第5章 赤蜥蜴と赤羽根と13の悪夢 第7話、第三の悪夢・孫娘と祖母 その7
第7話その7
「チェェェストオォォォ――――!」
炎渦巻くドレイクの大剣がブルーフォレストの赤熱する長剣を叩き折った。折れた刀身の先はそのまま弾き飛ばされ地面に突き刺さる。そして長剣を叩き折られたブルーフォレストは半ばで折れた長剣を投げ捨てると舌打ちをした。
「チッ!相も変わらず馬鹿力が……!」
苛立たしげにそう言ったブルーフォレスト。ドレイクに対し拳を構えながらも一歩二歩とわずかながら後退る。
(……相も変わらず…?こいつ……俺のこと知ってるのか?)
ブルーフォレストの言葉にわずかながら冷静さを取り戻したドレイクが頭の中で呟く。確かにブルーフォレストの物言いはドレイクの事を知っているかのようだった。だが、生憎とドレイクはブルーフォレストなどと言う男の事は知らない。以前同じように全身を金属鎧で包んだチックチャック率いるセレド兄弟とは戦ったことがあるが、彼らとも違うように思える。
しかしドレイクはここでブルーフォレストに付いて考えることを辞めた。ブルーフォレストがドレイクの事を知っていようがどうだろうが関係ない。この男がフリルフレアを殺したことに変わりはないのだ。ならば………今この場で叩き斬るだけだった。
「終わりだ!鎧野郎!」
「チッ!こんな所で死んでたまるか!」
ドレイクが地面を蹴った瞬間ブルーフォレストもまた後ろに向かって飛び退く。そしてその瞬間ブルフォレストの後方の空間が歪んだ。
………そう、空間が歪んだとしか表現のできなかったその現象が何なのかドレイクにはわからなかった。だが、ドレイクがブルーフォレストの居た場所を斬り裂いた瞬間ブルーフォレストもまたその空間のゆがみの中に身を投じていた。そしてその空間のゆがみの中に入ったブルーフォレストの姿は歪みかすんでいく。それを見たドレイクはブルーフォレストが逃げようとしているのだと直感的に感じ取っていた。
「テメエ!逃げる気か!」
「ああそうだ!生憎と俺は貴様などの相手をしているほど暇ではないんでな!」
そう言い放ったブルーフォレスト。その姿は既に歪んだ空間の中で消えかけている。
「逃がすかぁ!」
叫びながらドレイクはその空間の歪みに向かって手を突き出す。しかし、ブルーフォレストを掴もうとしたドレイクの手は空を切る形となった。消える直前に高笑いを上げるブルーフォレスト。その高笑いのみが響く中、ドレイクは悔し気に拳を握りしめていた。
「クソ!逃がしたか!」
苛立たしげに吐き捨てるドレイク。しかし逃がしてしまったものは仕方がなかった。今はブルーフォレストの事を気にかけている場合ではない。
「フリルフレア!」
ブルーフォレストの事はひとまず置いておくことにするドレイク。それよりも倒れているフリルフレアに視線を向けると、彼女の身体はたった今輝く炎に包まれていた。
輝く炎がフリルフレアの身体を癒していく。斬り落とされた翼や脚、指などが修復されていき、潰された右目も元に戻っていた。そして炎が消え去った後には傷一つない綺麗な身体のフリルフレアがそこに横たわっていた。
綺麗な身体のフリルフレアを見てホッとするドレイク。これであとはフリルフレアが意識を取り戻すのを待つだけだ。しかし、それでもドレイクは改めて思う。
(このフリルフレアが燃えて蘇る現象は一体何なんだ?恐らくフェニックスに連なる何かの能力なんだろうが………?)
改めて疑問に思うがその答えがここで出る訳はない。とりあえずドレイクは大剣を鞘に納めるとフリルフレアの脇にしゃがみ込んだ。
「…………?」
フリルフレアを見ていたドレイクはどこか違和感を感じた。いつものフリルフレアとどこか違う様な……?しかしその違和感の正体は意外にもあっさりと分かった。
(そうか、こいついつもと服装が違うんだ。いつもの冒険服じゃない)
そう、フリルフレアが身に着けているのは血まみれでボロボロになった背中のあいた紺色のワンピースとサンダルだけだった。いつものフリルフレアの冒険服である背中のあいた水色のワンピースと黄色いケープ、幅広の革ベルトと白のハイソックスにロングブーツ、魔法のエプロンという出で立ちではない。その事にふと漠然とした不安を感じるドレイク。その不安の理由は分からなかったが、それでも確かに正体不明の不安を感じる。しかし、いつまでも不安がっていても仕方がなかった。ドレイクはとりあえずフリルフレアの頬をペシペシと叩いてみる。
「お~い、フリルフレア起きろ~」
しばらくペシペシとフリルフレアの頬を叩き続けるドレイク。叩くと言っても全く力を込めていないので痛みはないはずだ。それでもしばらく叩き続けると、フリルフレアが「う、う~ん………」と言いながら目を擦り始めた。
フリルフレアが目を覚ましたことにホッとしたドレイク。叩くのをやめてフリルフレアの顔を覗き込んだ。そして目を擦っていたフリルフレアが眼を開けると、ちょうどドレイクと眼が合った。
「ようフリルフレア、大丈夫か?」
「……………き」
「き?」
「キャアアアアアアァァァァァ!何⁉誰⁉誰なの⁉お、お化け!モンスター!化物!いやぁ!食べられるーーー!」
突然叫び声を上げるフリルフレアに思わず呆然とするドレイク。確かに寝起きにリザードマンの顔のアップは若干心臓に悪いかもしれないが、それでもお化けやら化物やら言われればショックも受けるというものだ。しかし、もしかしたら復活したばかりで混乱しているだけかも知れないと考え直したドレイクはフリルフレアを落ち着かせることにする。
「おいおい、落ち着けって。俺だよ俺」
「イヤアアァァァァ!オレオレ詐欺ーーー!」
「いや、何だよその何とか詐欺って…?それより落ち着けよ。俺だ、ドレイクだよ」
そう言ってフリルフレアに顔を近づけながら自分を指差すドレイク。ドレイクのその様子に少しキョトンとしたフリルフレアはドレイクの顔をマジマジと見ていた。
「ドレイク……」
「そうドレイクだ…」
「って誰ーーー⁉ミイイィィィィィィ!」
「何ーーーー⁉」
思わず叫ぶフリルフレアに合わせて自分も叫んでいたドレイク。ドレイクって誰?と言い返されるとは思っていなかったため少なからず動揺していた。
(どういうことだフリルフレアのやつ!なんで俺の事が分からない…………あ!)
その時とあることに気が付いたドレイク。そう、ドレイクが最初の悪夢に入った時妙な記憶が頭に入り込んできた。そして次の悪夢で会ったアレイスローは記憶が上書きされていた。ならば…………。
「もしかしてお前も記憶を上書きされてんのかー⁉」
思わず叫びながらフリルフレアの両肩を掴むドレイク。一方のフリルフレアは目の前の赤いリザードマンに突然両肩を捕まれビクッ!としている。
「な、何なんですかあなた⁉私のことどうするつもりなんですか⁉」
「いや、とりあえず落ち着けってフリルフレア」
「何で私の名前まで知ってるんですか⁉まさかずっと狙ってたんですか⁉襲う気ですか⁉私のこと舐めまわすような視線でずっと見てたんですか⁉…………イヤァ!ヤダァ!誘拐魔に殺されるぅ!誰か助けてぇぇぇ!ミイイィィィィィ!」
若干被害妄想が入り混じっている様な言葉を早口にまくし立てながら泣きわめくフリルフレア。そもそも誘拐魔なら殺すんじゃなくて誘拐するんじゃないか?とツッコミを入れたいドレイクだったが、今そんなことを言っても話が面倒くさくなるだけなのでやめておく。それよりも今はフリルフレアの記憶が上書きされていることが問題だ。ピーピー泣きわめくフリルフレアを見ながら「どうしたもんか……」と思わずぼやくドレイク。だが、ドレイクはすぐにとあることを思い出した。
(そうだ!俺が夢に入った時は自分を殴って記憶をハッキリさせたし、弐号の奴も殴った拍子に記憶が戻ったよな!)
そんなことを考えるドレイク。もっともアレイスローに関しては、正確に言えば走っている時にドレイクが殴ろうとしたが紙一重で避けられ、その拍子に盛大にコケたアレイスローが頭をぶつけて記憶が戻ったのだが……。
(よし、この手で行こう!)
そう決心したドレイクは右手を手刀にしてフリルフレアに向けて振り上げる。狙うはフリルフレアの脳天ただ一つ。しかしそんなドレイクの行動を見たフリルフレアはさらにビクッ!としてドレイクの事を見上げた。プルプルと震えて瞳には涙をたっぷりと溜め、不安そうな表情でドレイクを見上げている。ドレイクが何をしようとしているのか分からず不安になっているのだ。そしてさらに、ドレイクの手刀が自分に振り下ろされようとしているのに気が付くと、震えながら両手で頭を押さえ、眼と口をキュッと閉じて何かに耐えるように小さく縮こまっていた。
そのフリルフレアの様子が小動物的であまりに可愛く、思わずキュン♡とするドレイク。
(うぬぬ……こ、これは殴れねぇ……)
フリルフレアの可愛さに手を上げるのが躊躇われるドレイク。どうしたものかと悩んでいたが、いつの間にか何かに気が付いた様子のフリルフレアが不思議そうにあたりをキョロキョロと見回していた。
「あれ?そう言えば私……何でこんな所にいるんだっけ?」
今度は若干アホッぽそうな顔でそんなことをほざいているフリルフレア。しかしドレイクはフリルフレアに今起きていたことを話すべきかどうか悩んでいた。妙な騎士風の男に木に吊るされた挙句嬲り殺しにされたなどと知ったらどう思うか……。いや、そもそもそんな話は信用しない可能性もある。実際フリルフレアは蘇っているので嬲り殺しにされたと聞いて誰が信じるだろう?記憶の上書きのせいで自分が過去に何度か殺されてから蘇生したという事実を憶えていないだろう。普通に考えて、生きている人間に「今あなたは殺されたと」と言っても信用しない。どう説明すべきか悩むドレイクだったが、とりあえず嬲り殺しにされたことをうまく濁して伝えることにした。
「えっとだな……、お前さんはあの妙な騎士にこの森に連れ込まれて……」
ドレイクの言葉にポカンとするフリルフレア。今まで自分を襲おうとしている誘拐魔だと思っていた赤いリザードマンが急に説明し始めたので若干驚いている。だが、「騎士」という言葉でフリルフレアの中に全身金属鎧に身を包んだ男の姿が頭に浮かんだ。
「えっと……確か聖騎士ブルーレットとか名乗ってて……」
「ミイィィ、置くだけ?それじゃトイレに置くだけですよ?確かブルーフォレストって名乗ってたと思います」
「お、おう…そうか…」
別にボケで間違えたのではないのだが、それでも思いの外鋭いフリルフレアのツッコミに思わずたじろぐドレイク。しかしフリルフレアがブルーフォレストの事を憶えていたということは………。
(まさか、嬲り殺しにされたことも憶えているのか?)
若干心配になってくる。その事を憶えていると言う事は拷問処刑された時の記憶があると言う事だ。それは想像を絶する恐怖と苦痛だったはずだ。そんな記憶がある状態で人はまともな精神を保っていられるのだろうか?
(………もしかして、コイツがいつも死ぬ前後の記憶が無かったのってそのためか?)
その可能性は高そうだ、などと考えていたドレイク。しかし当のフリルフレアはドレイクに向けて不審げな視線を送っているだけだった。
「そう言えば私、あの聖騎士ブルーフォレストって名乗った人に羽根を斬られて………あれ⁉」
そこでふと何かに気が付いたのか、フリルフレアは慌てて自分の右の翼を見た。そこにはいつも通りの美しい深紅の翼がある。
「あれ?何ともない……?気のせいだったのかなぁ?」
そんなことを呟きながら頭を捻るフリルフレア。
「そうだ!その後あの騎士にお腹を殴られて………縛られて木に吊るされたんだ…」
自分で言ってから段々と顔が青くなるフリルフレア。少しずつだが思い出してきている様子だった。
「えっと……その後…どうなったんだろう?」
そのまま不安げにドレイクを見上げるフリルフレア。もしかしたらその後このリザードマンが現れたのだろうか?等とも考えていた。
「あの……もしかしてあなたって……」
「そうだよ、俺がそのブルーチーズって奴を追い払ったんだ。もっとも倒せなくって逃げられちまったんだが………」
ドレイクの言葉にフリルフレアの表情が少し和らぐ。少なくとも目の前の大柄なリザードマンが誘拐魔では無さそうなので少しホッとしているのだ。
「ちなみにチーズの名前じゃなくてフォレストですからね、ブルーフォレスト」
「ん?そうだっけ?」
しっかりとツッコミだけは入れておくフリルフレア。そしてそのまま恥ずかしそうにペコリと頭を下げた。
「す、すいません誘拐魔なんて言って……あなたが私のこと助けてくれたんですね?」
「まあ、一応は……な」
実際には間に合わなかったので助けられたとは言えない。その事にバツの悪さを感じるドレイク。しかしフリルフレアの方は意外にもドレイクの言葉を無条件で信用していた。やはり記憶が上書きされていても、意識の奥底で信頼関係があるのだろう。
「私フリルフレアって言います。あなたは?」
「俺はドレイクだ、ドレイク・ルフト」
「ドレイクさん、ですね!助けていただいてありがとうございました!よろしければ家に来てください。せめてお礼をさせて頂たいです」
ニッコリと微笑むフリルフレア。そんなフリルフレアを見ながらドレイクはこのまま家に乗り込んで傲慢婆のジェニファーもついでにとっちめてやろうと考えるのだった。




