第5章 赤蜥蜴と赤羽根と13の悪夢 第6話、第二の悪夢・双子 その1
第6話、第二の悪夢・双子
第6話その1
「あれ?ここは………」
目を覚ましたアレイスローは体を起こし、そんなことを言いながら辺りを見回した。周りは木々に囲まれており、ここが深い森の中である事が分かる。だが、一体どこの森の中なのかが分からない。しかし、周りを見回していて気が付いたこともあった。それは大木と言える木の太い枝には小屋が備え付けられていたことだ。それも一つや二つではない、視界に入るだけでもかなりの数がある。それを見た後ならばこの場所がどのような所であるかすぐに分かった。
そう、ここは集落………エルフの里だった。
そして段々と思い出してくる。ここはアレイスローの住んでいるエルフの里だった。そしてアレイスローはここで狩人として生活していたのだ。
そこまで思い出したところでアレイスローは初めて自分が木の枝にハンモックをかけてその上で寝ていたことに気が付いた。一体いつの間に寝ていたのか?全く記憶にない。
(いけませんねえ……サボっているとまた族長にどやされますね)
そんなことを考えながら欠伸をするアレイスロー。そしてハンモックから降りると、傍らに立てかけてあった矢筒と弓を取り背負う。
正直な話全く手になじむ感じがしない弓に若干の違和感を覚えながらも改めて自分の服装を見回した。いかにもエルフが纏っていそうな動きやすさを重視した服装だ。間違っても魔導士が着ていそうなローブではない。
(はて?……………なんかしっくりきませんね)
自分の服装に違和感を覚えながらもその理由が分からないアレイスロー。それにまだ眠気があるのか少し頭がボーっとしている気がする。もっともそんなことでいつまでもサボっている訳にはいかない。族長の大目玉はゴメンなのだ。
「さてと、それじゃ一狩り行きますか」
そう言うとアレイスローはエルフらしい軽やかな動きで樹の幹を蹴ると、枝に飛び乗った。そしてそのまま隣の木の枝に軽やかにジャンプする。
(はて?私こんなに身軽でしたっけ?)
再び感じる違和感。自分はもうちょっと鈍くさかった気がするがそれは気のせいだろうか?
「ま、気にしてもしかたありませんね」
ボソッとそう呟くと、アレイスローはさらに隣の木の枝に飛び移った。
「さて、この辺りで良いですかね」
木の枝の上をしばらく移動したアレイスローはめぼしい場所を見つけた。そこは少し開けた場所になっており、日当たりも良く木も少ない。その分見晴らしがよく獲物を見つけるのに適しているように思えた。
「では、獲物が来るのを待ちますか」
アレイスローはそう言うと背負っていた弓を下ろし、左手に持つ。そして右手で矢をつがえると木の枝の上から地上を確認し、息をひそめた。自分から獲物を探しに行っても良いのだが、どういう訳か自分は気配を消すのが下手な気がするアレイスロー。なのであえて探し回ったりせずにこの場で待機することにしたのだ。
息をひそめ、ひたすら獲物が来るのを待ち続けるアレイスロー。
・・・・・・・・・・・・・・・
30分ほど息をひそめて待っただろうか。正直な話そろそろ飽きてきた。
(と言うか、私こうやって何もせずじっとしてるのって苦手なんですよね。同じじっとしているなら魔術の本でも読んでいる方がずっと有意義です………はて?何で魔術の本?)
頭の中に自然と出てきた魔術と言う言葉にどこか懐かしさのような物を感じるアレイスロー。だが、何故そう感じたのか不思議に思いながらもとりあえず枝の上から地上に目を向けると、そこには一羽のウサギがいた。いつの間に現れたのかは知らないがチャンスである。
(フフフ……これで夕飯のおかずゲットですね)
ウサギが聞いたら一目散に逃げだしそうなことを考えながらアレイスローは弓を引いた。ギリギリと音を立てながら弓を引くが、腕の方も若干プルプルしている。
(はて?この弓私の筋力にあってないんじゃないですか?やけに引くのに力が要りますが………?)
弓に違和感を覚えながらも矢の先はウサギに向いている。それに限界まで引かなくても矢が当たればあの程度のウサギならば仕留められると考え直す。ならば今は命中精度の方を優先すべきだった。
「ここは私の狙撃技を披露するしかないですね」
そんな独り言をボソッと呟きながらアレイスローはウサギに狙いを定めた。
「狙撃ックス」
訳の分からない言葉をボソッと呟きながらアレイスローは矢を放つ。そしてその矢は意外にも狙い通りにウサギに命中していた。鳴き声を上げる間もなく即死するウサギ。
「おやおや、一撃で当たりましたか。何でも言ってみるもんですね」
どうやら「狙撃技を披露する」も「狙撃ックス」も完全に口から出まかせだったみたいだが、それでも獲物をしとめられたことに満足するアレイスロー。枝から飛び降り地面に降り立つと、獲物であるウサギに歩み寄った。
比較的大きめの野ウサギだった。家畜などと比べるとさすがに肉は硬そうだったがそれは仕方がない。とりあえずウサギを拾い上げるとナイフを取り出して首筋に切れ目を入れて血抜きをした。
「さて………まあ獲物も取れましたし、帰りますか」
大きめとはいえウサギ一羽で足りるのだろうか?とも思ったが、別に狩人は自分だけではないはずだ。ならば他の者がきっと沢山獲物をとってきているだろう。それに………。
(正直どうもこの弓矢って奴は使い辛いですね。と言うか私もよくこんな腕で狩人なんて続けてましたよね)
自分でもそう思う。先程は確かに一撃でウサギを仕留めたが、あれが完全なまぐれであることは自分でも分かっていた。もしかしたら「狙撃ックス」が効いたのかもしれないが、恐らくはただの偶然だろう。次に同じ状況で狙撃しても当てる自信は全くなかった。つくづく自分は狩人に向いていないと思う。
(どっちかって言うともうちょっとインドアな方が向いてるんですよね~……例えば学者とか研究者とか…あと魔導士とか……)
そんなことを考えていたが、自分がここで狩人をしている事は紛れもない事実であり、今さらそんな事を考えても仕方がなかった。さっさと里に帰ることにする。
アレイスローは樹の幹を蹴ると枝に飛び乗った。この時やはり自分はこんなに身軽だったかと疑問を覚えるが、身軽なものは仕方がない。そのまま枝を蹴り、次の枝に飛び乗った。
(ウサギの肉はどうやって食べましょうかね?シンプルに塩胡椒だけで焼いても美味いですが、シチューなんかにするのも悪くありませんね)
そのころには頭の中がすっかり夕飯の献立一色になっていたアレイスロー。器用に枝の上を飛び移りながら夕飯に何を食べるか想いを馳せる。
「唐揚げにするのも良いですねぇ。あ、揚げ物と言えばサーモンのフライも食べたいですね。アジフライも捨てがたい」
いつの間にか思考が魚のフライに変化しているアレイスロー。だが、そこまで考えてふと疑問に感じることがあった。
(はて?魚のフライなんてどこで食べたんでしたっけ?)
改めて考えると不思議に思う。そもそもエルフの里は森の中にある。だから魚はほとんど入ってこないのだ。一応近くに川はあるので時々そこで魚を取って食べたりはするが、そのほとんどは塩焼きだったはずだ。それにそもそもエルフの里では油を使った調理などしない。だから揚げ物など食べる機会はないはずなのだ。そこまで考えると、ウサギの肉の唐揚げにも違和感を覚える。油を使った調理をしないエルフが唐揚げなど食べたことがあるはずが無い。
(私は一体どこで揚げ物なんて食べたんだ?)
頭の中に浮かんだ不思議な違和感。だが、その答えが出る前にアレイスローはエルフの里に帰ってきていた。
「まあ、考えても仕方ありませんね。今はまず夕飯の準備にしましょう」
そう言って枝を蹴る。自分が寝泊まりしている小屋に向かったその時だった。
「待ちなさいアレイスロー!お前……それは何の真似ですか⁉」
突如咎める様な言葉がアレイスローに投げかけられる。驚いたアレイスローが声のした方に振り向くと、そこには自分と瓜二つの、それでいて銀髪の自分とは違い金色の髪をしたエルフの青年がそこに立っていた。
その青年を見た時、アレイスローの眼から自然と涙が流れ落ちた。思わず持っていたウサギを足元に落としてしまう。
「………に、兄さん…」
そこにいたのはアレイスローの兄、ロックスローだった。




