第5章 赤蜥蜴と赤羽根と13の悪夢 第14話、第十の悪夢・欲望 その9
第14話その9
「ふむ……これは何だ?」
フギが疑問の声を上げる。眼下に広がるフリルフレアの何気ない日常のような風景。弟と喧嘩したり、妹を慰めたり、本当に何気ない光景だ。
「これが…あの娘の願望なのか?」
フギはためしにフリルフレアの願望の根源を覗いてみることにした。これもフギの能力の一つである。
「………ふむ、なるほど。死んでしまった弟と再び日常を過ごしたい。離れている家族と一緒に過ごしたい。そこにさらに今の相棒が居れば申し分ない。そんなところか…」
フリルフレアの願望を知り、思わず鼻で笑うフギ。
「本当に家族と日常を過ごしたいだけだとは………実に下らん。カッドイーホ様が眼を付けた娘がこんなに下らん奴だったとは…」
落胆するフギ。主である悪夢王が自らの復活の糧に相応しいといった娘だけにどれだけ大層な野望を持った者かと思っていたが、とんだお門違いだったようだ。「やれやれ」とため息をつきながらフギは再びフリルフレアの様子を見ることにした。
フギの眼下で……フリルフレアはピータスと取っ組み合いの喧嘩を始めようとしていた。
「覚悟しなさいピータス!今日という今日はその曲った性根を叩き直してあげるわ!」
「へ~んだ!姉ちゃんなんかにやられるもんか!」
そう言ってアカンベーをしながら尻をぺんぺんと叩いて挑発するピータス。完全にフリルフレアをバカにしているが、当のフリルフレアは顔を真っ赤にして怒っている。
「ピ・ー・タ・ス!お姉ちゃんをバカにすんのも大概にしなさい!」
「へへん!ヤなこった!……それじゃドレイクのあんちゃん!お願いします!」
挑発するだけ挑発しておいてそそくさとドレイクにその場を任せようとするピータスだったが、当のドレイクはポリポリ頬をかきながら欠伸をしている。
「さあ!ドレイク先生!お願いします!」
「ふわ~ぁ……」
まだ欠伸してるドレイク。ドレイクのその様子にピータスはキョトンとしていたが、ふと何か思いついたのかポンと手を打つ。そしてドレイクの横に立つとそのままフリルフレアをビシッと指差した。
「俺のターン!ドロー!手札から赤いリザードマンの戦士を召喚!敵プレイヤーにダイレクトアタック!」
「いや、何のカードゲームの真似だよ…」
ノリノリのピータスに対してジト目を送るドレイク。ピータスは「あれ?違ったか?」とか言いながらポケットからボールを取り出してそれを前に突き出す。
「ならこっちか!モンスターボールからリザードレイクドンを召喚!……行け!リザードレイクドン!かえんほうしゃだ!」
「誰がリザードレ……なんとかドンだ…」
妙なことをほざいているピータスの後頭部に思わず軽くチョップを叩き込んでいたドレイク。相当手加減したので痛くはなかっただろうが、ピータスは驚いた表情でドレイクの方を向いている。
「ちょっとドレイクのあんちゃん!話が違うじゃんか!俺の味方になってくれるんだろ⁉」
「話が違うは俺のセリフだ。お前さっきフリルフレアになんて言われてたんだよ」
「えっと………おやつ抜き」
「お前がおやつもらえないんじゃ、どうやって俺におやつを渡すつもりなんだよ」
「そ、それは………」
「おやつがないならお前の味方にはならん」
「ガーーーーン!」
ショックのあまり膝をつくピータス。そんな弟の様子に勝ち誇ったように高笑いを上げるフリルフレア。
「おーほっほっほっほっほ!どうやらドレイクは私の味方みたいね!残念だったわねピータス!」
「クソー!ドレイクのあんちゃんは姉ちゃんに魅了されてたのか!」
「誰が魅了されてるだ!」
「誰が魅了してるよ!」
ドレイクとフリルフレアのツッコミが入る。しかしピータスは握りしめた拳をワナワナと振るわせて悔しがっていた。
「おのれ、クッソー!こうなったらバーク!SM作戦発動!」
「ええ~……あれやるの?」
「当然だ!早くしろ!」
「……は~い…」
ピータスの指示に渋々頷くバーク。そしてそのままため息をつきながらシャオンの後ろに回り込んだ。バークの突然の行動にポカンとするシャオン。そして次の瞬間………。
バサアァ!
「うわきゃああぁぁ!」
突如響き渡るシャオンの悲鳴。
シャオンの後ろに回り込んだバークがシャオンのスカートを掴むとそのまま思いっきりめくり上げたのだ。当然のようにあらわになるシャオンの下着。そして悲鳴を上げたシャオンはそのまま顔を真っ赤にしながらスカートを押えてしゃがみこんだ。
「ちょ、ちょっと!何するのよバークお兄ちゃん!」
若干涙目になりながらバークを睨みつけるシャオン。そして当のバークは「ゴメン」と言いたげにシャオンに向かって手を合わせている。
「ちょっとバーク!シャオンになんてことするのよ!」
思わず声を上げるフリルフレア。妹のスカートをめくるなんて何を考えているのか?そう思ったフリルフレアだったが、すぐにその理由を知る事となる。
「はっはっは!馬鹿め姉ちゃん!隙ありだぜ!」
次の瞬間響き渡るピータスの叫び声。そしてすぐ後にバサアァ!と布をひるがえすような音が響き渡った。不審に思い音のした方……自分のすぐ後ろを振り返るフリルフレア。そこには、いつの間に回り込んだのか勝ち誇った表情でフリルフレアのスカートをめくり上げるピータスの姿があった。
「キャアアァァァ!ちょ、ちょっと!何すんのよこのエロガキ!」
「へへ~ん!姉ちゃんのパンツは相変わらず色気がねえなぁ」
「あにすんだって言ってんのよこのエロガッパ!」
スパァン!
フリルフレアがピータスの頭をひっぱたく。しかしピータスは勝ち誇ったようにニヤニヤしながら後退っていった。
「ふふん!まずはバークにシャオンのスカートをめくらせて、そこに注意が行ったところに今度は俺が姉ちゃんのスカートをめくる!名付けて『SKIRT・MEKURI作戦』成功だぜ!」
「ピータス!あんたまたしょうもない悪戯を!」
ピータスの作戦に目を吊り上げるフリルフレア。しかしそれを見たピータスは即座にアカンベーをしてその場から逃げ出す。
「待て!このクソガキ!」
「や~なこった!」
孤児院の庭で追いかけっこを始めるフリルフレアとピータス。ちなみにバークはというと、すでにシャオンに服の裾を掴まれていた。
「バークお兄ちゃん。あたしのスカートめくったこと、パパ先生に言うからね」
「勘弁してよ……ピータス兄ちゃんの命令だったんだってば……」
「言い訳無用」
「……………」
シャオンの慈悲無き言葉にガックリと頭を下げるバーク。これでパパ先生ことアベルからのお説教が確定した。
そしてそんな騒がしい様子の庭にアベルが出てきた。そして庭中を見回していたが、ドレイクを見つけると声をかけてくる。
「おやおやドレイクさん、子供たちと遊んでもらってるみたいで…ありがとうございます」
「あ、どうも。まあ、遊んでいるっていうか何と言うか……」
「はっはっは。まあせっかくですからおやつでもどうですか?」
そう言ってアベルは手に持ったかごの中身、フリルフレアが今日のおやつとして作っておいたカステラを差し出す。
「すいません、いただきます」
ドレイクはカステラを受け取ると美味そうに頬張った。
「ああー!俺のおやつ!」
ドレイクがカステラを食べているのが見えた瞬間、逃げ回っていたピータスが叫び声をあげる。思わず足を止めてドレイクを指差していた。
「ドレイクのあんちゃんそれ俺の!」
「あんたはおやつ抜きだって言ったでしょ!」
その瞬間ピータスに追いついたフリルフレアがそう言いながらピータスの腕を掴む。
「うわ!やべえ!」
「やべえ!じゃないわよ!あんたはいつもいつも、ラナの事イジメたり、シャオンに迷惑かけたり、私に悪戯したり!」
「うわあああ!姉ちゃんかんべん!」
「かんべんしないわよ!」
そう言ってピータスをグーで殴り始めるフリルフレア。弟に対して意外と容赦がない。
「はっはっは、フリルフレア、程々にするんだぞ?」
その光景を見ても特に動じた様子もないアベル。おそらくいつもの光景なのだろう。そしてそんなアベルの元にバークの服をつまんだシャオンがやってくる。バークは完全に観念した顔つきだ。
「おや?どうしたんだシャオン?」
「あのねパパ先生。バークお兄ちゃんがあたしのスカートめくったの」
「ふむ、それはいかんな。バーク、何でそんなことをしたんだ?」
若干眉のつり上がったアベルの詰問口調に項垂れるバーク。
「あ、いや……その……」
どう言い訳したものかと考えるバークだったが、正直にピータスの命令だったと言った所で、怒られることに変わりはないし、あとでピータスにどやされることも眼に見えていた。
「………ごめんなさい…」
結局素直に謝るのが一番と判断したであろうバーク。しかしアベルのお説教はまだ始まったばかりだった。
そしてそんなバークやシャオン達を尻目にフリルフレアはピータスに拳をふるっていた。
「イテェイテェイテェ!わわわ、悪かったよ姉ちゃん!俺が悪かったって!」
「本当に⁉本当に反省してるの⁉」
「ももも、もちろんだよ姉ちゃん!」
目を吊り上げているフリルフレアと「ゴメンってば!」とか言いながらフリルフレアを拝み倒しているピータス。ようやく反省したらしいピータスの様子にフリルフレアは振り上げた拳を下ろした。
「まったくもう、あんたは……」
「ゴメンってば姉ちゃん。ホントゴメン」
いまだフリルフレアに向かって手を合わせているピータスを見たフリルフレアはため息をついた。そしてピータスは………。
「ホント、やっぱ姉ちゃんには敵わねえなぁ………」
そんなことをしみじみと言っているピータス。そしてフリルフレアに向けられた笑顔は……………どこか寂しげだった。
「え?ピータス?」
弟のどこかおかしな様子に疑問を覚えるフリルフレア。そしてピータスはゆっくりとフリルフレアに近づくと、その寂しげな笑顔のままフリルフレアに抱き付いた。
「へ⁉え?ちょ、あんた……」
「やっぱさ、姉ちゃんは強いよ」
「あんた、何言って……」
「姉ちゃんはさ……強いんだよ。なんてったって未来の勇者ピータス様がいつまでたっても敵わないんだからさ……」
そう言ったピータスの瞳からは涙が零れ落ちていた。そんなピータスの涙を見たフリルフレアは……胸にチクリと痛みを感じていた。そしてその痛みは…どんどん強くなっていく。
「………ピータス、あんた……」
そう言ってピータスの頬に触れるフリルフレア。フリルフレアの中で何かとても大切なことが抜け落ちているような気がしてくる。それは、絶対に忘れてはいけない大切な……でも悲しい記憶。そしてフリルフレアの瞳からも自然と涙が零れ落ちていた。
フリルフレアの涙を拭ってニッと笑うピータス。その笑顔を見るたびにフリルフレアの胸の痛みが明確な記憶となって形作られていく。
(………ピータスは……ピータスは………)
記憶が形作られてくるが、頭が、感情がそれを理解することを拒む。頭の中がグチャグチャに混乱してくる。
そしてピータスは………今までで一番とびっきりの笑顔を浮かべた。
「だから姉ちゃんはこんな悪夢なんかに絶対負けないんだ!俺なんかいなくたって、姉ちゃんは一人でもこんな悪夢を作り出す化け物なんかやっつけちゃうんだ!そうだろ!」
ピータスがそう叫んだ瞬間、フリルフレアはピータスの身体を抱きしめていた。フリルフレアの瞳からは涙が次々と溢れ出してくる。
この瞬間、フリルフレアは全てを思い出していた。今、自分は冒険者としてアルミロンドで起きている集団昏睡事件を調査していること。そしてその過程で悪夢に囚われ、今はドレイクと共に悪夢から脱出するために行動していること。同時に仲間たちを悪夢から解放して回っていること。そしてそれだけではない大切なこと……目の前にいる少年は…弟は……ピータスは………すでにこの世を去っていることを……。
フリルフレアが思わずピータスを抱きしめる手に力を込める。そしてそれに応えるようにピータスもフリルフレアをしっかりと抱きしめてきた。
「ピータス……あんた…何で………」
「へへへ……なんかさ、この悪夢ってとこは魂のままでも来れるみたいでさ……」
ピータスの言葉にハッとするフリルフレア。そう言えば悪夢というのは精神の世界に近いという話だった。そして魂とは人間の精神そのもの。ならば魂…つまり精神だけになったピータスが悪夢の中に来れるのも何ら不思議ではなかった。げんに、アレイスローの元にも兄のロックスローが現れているのだ。
「まあ、なんだ………成仏する前にもう一度姉ちゃんの顔が見れてよかったよ」
「バカ……私の方こそ……もう二度と会えないと思ってたあんたに会えて……嬉しかった」
「そっか……俺なんかでも会えてうれしいって思ってくれるんだ…」
「当り前じゃない!あなたは………あなたは大切な私の弟だもの!」
ピータスを抱きしめる手にさらに力を込めるフリルフレア。泣き崩れそうになるのを必死にこらえながら、それでも瞳からはボロボロと涙が零れ落ちている。
……………だが、その時フリルフレアは抱きしめているピータスの身体が半透明になっていることに気が付いた。
「………ピータス⁉」
「あちゃ~………どうやら時間切れみたいだな」
ばつが悪そうに頭をかくピータス。フリルフレアは一度身体を離すと、ピータスの眼をじっと見つめた。ピータスもじっと見つめ返してくる。
「今度こそお別れかな、姉ちゃん」
「やだ!ピータス!行っちゃやだよ!」
「そんなこと言うなよ姉ちゃん」
少し困ったようにそう言うピータス。そして一度俯くと……再び顔を上げた時には涙がボロボロと溢れ出していた。
「俺だって………我慢してたんだからさ……」
「ピータス……」
「俺だって逝きたくないよ………でも、もう死んでる俺がいつまでも…ここに居る訳にはいかないんだ………」
「分かってる!分かってるけど……!」
再びピータスを抱きしめるフリルフレア。そしてそのままフリルフレアとピータスは互いの身体を抱きしめあいながらしばらく声を上げて泣き続けた。
そして………いよいよピータスの身体はもうほとんど消えかかってきていた。
「………ピータス…」
「姉ちゃん………あのさ…」
「なに?」
「俺さ!生まれ変わったらさ!今度こそ伝説の勇者になるよ!そんで魔王を倒して世界を平和にするんだ!」
「……うん………うん、そうだね……きっと生まれ変わったピータスならできると思うわ……」
「へへへ!ねえちゃんのお墨付きももらっちゃったぜ!」
ピータスはそう言うと親指をグッと立てて見せた。その瞳にはまだ涙が滲んでいたが、その表情はどこか晴れやかだった。そしてフリルフレアもそれに応えるように親指をグッと立てて見せる。そして………………。
「じゃあね姉ちゃん!がんばれよ!………大好きだぜ!」
「ええ、私も大好きよ、ピータス……」
フリルフレアの最後の言葉が届いたかどうか……。ピータスの身体は最後の言葉を残して完全にこの場から消え去ってしまったのだった。
「………ピータス……」
弟の名前を呟くフリルフレア。手の中にまだピータスのぬくもりが残っているような気がする。思わず拳をギュッと握りしめていた。
ざっ。
その時フリルフレアのすぐそばに何かが降り立った気配がした。
「まったく、妙なガキの魂が紛れ込んでいたみたいじゃな。フンッ……実に下らん。低俗な茶番はもう終わったのだろうな?」
フギだった。フギがフリルフレアの傍に降り立ち、今までのフリルフレアとピータスのやり取りを低俗な茶番と嘲笑していたのだ。
「あんな下らんガキの魂が紛れ込むとは……ワシの創った欲望の悪夢を汚しおって」
ピータスの魂が紛れ込んでいたことが気に入らなかった様子のフギ。ピータスの事を「愚かで無様なガキめ…」と吐き捨てるように愚弄している。
そしてその瞬間………。
プツン。
フリルフレアは自分の中で何かが切れたことに気が付いた。




