第5章 赤蜥蜴と赤羽根と13の悪夢 第5話、第一の悪夢・吸血 その7
第5話その7
小屋の中で休息をとることにしたドレイク達。フェミリンは泣き疲れて眠ってしまったし、フェルナンドはドレイクの手刀により目を回したままだ。トーキも眠そうにウトウトしていたのでフェミリンの隣で寝かせている。そしてドレイクとベルベラで交代しながら見張りをして、残った方は休息をとることにした。
まずドレイクが見張りをして3時間ほどが経過した。そして見張りをベルベラと交代するドレイク。ベルベラはまだ少し眠そうにしていたが、「冒険者時代を思い出すね」と言いながら身体をほぐしていた。
そして見張りに立つベルベラ。ドレイクはひと眠りしようかと壁に寄りかかって座り込む。しかしドレイクは座り込んだままふと考え込んでいた。
(考えて見りゃここって悪夢の中なんだよな………夢の中で寝るってどうなんだ?)
そんなことを考えながら暗い小屋の中を見回す。
ベルベラは入り口の近くに立っているし、フェミリンは小屋の真ん中あたりで小屋の中にあった布を敷いて寝ている。そしてそのすぐ横ではトーキが何やらモゾモゾしながら起き上がっていた。
「トーキ、どうしたんだい?」
「………おしっこ…」
ベルベラが声をかけると、眠そうにそう答えるトーキ。そして目をこすりながらキョロキョロと周りを見回す。恐らくトイレを探しているのだろう。
「トイレならそこの扉の向こうだよ」
「……ん…」
ベルベラが指差した扉に向かって歩いていくトーキ。そしてその扉の少し前に放り投げておいたフェルナンドの身体に躓き、彼の顔面に膝蹴りを叩き込みながら盛大に転んでいた。
「おい……大丈夫か、あれ?」
「ど、どうだろうね……大丈夫かい、トーキ?」
盛大に転んだトーキに思わずジト目を送るドレイクと、心配して駆け寄っていくベルベラ。ちなみにフェルナンドの事は誰も心配していない。そしてベルベラは泣きそうになっているトーキをトイレまで案内してあげていた。
ちなみにすぐに用を足したトーキは戻るときに、今度は盛大にフェルナンドの顔面を踏みつけていったが、眠いせいか得に気にしてはいなかったようだ。ちなみにフェルナンドが目を覚ます気配は全然ない。
「ドレイク、あんたも少し寝たらどうだい?」
「ああ、そうだな……」
ベルベラの言葉に応えたドレイク。そのまま横になろうかとも思ったが、やはりベルベラにだけは話しておこうと思い、入り口近くに立っている彼女に視線を向けた。
「なあベラベラ…」
「さっきも言ったけど、あたしはベルベラだよ、ベ・ル・ベ・ラ。一体何だいベラベラって」
「いや、すまない。でもほら……ベルべ……って長すぎて憶えにくいだろ?でもベラベラなら発音の響きも良いし憶えやすいから」
「長すぎるって、あと一文字じゃないかい」
ドレイクのボケに思わずツッコミを入れるベルベラ。ドレイクにとってはいつものやり取りだったが、彼女からすれば名前を妙な呼び方で呼ばれいい迷惑である。
「すまん。実は俺、人の名前を覚えるのが苦手でな……」
「に、苦手ってレベルかね……?」
ドレイクの言葉に思わず額から汗が流れ落ちるベルベラ。正直な話たかだか4文字の名前も憶えられないなど、苦手どころの話ではない。ベルベラからすれば脳みそに異常があるとしか思えなかった。
「それで、何だいドレイク?」
「ああ、実はこの世界だが……」
「世界?」
「ああ、今俺たちがいるこの場所は………悪夢の中なんだ」
「……………は?」
思わずポカンとするベルベラ。だが、ドレイクの表情は真面目そのもの、冗談を言っている者の顔ではなかった。
「何の話だい、一体?」
「混乱するのも無理はないと思う。だがこれは事実なんだ」
どうやらドレイクが嘘を言っている様子はないと感じたベルベラ。だが、それでも彼の言っている内容は意味不明だ。
(ここが悪夢の中?………何を言っているんだいドレイクは?)
まったくもってドレイクの言っている意味が分からない。だが、どうやらドレイクは眠るつもりがないようだ。それならば、ベルベラの方こそドレイクに言いたいことがあった。
「そんな事よりドレイク、あんた……何で鱗が赤いんだい?リザードマンに赤鱗の部族なんていないだろう?」
「いや、そんな事って………」
どうやらドレイクの言葉を世迷言とでも思っているのだろう。話題を変えてくるベルベラに苦い顔をしながらドレイクはため息を吐いた。
「悪いが俺は5年以上前の記憶が無いから、何で自分が赤いのか全く分からん。多分赤鱗の部族の生き残りかなんかなんだろう」
「そうなのかい。いや、それはすまなかったね。余計なことを訊いちまったみたいだ」
ドレイクの記憶が無いという言葉に対し、バツが悪そうにそう答えたベルベラ。若干申し訳なさそうに頭をポリポリと掻いている。
だが、ベルベラが少し気まずそうに黙ってしまったのでドレイクにとっては逆にチャンスだった。先程の話題を再開することにする。
「それでベラベラ、この世界の事なんだが……」
「またそれかい?ここが悪夢の中なんて、そんなバカな…」
ドレイクの言葉を信用しようとしないベルベラ。
「本当の事なんだ。そもそもベラベラ、ここは何て街だ?」
「何言ってるんだい?炭鉱の町………あれ?……何て名前だっけ…」
「本来俺はアルミロンドに居るはずなんだ。ベラベラ、あんただってアルミロンドに居たはずだ」
「アルミ…ロンド……?」
その街の名前を不思議そうに繰り返すベルベラ。アルミロンド、何か聞き覚えのある響き。
だが、それが何なのかよく思い出せない。
「それで……そのアルミロンドって街が…何だって言うんだい?」
「俺も、お前も、あの娘達もオッサンも、みんなアルミロンドにいたはずなんだ。アルミロンドから精神だけをこの悪夢の中に連れて来られたんだ」
「精神だけを?」
ベルベラの言葉に頷くドレイク。ベルベラはいまいちピンと来ていないみたいだったが、ドレイクは構わず言葉を続ける。
「アルミロンドでは2週間以上前から住人や旅人達の集団昏睡事件が起こっていたんだ。俺達は冒険者として事件解決の依頼を受け、捜査した結果ナイト…何とかって言う魔物に辿り着いた。奴らはどうやら悪夢を作り出してその中に多数の人間の精神を閉じ込めることが出来るらしい。そしてここがその悪夢の中だ」
「何だって?」
ドレイクの説明がにわかには信じられないベルベラ。だが、ドレイクが嘘を吐いているようにも見えなかった。思わず頭をひねるベルベラ。
「でもドレイク。もしその話が本当なら………ここに居るってことは、あんたもそのナイト……え~と、ナイト何とか?にやられたってのかい?」
「いや、俺は悪夢に捕らえられた仲間を助けに来たんだ」
「仲間?」
「ああ、3つのパーティーと協力者の14人位で調査してたんだが、その中の4人が悪夢に捕らえらちまってな。救出のために魔導士ギルドのひょろひょろマスターの魔法で悪夢の中に入り込んだって訳だ」
「な、なるほど…」
ドレイクの説明に一応納得するベルベラ。ひょろひょろマスターって何だ?とかいろいろ疑問は残るが、ドレイクが言っている事の筋が通っている以上、信じるしかない。それに…………。
「確かに筋は通っているね。それにあたしもうっすらと思い出してきたことがある。あたしは実家の鍛冶屋をしばらく休んで親父の持病のギックリ腰を治すための湯治の下見に来てたんだ。それに、アルミロンドに着いて宿を探したら、半分くらい閉まってたのを思い出したよ」
「なるほどな、お前さんが来た時にはもう奴らは動き出してたんだな」
ドレイクの言葉に頷くベルベラ。ドレイクの言う通りだと納得はしていたが、今までの会話の中で少し気になるところもあった。
「ところでドレイク。あんたさっきこの悪夢の事件が起きて2週間以上経つって言ってたけど……」
「ああ」
「あたしがこの悪夢に捕らえられてどれくらい経つのか分からないけど、そんな何日も逃げ回っていた覚えはないんだが……。ずっと夜だし、半日も逃げ回っていないと思うんだよ」
ベルベラの言葉に「う~ん」と考え込むドレイク。顎の下に指をあてて空を見上げている。そして何やら考え込みながら首をポキポキ鳴らしていた。
「恐らく……この悪夢の中と外じゃ時間の進み方が違うんじゃないか?こっちじゃ数時間だと思っていても、向こうじゃ数日経ってたとか…?」
「なるほど、確かにそれはありそうだね……」
ドレイクの言葉に一応納得するベルベラ。だが、ベルベラには他にも疑問があった。
「あともう一つ良いかいドレイク?あんた仲間を助けに来たって言ってたけど……あたしはこのデビルモスキートどもの襲撃の中で、フェミリンとトーキ、アトレストとフェルナンド、それとあんた以外誰にも会ったことが無いんだが……?」
「会った事が無い?俺達以外誰にも?」
「そう言うことだね」
ベルベラの言葉に思わず考え込むドレイク。どういうことだろうか?ただ単にほかの人間に会えなかっただけなのだろうか?それともこの悪夢の中には他に人間がいないのだろうか?しかし考えても結論は出てこない。
「そうだドレイク、念のためあんたが助けようとしている仲間ってのがどんなヤツか教えておくれよ。探す手伝いくらいは出来るかもしれないしね」
「良いのか?悪いな」
ここは手伝えるかもしれないというベルベラの厚意に甘えておくことにする。悪夢がどれほど広いのかも分からないので、手を貸してくれるのは嬉しかった。
「一応今探してるのは二人なんだ。一人目は俺達の中で最初に悪夢に捕まった奴で、名前はフリルフレア・アーキシャ、チビで童顔で赤茶色のくせ毛を三つ編みにしてて、背中に目立つ真赤な羽根の生えたバードマンみたいな奴だから一目でわかると思う」
「なるほどね、赤い翼のバードマンか……確かに目立ちそうだね」
「もう一人は俺と一緒にフリルフレアを助けに悪夢に入った仲間で、オレンジ色の髪をショートカットにしたケット・シーの踊り子で、やたら明るくて騒がしい奴だ。名前がちょっと長ったらしくてな、スミー…なんとか・キャレッ……なんとか…って長い名前で憶えきれないから俺は踊り猫って呼んでる」
「へ?」
ドレイクの説明にベルベラがポカンとしている。どうしたのだろうか?
「どした、ベラベラ?」
「ちょ、ちょっと待っとくれ……。ドレイク、あんたと一緒に悪夢に入った仲間って、オレンジ色の髪をショートガットにしたケット・シーの踊り子で、名前がスミー……キャレッ………?」
「ああ、そうだ」
「もしかして、スミーシャ・キャレットかい?」
「おお!それだ!」
スミーシャの名前を正解したベルベラに思わず驚きの声を上げるドレイク。
「スゲエなベラベラ!どうしてわかったんだ⁉」
「いや、どうしてもこうしても……」
ベルベラはそう答えながらどこかバツが悪そうに視線を逸らしている。何か後ろめたい事でもあるのだろうか?だが、その疑問にはすぐに答えが出ることになる。
「あたしは、以前スミーシャと一緒にパーティーを組んでいたんだよ」
「………は?」
思わぬ答えにドレイクの眼が点になっていた。




