第5章 赤蜥蜴と赤羽根と13の悪夢 第11話、第七の悪夢・灼熱の島 その10
第11話その10
「くくく……なかなか鋭いなリザードマン」
黒い水晶の表面に浮かんだ顔はドレイクにそう言うとニヤリと笑って見せた。
「あ、あなたがナイトメアなの?」
「いかにも、我はカワンナーガ。ナイトメアの一体にして偉大なる悪夢の王カッドイーホ様に仕えるものだ」
そう言うと顔のついた黒い水晶……カワンナーガがゆっくりと上空に上り始めた。そして10m程の上ったところでピタリと止まる。
「我の創り出した悪夢に満足してもらえたかな?フリルフレアよ」
「⁉…この人も私の名前を⁉」
「何を驚くことがある。お前はカッドイーホ様が御身の復活のための贄としてふさわしいと言われた存在だ。当然すべてのナイトメアはお前のことを認識している」
「この……勝手に人を生贄扱いして…」
カワンナーガの言葉に思わず歯ぎしりするフリルフレア。悪夢王が生贄に相応しいと言っただとかそんなことはどうでも良い。むしろ勝手に生贄扱いされていることが不愉快極まりなかった。
「おい悪夢野郎!叩き斬ってやるから降りて来い!」
大剣を構えたドレイクがカワンナーガに向かって吼える。だが、カワンナーガはそんなドレイクを鼻で笑った。
「馬鹿か貴様?なぜ我が貴様などの剣に倒れなければならないのだ。我を斬りたいのならば貴様がここまで上ってこい」
「クソ!てめぇ……」
カワンナーガの言うことももっともなのだが、それでも口惜しげに歯ぎしりするドレイク。そんなドレイクをさも馬鹿を見る目で見ているカワンナーガ。
「まったくもって低能な蜥蜴だな。この程度の奴に皆何を手間取っているのやら……」
やれやれと言いたげにため息をつくカワンナーガ。その態度は明らかにドレイクを見下していた。
「上等じゃねえかてめぇ……」
そう言ったドレイクの口の端からは炎が燻ぶっていた。どうやらかなり苛立っているみたいだ。
「吠え面かくんじゃねえぞ!クソ悪夢野郎!」
ゴオオオオオオオオ!
次の瞬間大きく開いたドレイクの口から炎のブレスが撃ち出された。収束し撃ち出された炎はまるで炎の閃光のようになってカワンナーガを撃ち抜く。
「うおおおお⁉」
カワンナーガの悲鳴が聞こえる。炎はカワンナーガに直撃した瞬間爆発し炎と煙をまき散らした。
「やった!」
フリルフレアが思わず歓声を上げる。偉そうなことを言っていたカワンナーガだったが案外大したことは無かった。これですぐに悪夢は崩壊するはずだ。フリルフレアがそう思った時、ドレイクの鋭い声が響き渡った。
「いや、まだだ!気を付けろ!」
「え?」
一瞬ポカンとするフリルフレア。だが、すぐにハッと何かに気が付くと上空のカワンナーガの方を見上げた。
爆炎は消え去り、煙の晴れていったそこには……無傷のカワンナーガの姿があった。黒い水晶のようなその身体がキラリと妖しく輝いている。
「残念だったな。我の絶対魔法防御の前ではそんなちんけな炎などマッチの火とかわらぬのだよ」
そう言ったカワンナーガの身体から黒い光が溢れ出していく。
「ならこれでどう!『フェザーファイア!』」
フリルフレアの翼の先から無数の炎の羽が撃ち出される。しかし撃ち出された炎の羽はカワンナーガから溢れる黒い光に触れるとそのままかき消えていってしまった。
「フフフ…無駄無駄無駄!お前たちの攻撃など我には効かぬよ!」
「そんな!」
ドレイクの炎のブレスも自分の魔法も効かず思わず後退るフリルフレア。そんな彼女を見てカワンナーガは勝ち誇っているようだった。
「な、なんで…」
「恐らくあの黒い光が魔法を打ち消してるんだろ。俺のブレスも恐らくあれに防がれたんだ」
ギリッと歯ぎしりしながらそう言ったドレイク。ブレスを防がれたのが気に入らなかったのだろう。
口惜しげに言ったドレイクだったが、なんとなくあの黒い光がどういったものが理解していた。あの光は恐らく魔力そのものを打ち消しているのだろう。それゆえにフリルフレアの魔法だけでなくドレイク自身のブレスも防がれたのだ。おそらくドレイクのブレスが直撃する直前にあの黒い光を発したのだろうと想像できた。
「我が防御能力を理解できたとて、それを打破できねば何の意味もないだろう」
「ハッ!そうでもねえよ、理解してなきゃその黒い光を打破する方法も思いつかねえからな!」
「無駄なことを……我が防御に死角など無い。打破することなど不可能だ」
「やってみなきゃ分かんねえだろうが!」
「やってみなくても分かるのだよ。それに………それを試す機会ももうなくなる」
「何⁉」
ドレイクが叫んだ瞬間、突如また大きな地震がドレイク達に襲い掛かった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!
「キャア!また地震⁉」
「チッ!」
突然の大きな地震にフリルフレアは悲鳴を上げてドレイクにしがみつき、ドレイクは舌打ちをしながらカワンナーガを見上げた。タイミング的に考えて明らかにカワンナーガの仕業だ。そして地震はそのまましばらく続いたが、その間にカワンナーガが何かを仕掛けてくることは無かった。
「お、収まった……?」
「ああ」
地震が収まった後も周りをキョロキョロと見まわしながらドレイクにしがみついているフリルフレア。ドレイクの方は地震の間もずっとカワンナーガから視線を外さなかった。絶対に何かを仕掛けてくると思って警戒していたのだ。しかし意外にもカワンナーガは何も仕掛けてはこなかった。
(何のつもりだあの悪夢野郎…)
ドレイクが睨み付ける中、カワンナーガはゆっくりと丘の奥の方へと移動していった。よく見れば、その丘の奥の方にもここと同様祭壇のようになっている。そしてカワンナーガは移動しながらさらに高度を上げていった。
「逃がすかよこの野郎!追いかけるぞフリルフレア!」
「ミ、ミイィィィ……もう揺れてない?」
「地震はとっくに収まってるって!とにかく行くぞ!」
「ま、待ってよ!まだ揺れてる気が……」
「……お前、そんなに地震が怖かったんなら飛んでりゃ良かったんじぇねえの?」
「ミイィィ!そ、その手があった!」
思わずジト目でぼやくドレイクと、それを聞いて頭を抱えるフリルフレア。ちなみに二人が寸劇をしている間にカワンナーガはどんどん移動している。
とにかくカワンナーガを追うべく祭壇に上るドレイクとフリルフレア。祭壇は少し凸凹していて歩き辛く、所々高い場所と低い場所があった。正直走り辛いがそうも言っていられない。心なしかさっきよりも暑くなってきているので汗だくになる前にケリを付けたいところだった。
「ド、ドレイクの旦那!フリルフレアちゃん!」
その時、突如丘の中ほどにいるはずのシェリエルの声が響き渡った。思わず声のした方に視線を送るドレイクとフリルフレア。そこには声を発したシェリエルだけでなく、ロックとリップ、モンドールとジェイガンもいた。皆慌てたように走ってきている。そしてその後ろからは………。
「な、何じゃありゃー⁉」
「ミイイィィィィィ⁉」
ドレイクの叫びとフリルフレアの悲鳴が響き渡る。シェリエルたちの後方からは……真っ赤なマグマが迫って来ていたのだ!
ドレイクとフリルフレアは慌ててシェリエルたちの方に駆け寄っていった。そして、息を切らして走っているジェイガンとモンドールをフリルフレアとシェリエルで押して急がせ、ロックとリップはドレイクが抱え上げて祭壇の上まで上っていった。
「おら爺さん共!手を貸せ!」
「はひー、ほひー……す、すまんのう…」
「だ、誰が爺さん共じゃ!……ま、全く近頃の…若い奴らは…」
息を切らせながら礼を言うモンドールと悪態をつくジェイガン。ドレイクはロックとリップを祭壇の上に下ろすとモンドールとジェイガンの腕を掴んで祭壇の上に引き上げた。そうしている間にフリルフレアとシェリエルも祭壇の上に登ってくる。しかし、そうしている間にも灼熱のマグマはすぐそこまで迫っていた。ドレイクは慌てて周囲を見回す。
「クソ!これ以上登れるところがねえ!」
迫りくるマグマを見てドレイクは戦慄した。このままでは迫りくるマグマに飲み込まれて全滅しかねない。
「ドレイク!こっち!」
フリルフレアが叫びながら祭壇の奥を指差す。奥にある祭壇のような場所はここよりも約1mほど高くなっている。そこに登ればマグマをしのげるかもしれなかった。
「よし!さっさと登るぞ!」
そう言うとドレイクは再びロックとリップを抱え上げて奥に向けて走り出した。フリルフレアもモンドールの背中を押しながら走り、シェリエルはジェイガンに手を貸しながら奥へと急いだ。そして、奥にあるもう一つの祭壇らしき場所へ全員が登った直後、下の祭壇までを覆うようにマグマが流れてきた。
「く……あっつい…」
あまりの暑さにフリルフレアが顔をしかめている。既にこの祭壇らしき場所以外はほとんどマグマに飲み込まれていた。所々岩や柱などが点在しており、その場所になら移動することも可能かもしれなかったが、残念ながら常人がジャンプでその上を移動するというのはほぼ不可能な話だった。
「ふ、ふえええ…熱いようお兄ちゃん…」
「だ、大丈夫だぞリップ!俺が付いてるからな!」
泣きそうになってしがみついてくるリップを必死に励まそうとしているロック。しかしそんな彼も今の状況に焦りや恐怖を感じていることは明白で、先ほどから足の震えが止まらなかった。
「クソッ!これから一体どうすればいいんじゃ!」
苛立たしげに叫ぶジェイガン。今いる祭壇のような場所が、まるで海に浮かぶ島のように安全地帯になってはいるが、これ以上は何もしようがない。
「旦那、どうにかならないのかい?」
「悪夢野郎を倒せばこの悪夢も崩壊するから万事解決なんだが……」
ドレイクはそう言うと上空を見上げた。ここからかなり離れた高い位置にカワンナーガは陣取っている。そして、このままでは攻撃のしようがない。
「どうすれば………」
打つ手のないこの状況。フリルフレアが悔しげにつぶやいた……その時だった。
「ぐがああああああああああああ!」
突如叫び声が響き渡った。ドレイクは慌てて叫び声のした方に視線を送ると、そこではモンドールが地面の上で転げ回りその身体から溶岩を溢れ出させていた。




