽さで、金棒を振り下ろし前傾姿勢になったオーガの背中に降り立ち、その背中めがけて大剣を勢いよく突き立てる。

「ごぱぁ!」

 血反吐を吐いて倒れこむオーガ。だが、斧を持ったもう一方のオーガはそんなことはお構いなしに大斧を再び振りかぶる。

「シャアア‼」

「フン!」

ガキイィィィン!

 オーガの大斧による一撃をドレイクは大剣で受け止める。そのまま鍔迫り合いになるが、体格でかなり勝るオーガは力ならば自分が有利と、斧ごと圧し掛かるように押し込んでいった。すさまじい力に大剣が刀身ごと押されていく。このまま力づくで剣もろとも叩き切ろうとしているのは明白だった。

「なめるなよ…」

 ドレイクが呟いた瞬間だった。今までドンドン押し込んでいっていた大斧の動きがピタリと止まる。そして、そのまま徐々に押し返されていく。

「ガウ⁉」

「ズィィアアァァァァ!」

ザバアアァァン!

 ドレイクは叫びと共に全身に力を込め、一気に大斧を押し返すと、今度は逆に大剣で大斧を押し込んでいった。そしてそのまま一気に斧ごとオーガを叩き斬る。

 ブシューー!と音を立ててオーガの肩口から血が盛大に噴き出す。そのまま前方に倒れこんだオーガは肩口からわき腹のあたりまでを見事に両断されていた。

「ツャアリャアアァァァ!」

 一瞬の後、振り向きざまに大剣を一閃する。その一撃で後ろから襲い掛かろうとしていたオークとゴブリンは胴体から両断されていた。

「とてもじゃないけど近寄れないね」

「あいつは好きにやらせといたほうが良いだろう」

 スミーシャとローゼリットはそう言い合いながらそれぞれ小剣と短剣でコボルトを斬り捨てる。だが、魔物たちはまだまだ残っており、二人を取り囲むようにじりじりと詰め寄ってくる。

「きりがないな……」

「じゃ、とっておき行っちゃおー!」

 そう言うとスミーシャは体をクルリと一回転させ、そのまま舞を踊り始める。その舞は時に激しく、時に扇情的にみる者を魅了していった。クルクルと舞い続けるスミーシャを見る魔物たちの視線が、トロンとしたものに変わる。

「魔円舞・魅了の舞(チャームロンド)

 スミーシャに魅了され、魔物たちはトロンとした目のまま動きを止めてスミーシャの舞を見入っている。今が戦いの最中であることなど一瞬で忘れてしまったかのようだった。

「フッ!」

 次の瞬間、だらしなく魅了されたゴブリンやコボルトの間を一陣の風が駆け抜ける。

ブッシューーー!

 音を立てて魔物たちの首から血飛沫が吹き上がる。魔物たちの隙をつき風のごとく駆け抜けたローゼリットの振るった短剣が魔物たちの首をことごとく切り裂いていた。

「うひょー!こりゃいい踊りだわい!」

「アホか!お前まで魅了されてどうする!」

 後方でオークに戦槌を振り下ろしていたゴレッドが歓声を上げている。どうやら彼もスミーシャの魅了の舞にかかってしまった様だったが、それに対しローゼリットが文句を言いながら石を投げつけていた。

「それだけあたしの舞が素晴らしいってことで!次行ってみよう!」

 言うが早いかスミーシャは身軽に、空高くジャンプすると器用に空中でクルリと一回転し大柄なホブゴブリンの目の前に着地する。

 魅了の舞が終わったことで正気に戻ったホブゴブリンが一瞬呆けていたが、すぐに我を取り戻し手に持った巨大な棍棒を振り上げた。

「ゴアアアアアア!」

 ホブゴブリンが雄叫びと共に棍棒を振り下ろすが、スミーシャはそれをヒラリとかわす。そして、両手に一本ずつもった小剣を逆手に持ち替え、クルクルと舞い踊りながら小剣を振るいホブゴブリンを切り刻んでいく。

「魔円舞・剣舞(ソードダンス)!」

 スミーシャの剣の舞を受け、ホブゴブリンが声もなく倒れこむ。倒れこんだその巨体は剣舞により何度も切り刻まれており、一目で絶命しているのが分かった。

「イエイ!」

「バカ‼油断するな!」

 声とともに、スミーシャの背後から忍び寄り斧を振り上げていたホブゴブリンの頭にローゼリットが飛びつくと、手に持っていた短剣でホブゴブリンの首を一突きし絶命させる。

「助かったよ!サンキュー、ローゼ愛してる!」

 再び小剣を振るいながらローゼリットに投げキッスをするスミーシャ。だが、飛んでいった(であろう)投げキッスはローゼリットの「いらん」のセリフと共に繰り出された裏拳により阻まれた。

「ローゼのいけず~」

「まじめにやれ」

 ゴブリンとオークに囲まれ背中合わせになったローゼリットとスミーシャだったが、それだけ言うと、再びゴブリンとオークに斬り込んでいった。

 その後ろではゴレッドがコボルトの銅を戦槌で殴りつけ弾き飛ばしていった。

「ヌアリャアア!」

 雄叫びとともに、戦槌を両手で握りしめ目の前のオークを脳天から叩き潰す。

「どうじゃい!」

 いまだ近寄ってくる魔物たち相手に威嚇をするゴレッドの後ろで、フリルフレアとロックスローが魔法を撃とうと集中する。

「アクセス!お願いサラマンダー!あなたの息吹を私に貸して!『ファイアシュート!』」

ボオウウウン!

 フリルフレアの撃ち出した炎の塊が、ゴブリンを焼き尽くす。だが、その横にいたオークが駆け出し、ゴレッドをかいくぐりフリルフレアに接近する。

「ブフヒイ!」

「くっ」

 手に持った棍棒を振り上げフリルフレアを襲うオーク。魔法は今からでは間に合わない。ならばと短剣を握りしめるフリルフレア。

「ブヒヒ!」

ガツ!

「あ!」

 オークの振り下ろした棍棒を何とか短剣で受け止めるフリルフレア。だが、手がしびれるほどの衝撃に短剣を手から落としてしまう。思わずしびれる右手を押さえてしまうフリルフレア。だがそんなことはお構いなしにオークは再び棍棒を振り上げる。そして彼女の背後から忍び寄っていたゴブリンがその美しい深紅の翼を持つ背中に飛びつく。

「ギィヒィ!」

「きゃああ!」

 飛びつかれた瞬間、悲鳴を上げるとともに思いっきり背中の翼を振り上げる。バシィ!と音を立ててゴブリンが弾き飛ばされた。それとほぼ同時に振り下ろされたオークの棍棒がフリルフレアの肩を直撃する。

ゴツ!

「ああ!」

 再び悲鳴を上げたフリルフレアは思わず倒れ込んでしまった。それを見たオークがニタリといやな笑みをうかべると、彼女の頭めがけて棍棒を振り上げる。そんなものが直撃すれば、フリルフレアの小さな頭など果物のように簡単につぶされてしまいそうだった。

(やだ……うそ…死んじゃう…)

 恐怖のあまり目を瞑りそうになった瞬間だった。

「目を瞑っちゃいかんぞ、嬢ちゃん!」

 叫びとともに振るわれたゴレッドの戦槌が、オークの脳天を叩き潰す。そしてフリルフレアの後ろではロックスローが、ゴブリンの脳天を「よくもフリルフレアさんの美しい翼を‼」などと言いながら杖で叩き潰していた。

「フリルの嬢ちゃん、目を瞑っちゃいかん。怖くても、最後まで現実を見てあがくんじゃよ。それが冒険者ってもんじゃ」

「ゴレッドさん……はい、ありがとうございます!」

 ニヤリと笑い不器用なウィンクをし左手の親指をグッ‼と立てるゴレッド。それを見たフリルフレアは一瞬呆けていたが、すぐに笑顔で返事をする。

 フリルフレアの良い返事を聞きゴレッドは満足そうにうんうんと頷いていた。そしてロックスローにジト目の視線を向ける。

「ロックスロー、お前さん魔導士じゃろ?なんで杖で殴っとるんじゃ…」

「いやー、あははは。やっぱり実戦は苦手でして……補助魔法は得意なんですが…」

 ため息をつくとゴレッドはフリルフレアの隣によって来る。

「まったく、赤蜥蜴のやつも相棒ほったらかして何やっとるんじゃ」

 そう言うとゴレッドは、先ほど殴られたフリルフレアの肩を触った。

「イタ!」

「いかんの。ちょっと待っとれ嬢ちゃん」

 そう言うとゴレッドは精神を集中させる。

「偉大なる鋼神アルバネメセクト神よ、御身に宿りし聖なる癒しの力で我らの傷を癒してくだされ…『ヒール』」

 次の瞬間光がフリルフレアの肩を包み込む。それは何とも温かみのある優しい光だった。その光が消えると、フリルフレアが驚きの声を上げる。

「すごい!痛みが消えました、これが神々の奇跡なんですね」

「カッカッカ!その通りじゃよ。何なら嬢ちゃんもアルバネメセクト神に仕えてみるか?」

「あ、いえ、それは遠慮しておきます」

「そりゃ残念じゃわい、カッカッカッカ!」

 満足そうに笑うとゴレッドは再び戦槌を構える。後ろではロックスローが杖を構えていた。フリルフレアもあわてて足元に落ちていた短剣を拾い握りしめる。

「さて、もう一ぶんばりじゃ!」

 ゴレッドの視線の先にはゆっくりとこちらに歩いてきているトロールの姿があった。その手には巨大な金棒を持っている。そんなものの一撃を受ければフリルフレアはおろか、ゴレッドでも果物のように頭を潰されてしまいそうだった。

「ロックスロー、お前さん補助魔法得意なんじゃろ?あいつの動きを止めてくれ。フリルの嬢ちゃんはもっと下がるんじゃ!」

「わ、分かりました」

「はい!」

 ゴレッドの指示にロックスローとフリルフレアは答えると、それぞれ精神を集中し、あるいは後ろに下がって距離を取る。

「よし、行くぞ!」

 叫ぶとゴレッドは、トロールに向かって駆け出し、同時に魔法を使うために精神を集中させていく。

「おお、偉大なる鋼神アルバネメセクト神よ!御身に宿りし悪を憎む聖なる怒りを持って邪悪を打ち滅ぼしたまえ…『セイントストライク!』」

 魔法の発動とともに、ゴレッドの掌から巨大な光の奔流が流れ出しトロールを飲み込む。

「ギイイイイイ!」

 あたりにトロールの悲鳴が響き渡る。

 光が消え去ると、そこでは全身から煙を上げ皮膚を焼け爛れさせたトロールがヨロヨロとよろめき片膝をついていた。ゴレッドの放った邪悪を滅ぼす聖なる光の魔法『セイントストライク』により、トロールは大ダメージを受けていた。

 そこにさらに追撃とばかりにゴレッドが突撃する。

「ヌオリャアアァァ!」

ドッゴオオオン!

 轟音を立ててゴレッドの戦槌がトロールの膝に直撃する。

「ゲガアアアア!」

 再びトロールの悲鳴が響き渡る。ゴレッドの繰り出した戦槌はそのスパイク状の太い棘によりトロールの片膝から下を奪い去っていた。

「グググウウガアアアア!」

 苦しみながらもトロールは金棒を振り上げる。そして轟音を立てて振り下ろされた金棒だったがそれは空を切ることになる。

「片足でまともに踏み込めるもんかい」

 金棒の一撃をあっさりかわしたゴレッドは再び戦槌を構える。

「これでしまいじゃ!」

「アルファ・ラー・コウンド・バーティラ…『バインド!』」

 ゴレッドの後方で呪文を唱えるのが聞こえる。ロックスローが拘束系の魔法を発動させている様だった。

 バシィィィィン!と音を立てて()()()()()()()()()()()()()

「って、うわぁ!何じゃいこりゃ⁉」

「あ、間違えた」

「何をどう間違えたらこうなるんじゃこんのアホエルフ!」

 ロックスローのあまりの失敗にさすがのゴレッドも思わず罵倒する。だが、そんな様子を見ていたトロールは足の痛みも気にならなくなったのか、ニタリと笑うと金棒を振り上げる。

「ガアアアアア!」

「ぬう!お、おのれ!」

 ゴレッドの表情に焦りの色がにじむ。自分は動けず、ロックスローは魔法を使った直後、残るはフリルフレアだけである。

 一方トロールは片足を引きずりながらも器用にゴレッドの目の前までやってくる。そして勝利を確信しニヤリと笑うと振り上げた金棒を持つ手に力を込めた。

「ゴルアアア!」

「く‼無念じゃぁぁぁ!」

「ゴレッドさん!……『フェザーファイア!』」

 ゴレッドが思わず死を覚悟し、トロールを睨みつけた瞬間だった。フリルフレアの叫びが響き渡る。そして彼女の前方に突き出された深紅の両翼より無数の炎の羽が撃ち出された。

ドドドドドドドオオオン‼

 轟音を響き渡らせ炎の羽がトロールに撃ち込まれる。無数の炎の羽がすさまじい勢いでトロールの身体を貫き、そのまま燃え上がらせる。確認するまでもなくトロールが絶命しているのが分かった。

「な、なんじゃ、今のは…?」

「こ、これは一体?」

 何が起きたのか分からずにいるゴレッドとロックスローをしり目に、フリルフレアは「ふう」と一息つくと額の汗をぬぐった。

「………は!そうじゃ!こりゃロックスロー、早くこれを解かんか!」

「ああ……すみません」

 バインドを解除するロックスロー。ゴレッドが「まったく…」と言いながら首をボキボキと音を立てて回している。

「フリルの嬢ちゃん、今のは一体なんじゃ?」

「え?精霊魔法ですよ?」

 ゴレッドの疑問にこともなげに答えるフリルフレア。だが、いくらダメージを追っていたとはいえトロールを1撃で倒せる魔法などとてもではないが冒険者ランク1の使う魔法ではない。ゴレッドはフリルフレアに怪訝そうな顔を向けた。

「精霊魔法?あんな魔法見たことも聞いたこともないがの……?」

「え?そうですか?」

 怪訝そうな表情を向けられたフリルフレアだったが、本人はキョトンとするだけで何を不思議がられているのか全く分かっていない様子だった。

「嬢ちゃん……お前さん、いったい何もんじゃ?」

「え……ただのバードマンですけど…」

 フリルフレアは「そんな、何者って言われましても…」と呟きながらロックスローの方を見るが、彼の方も信じられない物を見るような目で彼女を見ていた。

「し、信じられませんね…」

「え、えっと…何をですか?」

 何か話が大きくなってきているような気がして不安になったフリルフレアだったが、今が戦闘中だったことを思い出し、慌てて周囲を見渡す。

 トロールを倒したことで、自分たちの周りにはもう魔物はいなくなっていた。前方を見ると、ローゼリットとスミーシャの周りにももうほとんど残っていない。あとはドレイクに群がっている魔物たちだけだったが、それもドレイクの「ヌアリャァァァ!」と言う叫びと共に放たれた一閃により、そのほとんどが吹き飛ばされことごとく絶命していく。

「待たせたな、行くぜ大将首!」

 叫びとともにドレイクが中央の建物の屋根の上に向かって跳躍する。そして、建物の屋根を器用に片手で掴むと一気に体を持ち上げ屋根の上に上がった。

「アフ・ラー・コウンド・ファンブル…『ウェポンアウト!』」

 ドレイクが屋根の上に上がった瞬間、ロックスローの呪文が響き渡る。彼が使ったのは対象の握力を一瞬奪い、手に持つ武器などを落とさせる魔法だった。そして気合とともに撃ち出された魔法により()()()()()()()()()()()()()()()が手から滑り落ちる。

カシャーーーン!

 音を立てて屋根の上から魔剣が滑り落ちる。その様子を呆然と見ていたドレイクはそのままの視線をロックスローに向ける。

「あ、間違えた」

「死ねくそエルフ!」

 ロックスローのあまりの失敗に思わず罵倒するドレイク。そうしている間にも、フードの男は再び杖を掲げる。

「何をしている!さっさと殺せ!」

 馬鹿の一つ覚えの様に魔物たちに同じ指令を出しているフードの男。だが、魔物がほとんどやられてしまったことで、焦りを感じている様だった。指令と共に杖をブンブン振り回している。

「てりゃ!」

 次の瞬間ドレイクの手刀がフードの男の手首に直撃する。男は「うお!」と言って杖を取り落とし、手首を抑え込んでいる。その隙にドレイクは杖を奪い去ると、石でできた建物の屋根に思いっきり叩きつける。

バキッ!

 杖は木で出来ていたためかあっさりと半分に叩き折られた。それに応じて怪しい光は消え、感じていた禍々しい気配も消え去っていく。

 下では、今までフリルフレアたちに襲い掛かろうとしていた残った魔物たちの眼の赤い光が消え、一瞬呆けたような表情になると、急に周囲を見回しワタワタと慌てふためき始める。やはり杖によって操られていた様だったが、その支配も解けたようであり半ば呆然としている。

 その様子を確認するとドレイクは折れた杖を屋根の下に放り投げた。それを見たフードの男がワナワナと怒りに身を震わせる。

「お、おのれ……よくも!」

 フードの男は怒りの声を上げると、フードをはぎ取った。それはヒューマンの男に見えた。だが、男は両眼を血走らせ全身に力を込めている。

「ヌウオオオオオオ…ガアアアアア!」

 男の叫びが響き渡る。そして男の腕は太くなり、身体全体が巨大化し全身が毛深くなっていく。爪は長くのび、牙も鋭いものに変わっていた。そして男の姿は、ドレイクよりも一回り以上大きな熊になっていた。

「ライカンスロープか!」

 ゴレッドの声が響き渡る。

 ライカンスロープとは普段はヒューマンと同じ外見をしているが、必要に応じて獣の姿に変身することができる「闇の勢力」に属する人間種である。

「ゴガアアアアア!」

 ライカンスロープは怒り狂った様子でドレイクに向かって何度も何度も爪を振り下ろす。だがドレイクの方も、腕の手甲や持ち前の鱗でそれらをしっかりと捌いていく。

「ゴウルアアアア!」

「ドレイク!」

 フリルフレアの悲鳴が響き渡る。ガキィィン!と音を立てて、ライカンスロープがドレイクの左腕にかみついていた。左腕につけていた部分鎧が砕かれ、そのままライカンスロープはドレイクの左腕にかみつく。

「グルルルルル!」

 かみついた顎に力をこめるライカンスロープ。だが左腕に力を込めたドレイクは持ち前の赤燐の強度と強靭な筋力により牙が腕に食い込むのを防いでいた。

 それどころかチャンスとばかりに左腕はそのままに、右半身を半歩ほど下がらせ右腕を後ろに振り上げる。そして右手を手刀の形にする。

「オルアァァ!……チィエストオオアアァァァァ!」

 叫びと共に凄まじい鋭さで右腕の抜き手が突きだされる。

ズブシュッ!

 突き出されたドレイクの腕は肘の上までライカンスロープの身体に突き刺さっていた。ライカンスロープが「ゴフッ」と血を吐く中、ドレイクは右腕を一気に引き抜く。

「ゴパアァ……」

 ひときわ盛大に血反吐を吐くとライカンスロープはそのまま倒れ込んだ。ビクビクと痙攣している。もう長く持たないことは明白だった。

 ドレイクはそれを見届けると屋根の上から飛び降りた。そして大剣を拾い上げ背中の鞘にしまう。周りを見回せば、残った魔物もそのほとんどが討伐され、3匹ほど残ったコボルトが今まさに逃げようとしているところだった。

「キャインキャイン!」

 情けない鳴き声を上げながら逃げていくコボルトを放っておいて、ドレイクは周りを見渡した。数多くの魔物の死骸がある。隣ではロックスローが折れた杖を拾い上げていた。

「な、なんてことだ……」

 何か落胆した様なロックスローに、ドレイクが声をかける。

「どうした金髪優男?」

「どうした?ではありませんよ!なんてことをするんですか!」

 突然のロックスローの剣幕に面食らうドレイク。

「何がだよ?」

「これですよこれ!」

 そういってロックスローは手に持った折れた杖を突きつけてくる。

「さっきのライカンスロープが持っとった杖じゃの」

「そうですよ!恐らく『魔物使いの杖』の類だと思われますが、強力なマジックアイテムですよ!それをこんな……」

 ワナワナと震えながら膝をつくロックスロー。ドレイクに対して非難の眼差しを向けている。それに対してドレイクが何か言うよりも早く、フリルフレアが二人の間に割って入る。そしてドレイクを庇うようにロックスローの方を向いた。

「でもロックスローさん、ドレイクは一人でライカンスロープと戦ったんですし…、それに杖を奪い返されてたらもっと大変だったと思います」

「う……た、確かにそうですが…」

「そうじゃ、そもそも、わしらの足引っ張りおったお前さんに責める権利は無かろう?」

「ぐ………」

 ゴレッドに肩を叩かれ押し黙るロックスロー。その眼はまだ納得していないようだったが、とりあえず責めるのはやめたようだった。

「まったく、ランク11が聞いてあきれるな」

「まあまあローゼ、人には得手不得手ってものがある訳だしさ」

 投げつけたスローイングダガーを回収していたローゼリットとスミーシャが戻ってくる。二人とも直接ロックスローに足を引っ張られたわけではないが、その心境は複雑な様だった。

「すみません……やはりどうも実戦は苦手で…」

「お前どうやってランク11になったんだよ」

 苦手だと言って頭をかいているロックスローに冷たい視線を向けるドレイク。直接的に被害にあっているだけに文句の一つも言いたくなる。

「いやぁ、ランクは全部試験だけで上がってきたもので、実戦はほとんど初心者なんですよ」

 バツが悪そうに「あはは」と笑いながらごまかすロックスロー。それを聞いたドレイクは睨んでいた視線をさらに鋭くする。

「試験だけで上がってきただと?」

 胡散臭そうに睨むドレイクだったが、ゴレッドの「やめいやめい!喧嘩は無しじゃ!」と言う声に押されて、仕方なく視線を逸らす。

「そうそう!やっと終わったんだし、さっさと帰ろう!あたし早く帰ってお風呂入りた~い!」

「ん……私も少し汚れたな…」

 スミーシャとローゼリットが早く帰ろうと言わんばかりにはやし立てる。ゴレッドも「さっさと帰って一杯ひっかけたいわい」と言いながら右肩をグルングルン回している。

「ドレイク、もう帰りましょう」

「はぁ……わかったよ」

 フリルフレアの言葉にため息をつきつつも同意したドレイク。今回の依頼はこれで終了、あとは冒険者ギルドに報告して報酬をもらうだけである。

「じゃ、帰るか」

「はい!」

 フリルフレアの嬉しそうな返事があたりに響き渡った。







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