第5章 赤蜥蜴と赤羽根と13の悪夢 第9話、第五の悪夢・死遊戯 その14
第9話その14
バラバラに切断されたバッチの身体が地面に倒れ込んだ。切断された体の部位自体は原形を保っているが、バラバラな以上ただの肉片でしかない。正直見た目的にはちょっとグロい感じがする。思わず視線を逸らすフリルフレア。対してローゼリットはまだバッチの死体に視線を向け警戒していた。
(相手はナイトメア……その本体は精神体のはずだ。ましてここは悪夢の中……身体をバラバラに斬り裂いたからと言って死んだとは限らない)
そのまましばらくバラバラになったバッチの身体を観察していたローゼリット。しかしとりあえず動き出す気配はなかったのでいったん警戒を解いた。そして周りの状況を確認する。シルバスタ達の方に視線を向けると、どうやら参戦し損ねたシルバスタが額から汗を垂らしながらドレイクとブルーフォレストの方を見ていた。一応長剣の柄に手をかけてはいるが、ドレイクに加勢するのは難しい様子だった。そしてその後ろでは、テリックとロップルが怯えながら互いの手を取り合っている。どうやらバッチとブルーフォレストに対して恐怖を感じている様子だった。さらにそんな二人にマーレンとブリエッタが付き添い、四人を守るようにノイエとラモンドとガデルが前に立ちはだかっていた。
どうやら戦闘に参加するのではなく、テリックやロップルといった子供を守るために行動してくれていたようだ。ローゼリットとしても、シルバスタはともかくほかのメンバーは戦闘などできないだろうことは分かっていたのでそうしてくれた方がありがたかった。それに戦闘の素人にむやみに参戦されると足の引っ張り合いになりかねない。戦闘は自分たちに任せて防衛に徹してくれていたのはありがたかった。
そして今度はドレイクとブルーフォレストに視線を向けるローゼリット。そこではドレイクとブルーフォレストによる激しい剣戟が繰り広げられていた。
「ドレイク!今援護するから!」
「待てフリルフレア!今の状況で下手に攻撃魔法を使えば赤蜥蜴にもあたるぞ!」
「あう……そんな…」
魔法で援護しようとしたがローゼリットに止められ渋々引き下がるフリルフレア。それでも心配そうにドレイクを見ていた。
一方ドレイクとブルーフォレストの剣戟は激しさを増していた。互いの大検と両手斧がぶつかり合い火花を散らしている。
「前回よりやるじゃねえか。武器の違いか?」
「それはあるかもな、俺は長剣のような軽い武器よりも重量のある武器の方が得意なんでな……それに」
そう言うとブルーフォレストは両手斧を大きく振りかぶる。するとその両手斧の刃が妖しく光り出した。
「筋力を増加する魔法がかけられたこの斧ならばお前に力負けすることもないからな!」
「魔法の武具だよりとは情けない奴だな」
「貴様の剣だって魔剣だろうが!」
小馬鹿にしたようなドレイクの物言いに怒鳴り返してくるブルーフォレスト。
(こいつ……俺の剣が魔剣だって知ってるのか?……いや、さすがにこんな赤い刀身なら見れば魔剣だとわかるか)
若干の疑問を感じるドレイク。だがその瞬間ブルーフォレストの両手斧がドレイクに向かって振り下ろされた。
ガキイィィィィン!
激しい金属音が響き渡り、ドレイクの大検がブルーフォレストの両手斧を受け止める。そしてそのまま……刃と刃がぶつかったまま拮抗状態となった。
「ぐぬぬぬぬぬ!」
「ぬおおおおおお!」
ドレイクとブルーフォレストの口から絞り出すような声が漏れる。互いに力で相手を押え込もうとしているようだが、力が拮抗しているせいで膠着状態になっていた。
「く……さっきも言ったがこの斧は…筋力を増加させるんでな…」
そう言いながらブルーフォレストはさらに腕に力を込める。
「だからどうした?さっきから全く俺を抑え込めてねえぞ?」
対抗してドレイクも力を込めた。
だがそれに対してブルーフォレストはどこか余裕を見せているように感じられる。
「心配するなドレイク・ルフト。この斧の力はまだまだこれからだ!」
ブルーフォレストが叫んだ瞬間両手斧がさらに光り出す。そしてドレイクを押え込もうとする力が急に強くなった。
「何⁉」
「ハハハハハハ!残念だったなドレイク・ルフト!貴様はここで終わりだ!」
次の瞬間ブルーフォレストは両手斧でドレイクの大検をはじく。すさまじい力で急に大検をはじかれたドレイク、何とか剣を手放すことはなかったが、それでも大きく体勢を崩してしまった。
「くらえ!」
ドガァ!
「グフゥ!」
ブルーフォレストが体勢を低くしそのまま肩からドレイクに突っ込んだ。ブルーフォレストの巨体からのショルダーチャージををもろに腹に食らったドレイク。思わず胃液と唾液を吐き出しそうになった。思わず膝をつくドレイク。そしてさらに追い打ちをかけるようにブルーフォレストがドレイクの頭に向けて両手斧を振りかぶる。
「終わりだ!」
「舐めんなぁ!」
しかし次の瞬間ドレイクは一瞬で全身に力を込め、大検を両手で掲げた。
ガキイィィィン!
ブルーフォレストの振り下ろした両手斧とドレイクが掲げた大検がぶつかり合う。
「馬鹿が!今や力は俺の方が上!このまま死ねぇ!」
「舐めんなっつってんだろうが!」
その瞬間ドレイクの全身に力と同時に不思議な生命力が駆け巡る。それはドレイクの使う氣力の力だった。ドレイクが一瞬で全身に氣力を巡らせると、さらに氣力を腕に集中させていた。
「おおおおおおおおおお!」
「な、何⁉」
ドレイクの叫び、そしてブルーフォレストの驚愕の声が上がる。今まで大剣ごとドレイクを押え込んでいたブルーフォレスト。しかし今ドレイクはしゃがんだ状態から立ち上がりブルーフォレストを押し返していった。そしてそのまま今度はブルーフォレストを押え込んでいく。
「き、貴様!な、何だこの力は⁉」
「氣っつってな……まあ、どうでもいいか」
ドレイクは氣力を腕に込めブルーフォレストの魔法で強化された腕力を打ち負かしたのだ。そしてそのままドレイクは大剣に力を込め、ブルーフォレストの両手斧をはじく。
「はああぁぁぁ!」
ガキイン!
「くぅ!」
両手斧をはじかれ体勢を崩すブルーフォレスト。先ほどのドレイク同様武器は手放さなかったが、思わず膝をついてしまった。それでも何とか両手斧を前に突き出すブルーフォレスト。しかし既にドレイクが大剣を振りかぶっていた。
「終わりだ聖騎士野郎!…チィエストオォォォォ!」
バギイイィィィィィン!!
「ぐああぁぁぁぁ!」
思わず悲鳴を上げて仰向けに倒れ込むブルーフォレスト。ドレイクの振り下ろした大剣はブルーフォレストの両手斧を完全に破壊し、ブルーフォレストの鎧さえもわずかながら斬り裂いていた。
「とどめだ!」
「く…おのれ!」
ドレイクがとどめを刺そうと大剣を振り上げた瞬間ブルーフォレストは手元に残った両手斧の柄をドレイクに向かって投げつけてきた。それをあっさりと避けるドレイク。だが、それにより生じた隙をついてブルーフォレストはその場から姿を消してしまった。一瞬だけ生じた隙をついて、自分の真下の床の空間をゆがませ、そのまま床の中に落ちていくようにこの場を脱出してしまったのだ。ドレイクが慌ててブルーフォレストに向かって大剣を振り下ろしてもすでに遅かった。ゆがんだ空間ごとブルーフォレストはこの場から姿を消してしまったのだ。
「チッ!……逃がしたか」
思わず舌打ちするドレイク。本来ならばこの場でブルーフォレストを始末しておきたかったのだが、結果的には逃げられてしまった。
「ドレイク!大丈夫⁉」
「無事か?赤蜥蜴?」
フリルフレアとローゼリットがドレイクのもとへ寄ってくる。ドレイクとブルーフォレストの戦いには介入できなかったが、心配はしていたようだった。
そしてドレイクはローゼリットの後方に落ちているバラバラになったバッチの死体を見た瞬間、思わず叫んでいた。
「おい金目ハーフ!そいつはまだ生きてるぞ!」




