第2章 赤蜥蜴と赤羽根とアサシンギルド 第9話、剛剣の一撃
第9話、剛剣の一撃
影の中から飛び出した魔物を見上げるドレイク。魔物の球体の様な身体は直径が6m程もありそうだった。8本の触手はさらに長さが10m位ありそうだ。
「ウ、ウソ……あの人…た、食べられちゃった…」
青い顔で呟くフリルフレア。人間を一口で食べてしまったその魔物の大きな口に恐怖と嫌悪感を抱いているのが伝わってくる。
「な、何なんだ……こいつは⁉」
応急処置の手を止め武器を構えるローゼリットとスミーシャ。だが、満身創痍のローゼリットに、武器も持っておらず、魔力もかなり消耗しているスミーシャの二人が戦力になるとはとても思えない。
それに魔力がカラで立っているのもやっとなフリルフレアに至っては正直足手まといになりかねない。
自分一人で相手をするしかないと直感的に察したドレイクは油断なく大剣を構え、その魔物に近づいた。なるべく3人から離れるように意識しながら近づいて行く。
「まったく、終わったと思ったらこんなデカブツが控えていたとはな……」
「デカブツとはご挨拶だな、赤いリザードマン」
「!」
突如喋り出した魔物に驚くドレイクたち。しかし魔物はそんなドレイク達を見てその大きな口を笑みに歪ませる。
「どうした?知恵を持たぬ低能なモンスターだとでも思ったか?」
「違うって言いたそうだな」
「当然だ。我を下等な化け物風情と一緒にされては困る」
「へえ、じゃあ上等な化け物なのか?」
「我を化け物などと言う下等なカテゴリーの者たちと一括りにされては困るな」
魔物の声が少し不機嫌そうに低くなる。どうやら化け物扱いされているのが不満らしい。
「いや、どう見ても化け物でしょ」
「確かにな、少なくともまともな生き物じゃない」
スミーシャとローゼリットの言葉に、魔物は視線を鋭くする。
「我を愚弄するか、猫耳族と耳長族の分際で」
魔物がそう言った瞬間、突如触手の2本が伸び、ローゼリットとスミーシャに向かってその口を開き襲い掛かる。
「くっ!」
「うわ!」
突然の魔物の攻撃に驚きながらも、何とか触手を避ける二人。距離を問って大きく下がった二人の眼に入ったのは、触手の鋭い牙に抉られた床だった。その触手の威力と牙の鋭さにゾッとするローゼリット。あんなものが当たればただでは済まない。魔物とかなり距離を取りながらも油断なく武器を構えるローゼリットとスミーシャ。そしてそんな二人の所にフリルフレアを抱えたドレイクがやってくる。どうやら予想以上にフリルフレアがヘロヘロでまともに歩けないらしい。
二人にフリルフレアを預けるドレイク。
「あいつの相手は俺がやる。お前らはフリルフレアを連れてもっと離れてろ」
「ミィィィ、ドレイク…」
ドレイクの言葉に少し寂しそうな声を上げるフリルフレア。しかしドレイクは構わずにフリルフレアの背中をポンと叩いた。
「とにかく魔力の回復に専念しろ。お前の魔法が必要になるかもしれない」
「うん…わかった」
フリルフレアが頷いたことを確認すると、そのままドレイクは大剣を担ぎ魔物に向かって駆け出した。
「おいデカブツ、来いよ相手になってやる!」
叫びながら指をチョイチョイと動かし挑発するドレイク。それを見た魔物は触手を二本伸ばしドレイクに襲い掛かる。
ズガガガン!
激しい音を立てて床が抉り取られる。そして次の瞬間触手に刃が振り下ろされる。触手の攻撃をジャンプして避けたドレイクが、そのまま大剣を振り下ろしたところだった。
ガギイン!
「何⁉」
ドレイクから驚きの声が上がる。魔物の触手に向かって振り下ろされたドレイクの魔剣の一撃は、予想に反して金属と金属がぶつかり合う様な音を立てて触手に弾かれていた。
「無駄だ愚かなリザードマンよ。我の名はベルガナキス。暴食の魔王ランキラカス様より公爵の地位を賜りし鋼鉄の悪魔。ミスリルと同等の強度を持つ我が皮膚はたとえ魔剣といえど容易に傷をつけることは出来ぬ」
「チッ!またランキラカスの僕か!」
舌打ちしたドレイクは、その場から飛び退きながら大剣を両手で構え直した。同時に思考を巡らせるドレイク。マン・キメラ事件の黒幕であり、ロックスローに化けていたバルゼビュートと言う悪魔のことを思い出す。奴も悪魔侯爵と言う仇名と、ベルガナキスと同様ランキラカスの僕を名乗っていた。奴との戦いは決して楽ではなく、ドレイクは奥の手を使わざる終えなかったことを思い出す。
目の前の敵が、奴と同様爵位を名乗っている以上同等かそれ以上の敵であることは明白だった。状況の悪さに思わず奥歯を噛み締める。
一方少し離れたフリルフレア達はドレイクとベルガナキスのやり取りに驚きを隠せないでいた。
「ドレイクが……ドレイクが『ランキラカス』って名前を覚えてる……」
フリルフレアは若干ずれた所に驚いていたが、それでもドレイクと同様マン・キメラ事件の時のバルゼビュートを思い出していた。同じく爵位を持つ悪魔だがその巨体にも戦慄を覚える。
ローゼリットとスミーシャも爵位を持つ悪魔と言う存在に脅威を感じていた。本来悪魔と言うものは魔王の僕であり、下から順に下級悪魔、上級悪魔、悪魔貴族が存在する。爵位を持つ悪魔と言うのはその中でも最上位の悪魔貴族に属し、その中でもさらに限られた者たちである。ローゼリットとスミーシャの様な中堅冒険者には本来縁の無い相手だった。それだけにベルガナキスの放つ無言の圧力に威圧されてしまう。
ベルガナキスの威圧の前に動けない3人。だがそんな中ドレイクは大剣を振り上げながら一気に間合いを詰める。
「テァリャァ!」
ガキイィン!
再び響く金属音。しかしドレイクは手を止めることなく剣戟を繰り返す。
ガキィン!キイン!ガン!ガキン!
二度、三度と大剣を繰り出すドレイク。しかしそれらの攻撃はベルガナキスの皮膚や触手に阻まれ決定打には成り得なかった。
「クソ!何つー固さだ!」
「無駄だ。いかに魔剣の一撃でも我が皮膚は斬り裂けん」
ドレイクを見下ろしながら余裕の笑みを浮かべるベルガナキス。
「それなら、叩き斬れるまで剣を振るうだけだ!」
ドレイクは大剣を握る腕に力を込める。そして力を込め、凄まじい踏み込みと共に振り下ろされたその斬撃は先ほどまでに比べて数段上の鋭さがあった。大剣がザシュッ!と音を立てて触手の一本を切り落とす。
「ぐぬ!」
思わず声を上げるベルガナキス。しかし、そのことが逆にこの魔物に火を着けた。残った7本の触手の口と本体の口が開くと、その中に光が集中し始める。
「虫けら共め。我が光の前に滅びるがいい」
ベルガナキスが光を集中させている口をフリルフレア達の方へと向けた。しゃがみ込んでいたフリルフレアは思わず身を固くする。そしてローゼリットとスミーシャがフリルフレアを守るように彼女に覆い被さった。それを見た瞬間ドレイクは「マズい!」と叫びながら駆け出し、フリルフレアたち3人の前に入り込むと彼女達3人を庇うように両手を広げた。
そして次の瞬間ベルガナキスの全ての口から巨大な光が撃ち出された。
ドゴオオオオオオオオオオオオン!
轟音を轟かせ光が全てを飲み込んでいく。撃ち出された光の奔流は訓練場の壁を打ち抜き備品を破壊する。横たえられたロッテーシャの身体もその光の中に消えていった。そしてその光の奔流はフリルフレアたち3人を庇うドレイクにも直撃していた。
「グッ……」
思わず片膝をつくドレイク。それを見て泣きそうなフリルフレアが近寄ろうとする。
「ドレイク!」
「来るなフリルフレア!お前は魔力の回復に専念しろ!」
叫び何とか立ち上がるドレイク。しかし、その身体からは煙が上がり、激しいエネルギーの直撃を受けたことを物語っていた。一方のフリルフレア達三人はドレイクが庇ったことで光の直撃を裂けることは出来たようだ。しかしそれでも光の余波を受けたのだろう、ローゼリットとスミーシャの身体には新たに数か所の火傷の様な傷が出来ていた。
光の一撃で満身創痍となったドレイク。元から傷だらけのローゼリットに、魔力の尽きたスミーシャとフリルフレア。状況は非常に悪い、最悪と言ってもよかった。
「我が光の一撃に耐えるか……面白いなリザードマン」
「何……?」
突如話しかけてきたベルガナキス。ドレイクは肩で息をしながら大剣を構え、ベルガナキスを睨みつけた。その後ろではフリルフレア達も立ち上がっている。転がっている短剣を拾い構える彼女達だったが、とても戦える状態には見えない。それでもその眼はあきらめていなかった。
そんなドレイク達の様子にベルガナキスの巨大な口が笑みの形に歪む。
「リザードマンよ、貴様に我が配下となる権利をやろう」
「は?」
突然の言葉に思わず間抜けな声を上げるドレイク。しかし口は笑みの形に歪んでいてもベルガナキスの口調は真剣なものだった。
「我が触手を断ち斬り、我が光の一撃にも耐える貴様の実力は本物だ。ロッテーシャやバリィでは勝てぬが道理よ」
「………何を言っていやがる?」
訝しむドレイク。ベルガナキスの真意を理解できず、鋭い視線を送る。
「我が配下となればお前の命は助けてやろう。さらに我が裏から支配する暗殺者ギルドのマスターとしての地位も約束しよう」
「暗殺者ギルドのマスターだと?」
意味が分からず混乱するドレイク。しかし、ベルガナキスのその言葉に他に反応する者がいた。それはローゼリットだった。
「どういうことだ!何故貴様がギルドマスターの地位を約束するなどと!それに暗殺者ギルドを裏から支配するだと⁉」
ローゼリットの叫びにベルガナキスは目を細めた。
「分からぬか耳長族の小娘よ。ロッテーシャにブレインイーター共を授けたのは誰だと思う?血の縁ある者の身体を乗っ取る禁術を授けたのは誰だと思う?」
「何だと?」
ベルガナキスの言葉に戦慄を覚えるローゼリット。奴の言葉通りなら……。
「我が遥か昔から、この暗殺者ギルドを陰から支配していたのが分からぬか?」
「そ、そんなバカな……」
思わず呆然と立ち尽くすローゼリット。ベルガナキスがローゼリットに視線を送る。
「まあ、貴様が知らぬのも無理はない。我が存在はギルド内でも完全に秘匿され代々のギルドマスターしかその事実を知らなかった。それにトラウセンは我に刃向かい、我とギルドの関係を断とうとしていた」
「マスターが⁉」
「そうだ、それゆえにロッテーシャとカッパーを焚きつけ早々に始末させたのだがな」
「く……貴様!」
思わず飛び出そうとするローゼリット。しかし、満身創痍でフラフラなためスミーシャに止められる。
「落ち着いてローゼ」
「…クソ……」
悔しそうにつぶやくローゼリット。しかしベルガナキスはそんなローゼリットにも声をかける。
「だが耳長族の小娘よ。貴様も我が配下となるならば命は助けてやろう」
「何?」
耳を疑うローゼリット。なぜこの魔物は自分を配下に置きたいのか?理由が分からない。
「貴様はあのロッテーシャの娘、素養もある。我が手足となって暗殺者ギルドのために働くならば命までは取らん」
「ふ、ふざけるな!」
叫ぶローゼリット。しかしベルガナキスの声はいたって真面目だった。
「ふざけてなどいない。暗殺者ギルドはいずれランキラカス様が復活なされた時の為の大切な戦力。欠けた戦力を補充するのは当然のことだ」
至極当然だと言いたげなベルガナキス。しかし当然の様にローゼリットはその誘いを断った。
「そんなことを聞かされてなおさら貴様の配下になどなるものか!それに貴様が誘っているのは私と赤蜥蜴だけ、スミーシャとフリルフレアはどうするつもりだ!」
「むろん用の無い者にはこの場で死んでもらう」
ベルガナキスはキッパリと言い放つ。さも当然だとでも言いたげだった。
「冗談!こんなところで殺されちゃたまらないよ!」
「全くです!私たちはこれからも冒険者として生きて行きます!」
スミーシャとフリルフレアが短剣を構える。二人とも大人しく殺されるつもりなど微塵もなかった。
「そういう事だ!諦めて魔界へ帰るんだな!」
ローゼリットも短剣を構える。それを見たベルガナキスはドレイクへと視線を向けた。
「他の者はああ言っているがリザードマンよ。お前は何と返事をする?」
ベルガナキスのその言葉にドレイクは左手の親指をグッとあげた。そしてニヤリと笑うとその指を下に向けた。
「舐めんじゃねえよクソ悪魔。誰がテメェなんぞの下僕になるか!」
叫びと共にドレイクは大剣を担ぎ一気にベルガナキスとの間合いを詰める。そして迫りくる触手を掻い潜り大剣を振りかざす。ドレイクの両腕に瞬時に力が込められる。
「デアリャアァァァ!」
ザシュッ!
振り下ろされた大剣によりまた一本ベルガナキスの触手が断ち斬られる。
「貴様!」
「まだまだぁ!」
再び大剣を構え両腕に力を込めるドレイク。腰だめに構えた大剣を一気に薙ぎ払う。
「オオオオアアア!」
ドシュッ!
再び触手が斬り捨てられる。地面に落ちてもビクビクと動く触手を踏み潰してドレイクは叫んだ。
「自慢の皮膚もこんなもんか!大したことないな!」
「そうか。ならばこれでどうだ?」
次の瞬間斬り捨てられたベルガナキスの触手が断面が膨れ上がり、そこから再生する。再生した触手にもやはり鋭い牙を持つ口が付いており、合計8本の触手が口を大きく開けて一斉にドレイクへと襲い掛かった。
「チィッ!」
舌打ちするドレイク。襲い来る触手を大剣で薙ぎ払う。しかし、十分な体勢からの一撃ではないため触手を切断するには至らず、大剣を掻い潜った4本の触手がその鋭い牙をドレイクの肩や脚に突き立てた。
「グゥ!」
苦痛に思わず呻くドレイク。しかしそれでも何とか大剣を振り下ろし、触手を一本切り落とす。
「無駄なことを」
ベルガナキスはそう言うと再び触手を再生させる。斬った端から再生されてしまう触手、正直これではきりが無かった。
「赤蜥蜴、手を貸すぞ」
「さすがに黙って見てらんないよね」
そう言ってローゼリットとスミーシャがドレイクに並ぶ。しかしその手に握られているのはただの短剣、あまりにも心許なかった。
「わ、私も!」
「フリルフレアはじっとしていろ!お前は魔力の回復が優先だ!」
ドレイクの元に駆け寄ろうとしたフリルフレアをローゼリットが制する。彼女の魔力が回復すれば、回復魔法が使える。それは戦局を左右する重要な一手だった。そのためにも今はフリルフレアを下がらせておくことにする。
そんなドレイク達を見て触手を振り上げるベルガナキス。
「我が僕にならぬならば、この場で死ぬがいい」
次の瞬間8本の触手がドレイク達に襲い掛かる。触手に応戦するローゼリットとスミーシャだったが、ただの短剣ではその固い皮膚を持つ触手には傷をつけることすらできない。ひたすら牙を受け止めるだけの防戦一方になってしまう。
一方ドレイクは襲い来る触手の数が減ったことで対応できるようになり、一本ずつ確実に触手を切り落としていった。
しかしドレイクが斬り落とした端から触手は再生してしまう。
「きりが無いよ!赤蜥蜴、あんた何か切札とかないの⁉」
「…そうだな、出し惜しみしている場合でもないな」
「あるんだったらさっさと使いなさいよ!」
スミーシャの言葉を受け、ドレイクは触手を大剣で弾くと一旦後ろに飛び退く。そして大剣を横向きに掲げると、剣に向けて口を大きく開ける。
「何をする気だ赤蜥蜴⁉」
「あんたまさかそれ、食べる気⁉」
「ミィィ!ドレイク、剣は食べられないよ⁉」
ローゼリットはともかく、スミーシャとフリルフレアの発したあんまりな言葉に思わず顔をしかめるドレイク。
(こいつら本気で俺が剣を食べると思ってんのか?)
あまりに間抜けな思考に頭痛がしてきそうだったが、今はそれどころではない。
グボオオオオオオオオオ!
次の瞬間ドレイクの口から炎が噴き出される。そしてその炎のブレスを大剣に向かって吹きかけた。吹きかけられた炎は渦巻き、大剣の刀身が炎を纏う。
そのあまりの光景にフリルフレア達3人はおろか、ベルガナキスまでもが動きを止めてしまった。
「え?えっと……ドレイク…何?今の?」
目の前の光景について行けないのだろう、フリルフレアは理解できないと言った風だった。
「赤蜥蜴……あんた今…火を吐いた⁉」
「ブレスだと言うのか⁉……それにその魔剣…」
スミーシャとローゼリットのやはり状況についていけて無い様だった。ただドレイクが炎のブレスを吐いたことだけは理解している様だった。
むしろこの状況を一番理解しているのはベルガナキスだったかもしれない。巨大な眼がドレイクを鋭く睨みつける。
「炎のブレスを吐いただと?貴様……リザードマンではないのか?」
「さあな、生憎と5年以上前の記憶が無いんでな、本当にリザードマンかどうか俺が訊きたいくらいだ」
「フン。それにその魔剣の力か」
「まあな。これがこの魔剣の真の能力、炎を吸い取り刀身に纏わせることが出来る。これが俺の切り札『劫火の太刀』だ」
次の瞬間ドレイクは燃え盛る魔剣を構え一気に間合いを詰める。そしてあまりの光景に思わず呆然としていたローゼリットとスミーシャに襲い掛かった触手を一瞬で斬り飛ばした。
「ぐぬ!」
思わず呻くベルガナキス。それによりハッと我に返るローゼリットとスミーシャは、慌てて短剣を構えベルガナキスの触手へと切りかかる。後方ではフリルフレアも我に返り慌てて短剣を構えた。
ザン!ザシュ!ズバァン!
切り札である「劫火の太刀」を発動させたドレイク。燃え盛る炎の魔剣がベルガナキスの触手を瞬く間に斬り飛ばしていく。
「デリャァァァ!」
ザパァン!
ドレイクが再度ベルガナキスの触手を斬り飛ばす。これでもう触手の数は半分になっていた。
「よし!一気に畳み掛けるぞ!」
「OKローゼ!」
「ウオオオオオオオ!」
ローゼリットの掛け声に答えるスミーシャ。そしてドレイクを先頭に3人で一気に突撃する。
だが、ドレイク達の刃が届くより一瞬早く、ベルガナキスの周囲を瘴気が覆い始めた。
「調子に乗るな下等生物共が!」
先ほどまでとは打って変わって激昂した様なベルガナキスの声。そして次の瞬間ベルガナキスを覆っていた瘴気が一気にベルガナキスの体内に吸収される。
ガキィィィン!
そしてドレイク達の攻撃はベルガナキスの皮膚に弾かれていた。そう、ドレイクの燃え盛る魔剣の一撃さえも……。
「残念だったな下等生物共!我がこの形態になったならば、貴様らに万に一つも勝ち目は無い」
そう言うベルガナキスの身体は先ほどまでにはない光沢が出来ていた。そう、身体の表面が金属の様になっていたのだ。先ほどまでよりも数段上の強度を得たベルガナキスの皮膚の固さは本当にミスリルの固さを超えていたのかもしれない。それほどまでに異常な硬さだった。
「第二形態ってところか、面倒くさい奴だな」
ドレイクは魔剣を構えて呟く。そしてそこから一歩下がった所でローゼリットとスミーシャが短剣を構えていた。ローゼリットは短剣を左手に持ち替え、懐から鋼線を取り出す。しかし手首を走る痛みに顔をしかめていた。
「ローゼ、その腕で鋼線なんて使えるの?」
「正直厳しい。鋼線の扱いには手首の動きが不可欠だからな……応急処置でどこまで動かせるか……」
それでも武器として使えるものが限られている以上、無理にでも使うしかなかった。
「無駄だ。たとえミスリルの鋼線でも我が皮膚は斬り裂けぬ!」
巨大な眼をクワッと見開き威嚇するベルガナキス。しかしローゼリットとしてもそんなことは百も承知だった。だが、斬り裂くことはできなくとも動きを封じるくらいはできるはずだ。ローゼリットは手首の痛みに顔を歪めながら鋼線と短剣を構えた。
「クソ!おい赤蜥蜴!お前他に切り札は無いのか?」
「そうそう、例えばあいつを一刀両断できる超必殺技とか…」
無茶振りをするローゼリットとスミーシャ。しかし、ドレイクの返答は彼女たちの予想を良い意味で裏切っていた。
「……無くは無い…」
「あるのか⁉」
思わず声を上げるローゼリット。てっきり打つ手無しだと思っていただけにその驚きは大きかった。
「ちょっと赤蜥蜴!そんな超必殺技があるなら最初から使いなさいよ!」
スミーシャの言葉はドレイクを責めていたが、降って湧いた様な希望にその声は少し弾んでいた。
「それで?どんな技なのよ?」
「詳細は言えんが……たとえどんな強靭な皮膚を持った奴でも一撃で仕留められる技がある」
「一撃⁉すごいじゃない!」
ドレイクの言葉に浮かれるスミーシャ。だが、ローゼリットは鋭い視線をドレイクへと向けた。
「そんなすごい技を出し渋っていたと言う事は……何か使いたくない問題でもあるのか?」
ローゼリットの言葉に無言で頷くドレイク。ドレイクの額を汗が伝い落ちる。
「約十秒間の…溜めが必要なんだ。力を溜めている間は俺はほぼ何もできない」
「なるほどな…」
ドレイクの言葉に納得したローゼリット。確かにどんなに強力な技でも十秒間の溜めが必要と言うのは致命的だった。悠長に力を溜めていたらその間に殺されてしまうかもしれない。そうでなくとも、途中で攻撃を受ければ最初から力を溜め直さなければならない。どんな技でも発動させられなければ意味は無い。
「つまり十秒間あんたを守ればいいのね?」
「簡単に言うが、それだけじゃないからな」
スミーシャの言葉に、疑わしげな視線を送るドレイク。こいつそれがどれだけ厄介な条件か分かってるのか?と言いたげだった。
そして次の瞬間フリルフレアの叫びが響く。
「ドレイク!避けて!」
ハッとするドレイク。次の瞬間ローゼリットとスミーシャを突き飛ばして自分もその場を飛び退く。
その一瞬の後、ドレイクが居たあたりを8本の触手が噛み砕いていた。
「フン、そのままお喋りに集中していれば楽に死ねたものを…」
そう言ったベルガナキスの触手は8本に再生していた。そしてそのすべてが金属の様な光沢を放っており、凄まじい強度を持っている事が予想できた。
「しかし、やはり貴様は危険だなリザードマン。我を倒せる技だなどと……はったりだとは思うが、念には念を入れなければな!」
そう言うとベルガナキスは全ての口を大きく開く。そしてその口の中に光が収束し始める。
「再び我が光を受けて滅びるがいい!」
ベルガナキスの口の中の光が増していく。今にも撃ち出されそうだった。
「クソ!」
叫びながらドレイクはフリルフレアに駆け寄ると、その首根っこを掴んで乱暴にスミーシャに投げつけた。
「ミイイィィィ⁉」
「うわ!フ、フリルちゃん!」
思わず短剣を取り落としながらフリルフレアをキャッチするスミーシャ。そして「ちょっと赤蜥蜴、何のつもり!」と怒鳴ってくるスミーシャをしり目に、彼女達とは反対方向に駆け出す。さらにそんなドレイクを追う様にベルガナキスは口を向ける方向を変えた。
「ダメ!ドレイク逃げて!」
思わず叫ぶフリルフレア。しかしそんな彼女の叫びも虚しくベルガナキスの口から一斉に光が撃ち出された。
ドゴオオオオオオオオオン!
激しい光の奔流がドレイクを飲み込む。
「ぐ、オ、オオオオオオ!」
ドレイクの咆哮が響き渡る。そして次の瞬間、赤い光……いや、赤い炎が光の奔流を突き破りベルガナキスを撃ち貫く。
「な、何ぃ!」
驚愕の声を上げるベルガナキス。確かに光の奔流はドレイクを直撃した。だが、ドレイクが放った炎のブレスがそれを押しのけ斬り裂き、ベルガナキスの触手を一本撃ち抜き弾き飛ばしていた。
しかし、ドレイクのダメージも深刻だった。ベルガナキスの放った光により鎧は弾け飛び、上着もボロボロになっていた。そしてドレイク自身からも煙が上がり、火傷のような傷によるダメージが相当なものであることが伺えた。
「ち…くしょ…う…」
「ドレイク!」
ドサッと音を立てて倒れ込むドレイク。そこにフリルフレアが駆け寄っていく。
「赤蜥蜴!」
「よくも赤蜥蜴を!」
ローゼリットとスミーシャは叫びながらベルガナキスに斬りかかる。しかし、触手に斬りかかるも、2,3度斬りつけただけで刃こぼれし、ローゼリットの短剣に至っては半ばで折れてしまった。
「チッ!まだだ!」
「くう!」
叫び、鋼線で触手を括るローゼリットと、いったん距離を取るスミーシャ。その後ろでは倒れ込んだドレイクに呼び掛けながらフリルフレアが涙を流していた。
「ドレイク!ドレイク!しっかりして!」
「……ぐ……う……」
倒れ込んだドレイクからまともな返答は無い。息はあるようだが、意識を失っているのかもしれなかった。
次の瞬間、フリルフレアはベルガナキスをキッと睨みつける。
「よくも……よくもドレイクを!」
そのまま右手と両翼の先をベルガナキスへと向けた。フリルフレアの周りにわずかながら魔力を感じる。
「フェザーファイア!」
ドドドドドドドドン!
フリルフレアの翼の先から撃ち出された無数の炎の羽がベルガナキスに直撃する。
「うぬ!これは⁉」
ひるむベルガナキス。フリルフレアの魔法がベルガナキスの固い皮膚を突き抜けダメージを与えていたのだ。
「小娘!貴様何処でこの魔法を覚えた!」
「あなたなんかと語る舌は持ちません!」
再びフリルフレアの右手に魔力が集中し………そして消滅した。
「……あれ?」
ガクッと膝をつき呆然と呟くフリルフレア。わずかに回復しただけの魔力では魔法を一発撃つだけで限界だったのだ。
「あ……わ、私…せっかく回復した魔力を…頭に血が上って……」
自分の失敗に気が付き震える手を見つめるフリルフレア。そしてその震える手でドレイクの手を握ると再び涙をこぼした。
「ごめ…ごめんなさいドレイク!わ、私………回復魔法を使わずに…無駄な魔法を…」
嗚咽を漏らし、後悔の念からドレイクの手を必死に握るフリルフレア。
だが、次の瞬間そのフリルフレアの手が握り返される。驚いてドレイクを見つめるフリルフレアの眼に、無理矢理瞼をこじ開け、フリルフレアの手を握り返すドレイクの姿が映る。
「安心しろ、無駄な攻撃なんかねえ…」
「ドレイク!」
叫ぶフリルフレアを制し、ドレイクは身体を持ち上げる。そして炎が消えてしまった大剣を引き抜くと、そのまま肩に担いだ。
「よ、よかった、ドレイク…」
「何もミスリル並みの強度ってのはあいつの専売特許じゃねえってことさ」
泣きながら手を握るフリルフレアに、ドレイクはニヤリと笑ってみせる。
(とは言え、さすがにもう体力的に限界だな……『豪鎚』を撃てるのも一度が限度か…)
ならば確実に切札を当てなければならない。しかし、そう簡単にはいかない。今触手を鋼線で括り付け動きを封じているローゼリットだが、いつまで持つか分からない。ならば少し危険でも賭けに出るしかなかった。
「フリルフレア、少し危険な仕事なんだが……頼めるか?」
「うん、任せて!どんなに危険でもやってみせるよ!」
ドレイクの問いにフリルフレアは力強く頷いた。
「金目ハーフ!何としてもそいつをそのまま押さえ込んでくれ!」
「分かってる!」
ドレイクの叫びに答えるローゼリット。今やローゼリットは両手で鋼線を扱い、ベルガナキスの触手を5本まで絡めとっていた。
異常な強度の皮膚を持つ触手であったためミスリル製の鋼線をもってしても切り裂くことは叶わなかったが、それでも何とか動きを封じていた。
そして残りの2本の触手を相手に何とか立ち回るスミーシャ。武器を噛み砕かれては、暗殺者たちの落とした短剣や転がっているローゼリットのスローイングダガーを拾い応戦する。
正直に言えばスミーシャの方も防戦一方だったが、それでも何とかベルガナキスの攻撃をさばいていた。
しかしそうこうしている間に先ほどドレイクの炎のブレスで吹き飛ばされた触手が再生する。その一本がドレイクの方へ向いていた。
「踊り猫!そのままその触手を引き付けておけ!今フリルフレアが必殺魔法のチャージに入った!」
「へ⁉フリルちゃん⁉」
スミーシャが素っ頓狂な声を上げる。しかしドレイクの言葉通り、フリルフレアが上空まで飛び、そこで静止しながら両手を上に掲げている。
「私の最強の精霊魔法で滅びなさい!アクセス!」
フリルフレアが意識を炎の精霊界に接触させる。そして掲げる掌に小さな炎が生み出される。
「スミーシャさん!ローゼリットさん!この魔法は時間がかかります!少し時間を稼いでください!」
高々と言うフリルフレア。しかしそれを聞いたローゼリットが舌打ちする。
「フリルフレア!そういう事は大声で言うな!」
「もう遅いわ!小娘!まだそんな魔力が残っていたとはな!」
次の瞬間ベルガナキスの触手の一本がフリルフレアに襲い掛かる。短剣を引き抜き応戦するフリルフレア。
キィン!キン!ガキィン!
2,3回触手の牙を短剣で受け止めるが、そこまでだった。あっさりと短剣が弾かれ、短剣はスミーシャの足元に落ちていく。
落ちてきた短剣を「借りるね‼」と言って拾うスミーシャ。一方上空では得物を失ったフリルフレアに触手が牙をむいて襲い掛かっていた。
「ミ、ミイイィィィィ!」
跳び回って逃げ回るフリルフレア。それを見てベルガナキスの巨大な眼と口がニヤリと笑みに歪む。
「どうした小娘。我に必殺魔法を喰らわせりのでは無かったのか?」
「あ、あなたなんか私の必殺魔法が当たれば一撃で……」
「ならばその必殺魔法とやらを当ててみるがいい!」
フリルフレアをあざ笑うかのように触手で追い回すベルガナキス。そして触手がその鋭い牙の生えた口を大きく開けた。
ガブリ!
次の瞬間触手の牙がフリルフレアの太腿に突き刺さる。
「きゃあああああ!」
悲鳴を上げバランスを崩すフリルフレア。そのまま噛みついた触手に引き寄せられるように地面に落ちる。
ドガン!
音を立てて背中から地面に叩きつけられるフリルフレア。噛みつかれた太腿からは血が流れており、背中の翼は落下の衝撃で片方の骨が折れていた。
「フリルちゃん!」
「フリルフレア!」
スミーシャとローゼリットの叫びが響き渡る。しかしそれでもフリルフレアは痛みで涙目になりながらも親指をグッとあげてみせた。
「大丈夫ですスミーシャさん、ローゼリットさん」
「大丈夫なはずあるか!」
「そうだよ!フリルちゃん今行く!」
「お二人はそのままで!」
武器を放り出して自分に駆け寄ろうとするローゼリットとスミーシャにフリルフレアは制止の声をあげた。
「大丈夫です!これで作戦は成功です!」
そう言ってフリルフレアは痛みに顔を歪めながら自分の太腿に噛みついている触手を全力で押さえつけた。
同時にフリルフレアの言葉の意味を察したローゼリットは触手を拘束する鋼線を巧みに動かし、触手の動きを封じる。同時にスミーシャも短剣を鋭く突き出し触手の動きを封じた。
そして次の瞬間、赤い影が彼女たちの間を駆け抜けた。凄まじい踏み込みで地面を踏み砕きながら走るそれは、大剣を両手に掲げたドレイクだった。
「ぬ!リザードマン、貴様!」
そう言うとベルガナキスは目と口を大きく開きドレイクの方へと向ける。そしてその口の中に光が収束し始める。再びあの光の奔流を撃ち出そうとしている事は明白だった。
「今度こそ光に飲まれて死ね!」
「させない!」
次の瞬間スミーシャが手に持っていたフリルフレアの短剣を大きく見開かれたベルガナキスの眼玉へと投げつける。
トス。
「ぐああああああ!目、目がああ!」
目に短剣が突き刺さったことで悲鳴を上げるベルガナキス。触手を引き寄せ短剣を引き抜こうとするが、引き戻せた触手は3本だけ、残りの5本は未だにローゼリットの鋼線に括られて動きを封じられていた。
そしてその横を駆け抜けベルガナキスの正面に達したドレイクはその瞬間地面を砕くほどの凄まじい踏み込みで高く跳躍した。そしてベルガナキスの身体を踏み台にして更に跳躍する。
「うおおおおおおお!」
咆哮と共に魔剣を振りかざすドレイク。その全身は何か薄く赤い光の様な物に包まれており、魔剣の切っ先のみ光が集中するように色濃く、強くなっていた。
「行け!赤蜥蜴!」
「やっちゃえ!赤蜥蜴!」
「お願い!ドレイク!」
ローゼリットとスミーシャ、フリルフレアの叫びが響く。
「チェストオォォォォォーーー‼」
ドゴオオオオオオオオオオオン!
轟音を響かせて光を纏ったドレイクの魔剣がベルガナキスへと振り下ろされた。凄まじい衝撃がベルガナキスの皮膚を砕き、目玉を斬り裂き、その身体を公爵の爵位を持つ悪魔からただの肉片へと変えていく。
そして振り下ろされた刃が地面を砕いた時、ベルガナキスと言う存在は消滅していた。あまりにも強大な力の前にその身体は四散し肉片をまき散らすのみだった。そしてそれらの肉片も時を置かずに砂の様に崩れていった。
残ったのはドレイクの振り下ろした魔剣と、その魔剣の衝撃が地面を砕き作った陥没だった。その陥没はまるでとてつもなく巨大な鉄槌を地面に振り下ろしたかの様だった。
「はあ、きっついなぁ…」
ぼやきながら仰向けに倒れ込むドレイク。正直に言えば手元に転がる大剣を握る気力も残っていなかった。
「ちょっと赤蜥蜴!あんた何寝てるのよ、さっさとフリルちゃんとローゼの応急処置手伝いなさい!」
スミーシャが何か言っているが、答え居る気力もない。だが、どうしてもぼやいておきたいことがありドレイクは口を開いた。
「あ~、ちくしょう、腹減ったなぁ……」
ドレイクのお腹がグウウと鳴った。
「モグモグ……やっぱり肉食わないと体力回復しないよな」
炙った牛腿肉を齧りながらドレイクはそう言った。そのまま美味そうに肉を咀嚼するとゴクンと飲み込む。そして間髪入れずにエール酒を胃に流し込む。
「ぷはー!やっぱり肉にはエールだよな!」
満足そうなドレイクを見てフリルフレアはため息をついた。
ベルガナキスを倒した翌日になっていた。昨日ベルガナキスを倒したドレイク達は全員が全員満身創痍の中何とか暗殺者ギルドを抜け出し、その足で神殿に向かった。そして金を払い聖職者たちに治癒の魔法を施してもらったのだ。全員かなり酷い怪我だったが、回復魔法を数回かけてもらい傷は全快した。もっともその分大目に寄付を要求されたのだが……。
そしてその日、フリルフレア達3人は虎猫亭に戻るとあまりの疲労にそのままベッドに倒れ込んだ。そして食事もとらず風呂にも入らずに翌日まで寝入ってしまったのだった。
ドレイクだけは虎猫亭に着くやいなや、着替えもぜずに「マスター、飯!」と言ってがっつりと食事をしていた。部屋に戻る間際にその様子を見たフリルフレアは(この人何でこんなに元気なの?)と呆れていたと言う。
そして翌日になり、昼頃に起き出したフリルフレアは浴場で身体を綺麗にして眠気を覚ますと、身なりを整えて1階の酒場へと向かった。そこにはすでにフリルフレアと同様風呂に入りサッパリとしたであろうローゼリットとスミーシャ、そしてどう見ても風呂には入っていないであろうドレイクの姿があった。そして、せっかくなので4人で同じテーブルに着いて食事を始めたのだった。
「ミィィィ……ドレイク、今夜は必ずお風呂に入ってよね」
「分かった分かった、夜には入るって」
ドレイクは分かってると言いたげに掌をパタパタと振っている。あまり信用していない視線を送りつつ、フリルフレアは再びため息をついた。
正直に言えば、ドレイクの体力が羨ましかった。ドレイクは昨日傷を治療した後すぐに「腹が減った」と言って食事をしていた。それに比べて自分は食事どころかお風呂に入る気力も残っていなかった。その上空になるまで魔力を使った影響か、いまだに体がだるい。正直を言えば食欲も無かったが、何も食べないと体力が回復しないので半ば無理矢理オムレツを胃の中に入れていた。
魔力に関しても、ちゃんと睡眠を取ったにも関わらずいまだ全快には至っていない。同様に空になるまで魔力を消費したスミーシャが意外とケロッとしているので、やはり魔力の回復が遅いのも自分がまだ未熟なせいなのだと実感する。
「何かダルそうだなフリルフレア。大丈夫か?」
チーズたっぷりのグラタンを頬張りながらドレイクが訊いてくる。ハッキリ言って言葉の内容の割にはあまり心配しているようには聞こえない。
「魔力が回復しきって無くて……ちょっと体がダルいの」
「フリルちゃん、まだ魔力回復してないの?可哀想に…お姉ちゃんが慰めたあげる」
そう言ってスミーシャがフリルフレアの頭を撫で始める。
「お前はフリルフレアの頭が撫でたいだけだろう」
ジト目でツッコミを入れるローゼリット。相棒の性格はしっかり把握しているようだ。
「フリルフレア、駆け出しの内は魔力の回復も遅い。ギルドでマジックポーションでも買って飲んだ方がいいかもしれないぞ?」
「あ、その手がありました」
ローゼリットの言葉にポンと手を打つフリルフレア。どうやらマジックポーションのことを失念していたらしい。ちなみにマジックポーションとは瞬時に魔力を回復させる液体の回復薬だが、少々お値段が高い。
「ついでだから、少し余分にポーションの類を買っておいた方がいいかもな」
「そうだね。また昨日みたいなことになったら大変だもんね」
ドレイクの言葉に頷くフリルフレア。その言葉に、ローゼリットも考え込む。
「私達も少しポーションをそろえた方がいいかもしれないな」
「へ、なんで?あたし達にはベルがいるじゃん」
スミーシャが意外そうに言った。ちなみに「ベル」と言うのは彼女たちの仲間で、ドワーフの神官戦士である「ベルベラ・ステイシア」の事である。
「ベルベラもエルシールも全く連絡をよこさないだろう。そろそろ懐が厳しいんだから、仕事をしないと宿代を払えなくなるぞ」
「そっか、それじゃ久々にローゼと二人でお仕事かな」
スミーシャはフリルフレアの頭をなでるのをやめると席について食事を再開した。
「でもさあ、ローゼ」
「何だ?」
「結局この後あの暗殺者ギルドってどうなるの?」
「あ、それは私も気になります」
スミーシャの言葉に賛同するフリルフレア。しかしローゼリットは首を横に振りながらため息をついた。
「どうもこうもないさ。後のことは残ったやつらが決めればいい。続けたければ続ければいいし、いらないと思うならやめてしまえばいい」
「ローゼはそれでいいの?」
「良いも悪いもない。私はもうあのギルドとは縁を切った。この後どうなろうと私の知るところじゃない」
そう言って黙り込むと、黙々と食事を続けるローゼリット。何となく釈然としないスミーシャだったが、ローゼリットがそう言っている以上これ以上口を挟むことでは無かった。しかし、フリルフレアはまだ気になることがあるのか口を開いた。
「でもローゼリットさん。マスターさんとの思いでもありますよね。未練はないんですか?」
フリルフレアの問いにローゼリットは目を閉じて考え込んだ。しかしすぐに目を開けるとキッパリと言い放った。
「ないな。確かにマスターには育ててもらった恩があるが、何もマスター一人に育てられた訳じゃない。それに言っただろう?あんまりいい思い出がある訳じゃないんだ」
ヤレヤレと言いたげに肩をすくめるローゼリット。どうやらもう彼女の中では暗殺者ギルドとの決着はついている様だった。
「まあ、他人の事情にあれこれ口を挟むなってことだ」
炙り肉を齧りながらフリルフレアに向かってそう言うドレイク。
「ほう、珍しく良いことを言うじゃないか赤蜥蜴」
「珍しくは余計だ」
ローゼリットの軽口に憮然と言い返すドレイク。そんなドレイクを見ながら、そんな物なのかと半ば無理矢理納得するフリルフレア。そんな彼女の視界に小太りのケット・シーが姿を現す。虎猫マスターだった。
「おいローゼリットとスミーシャ。お前さんたちに2枚手紙が来とるぞ?」
「手紙?」
虎猫マスターから手紙を2枚受け取るスミーシャ。虎猫マスターは手紙を渡すとさっさと行ってしまう。
「誰からの手紙なんだ?」
ローゼリットの問いにスミーシャは無言で手紙の一枚を差し出した。それを受け取ったローゼリットは手紙の差出人を見る。
「エルシールから?」
「こっちはベルからだよ」
二人は手紙の封を開けると中の便箋を取り出した。そして手紙の内容に目を通す。
「何の手紙なのかな?」
「さあな、さしずめ帰ってこれなくなった~、とかじゃねえの?」
フリルフレアの問いに適当に答えながらドレイクはライ麦パンを齧る。そしてオニオンスープを啜り、ライ麦パンを千切りオニオンスープにつけてから口の中に放り込んだところで、ローゼリットとスミーシャの肩が震えていることに気が付いた。隣ではフリルフレアがプレーンオムレツを少しずつ口の中に運んでいる。
「おい、お前らどうし…」
「はああああ⁉どういうこと⁉」
「エルシールのやつ!何を勝手な!」
ドレイクが訊き終わるより早く、スミーシャとローゼリットがほぼ同時に叫ぶ。その大声に驚いたフリルフレアがオムレツを口に運ぶ手を止めて眼をまん丸くしている。
「ど、どうしたんですかお二人とも」
「「どうしたもこうしたもない!」」
フリルフレアの言葉に、二人の声がピッタリとハモる。
「な、何が書いてあったんだよ」
二人の怒気に若干たじろぐドレイク。そんなドレイクとフリルフレアに向かってローゼリットとスミーシャは手紙を見せつけた。
「ベルったら、親父さんが病気になって仕事を引退したから実家の鍛冶屋を継がなきゃならなくなったって!だから冒険者は続けられないって!」
「そっちなんかまだ良い方だ!エルシールのヤツ、故郷で再開した元彼とよりを戻して結婚することになったから冒険者はやめると言い出しやがった!」
手紙を破り捨てそうな勢いで騒ぐ二人。「本当に帰ってこれなくなったって言う手紙かよ……」とゲンナリするドレイク。フリルフレアは未だに目をまん丸くしている。
「これじゃパーディー解散じゃん!」
頭を抱えて叫ぶスミーシャ。
「クソ!いつもいつもエルシールは自分勝手で!ベルベラも頭が固いんだよ!」
帰ってこないと言う二人の仲間の文句をブツブツ言うローゼリット。
そのまま文句を言っていた二人だったが、いつまでも文句を言っていても仕方がないと悟ったのか拳を握りしめた。
「こうなったら仕方がない!『野良猫』はコンビで再出発だ!」
「おー!」
叫ぶローゼリットに、拳を突き出すスミーシャ。
「こいつら、息ピッタリだよな」
「そうだね……あ、私達もこんな感じになりたいよね!」
「いや、俺は遠慮する」
「ミイィィィィ!何でー⁉」
ドレイクとフリルフレアの掛け合いが耳に入っているのか、スミーシャがフリルフレアに顔を近づける。
「そうだ!フリルちゃん良かったらうちのパーティーに……」
「あ、すいません。私ドレイクの相棒なんで」
「ガーン!言い終わる前に断られた!」
しょんぼりするスミーシャ。それを見てフリルフレアが手をパタパタと振る。
「あ、それなら時々パーティーを組みましょうよ!」
「良いの⁉ああ……フリルちゃんマジ天使……。あ、赤蜥蜴はいらないからね?」
「いらなくても、フリルフレアにはおまけとして俺がついて来るんだよ!」
威嚇しながら、フリルフレアから離れろとばかりにシッシッと手を振るドレイク。それを見ながらローゼリットがポツリと呟いた。
「赤蜥蜴……お前おまけだったのか?」
?????
その暗闇の中人影が蠢いていた。
「何?バルゼビュートに続き、ベルガナキスまでやられただと?」
人影の問いにもう一つの人影が跪きながら頷く。
「フン!あの無能悪魔どもめ……所詮悪魔の力などこの程度か」
人影は愚痴りながらもその声色はどこか得意げだった。
「偉そうにランキラカス様御復活後に必要になる戦力を集めてくるなどと……それで死んでいては世話は無い」
明らかに嘲笑する声色でそう言う人影。
「ランキラカス様を復活させるのはこの私だ!はーはっはっはっはっは!」
笑い声をあげる人影。その人影はいつまでも笑い続けていた。
赤蜥蜴と赤羽根第2話 完
 




