第3章 赤蜥蜴と赤羽根と魔王の器 第1話、とある村の出来事 その3
第1話その3
「あ」
声を上げてドレイクが足を止めた。先を歩いていたドレイクが足を止めたため自動的にフリルフレアも足を止める。
野営の片付けをして、出発したドレイクとフリルフレア。地図を見ながら歩みを進めていったが、目的の村は一向に姿を現さない。そのまま半日以上歩いていたが村にたどり着くことなく、あたりは薄暗くなってきていた。
目の前ではドレイクが、周りをキョロキョロと見回しながら周囲と地図を交互に見比べていた。その様子を見たフリルフレアの胸中に不安がよぎる。
「……ドレイク…まさか」
「わりぃ、迷った」
言葉の割には悪びれもせずに言うドレイクに、フリルフレアの眼が吊り上がる。
「迷ったって……ドレイクが任せろって言うから道案内頼んだのに!」
「いやー、山の中だと現在地の把握が難しくて…」
そう言ってポリポリと頭を掻くドレイクにジト目を送るフリルフレア。もっと慎重に進むべきだったと後悔したが後の祭りだった。
「もう、今まではどうやって山越えをしてたのよ」
「まあ、だいたい数日迷えばどこかしらにたどり着いてたからなぁ」
「……それでよく、自分に任せろなんて言ったよね……」
ため息をつくフリルフレア。どうにもドレイクは行き当たりばったりの所がある。もう少し考えてから行動する様に言った方がいいと考えたフリルフレア。少しお説教しようと口を開こうとした瞬間だった。
「ん?あれ何だ?」
「へ?」
ドレイクが何か発見したのか何処かを指差している。フリルフレアがドレイクの指さす方に視線を向けると、遠くに民家のものらしき明かりと煙突から上がる煙が見えた。
「明かりだ!ってことは合ってたみたいだな!」
「ミィィ、心配させないでよぅ」
いくつかの明かりが見えし、こんな山の中にあるので目的の村だろうと思いそのまま足を進めていくドレイクとフリルフレア。
それなりに距離があったのか、村の入り口にたどり着いた時にはすでに辺りは暗くなっていた。
ドレイクが見渡してみると、どうやら村は魔物防止用の塀に囲まれており、入り口以外からの出入りは出来そうもなかった。そして入り口に掲げられた看板に視線を移す。
『ようこそバイル村へ』
そう東方語で書かれた看板から視線を逸らし、フリルフレアに視線を移すドレイク。
「目的の神殿近くの村ってなんて村だっけ?」
「地図に書いてあるでしょ?確か……マゼラン村だって…」
「別の村じゃねーか…」
ゲンナリするドレイクに、ジト目を送るフリルフレア。
「ドレイクが言ったんじゃない、この村で合ってるって」
「まあ…そうなんだが…」
バツが悪そうに頭を掻くドレイク。しかし、いつまでもここでボーっとしている訳にもいかなかった。
「仕方ないから今日はここに泊っていくか」
「こんな小さな村に宿屋なんてあるかな?」
「無ければどっかの納屋にでも止めてもらうさ」
そう言うとドレイクは村の入り口の扉をドンドンと叩いた。ほどなくして扉の覗き戸が開く。戸の奥から村人らしき中年の男が顔を覗かせる。
「何だい?入村希望者かな?」
「すまない。俺たちは冒険者なんだが、ちょっと道に迷っちまって…この村で宿を取りたいんだ」
そう言ってドレイクは自身の冒険者認識票を見せる。フリルフレアも少し得意げな表情で冒険者認識票を掲げていた。
ちなみに二人の冒険者認識票の持ち方は対称的で、ドレイクはランクの数字を隠しているのに対し、フリルフレアはランクの数字を見せつけるように持っていた。
やはりフリルフレア的にはランクが2に上がっているので、ちょっと得意げで自慢したい感じだった。一方ドレイクはランクが13と言うと結構騒がれたりして面倒なのでさりげなく隠していた。
「冒険者ランク2ねぇ……分かった、入ってくれ」
男はどうやらフリルフレアの冒険者ランクを見て二人ともランク2だと思った様だったが、ドレイクは特に訂正しなかった。本当のランクが知られる前にさっさと認識票をしまう。
そしてすぐに入り口の扉が開かれて、ドレイクとフリルフレアはバイル村へ足を踏み入れた。
二人が村に入るとすぐに扉が閉められる。
「それじゃ改めて、ようこそバイル村へ……」
そう言ってドレイクとフリルフレアを見た男は、そのまま言葉を詰まらせて固まってしまった。そのまま約10秒ほども二人のことをじっと見ている。
「どうかしたのか?」
「え⁉あ……いや……その、珍しい人達だと思って…」
そう言って口ごもる男。確かに忘れがちだが、ドレイクもフリルフレアも目立つ上に非常に珍しい外見をしている。赤鱗のリザードマンなど他に見たことも無いし、深紅の美しい翼を持つバードマンも類を見ない存在だ。
だがドレイクはどうでもよさげに肩をすくめた。
「何、俺もこいつもちょっと赤いだけだ。気にしないでくれ」
「あ、ああ……」
ドレイクの言葉に若干気圧される男。ドレイクの後ろのではフリルフレアが「ドレイクは『ちょっと赤い』じゃすまないと思うけど…」などと呟いていたが、自分も人のことは言えないだろう。
そんな二人を見ていた男は我に返ると、声をかけてくる。
「それで、村に入ってきてもらったところ悪いんだが…この村には宿が無くてね」
「ミィィ、そうですか、それは残念です」
フリルフレアが残念そうな声を上げるが、ドレイクは特に気にしてもいなかった。
「構わないさ。宿が無いならどこかの納屋にでも泊まらせてもらえれば…」
「その事なんだが…」
男の言葉にドレイクとフリルフレアは視線を向ける。
「今から村長の所に行ってくる。村長の家なら広いから泊めてもらえるかもしれないからな」
「良いのか?」
「ああ。村長は客人をもてなすのが大好きでね、話を付けてくるからちょっとここで待っていてくれ」
「分かりました」
フリルフレアが頷くと、男は走り去っていった。
「良かったねドレイク。野宿しなくて済みそうだね」
「ああ、そうだな」
そしてしばらく男を待つ二人。さしたる時間も待たずに先ほどの男が戻ってきた。その後ろには白髪に白い髭を蓄えた老人がついて来ている。
「村長、この二人です」
そう言って男がドレイクとフリルフレアを差す。村長と呼ばれた老人は二人の前に来るとまじまじと見つめてきた。
「なるほどなるほど。モーリス、ご苦労じゃったな。もう仕事に戻ってよいぞ」
「はい、それじゃ俺はこれで。村長、あとはよろしくお願いしますよ」
そう言うとモーリスと呼ばれた男はその場から離れていった。
「改めて、わしはバイル村の村長をしておるバルカスという者じゃ」
「ドレイク・ルフトだ」
「フリルフレア・アーキシャです」
自己紹介をする二人。そんな二人をバルカスは再度まじまじと見つめている。
「赤いリザードマンとは珍しいのう。赤い翼のバードマンも…」
そう言って目を細めるバルカス。しかしすぐに表情を元に戻すと、二人に背を向けた。
「わしの家に泊っていきなされ。幸い部屋は余っとるからのぅ……。付いてきなされ」
そう言ってバルカスは歩き出した。ドレイクとフリルフレアは黙ってその後をついて行く。
「あ~、言いにくいんじゃが……ドレイクさんじゃったか?あんたは体が大きそうだ……申し訳ないが部屋の床が抜けるといかんので納屋に泊ってもらって良いかの?」
「俺は何処でも構わないよ」
ドレイクはそう言うと肩をすくめた。
そのままバルカスの後をついて行くドレイクとフリルフレア。すぐに大きな屋敷にたどり着いた。
「ここがわしの家じゃよ」
少し自慢気に言うバルカス。ドレイクは「こんなデカい屋敷なら別に俺が入っても床なんか抜けないだろ……」と思ったが、面倒ごとになると厄介なので黙っていた。
「帰ったぞー」
ドアを開けて声をかけるバルカス。屋敷に入っていくバルカスにドレイクとフリルフレアも続いた。
「父さん、おかえり」
「おお、セットン。お客人のおもてなしをしろ」
「分かったよ。荷物預かりますよ」
屋敷の奥から現れたセットンと呼ばれたバルカスの息子は歳はモーリスと同じくらいの中年だったが、非常にガタイが良くガッシリとしていた。ドレイクとフリルフレアの荷物を持つと、軽々と運んでいく。
そしてそのまま部屋の一室に通される。
「フリルフレアちゃんじゃったの。お嬢ちゃんはこの部屋を使っておくれ。あと武器や荷物もこの部屋に置いておいとくれ」
「分かりました。ありがとうございます」
ペコリと頭を下げるフリルフレア。ドレイクも頷くと鎧を外し始める。そして大剣と鎧を部屋の中に置くとそのまま部屋を出た。
「俺は何処に泊ればいいんだ?」
「納屋に案内しますよ」
セットンの案内でドレイクは納屋に向かった。納屋にはたくさんの藁が積まれており、寝る分には問題なさそうだった。ドレイクが藁に腰かけると、セットンが声をかけて来た。
「お二人とも夕食はまだですよね。歓迎の宴を開きますので食堂に来てください」
「歓迎の宴⁉なんか悪いなぁ…」
そう言いながら食堂に向かうセットンの後について行くドレイク。食堂に着くと既にフリルフレアが席に着いていて、大きなテーブルに並べられた料理の数々に目をまん丸くしていた。
「あ、ド、ドレイク……これって…」
「ああ、美味そうだな!」
「ミィィ!そうじゃない!」
自分の言おうとしている事を全く理解していないドレイクを睨みつつ、フリルフレアは再び料理に視線を移した。
あまりにたくさんの料理に思わず圧倒される。
「はっはっは、驚いたかの?」
そう言うとバルカスは席に着いた。その隣にセットンも座る。ドレイクもフリルフレアの隣の席に着いた。
「何でこんなご馳走を?」
「客人はもてなすのが礼儀じゃろう?」
ドレイクの言葉に、得意げに答えるバルカス。どうやら客人をもてなすのが好きと言うのは本当らしい。
「それじゃ、いただきま~す!」
「いただきます」
「うむうむ。好きなだけ食べておくれ」
バルカスとセットンがウンウンと頷いている。それを気にせずにドレイクは料理に手を付けた。炙った鳥の骨付き腿肉にかぶり付き、バターをのせた蒸かしたジャガイモを頬張る。喉が渇いたらエール酒を喉に流し込み、ベーコンを挟んだバタールのサンドイッチに嚙り付く。
フリルフレアも遠慮がちにラザニアを皿に取りフォークで口に運んだ。正直に言えば、美味しいのだが隣のドレイクの行動が気になって味が分からない。
「もう!ドレイク、もうちょっとお行儀よくできないの⁉」
「行儀じゃ腹は膨れないぜ」
シレッと言うドレイク。あまりにもがっついてバルカスやセットンの分も食べてしまいそうなドレイクに恥ずかしさを覚えながら、フリルフレアはぶどうジュースを口に含んだ。




