第5章 赤蜥蜴と赤羽根と13の悪夢 第11話、第七の悪夢・灼熱の島 その11
第11話その11
「ぐが!がああがががが!ごががああああああああああ!」
叫び声をあげながらのたうち回るモンドール。その叫びは人間のものとは思えないほどすさまじいものだった。そしてその身体のいたるところから赤熱したマグマがにじみ出てきている。
「ど、どうしたんじゃモンドール!しっかりせんか!」
「バカ!離れろ爺さん!」
モンドールに駆け寄ろうとするジェイガンを慌てて止めるドレイク。そして身体からにじみ出るマグマのせいで誰もモンドールに近寄れない中、モンドールの身体が細長く変化していった。身体が長く伸び、手足がなくなっていく。そしてさらに巨大になっていった。
「な、何なの……⁉」
フリルフレアが目の前で起きていることが理解できないと言いたげに呟く。
そしてモンドールの身体がマグマに包まれた巨大な大蛇に変化するのに大した時間はかからなかった。
「な……何なんだよ…これ…」
「お兄ちゃん……怖いよぅ…」
ロックが怯えたように後退り、そんなロックにリップはしがみついている。そしてそんな二人をかばうようにシェリエルは二人の前に出た。
「一体どういうことだい⁉なんでモンドールさんが……」
シェリエルも目の前で起きたことが信じられない様子だった。人が巨大な蛇の魔物になったのだ。それこそ悪夢としか言いようがない。
「ドレイク…これって……」
「チッ!どうせあの悪夢野郎の仕業だ!」
フリルフレアの不安げな言葉に舌打ちしながら答えるドレイク。そしてそんなドレイクの舌打ちが聞こえたのか、上空のカワンナーガはさも愉快そうに笑い声をあげた。
「くくく…ふふはははははははははは!どうだ?我からのプレゼントは?」
「プレゼントだと⁉」
カワンナーガの言葉に思わず噛み付きそうな勢いで叫ぶドレイク。だが、そんなドレイクをカワンナーガは嘲るように見下していた。
「バカめ、貴様に言ったのではないわ!さあ、我の与えた力はどうだ?モンドールよ!」
「何⁉」
カワンナーガの言葉にドレイクは思わず大蛇の魔物と化したモンドールを見上げた。そしてモンドールはカワンナーガの言葉に応えるように口を大きく開き笑うように歪ませた。
「おうおう……素晴らしい力じゃの。この力をワシにくれるのか?」
「その通りだ。我の与えた力、存分に使うがいい」
「そうか……ワハハッハハハハハハ!感謝するぞ悪夢の執行者!」
もはや完全にマグマをまとった大蛇の魔物と化したモンドールは高笑いを上げながらドレイク達を見下していた。
「な、何なんじゃ……。どういうことじゃモンドール!」
「ジェイガンよ、そう騒ぐな。今説明してやるからのう」
悲痛な叫びをあげるジェイガン。だがモンドールはどこか満足げに皆を見下していた。
「ジェイガンよ、ワシは知っての通り天涯孤独の身じゃ」
「知っておるわ!親類もおらず、亡くなった恋人に義理立てして生涯独り身を貫こうとしたことを親友のワシが知らんはずは無かろう!」
「そうじゃな……そうじゃったな……」
どこかしみじみと頷くモンドール。しかし、突如その眼をクワッ!と見開くと、まるでそれまで溜まっていたものを吐き出すように大声で捲し立て始めた。
「じゃがそれは間違いじゃった!義理立てすることに何の意味もなかったんじゃ!そしてそのことに気が付いた時にはもう遅かった!ワシには誰もいない寂しい老後が待っていただけじゃったんじゃ!寂しい!寂しい寂しい寂しいたった一人での生活じゃった!」
「何を言っておるんじゃモンドール!おぬしが一人で寂しい思いをしていると知ったからこそワシは……おぬしの友になったんじゃないか!ワシも妻を亡くし、子供もいなかったからもう一人じゃった!おぬしの寂しい気持ちが分かったからワシは…」
「同情したというのか?」
「な、何じゃと…?」
「憐れんで同情したのかと訊いているんじゃ!」
叫んだ瞬間モンドールの口からマグマの塊が撃ち出された。そのマグマの塊は一直線にジェイガンに向かって飛んでいく。
「あぶねえ爺さん!」
ドレイクが叫びながらジェイガンの腕を引っ張る。そのおかげでジェイガンは何とかマグマの直撃を免れた。ジェイガンが今までいたところはマグマが直撃し穴が開いている。
「モ、モンドール?おぬし……何を言って……」
「お前はもともと妻がいた。一時は家庭を持っていたんだ!お前は一度も家庭を持ったことのないワシを見下して嘲ろうとしていただけじゃ!」
「何を言っておるんじゃモンドール⁉ワシはただおぬしが寂しそうじゃったから…」
「聞く耳など持たぬわ!この偽善者め!」
「モンドール……」
親友だと思っていたモンドールの胸の内を聞き、衝撃を受けるジェイガン。あまりのショックに思わずその場でへたり込んでしまった。
「くくく!じゃからワシは考えたんじゃ!ワシと一緒に死んでくれる家族を作ろうとな!」
「家族?それに…一緒に死んでくれるって…?」
モンドールの言っている言葉の意味が分からず、思わず呆然と呟くフリルフレア。そんなフリルフレアを見てモンドールは口の端をニヤリと歪めた。
「そうじゃ。ワシに必要なのは……これから共に死んでくれる家族じゃ」
「おいおい、言ってることの意味が分からねえな」
モンドールの支離滅裂な言葉にドレイクも思わず口を挟む。しかしそんなドレイクをモンドールはゴミでも見るように見下した。
「フン、貴様のような愚劣な蜥蜴風情に理解されたくなどないわい」
「いちいちケンカ売ってんのかテメェ…」
モンドールの言い草に思わず怒りマークを浮かべるドレイク。しかしモンドールはドレイクの事など気にも留めずに言葉をつづけた。
「ワシはな……病で余命3か月と診断されたのじゃよ。余命いくばくもないんじゃ」
「な、何じゃと……」
モンドールの言葉にジェイガンは更にショックを受けたようだった。親友が病に侵されていたことを知らなかったのだ。
「医者に余命を宣告されてな……その時ワシは気が付いたんじゃ!このままではワシは一生一人じゃったことにな!」
「モンドール……ワシが…友であるワシがおったじゃろう…。どうして打ち明けてくれなかったんじゃ……」
「お前に言ったところで何になる!同情されておしまいじゃ!ワシはな!お前に同情されるなどまっぴらなんじゃ!」
「ぐ…ううう…」
親友だと思っていた男の言葉が心に突き刺さる。自分は親友のことを何も理解していなかったのだと感じ、思わず涙するジェイガン。
「じゃがな、ワシはここで考えたんじゃよ。家族がいないなら作ればいいと!今更妻などいらんが、子供……いや、孫じゃ!可愛い可愛い孫がいればいい!そう思ったんじゃ!」
そう言ったモンドールの視線は………ロックとリップの方を向いていた。その視線に気が付き、フリルフレアが二人をかばうように前に出る。
「出しゃばるな小娘。お前は悪夢王様への生贄、邪魔じゃからどいていろ」
「させませんよ!リップちゃんとロック君に手出しはさせません!」
モンドールを睨みつけるフリルフレア。そんなフリルフレアの態度にモンドールは苛立ちを感じたようだった。
「邪魔じゃと言っておろうが!お前はしょせんこれから悪夢の中で絶望にまみれて殺される身。どいておれ!………それとも何か?お前がそこの子供たちの代わりにワシと一緒に死んでくれるのか?」
「あなたと一緒に死ぬなんて御免です!」
「そうじゃろうな。それならばそこをどいておれ。子供たちを差し出すのじゃ」
「させないって言いましたよ!この子たちには指一本触れさせません!」
フリルフレアがロックとリップをかばうように両手を広げる。その横ではシェリエルもフリルフレアの言葉に頷き、同じように両手を広げて二人をかばっていた。
「モンドールさん!あたいにはあんたの気持ちは分からないよ!」
「そうじゃろうな。若いお前さんにワシの気持ちなど…」
「でもね、これだけは言えるよ!モンドールさん!あんたは間違ってるよ!」
叫ぶシェリエル。しかしその叫びを聞いたモンドールは口を大きく開くとその大きな鎌首をもたげた。大蛇の姿で舌を震わせながら威嚇してきている。
「間違ってる?ワシが間違っているじゃと…?くく……くくく…くふはははははははは!」
「何がおかしいんだい!」
突然のモンドールの高笑いに反射的に食って掛かりそうになるシェリエル。さすがに無策で突っ込むことは無かったが、それでも今にも飛び出しそうだ。
「笑わせるな!間違っているのはワシではない!この世界の方じゃ!このくだらないクソみたいな世界が間違っているんじゃ!ワシを一人にした世界の方が間違っているんじゃ!」
「この……!」
モンドールのあまりに身勝手な物言いに飛び出したシェリエル。だが、次の瞬間その肩を掴まれて引き止められた。慌てて振り向くと、ドレイクがシェリエルの肩を掴んでいた。
「落ち着け緑の姉御、こいつにはもう何を言っても無駄だ。脳みそが腐ってやがる」
吐き捨てるように言ったドレイク。しかしそれを聞いたモンドールはドレイクに向き直るとギョロリとその眼で睨み付けた。
「言ってくれるな蜥蜴風情が。ならばどうするつもりじゃ?」
「決まってんだろ?今からテメエを叩き斬る、それだけだ!」
ドレイクは大剣を抜き放つと、モンドールを斬り捨てるべく、大剣を構えて突撃していくのだった。




