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第5章 赤蜥蜴と赤羽根と13の悪夢 第8話、第四の悪夢・吹雪の宿 その9

     第8話その9


「ど、どうするんじゃ名探偵!ワシらこのまま殺されるのを待つのか⁉」

 グメロが青い顔をしたまま叫んだ。しかしノイセルもうつむいたまま答えることが出来ないでいた。

 一同は今一階の食堂に集まっていた。凍らされたラハバキアの死体はドレイクが空き部屋に移しておいた。そして次に誰が狙われるか分からないと言う事で全員の身の安全の確保のために食堂に集まっていたのだった。

「あんな異常な殺し方をするなんて……ノイセル様、犯人はやはりこの宿に潜むという吹雪の悪魔なのでしょうか……?」

「ええ、恐らくは……」

 不安そうなフーコの言葉に頷きながらもどこか歯切れの悪いノイセル。しかしそれも仕方の無い事だ。今の彼は冒険者ではなく、偽りの記憶を植え付けられ探偵になっている。そして探偵が相手にするのは人間の犯罪者だ。悪魔相手に推理でどう立ち向かえというのか。

(このままでは……皆さんが殺されてしまいます)

 それでも何とか皆で助かる方法を考えているのはさすが偽りの記憶とはいえ名探偵と呼ばれるだけのことはあった。

「とにかく皆さん、今は落ち着いてくださいませ。外の吹雪が止めばこの宿を出る事も出来る筈でございます。それまで皆で協力してこの窮地を乗り切りましょう」

 ノイセルの言葉にグメロはいくらか落ち着きを取り戻し、フーコは頷いていた。

「ノイセル様ぁ……ヤゴナしゃんの……仇は…」

「必ずヤゴナさんの仇は取ります。私がこの手で彼女を殺した……いえ、彼女だけではございません。シンシークさん、ラハバキアさん、アーキットさんも殺した犯人を必ず見つけ出してごらんにいれます」

 そう言ってノイセルはグッと拳を握りしめた。その頼もしい名探偵の姿にベーコはウットリとしている。

(そうは言っても、相手が本当に悪魔だったらどうする気なんだ?)

 ドレイクは心の中でツッコミを入れたが、それを口に出すほど無粋でも無かった。今は『名探偵ノイセル』という希望のもとに皆の結束を固めるべきだと感じたからだ。

 ……だがドレイク自身はその結束の中に自分の事を含めてはいなかった。

「とにかく今は生き延びることを最優先に考えるべきでございます。皆さん、食料をかき集めて何処かの部屋に籠城しましょう」

「なるほど!脱出できるまで、もしくは助けが来るまで皆で悪魔の襲撃に備えると言う事じゃな!」

 ノイセルの言葉に賛同したのかグメロも力強く頷いている。もっとも、ここが悪夢の中だと気が付いていない彼らは自身が空腹感を憶えなないという事実に気が付いていない様ではあったのだが……。

「ねえドレイク、私達はどうするの?」

 フリルフレアがドレイクの服の袖を引っ張る。彼女にしてみれば自分たちは冒険者だし、何よりもドレイクは凄腕だ。ならば積極的に吹雪の悪魔を見つけに行くべきだと考えたのだろう。しかしドレイクは頬をポリポリと掻きながら「あ~~……」とか言ってる。

「ドレイク?」

「まあ、何だ……フリルフレア、お前はこいつらと一緒に居ればいいんじゃねえか?」

「私はって……ドレイクはどうするの?」

 ドレイクの言い方に、自分の事を足手まといとして置いて行くつもりではないかと思い思わずムッとしながら言い返すフリルフレア。しかしドレイクは少しソワソワしながら、次の瞬間満面の笑みを浮かべた。

「いやなに……考えて見りゃこの宿今は主人が不在だろ?それにこんな状況だし……きっと厨房の奥には酒がたんまり蓄えてあるんじゃないか?」

「お酒?」

 嫌な予感がするフリルフレア。自分の相棒がそんなクズだとは思いたくない。

「どうせもう主人もいないんだし、飲んじまっても構わないだろ?」

(…………………クズだった…)

 思わずガクッとその場に崩れ落ちるフリルフレア。ドレイクのやろうとしている事はそれこそ火事場泥棒と何ら変わりない。いくら悪夢の中だと分かっていても相棒のそんな姿は見たくない。思わず目を吊り上げるフリルフレア。

「何考えてるのドレイク!今はみんなで協力するときでしょう!それにそんなの泥棒とおんなじだよ!」

「まあまあ、そう固いこと言うなって。オカッパ坊主だって食料かき集めてとか言ってたんだしさ」

 ドレイクはそう言ってフリルフレアの頭をポンポンと叩くと、威嚇する犬のように「ウーー!」と唸り声をあげているフリルフレアをおいて厨房の方へと足早に入っていった。

「もう!ドレイクのバカ!知らない!」

 フリルフレアの叫びを背に受けながらドレイクは厨房の中で酒を漁っていった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 フリルフレア達は二階の大部屋に集まっていた。6人では入れる部屋を探した結果、この二階の大部屋が最適だと言う事になったのだ。さすがに6人で入ると多少手狭だったが、それでも他の部屋よりはましだった。それに今は一番大柄なドレイクが部屋に居ないのでそのおかげもあって多少なりスペースに余裕が生まれていた。

 ちなみにそのドレイクはと言うと、一人一階の食堂でつまみも無しに見つけた酒をひたすら飲みまくっていた。ドレイクは酒を見つけてからずっと飲んでおり、もう夜に差し掛かろうとしているにもかかわらずその勢いは全く衰えそうもなかった。そしてその飲んだ量はすさまじく、既に大きな酒樽が3個も4個も空いている。

「くぅ~……無料酒(ただざけ)サイコー!」

 完全にできあがっている様に見えるが、この場には誰も咎める者はいなかった。

 それからさらに2時間ほどが経過した。

 フリルフレア達は既にウトウトし始めていた。と言うかフーコとベーコに至っては既にベッドに入って寝ている。グメロも壁に寄りかかって船を漕いでいるし、ノイセルも眠そうな目を擦っていた。

(もう……ドレイクったら…いつまでお酒飲んでるつもりなのよ……)

 そんなことを考えているフリルフレアだったが、その眼は半分閉じかけていた。夢の中で眠気を感じるというのも妙な話だが、異様に眠気を感じる。そしてそんなフリルフレア達がそのまま寝息を立て始めるのにそれほど時間はかからなかった。

 一方食堂で一人酒を飲みまくっていたドレイク。だらしなく飲みかけの酒をこぼしながらテーブルに突っ伏して寝息を立てていた。見た限り完全にただの酔っ払いである。

「グゥ~~~グゥ~~~……」

 若干わざとらしくさえ聞こえそうなドレイクのイビキ。二階の大部屋ではフリルフレア達が寝息を立て、一階の食堂ではドレイクが一人イビキを掻いていた。

 …………………否、食堂に居るのはドレイク一人ではなかった。

 薄暗い食堂の中、テーブルに突っ伏すドレイクの背後に人影が一つ立っていた。そしてその人影の周りから少しずつ冷たい空気がにじみ出ていく。その冷気はすぐに食堂中に広がっていき、ドレイクの腕や脚を床やテーブルごと氷漬けにしていった。

 そしてそれでもイビキをかき続けているドレイクに対し、人影は右手を掲げた。その掲げた右手に冷気が集まっていき、その手の中に巨大な氷の槍を形作っていく。

 そしてその人影がドレイクの背中に向けてその氷の槍を振り上げた瞬間だった。

「やはり一人になった所を狙って来たな!」

 次の瞬間ドレイクは両腕両脚に力を込めた。腕や脚を覆う氷にひびが入る。

「ふん!」

バキパキバキィン!

 掛け声とともに凍り付いた腕や脚を一気に床やテーブルから引き剥がす。氷がバリバリと音を立てて割れていった。

「チィッ!」

 人影が思わず舌打ちしながら氷の槍をドレイクに向けて振り下ろす。だが、時すでに遅くドレイクは氷の拘束から脱出していた。そして振り向きざまにドレイクは振り下ろされた氷の槍をその手で受け止めた。そしてそのまま氷の槍に膝蹴りを叩き込みあっさりと破壊してしまう。

「くっ!」

 焦ったのか人影はドレイクから遠ざかるように飛び退く。ドレイクはそんな人影に改めて視線を向けた。

 見覚えのある服装………この宿に入って最初に見た服装だった。それにこの場にいるというのならば死体が無くなったのもうなずける。何ということはない、最初からこいつは死んでいなかった、ただそれだけの話だったのだ

「なるほどな、お前が悪夢野郎だったってわけか」

 そう言い放ったドレイクの目の前には……この宿の主人であるアーキットの姿があった。


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