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第5章 赤蜥蜴と赤羽根と13の悪夢 第6話、第二の悪夢・双子 その2

     第6話その2


「に、兄さん……本当に兄さんなのかい⁉」

 アレイスローは信じられないものを見たような気分だった。何故なら兄ロックスローは………死んだはずなのだ。

 思わずよろよろと弱々しい足取りでロックスローに歩み寄るアレイスロー。しかし当のロックスローは何か怒っているようで、仁王立ちのまま両腕を組みアレイスローを睨んでいる。

「私がお前の兄以外の何だって言うんですか!それよりもアレイスロー!それは一体何…………って、うわぁ!」

「兄さん!」

 ロックスローが言い終わるよりも早く、アレイスローは兄に抱き付いていた。兄が目の前にいるという事実に自然と涙がこぼれていく。

「な、何の真似ですかアレイスロー⁉離れなさい!」

「兄さん!良かった………生きてたんだね兄さん!」

「生きてた⁉勝手に私を殺さないでください!それより……離れなさい!」

「良いじゃないか!兄さんがこうして生きていてくれたなんて………こんなにうれしいことは無いよ!」

「だから勝手に殺さないでください!………ええい!いい加減離れなさい!」

 抱き付く……と言うよりもしがみ付いていると言った方が良いアレイスローに辟易するロックスロー。何とか離れようとするが、すぐにまたしがみ付いてくるアレイスローに少々苛立ちを覚える。そしてしつこくしがみ付いてくるアレイスローを渾身の力で何とか振りほどいた。

「いい加減にしなさい!全くなんなんですか突然、気持ち悪い」

「だって、兄さんが生きていてくれたんだ。嬉しすぎて神にすら感謝したいくらいだよ」

「お前はいつから神の信者になったんですか?それと、何度も言いますが勝手に私を殺さないでください」

「仕方ないじゃないか、私は兄さんが死んだって聞いていたんだから」

 そう言って涙を拭うアレイスロー。兄と二人きりで話しているからだろうか?口調がいつもよりも砕けた感じになっている。しかしそんなアレイスローの言葉を聞いたロックスローは疑わし気な視線を送ってきた。

「私が死んだ?誰ですかそんな大法螺吹いたのは?」

「大法螺って……。もちろん言っていたのはドレ………あれ?」

 はたしてアレイスローは誰の名前を口にしようとしていたのか?だが、そこまで言ってアレイスローは兄の死を自分に告げた人物が誰なのか分からなくなっていた。いや、更に言えば本当に兄の死を告げられたのかどうかさえ疑わしくなってきた。頭の中が曖昧になっていく感覚に思わずめまいを感じる。そしてアレイスローの中ではいつの間にかロックスローが死んだという事実も、それをドレイクによって伝えられたという事実も無かったことになっていた。

「あれ………?どうして私は兄さんが死んだなんて思っていたんだろう?」

「誰に言われたのかは知りませんが、私はこの通りピンピンしてますよ。そもそも朝だって顔を合わせたでしょう?一体いつ私が死んだと思ったんですか」

 ため息を吐くロックスローに返す言葉もないアレイスロー。

「い、いつだろうね。あははは………」

 力なく笑うが、アレイスローは恥ずかしさのあまり穴があったら入りたい気分だった。

(どうして兄さんが死んだなんて思いこんでいたんだろう?それに勘違いで泣きながら兄さんに抱き付くなんて……恥ずかしい)

 思わず赤面してしまうアレイスロー。そんな弟をため息をつきながら見ていたロックスローだったがすぐに自分が何に対して怒っていたのか思い出す。そしてアレイスローの足元に転がっているウサギの死骸をビシッ!と指差した。

「そんな事よりもアレイスロー!それは一体何ですか!」

 ロックスローに怒鳴られ不思議そうに足元のウサギに視線を向ける。地面に落としてしまったから食べ物を粗末にするなと言いたいのだろうか?だが、それにしてはアレイスローに声をかけて来た時から怒っていたような気がする。

(何か気に障る様な事でもしましたっけ?)

 そんなことを考えながら兄に視線を向ける。やはりどう見てもロックスローはウサギを指差していた。アレイスローは頭の上に?マークを浮かべながら試しに訊いてみることにする。

「ええと、『それ』とは一体……?」

「とぼけるつもりですか!そのウサギは何だと訊いているんです!」

「ああ、このウサギですか?これは夕は………!」

 夕飯の材料と言おうとしたところでアレイスローは慌てて口をつぐんだ。何故ならば………思い出してしまったからだ。

 森に住むエルフは基本的に……………菜食主義者(ベジタリアン)だった。

 もちろん街に住んでいたり、冒険者などになって森の外で生活しているエルフ達は普通に肉類も食べるし、街で肉料理専門のコックになっているエルフだって存在する。それに森に住むエルフだって肉を食べる者達も少しは存在する。

 だが、森に住むエルフのほとんどは肉を食べることは無い。何故ならば彼らにとって動物は親愛なる存在だからだ。森のエルフにとって森に住む動物たちは隣人であり友だった。決して食糧ではない。

(あれ?……私とんでもない事をやらかしてしまったのでは……?)

 段々と顔が青くなっていくアレイスロー。当然狩人の仕事は森の動物を狩ることでは無い。狩人の仕事とはエルフや森の動物たちが平和に暮らせるように森の中を警備することであり、同時に入り込んできた魔物を討伐することだ。その弓矢で射るべきは動物たちではなく魔物なのだ。その事を失念して隣人であり友であるウサギを殺してしまったことに愕然とする。額や背中を嫌な汗が伝い落ちていく。

(な、何でこんな間違いを……。そもそもウサギの肉なんて食べた事無いはずなのに…)

 先ほどまでウサギ肉の唐揚げがどうのこうのと考えていたのが嘘のようである。森の仲間であるウサギを食べようとしていた事実に気持ちが悪くなってくる。思わず込み上げてきた吐き気に慌てて口を押さえる。

「どうしました?何か言いたいことでもあるんですか?」

 相変わらず咎める口調で言ってくるロックスロー。彼が起こっている理由をようやく理解した。ロックスローはアレイスローがウサギを殺したのではないかと疑っているのだ。そしてもしそれが事実ならば処罰される可能性すらあるだろう。最悪族長から処罰が下され里を追放なんてこともあり得る。

(こ、ここは………誤魔化すしかない!)

 アレイスローは心の中でそんな不穏なことを考えると、急にまじめな顔になった。そしてわざとらしく悲しむふりをしながらウサギの死骸を両手で抱きかかえた。

「兄さん………実はこのウサギは私が森の警備をしに行った先で見つけたんだ」

「ほう……それで?」

「うん、その時にはもうこの姿になっていたんだ。恐らくヒューマンの狩人かゴブリンにでもやられたんだろう。私はどうしてもそのままにしておけず遺体を持ち帰って来たんだ」

「その割にはさっき逆さにして脚を持っていませんでしたか?」

(チッ……さすが兄さん、目ざといですね)

 心の中で舌打ちするアレイスロー。ロックスローが疑いの眼差しを向けてきている。

「き、気のせいじゃないかな兄さん。それよりも早く、この可哀想な友達を埋葬してあげようよ」

「……………」

 アレイスローの言葉にいまだ疑いの眼差しを向けているロックスロー。だが、しばらくアレイスローを見ていたロックスローは深々とため息をついた。

「分かりました。今回はお前の言葉を信じましょう」

 ロックスローが意外にもあっさりと信用したので思わず心の中でガッツポーズをする。

「ありがとう兄さん。それじゃ、さっそくだけどこの子の埋葬を手伝ってくれるかい?」

 そう言ってアレイスローはウサギを差し出す。正直、ウサギは矢で射抜かれた傷が致命傷になっているうえに首筋を斬られ血抜きまでされている。注意深く見ればそれが分かり、犯人はどう考えてもアレイスローしかありえないと思うのだが、ロックスローもそこまで細かくチェックはしていない。

「分かりました。それなら共同墓地に向かいましょう」

 そう言うとロックスローは里の端にある動物たちの共同墓地へと向かった。アレイスローはウサギの死骸を抱え直すと、「待ってよ兄さん」と言いながらロックスローの後を追っていくのだった。


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