第5章 赤蜥蜴と赤羽根と13の悪夢 第6話、第二の悪夢・双子 その11
第6話その11
光る粒子のようになって消え去ってしまった偽物のロックスロー。アレイスローは思わずその場に崩れ落ちていた。
「兄さん……そんな、兄さん………」
偽物だったとはいえ兄が目の前で消滅したことに打ちひしがれるアレイスロー。だが、そんなアレイスローをマジロッヒは鼻で笑っていた。
「フンッ。たかが偽物が消えた程度でショックを受けているとはな!笑わせてくれる!」
そう言ってアレイスローに掌を向けるマジロッヒ。彼の掌には魔力が集まっていき、そのまま魔力をおびた電撃となる。
「死ぬがいい!『ライトニングジャベリン!』」
ズガガガアァァァァァン!
次の瞬間マジロッヒの掌から電撃が撃ち出される。その電撃は地面に崩れ落ちているアレイスローに直撃………するはずだった。
「『ライトニングジャベリン!』」
だが、次の瞬間アレイスローが全く同じ魔法を撃ち出す。マジロッヒの撃ち出した魔法はアレイスローの魔法によって相殺され空中で消滅していた。
「何じゃと⁉」
思わず驚きの声を上げるマジロッヒ。だが、そんなマジロッヒを睨み付けながらアレイスローがゆっくりと立ち上がっていく。
「よくも……よくも兄さんを………お前は…お前は許さない!」
涙を流しながら、怒りの眼差しをマジロッヒに向けるアレイスロー。杖の先をマジロッヒに突きつけ、魔法の発動のために精神を集中させる。
「お前は……兄さんの仇だ!…『フリジットニードル!』」
魔法の発動と共にアレイスローの杖の先から無数のつららが撃ち出される。そして無数のつららは狙いを違わずマジロッヒへと襲い掛かった。
「フン!甘いわ!『リフレクションサークル!』」
その瞬間魔法の発動と共にマジロッヒは手に持ったロックスローの杖を一振りする。杖より放たれた光は一瞬で広がりマジロッヒを覆い隠した。そして無数のつららはその光に当たった瞬間跡形もなく消滅してしまった。
マジロッヒを守った光はすぐに消え去ったが、その後には当然のように無傷のマジロッヒが居た。得意げに笑みを浮かべながら杖の先に魔力を集中させている。
「そんなぬるい攻撃がワシに通用すると思っているのか?笑わせおるわ!…『マジックブースト!』…『エナジーブラスト!』」
マジックブーストが発動した瞬間増幅されて溢れ出た魔力がマジロッヒを包み込む。そしてその増幅された魔力によって撃ち出されたエナジーブラストは本来のモノとは比べ物にならない威力になっていた。
「クッ!…『リフレクションサークル!』」
素早く防御の結界魔法を張るアレイスロー。押され気味ではあったが、防御魔法は完璧に間に合い、マジロッヒの魔法を防ぐ…………はずだった。
パキィィィィン!
「うわあぁぁぁぁ!」
魔法の直撃を受け吹き飛ばされるアレイスロー。かなり後方まで吹き飛ばされその場に倒れ込んだ。
アレイスローの防御魔法は確実に間に合っていた。だが、マジロッヒの魔法はアレイスローの防御結界をあっさりと打ち砕くと、そのまま魔力の弾丸がアレイスローを吹き飛ばしたのだ。
「そ、そんな…バカな!」
あまりにもあっさりと防御魔法を砕かれ動揺するアレイスロー。マジロッヒはニヤリと勝ち誇ったような笑みを浮かべてアレイスローを見下ろしていた。
「残念じゃったなアレイスロー。偽物とはいえロックスローの魔力を吸収したワシの魔力と自分の魔力はほぼ互角……そう思っておったんじゃろう?」
「ええ……私と兄さんの魔力自体はほぼ互角、ならば私の記憶から造られたという兄さんもまた私と互角の魔力のはず……ならば魔法の威力もほぼ互角になるはずです」
思わずギリッと歯ぎしりするアレイスロー。アレイスローとロックスローは魔力的にはほぼ互角だった。もっとも、それ以外の所……魔法発動までの時間や魔法制御の優劣などに関しては全てロックスローの方が一枚上手だった。なので総合的に言えばアレイスローよりもロックスローの方が魔法に関しては一枚上手だ。だが、それにしてもあっさりと防御魔法を破る程ではないはずだった。
「不思議そうじゃのう。魔力がほぼ互角なのにどうやってあんなにあっさり防御魔法を破ったのか……」
そう得意げに語ったマジロッヒは再びニヤリと笑っている。
「前提が間違っているんじゃよ。確かにお前とロックスローはほぼ互角の魔力じゃ。じゃがワシがその魔力を吸収したとなれば話は別よ。ワシが本来持っていた魔力があるからじゃ。つまり、ワシの中には今ワシ自身の魔力とロックスローの魔力両方が存在している訳じゃ。そしてそれを魔法で強化した。……今やワシの魔力はロックスロー本来の魔力よりずっと高いレベルにおるんじゃよ!」
叫び杖を構えるマジロッヒ。アレイスローも何とか立ち上がると杖を構える。
「なら、これでどうです!『バインド!』」
アレイスローの杖の先から魔力の鎖が撃ち出される。その鎖はマジロッヒに絡みつくとその身体を縛り上げていた。
「よし!これで……」
「甘いわ愚か者!『リフレクションサークル!』」
パキイイィィィィィン!
マジロッヒの杖が光る。そしてその光はマジロッヒを包むように膨れ上がるとそのまま弾け、魔力の鎖を弾き飛ばしながら消滅した。
「な、何⁉」
「この程度の魔法でワシを拘束できると思っているのか?舐められたものじゃな」
「クッ……」
アレイスローの額から嫌な汗が流れ落ちる。魔力において決定的な差をつけられてしまっているようだ。ならばこちらもマジックブーストを使えばいいのだろうが、こちらが使えばマジロッヒはさらにマジックブーストを使うだろう。マジックブーストは魔力をほぼ倍増させる。だとすれば、差がある状態で互いに同じ回数魔力を強化すれば、その差は広がるだけだ。現段階のアレイスローの魔力を10、マジロッヒの魔力を15と考えた場合、マジックブーストを使ってもアレイスローの魔力は20にしかならないが、対抗してマジロッヒが使えばその魔力は30になってしまう。マジロッヒがマジックブーストを使えば使うほどアレイスローは同じ魔法を使っても不利になってしまうのだ。ならばこれ以上マジロッヒにマジックブーストを使わせるわけにはいかない。
「クソッ!こうなったら……『エナジーブラスト!』『エナジーブラスト!』『エナジーブラスト!』」
続けざまに3回の攻撃魔法を撃ち出すアレイスロー。魔力の弾丸が3回連続で撃ち出される。
「『リフレクションサークル!』」
再びマジロッヒの魔法の防御結界が張られる。アレイスローの撃ち出した魔法はまた防御結界によって阻まれてしまう。
「手数で勝負しようというのか?愚かな…魔法の手数でワシと勝負しようなど…」
「何が言いたいんです?」
「忘れたのか?お前の兄の特技を!」
その瞬間マジロッヒは杖を構ええる。アレイスローの背中を冷たい汗が流れ落ちた。
「これは…まさか⁉」
「「「『ライトニングジャベリン!』」」」
その時マジロッヒから発せられた声は奇妙なことに響く様に重なって聞こえた。そしてそれと同時にマジロッヒの杖の先から魔力の電撃が3本、アレイスローに向けて撃ち込まれていた。
ズガガガガガアアアァァァァァン!
3本の電撃が轟音を上げてアレイスローを直撃する。
「グワアアアアアアァァァ!」
電撃3本分の直撃はアレイスローにかなりのダメージを与えた。溜まらずその場に倒れ込むアレイスロー。
「魔導士同士の戦いにおいては魔法の威力よりも、いかに相手に魔法を撃ち込むかが重要になってくる。それを分かっておるのは評価できるが、己の兄の特技を忘れたのは失敗じゃったな」
そう言って「クックック」と笑い声をあげるマジロッヒ。アレイスローは何とか顔を上げ、悔しそうにそんなマジロッヒを見上げている。
「い、今のは………兄さんの得意技…三重詠唱…」
「その通りじゃよ。まったく、ロックスローもなかなかどうして大した魔導士だった様じゃな。この三重詠唱があれば対魔導士戦ならばほぼ無敵じゃろう。それに中級までの呪文魔法ならば無詠唱で発動できるのも強みじゃな」
「……そんなことは…知っています。………三重詠唱こそが…私が兄さんに…勝てなかった理由なのですから……」
そう言って杖に寄りかかりながらも何とか立ち上がるアレイスロー。しかしフラフラで今にも倒れそうだ。
そんなアレイスローとマジロッヒの様子をドレイクは黒エルフを殴り飛ばしながら見ていた。
(……あの魔法を3発同時に撃つ技、金髪優男の特技だったのか。てっきり口がたくさんあるあの悪魔野郎の能力かと思ってたぜ)
ドレイクの脳裏に「マン・キメラ事件」の時に戦った悪魔侯爵バルゼビュートの姿が思い浮かぶ。バルゼビュートは口が身体中にたくさんついていたのでその沢山の口で呪文を詠唱することであの3連続の魔法が撃てるのだと思っていた。だが、どうやらあの能力はロックスローの能力だったらしい。
改めてロックスローと言う魔導士が大した男だったのだと実感させられる。本人に会うことがかなわなかったのが残念でならなかった。
ドレイクは「どうせなら本物の金髪優男と一度酒でも飲んでみたかったな」などと考えながら目の前にいる黒エルフを片手で殴り飛ばし、後ろから襲い掛かろうとしていた黒エルフも尻尾で絡めとり投げ飛ばした。
そんなドレイクには目もくれず、マジロッヒはアレイスローをいたぶっていた。
「どうしたんじゃアレイスロー?お前の力はその程度か?」
嫌な笑みを浮かべマジロッヒは何とか立っているアレイスローに杖を向ける。
「「「『エナジーブラスト!』」」」
ドドドォォォォォーーン!
魔法の発動と共に魔力の弾丸が3連続でアレイスローに襲い掛かる。
「うわああぁぁぁぁぁぁぁ!」
立ち上がったのも束の間、魔力の弾丸を受けそのまま吹き飛ばされるアレイスロー。そのまま地面に倒れ込んでしまう。
「くくく……ぼちぼち止めと行くかのう…」
そう言いながらゆっくりとアレイスローに歩み寄ってくるマジロッヒ。だが、アレイスローは何とか立ち上がろうとするも、身体のダメージが深刻で立ち上がれないでいた。
……いや、ダメージは体だけでなく精神にも来ていたかもしれない。
「くそ……やっぱり兄さんには…勝てないのか……兄さんと同じ力を持った奴には……勝てないのか…………」
起き上がれないまま思わず地面を拳で叩くアレイスロー。口惜しさと自分の無力さへの怒りで涙が滲んでくる。そんなアレイスローを見たドレイクは大剣を一閃させ、目の前の黒エルフ達をまとめて吹き飛ばした。
(手出しするなって言われたけど……そうも言っていられないよな)
ドレイクがアレイスローに加勢しようとした、まさにその瞬間だった。
「まったく、この程度で諦めるなんて情けないですねアレイスロー。それでも私の弟ですか」
いつの間にそこにいたのか………?
気が付けば光る人影がアレイスローのすぐそばに立っていた。




