第3章 赤蜥蜴と赤羽根と魔王の器 第1話、とある村の出来事 その2
第1話その2
ドレイクとフリルフレアは山の中を歩いていた。ここはラングリアから北東に4日ばかり行った所にあるコルト山の山中である。
冒険差ギルドで仕事の依頼を受けたドレイクとフリルフレアは、旅支度を整えるとそのままラングリアから東に1日ほどの距離にある町、アラセアに向かった。そしてそこで祭事に使うという水晶の宝珠を受け取ったのだ。
受け取った宝珠を詰めた箱が、以前友人でドワーフの神官戦士であるゴレッドが仕事で運んでいた箱とそっくりだった気がしたが、とりあえず今は気にしないでおいた。
そしてその宝珠を背負い、コルト山を目指し歩みを進める二人。アラセアからコルト山までは歩いて3日程なのだが、ドレイクがフリルフレアに歩調を合わせていため丸4日かかってしまった。
そしてそのまま山に入った二人は地図を頼りにまずは目的の神殿の近くにあるという村を目指していた。
「しかしこの宝珠、なんか魔法かかってないか?」
そう言ってドレイクはフリルフレアの背負った箱を開けて中の宝珠を見た。ちなみに何故フリルフレアが背負っているかと言うと、彼女に「ドレイクは信用できない」と言われたからであり、仕方なくフリルフレアが宝珠の箱を背負い、その分彼女の荷物をドレイクが持つことにした。ちなみにフリルフレアは深紅の翼があるので非常に箱が背負い辛そうだったが、大事な依頼の品を持たせてもらっている事で少しテンションが上がっているのか、以外にも意気揚々と運んでいた。
「そうかもね。祭事で使うって言ってたから何か特別な物なんじゃない?」
「そうだろうな。しかし、何の魔法がかかってるんだ?」
「ミィィィ、それはちゃんとした魔導士さんじゃないと分からないよ」
フリルフレアの言葉に「確かに」と頷いたドレイクはそのまま箱の蓋を閉めた。
「しかしこの箱、ホントにこの間灰色石頭が運んでた箱にそっくりだな……」
「案外中身も同じだったりして」
「この球二つも運ぶ意味あるのか?」
「それは分からないけど…」
考え込むフリルフレアだったが、すぐに「やっぱりたまたま同じ箱だっただけかな」と結論付けた。
そのまま歩みを進める二人。地図を見ながら進んではいるが、目的の村まではまだかなりありそうだった。
そしてそうこうしているうちに辺りは暗くなっていた。
「今日はこのあたりで野宿するか」
「了解!」
少し開けた場所を見つけて、そこで野宿をすることに決める。荷物を下ろし、野営の準備を始める二人。ドレイクが薪を探しに行く中、フリルフレアはカバンの中から大きな鍋を取り出す。そしてそこに両手をかざした。
「アクセス。水の精霊ウンディーネよあなたの命の滴を私に分け与えて…『メイクウォーター』」
フリルフレアが魔法を発動させると、彼女の掌から水があふれ出す。フリルフレアはその水を鍋になみなみと溜めていった。そして入りきらなかった水を掌で受けてそこに口を付ける。コクコクとおいしそうにフリルフレアの喉が鳴る。
水を飲み「ふー」と一息ついたフリルフレアは手ごろな石を集め焚き火用のセッティングをしておく。そしてカバンの中から小さなまな板と干した野菜を取り出すと、ナイフを引き抜き干し野菜を細かく刻んでいく。さらに干し肉も取り出すと細かく刻んでいった。
「おいフリルフレア、良い獲物が取れたぞ」
「獲物?」
しばらくして帰ってきたドレイクは左手に薪を抱えており、右手に大振りなウサギを持っていた。もっともそのウサギはドレイクによって頭を潰されたのか見るに堪えない姿になっていたのだが………。
「ミィィ……ドレイク、頭の潰れたウサギを人の目の前に突き付けないでよ……」
「んん?ああ、すまんすまん」
そう言うとドレイクはナイフを取り出しウサギの頭をスパッと斬りおとしてしまう。そして不要とばかりに頭はその辺に放り投げる。まったくもって獲物に対する感謝の気持ちが微塵も感じられない。
非常に非難がましい視線を送るフリルフレアだったが、ドレイクは気にしてもいなかった。
「焼いて食おうぜ」
「はいはい。じゃあドレイクは焚火お願い」
「まかせろ」
嬉々として薪を焚火の形に組み、火打石で火を着けるドレイク。それを見ていたフリルフレアはポツリと呟いた。
「火打石使うより火を吐いた方が早いと思うんだけど…」
「ブレスは加減が難しいんだよ」
フリルフレアの呟きをしっかり聞いていたドレイクが言い返してくる。どうやらブレスだと消し炭にしてしまうと言いう事らしい。
焚火を付けるとその横にドカッと腰を下ろすドレイク。フリルフレアは水を張った鍋に先ほどの刻んだ干し肉と干し野菜を放り込み、火にかける。そしてまな板の上でドレイクの取ってきたウサギをさばき始めた。
手慣れているのか、すぐにさばき終えたフリルフレアは肉に塩と胡椒を振ると焚火の横に刺して炙り始めた。
実はこれまでの旅で野営をするときのお互いの役割がほぼ決まっていた。薪拾いや焚火の準備などはドレイクがやり、食事の準備はフリルフレアが行う。これは互いに話し合って決めたのではなく、自然とこの形になったのである。
ドレイクとしては意外にも料理上手なフリルフレアの料理を食べられるで願ったり叶ったりだった。
しばらくするとおいしそうな匂いがあたりに漂い始めた。フリルフレアが干し肉と干し野菜のスープに塩で味付けしている中、匂いの発生源である炙りウサギ肉に手を伸ばそうとするドレイク。
「ドレイク、まだ早いよ。もっとしっかり中まで火を通さなきゃ」
「もう十分だろ?」
「そんなこと無いよ」
そう言うとフリルフレアはナイフでウサギ肉に切り込みを入れる。中から血の混じった赤い肉汁がしたたり落ちた。
「ほら、まだ生焼けだよ?こういうお肉にはちゃんと火を通さなきゃ」
「ちょっと半生位の方がうまいじゃんか」
シレッと言うドレイクにジト目を送るフリルフレア。
「生のお肉食べてお腹壊したらどうするのよ」
「お前は俺のお母んか……。別に俺、生肉で腹壊したことないぞ?」
「ミィィィ、ドレイクは壊さなくても私がお腹壊すの!」
そう言うと再びスープの調味をしだすフリルフレア。仕方なくドレイクは腰を下ろして夕食の準備ができるのを待つことにした。
そしてそれからほどなくして夕食の準備が整うと、ドレイクは「早く喰おう」とばかりにフリルフレアを急かす。
「腹減った。早く喰おうぜ」
「はいはい。今できるからね」
心の中で「これじゃ本当にお母さんみたいじゃない」とツッコミを入れつつ、器にスープをよそうフリルフレア。自分の分だけよそうと、面倒なので残りを鍋ごとドレイクに渡す。どうせほとんどドレイクが食べるので、汚れ物を減らすためだった。焼きあがったウサギ肉も香ばしい匂いを発している。
「そんじゃ、いただきま~す」
「いただきます」
いただきますといった時にはすでにスープに手を付けていたドレイクと、いただきますと言いながら手を合わせていたフリルフレア。あまりに対照的な行動が二人の性格を表していた。
干し肉と干し野菜のスープの啜るフリルフレア。干した肉や野菜の味が十分に出ており、そこに塩味が加わりサッパリしながらも深い味わいがある。次に炙ったウサギ肉に嚙り付く。やはり野生のウサギ肉は筋肉が発達しておりかなり硬かったが、溢れる肉汁が口の中を楽しくさせた。
しばしの間食事に集中する二人。匙でスープを啜る音や、肉に嚙り付く音がわずかに響いた。
「ねえ、そう言えばドレイク」
「何だ?」
突然口を開くフリルフレアに答えるドレイク。ドレイクはかぶり付いたウサギ肉を咀嚼しながらフリルフレアが口を開くのを待った。
「この間から訊こうと思ってたんだけど、ベルガナキスを倒したあの技っていったい何なの?」
「ベルガナ……何だって?」
「もう、ベルガナキス!この間の暗殺者ギルドの時に出てきた大きな悪魔!」
「ああ、あの目玉口野郎の事か」
名前は忘れたが、その凶悪な爵位を持つ悪魔を思い出すドレイク。ドレイクとフリルフレア、それにここには居ないが、その時一緒に行動していたハーフエルフの暗殺者、ローゼリットとケット・シーの踊り子、スミーシャの4人がかりで何とか倒した相手だった。
フリルフレアの言う『技』とは、その時にとどめの一撃として放ったドレイクの奥の手の事だろう。
「何か、こう………ドレイクの周りを赤い光みたいな炎みたいな何かが覆って、それが剣先に集束してった様な……」
「何か、あいまいな表現だな」
「だって!他に表現のしようがないんだもん!」
ムゥッと頬を膨らませるフリルフレア。表現のしようが無いものは仕方が無かった。
「あの赤い光みたいな炎みたいなものは何なの?」
「あれはまあ……ヒューマンとかは何て呼んでるんだろうな?俺は勝手に『氣』って呼んでるが……」
考え込むように腕を組むドレイク。そのまま顎に手を当てて少し視線を宙に泳がせる。
「ほら……その……何て言うんだ?生命エネルギーって言うか…体内を流れる『気』って言うか………闘気?みたいな……?」
「何それ?」
「いや、何となくわかるだろ?命のエネルギー…的なヤツ」
「ミィィィ……ごめん、ドレイクが何を言っているのかさっぱり分かんない。……それって、魔力とは違うの?」
「魔力とは全く別物だろ。分かんないか?魔力と同じように体に流れるもう一つのエネルギー。……お前だって感じるだろ?」
「ごめん。そんなの感じた事一度として無いよ」
「ええ⁉いや、そんなこと無いだろう」
驚きの声を上げるドレイク。フリルフレアはドレイクの眼を見つめたが、本気で驚いている様に見える。決してこちらをからかっていたりする様には見えなかった。
ドレイクの様子に、フリルフレアは顎に指をあてて考え込む。ドレイクが嘘を言っている様に見えない以上、彼にはその体の中を流れる魔力以外のエネルギーが感じられるのだろう。それが果たしてドレイクの言う通り生命エネルギーの様な物なのかはたまた全く別のモノなのかは分からなかったが、一つだけ言えることがあった。それは………。
「多分だけど……そのエネルギー、感じられるのドレイクだけだと思うよ」
「え?マジ……?」
「まあ……もしかしたら、他にも感じられる人がいるのかもしれないけど……少なくとも普通の人はそんなの感じたことないと思うよ」
フリルフレアの言葉に、思わず食事の手が止まるほど驚くドレイク。ドレイク的には自身の言う『氣』はみんな感じていると思っていたため、寝耳に水な思いだった。
「それで、あの技はその『氣』って言うのをどうするの?」
フリルフレアが話題を戻してため、ドレイクも若干のショックから立ち直った。
「あ、ああ。あの技は『豪槌の太刀』って名付けた技なんだが……」
そこで一度言葉を切り、水筒の水で口を濡らすドレイク。
「豪槌は『氣』で全身を覆い、一時的に身体能力を増幅させて一気に敵に接近し、その強化した脚力で一気に上空までジャンプ。そこで『氣』を剣先に集中させて、落下と同時に全体重と全筋力をのせた一撃を叩き込む技だ」
「それであの時あんなすごいジャンプが出来たんだ」
「ああ。ただこの技、『氣』を集中して練り上げ、全身に行き渡らせるのに約10秒かかる」
「そう言えば、10秒の溜めが必要って言ってたっけ」
その言葉に頷くドレイク。
「さらに言うと、『氣』を使うと滅茶苦茶腹減るんだよな」
「あ、だからあんまり使いたくないんだ」
「そう言う事」
「なるほど……。でも何で『太刀』なのに『豪鎚』なの?」
「ああ、それは…技を撃った後に大体地面にドデカイハンマーでぶっ叩いた様な陥没ができるからそう名付けた」
そう言ってドレイクは肩をすくめると、食事を再開した。つられてフリルフレアも「ふ~ん」と納得しているのかしていないのか微妙な返事をして食事を再開する。
そのまま食事を終えた二人は、片付けをして寝床の準備を始めた。そして焚火を付けたまま、ピタリと二人くっついて横になる。少し寝にくそうだったが、いざと言うときにすぐにフリルフレアを守れるようにするためだった。寝袋に入るフリルフレアと毛布にくるまるドレイク。やがてフリルフレアの寝息が聞こえてきた。
(さて……、明日には村に到着するか?道…間違えてないと良いんだが…)
フリルフレアが聞いたら不安になりそうなことを考えながらドレイクも目を閉じた。




