第5章 赤蜥蜴と赤羽根と13の悪夢 第6話、第二の悪夢・双子 その14
第6話その14
年老いた老エルフの姿に戻ったマジロッヒはアレイスローの目の前で無様に土下座していた。「すまん」だの「悪かった」だの「許してくれ」だのと繰り返しており、一見己の今までの行いを反省している様に見える。
そんなマジロッヒに対し、軽蔑するような視線を送っていたアレイスロー。だが、目の前のナイトメアのあまりにも無様な命乞いに殺す気も失せたのか、杖を下ろすと背を向ける。
「今すぐこの悪夢に捕らわれた人々を開放してください。そして二度と悪さをしないと誓ってください。そうすれば命だけは助けましょう」
マジロッヒに背を向けたままため息と共にそう言うアレイスロー。その背中は……完全に油断している様に見えた。
「わ、分かりました。すぐにこの悪夢から皆を開放します」
そう言って音もなくユラリと立ち上がるマジロッヒ。その姿は老エルフから再び若返った姿になっていく。そして次の瞬間背後からいきなりアレイスローに飛び掛かった。
ガシィッ!
「グッ⁉」
「グハハハハハハハ!油断しおったなバカめ!」
飛び掛かったマジロッヒは背後からヘッドロックの要領でアレイスローの首を絞めていた。マジロッヒの腕がアレイスローの首をグイグイと締め上げてくる。
「いかに貴様とてこの状態では魔法は使えまい!このまま絞め殺してくれる!」
「ガ…ググ……」
マジロッヒがさらに腕に力を込めてくる。アレイスローの口は空気を求めるあまりパクパクと開いたりしているが、空気は一向に肺に到達しない。それどころか気道以外に血管も絞められ血液が頭の上に流れていかない。顔が赤紫に変色し、凄まじい圧迫感を感じる。
その様子を目にし、マジロッヒは己が勝利を確信していた。ここでアレイスローを殺し、次いで魔法を連発してドレイクを殺せばもう邪魔者も居なくなる。そうなれば再び多くの人間を悪夢に引きずり込み、魔力と恐怖と絶望を集めればいいだけだ。
マジロッヒがそう思い、アレイスローから注意を逸らした時だった。
ズブリッ!
「………………グフッ…」
次の瞬間マジロッヒが口から血を吐く。一瞬脇腹を押されるような感覚を感じた。そしてその一瞬後には脇腹に突き刺すような激痛を感じる。
「………な…何…じゃと?」
恐る恐る脇腹に視線を送る。その視線の先には、アレイスローの持つ杖……正確に言えば、杖に仕込まれた剣によって貫かれた己の脇腹があった。
「……そん…な……」
腕から力が抜けアレイスローから離れる。それと同時に脇腹に突き刺さていたアレイスローの仕込み杖の刃も抜ける。そして脇腹からは多量の血が流れ出し辺りを血の色で染め上げていた。
「私も長らくソロでやっていましたからね。それなりに自衛の手段は持っているんですよ」
そして仕込み杖の刃を振り上げるアレイスロー。そのまま刃をマジロッヒの首へと振り下ろした。
ゴトリ。
アレイスローの刃はマジロッヒの首をあっさりと斬り落とした。
「……お、おのれ……」
首を斬り落とされてなお口惜しそうな表情でそう言ったマジロッヒ。そしてアレイスローがその顔面に刃を突き立てると、その身体は粒子のようになって消え去っていった。
ナイトメア・マジロッヒはこうしてアレイスローに倒された。
「おお!弐号、何だそれ⁉お前の杖、そんなもん仕込んでたのか⁉」
先程魔法で吹き飛ばされたドレイクが復活してアレイスローのもとにやってくる。どうやら仕込み杖が珍しいらしく、アレイスローの手元をしげしげと見ている。
「まあね、いわゆる奥の手って奴ですよ」
喉をさすり、少し咳き込みながらそう言うアレイスロー。しかしその後、不思議そうにあたりをキョロキョロと見回している。
「どうした弐号?」
「あ、いえ……ナイトメアのマジロッヒを倒したのでこの悪夢はもう終わるはずでは?」
「ああ、終わり始めてるぜ。あれ見てみろ」
ドレイクがそう言って森の奥の方を指差す。アレイスローがそこに視線を向けると、森全体……と言うよりも世界全体が粒子となって分解し始めている。
「え……あれって大丈夫なんですか?」
「多分な、少なくとも俺が前に居た悪夢の時は大丈夫だった。俺は残されたが他の奴は無事に悪夢を脱出できたはずだ」
「そうか、ドレイクさんは呪いがどうとか言ってましたっけ」
アレイスローの言葉に頷くとドレイクはアレイスローの肩を叩いた。
「弐号、俺は呪いの件もあるしこのまま次の悪夢に行くことになると思う。だから行った先で悪夢野郎共を倒しながら皆を助けるつもりだ」
「分かりました。私は現実世界に戻ってサポートに回ります。もしかしたら向こうから悪夢をどうにかする手段が見つかるかもしれませんからね」
「頼む。後俺達の身体の方にも気を配っておいてくれ。ヤツが何かをしないとも限らない」
「分かっています」
頷くアレイスロー。
「あの男の……裏切り者の行動には細心の注意を払います。眠っている間に皆さんを殺されたらたまりませんからね」
「ああ、頼むぞ」
たがいに頷き合い拳と拳を軽くぶつけあうドレイクとアレイスロー。そのころには悪夢の中はほとんどが粒子となって消えていた。そしてアレイスローの身体もまた粒子となって消え始めている。
「それではドレイクさん、また後で会いましょう」
「ああ、現実世界の方は頼んだぜ」
グッと親指を立てるドレイク。そしてそれを見届けるようにしてアレイスローの身体は粒子となって消えてしまった。
そして最後に残ったドレイクは体に落下感を感じる。そして真っ暗な空間を落ちていく中、ドレイクの意識もまた闇に吞まれていくのだった。
「ハッ!」
ガバッとアレイスローは上体を起こした。今まで地面に寝転んでいたらしく少し体が痛い。アレイスローが周りを見回すと見覚えのない広い場所だと言う事が分かった。
「ここは……儀式魔法の実験場ですか?」
思わずポツリと呟く。場所自体には見覚えは無かったが、ラングリアの魔導士ギルドに同じような施設がある。似たような作りの場所なので恐らくあっているだろう。
なかなかの広さがるが、その中でアレイスロー達は地面に寝転がっていた。よく見ればアレイスローの左手をローゼリットが握っている。暗殺者などやっている割にはスベスベなその手の感触に驚きつつゆっくりと手を離す。そして同時に気が付く右腕の重み。右腕に視線を送るとフェルフェルがアレイスローの右腕にしがみついていた。当然眠っているのだが、腕を持ち上げても起きる気配は全くない。
(やはり悪夢の中に捕らえられているのですね)
そんなことを考えながらふととあることに気が付く。フェルフェルはアレイスローの右腕にしがみついているのだ。それはもう体全体で抱き付く様にして……。と言う事は、アレイスローが先ほどから二の腕に感じている柔らかい感触は……?
確かにフェルフェルの胸はスミーシャ程巨乳でも無ければ、ローゼリット程美乳でもない。それでも年相応の大きさはあるし、普段性的な事に無頓着なフェルフェルの大胆な行動に正直ドキドキしている。まあ、フェルフェル本人が性的な意味合いを持ってしがみ付いていたかどうかははなはだ疑問ではあるが………。
アレイスローがそんなことを考えていた時、コツコツと足音が聞こえた。周囲を見回してみるが、誰も起きている者はいない。ならば………。
そしてその足音の主はこの実験場の中に姿を現わした。
「おや、お早いお目覚めですねアレイスローさん」
「ええ、おかげさまで。ドレイクさんのおかげでこうして悪夢から帰還出来ましたよ、クロストフさん……」




