表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

177/605

第5章 赤蜥蜴と赤羽根と13の悪夢 第5話、第一の悪夢・吸血 その11

     第5話その11


ガキイィィン!

 細く長く鋭く爪を伸ばしたトーキが爪を振りかざしドレイクに飛び掛かった。そのまま爪を振り下ろしたトーキだったが、その攻撃はドレイクの大剣によって受け止められる。しかし、振り下ろされた爪を受け止めた時の衝撃は、どう考えても子供の力ではなかった。

「やっぱり見かけ通りの力じゃねえな」

「当たり前だよ。この姿はトーキのかりそめの姿だもん」

 クスクスと笑いながら両手の爪で斬りかかるトーキ。両手を滅茶苦茶に振り回しながら斬りかかっている様に見えるが、その攻撃は意外にも鋭い。ドレイクはそれらを大剣で受け止めるが、防御を掻い潜った攻撃が何度もあたりドレイクの身体に無数の細かい傷を作っていた。

「チッ!」

 舌打ちをするドレイク。トーキの鋭い爪はミスリル並みの強度を持つドレイクの鱗を斬り裂いてダメージを与えてくる。気を抜けば致命傷をくらいかねない攻撃だった。

「ドレイク!加勢するよ!」

 ドレイクの不利を感じ取ったのか、ベルベラが戦斧を構えてドレイクに駆け寄ろうとした。しかしドレイクはそれを手で制す。

「待て!ベラベラ、お前は嬢ちゃんに付いていてやれ!こいつがあの蚊の化け物共を呼び出したら守り切れなくなる!」

「ぐ……そうか、分かった…」

 ベルベラはそう応えると戦斧を握りしめてフェミリンを庇うように前に立った。その後ろではフェミリンが「そんな……トーキちゃんが……トーキちゃんが魔物だったなんて…」と呟きながら涙を流している。トーキの裏切りにショックを受けているのだろう。それどころかトーキの裏切りと言う現実を受け止めきれていないようにも見えた。

「あは♡それならご要望にお応えしちゃおうかな!」

 絶え間なく爪を振り回しドレイクに斬りかかっていたトーキがそう言った瞬間、彼女の眼が赤く輝いた。そしてそれに呼応するように何処からかブウゥゥゥゥン!と言う無数の羽音が聞こえてくる。

「チッ!おいベラベラ!こいつ本当にあの蚊の化け物共を呼びやがったぞ!」

「分かってる!フェミリンの事はあたしに任せな!」

 ドレイクの鋭い叫びに応えるベルベラ。そのままフェミリンを庇いつつデビルモスキートの襲撃に備えて周囲を警戒する。

 そしてドレイクはトーキの爪による連続攻撃が一瞬止まった瞬間の隙をつき、彼女の身体を蹴り飛ばした。

「いやん♡」

 しかしドレイクの蹴りはトーキの爪によって阻まれ、さらに彼女が自分から後方に飛び退いたことでほぼ全ての衝撃を受け流された。そして、そうこうしている間に何処からか飛来したデビルモスキートがドレイク達を取り囲む。その数……約15匹。

「クソ……こんなにたくさん……」

 ベルベラが焦りの声を上げる。多量に飛来したデビルモスキートを前に、ベルベラの心にも恐怖と焦りが顔を覗かせてくる。戦斧を握る手に嫌な汗がにじむ。

「こんな数相手に……フェミリンを守りながら戦い抜けるのかい……?」

 敵の戦力を前に焦りや恐怖以上に絶望が心を支配する。ベルベラはこんな状況で戦い抜ける自信は無かった。フェミリンも先ほどまで以上に恐怖を感じ、心を絶望に支配されそうになりながら必死にベルベラにしがみついている。

 正直な話、ベルベラとフェミリンの心は既に敗北している様なものだった。

 そしてドレイクの方も不利な状況を悟っている様に見えた。大剣の構えを解き、剣を右手に握りこそしているものの、身体には力を込めておらず、脱力している様に見える。そしてそのままドレイクから若干悔しそうな声が発せられた。

「これまでか………おい悪夢野郎、最後に一つ訊きたいことがあるんだが…」

「あれ?もしかして観念しちゃったの?つまんないな~。それに最後って?」

「とぼけんなよ。俺の事だけは殺すって言ってただろ?」

「あははは~、そうだったね、忘れてた。良いよ、答えてあげる。訊きたいことって何?」

 トーキは余裕の表情でそう言うとクスクスと笑っていた。

「この世界……この悪夢の中にフリルフレアはいるのか?」

 ドレイクのその言葉にキョトンとするトーキ。

「フリルフレア?誰それ?」

「とぼけんじゃねえよ。お前ら悪夢野郎どもが悪夢の中に連れ去ったのは分かってんだ」

「ん~?………あ、思い出した。そう言えばそんな名前の娘を攫ってくるようにカッドイーホ様から言われてた奴がいたっけ」

「攫ってくるように言われてた奴?」

「そ。だからその娘、トーキの悪夢の中にはいないんじゃない?きっとそいつの悪夢の中だと思うけど…」

 そう言って長く鋭い爪で器用に頬をポリポリと掻くトーキ。それを聞いた瞬間ドレイクの眼が鋭くなる。

「ってことは、フリルフレアを含めてみんなそいつの悪夢の中に居るのか?」

「みんな?……クスクス…あははははははは!本当にドレイクのおじちゃんはおバカさんだよね!」

 突然笑い出しいたトーキにベルベラとフェミリンが不安げな表情をしている。しかしドレイクは鋭い視線をトーキに送っているだけだった。

「おじちゃんの仲間なんてみんな別々の悪夢に飛ばされたに決まってるじゃない。トーキ達上位のナイトメアはカッドイーホ様も含めて47人もいるんだよ?それぞれ別の悪夢を作ってそこに一人ずつ送り込んだに決まってるじゃない」

「一人ずつ?俺達をか?」

 もしそれが本当ならばフリルフレアはこの悪夢にはおらず、それどころかスミーシャもいないことになる。

「そうだよ~。全く間抜けな冒険者達だよね。そんなんだから裏切り者がいても気が付かないんだよ」

 そう言ってクスクスと笑うトーキ。だが、今聞き捨てならないことを言っていた。

「裏切り者……だと?」

 ドレイクの静かな……だがどこか怒りのこもった言葉を聞きハッとするトーキ。「しまった」と呟きながら手で口元を隠している。

「いけない、喋りすぎちゃった……。まあ…でも良いよね別に、どうせドレイクのおじちゃんはこの場で死ぬんだし」

 そう言ってテヘペロとばかりに舌を出しているトーキ。だがドレイクは大剣を握りしめながら歯を食いしばっていた。あのメンバーの中に裏切り者がいる。だとすれば怪しい奴の心当たりが確かに一人いる。そいつは……あの瞬間、ドレイク達が悪夢に入り込む瞬間に高笑いしていた。そしてもしそいつが本当に裏切り者ならば、この救出計画自体が破綻している事になる。そんな奴を……許しておくことは出来ない。

「おい悪夢野郎。答えろ……フリルフレアを連れ去った奴とその裏切り者は一体誰だ⁉」

「あっかんべーー!これ以上余計なことを教える訳無いでしょ!おじちゃんはさっさと死になさい!さあ、デビルモスキート達……存分に血を吸い取ってやりなさい!」

 トーキの号令でデビルモスキート達がドレイク達に襲い掛かる。デビルモスキート達はドレイク達に群がりながらその汚らしい歯をカチカチと鳴らし噛み付こうとしてきた。

「セリャア!」

 そんなデビルモスキートをまず一体、ドレイクが正面から叩き斬る。一刀両断されたデビルモスキートの死骸が地面に落ちるが、すぐに別のデビルモスキートが群がってきた。

「チッ……うぜえな」

 舌打ちしたドレイクは噛み付いてくるデビルモスキートの歯を大剣や自身の鱗で受け止めながらベルベラたちの方へ視線を向けた。ベルベラとフェミリンの周りには5匹ほどのデビルモスキートが群がっているが、ベルベラは防戦一方でデビルモスキートを倒せていない。どうもフェミリンだけでなくベルベラの方もデビルモスキートに怯えている様に見える。

「ベラベラ!ちょっと痛えかも知れねえがどうせ悪夢の中だ!血を吸われるって言っても現実に吸われてる訳じゃねえんだから気にするな!」

「あ、そうか!」

 ドレイクの言葉に納得しかけるベルベラ。だが、すぐにトーキの小馬鹿にしたような声が響き渡る。

「あ、ごっめ~ん!言い忘れてたけど、この悪夢の中で血を吸われたら現実の身体からも血が失われちゃうの。それに、悪夢の中で死んだら現実でも死んじゃうよ」

「な、何だって⁉」

 ベルベラの悲鳴のような声が響き渡る。ドレイクの言葉に一瞬希望を見出したのも束の間、次のトーキの言葉で再び絶望に叩き落とされた気分だった。

「あ、安心してね。フェミリンお姉ちゃんとベルベラのおばちゃんは今はまだ殺さないから。デビルモスキート達にじわじわと血を吸わせて存分に恐怖と絶望を感じてもらう予定なの。だって二人ともなかなかいい魔力を持っているみたいだし、カッドイーホ様復活のための恐怖と絶望の感情、それに質の良い魔力をドンドン集めさせてもらうね♡あ、もちろん魔力を吸い尽くしたら最後に恐怖と絶望を極限まで感じるほど惨たらしくなぶり殺してあげるから安心してね?うふ♡」

 全然安心できる内容ではない言葉をさも楽しそうに言うトーキ。その言葉にフェミリンはもちろん、ベルベラも顔を青くしている。だが、そんな中群がるデビルモスキートの攻撃をさばいていたドレイクは深々とため息をついてボソッと呟いた。

「そろそろ良いか…」

 そして次の瞬間ドレイクの眼がカッ!と見開かれ、全身に力が入る。そして大剣を両手で水平に構えるとそのまま裂帛の気合と共に薙ぎ払った。

「ゼァリャアアアアァ!」

ザババアアァァァン!

 ドレイクの大剣による薙ぎ払いが一振りで3匹のデビルモスキートを斬り捨てる。一瞬で胴を両断された3匹のデビルモスキートを見て、残りのデビルモスキート達が若干怯んだのかドレイクに近寄るのを躊躇い始める。その隙をついてドレイクはベルベラの方へ視線を向けた。

「おいベラベラ!お前金目ハーフと踊り猫の仲間だったんだよな⁉」

「ええと、ローゼリットとスミーシャの事かい⁉そうだけど何だい⁉」

 ドレイクの叫びにベルベラは戦斧でデビルモスキートの攻撃を防ぎながら応える。ちなみにフェミリンはベルベラの後ろで恐怖で涙を流しながら震えることしかできない。

「だったらこんな蚊の化け物ごとき相手じゃないだろ!」

「え⁉」

「思い出してみろ!あの二人ならこの程度の相手、笑って薙ぎ倒すぜ!」

「あ…………」

 ドレイクの言葉に一瞬ポカンとするベルベラ。その隙をついてデビルモスキートがベルベラの左腕にその鋭くも汚い歯を突き立てる。

「っつ…」

 痛みに一瞬顔を歪めるベルベラ。だが、次の瞬間ベルベラの戦斧が閃く。デビルモスキートがベルベラの血を吸い始めるより早く、ベルベラの戦斧がデビルモスキートの首を斬り落としていた。

「けしぇ……」

 妙な声を上げてベルベラに噛み付いていたデビルモスキートの頭が地面に落ちる。そしてその瞬間ベルベラは足元に転がるデビルモスキートの頭をグシャッと音を立てて思いっきり踏み砕いていた。

「そうだ!あたしはこの程度の奴らに何を怯えていたんだ!鍛冶屋が身体になじみすぎてどうも体が鈍っていたみたいだね……情けない!」

 そう叫んで戦斧を構えるベルベラ。その表情は先程までの怯えたモノではなく、自信に満ちている。

「このまんまじゃローゼリットやスミーシャ、ついでに結婚して冒険者引退したエルシールに顔向けできないからね!フェミリン、安心しな!あんたはあたしが守ってやる!」

「ふえ……ベルベラさん?」

 突如自信に満ち溢れた口調になったベルベラに驚き、しゃがみ込んだまま呆然と見上げるフェミリン。そうしている間にもベルベラは戦斧を一閃させデビルモスキートを1匹葬っている。もうベルベラの攻撃には怯えはおろか、迷いもためらいさえも感じられなかった。

「やるじゃねえか!俺も負けていられねえな!」

 その瞬間ドレイクは大剣の柄の下の方を持ち、片手で思いっきり水平に振り回した。2回3回と力強く振り回す。

「ぎゃひぎーー!」

 デビルモスキートが悲鳴を上げながら脚や羽、あるいは胴を両断されボトボトと地面に落ちていく。雑な攻撃ではあったが、デビルモスキート達がドレイクに群がってきていたので振り回しただけでも効果的だった。

「グ、グヌヌヌヌヌ……。や、やるじゃないドレイクのおじちゃん…」

 デビルモスキートが次々と倒され、先ほどまでの余裕の態度とは一変して焦りをにじませているトーキ。恐らくドレイク同様ベルベラにもデビルモスキートに対する恐怖感を植え付けていたのだろう。だがそれもドレイクの言葉で払拭されたようだった。その事実が今度はトーキに焦りを感じさせていたのだ。

「フフン!でもでも、トーキにはまだこの子達がいるもんね!」

 そう言うとトーキはパチンと指を鳴らす。するとそれに応えるようにブウウウゥゥゥン!と大きな羽音が聞こえてきた。そしてすぐに上空から、あのアトレストを殺した5m以上の巨大を持つラージデビルモスキートが2匹降りてきた。

「さあ、トーキの可愛い子供達!あのおじちゃんとおばちゃんをやっちゃいなさい!」

「ギイィイイイ!」

 トーキの言葉に応えるようにラージデビルモスキートが奇怪な鳴き声を上げた時だった。

ドガァン!

 それはすさまじい踏み込みの音。ドレイクが地面を蹴った音だった。そしてすさまじいスピードでラージデビルモスキートに接近したドレイクはそのまま再び踏み砕くほどの勢いで地面を蹴る。そして一気にラージデビルモスキートを超える高さまで跳躍したドレイクは、そのまま大剣を両手で握り振り被ると全身に力を込める。

「チィエストオオォォォーー!」

ザバアアアァァァーーン!

 強襲からの一閃。ドレイクの一撃がラージデビルモスキートの巨体を一刀両断する。ズダアアン!と音を立てて左右に倒れていくラージデビルモスキートの身体。それを見たトーキは驚きの表情を怒りの表情に変えて歯軋りをしている。

「お、おのれ………」

「悪いな悪夢野郎。俺もそろそろ本気で行かせてもらうぜ」

 そう言って大剣を肩に担いだドレイクはニヤリと不敵な笑みをと浮かべるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ