第5章 赤蜥蜴と赤羽根と13の悪夢 第5話、第一の悪夢・吸血 その2
第5話その2
「そう言えば、フリルフレアもそうだが踊り猫の奴は何処にいるんだ?」
ふとそんなことに気が付き周囲を見回した。ドレイクが気が付いてから体感時間で1時間ほど経っただろうか?実際に1時間経過したのかどうかは分からないし、そもそも夢の中で1時間経過したからと言って現実でも1時間経過している保証などどこにも無いのだが、それでも時間の経過には多少焦りを感じる。そろそろ初期に悪夢にとらわれた人々が衰弱死してもおかしくない頃だ。さっさとナイトメア共を退治しなければならない。
「まあ、居る訳ねえか」
とりあえず姿の見えないスミーシャのことは放っておくことにする。そもそも同じ夢の中に入り込んだからと言って同じ場所に出るとは限らないのだし、それならばフリルフレアを探す中でどこかで出会えるだろう。それに彼女もいっぱしの冒険者だ。確かにさっきドレイクの頭に入り込んできたような偽りの記憶に取り込まれていないか不安が無い訳では無かったが、自分はアッサリ偽りの記憶を振り払えたので恐らく彼女も大丈夫だろうと思う。まあ、フリルフレアの方は駆け出し冒険者なので偽りの記憶に取り込まれていそうな気がするが……。
とにかく目の前にいない人間の事を考えても仕方がない。さっさとこの悪夢を司っているナイトメアとやらの本体を倒しに行こうと思うドレイク。
正直フリルフレアやスミーシャが何処にいるのか全く分からない以上ナイトメアを探した方が手っ取り早いのだが、そのナイトメアもどこにいるのか全く分からない。
(しまったな……考えて見りゃナイトメ……ナイトメ……え~と……ナイト飴だったか?まあいいや、とにかく探す方法を考えて無かったな)
悪夢に入る事ばかり考えていて、その後の事を考えていなかったことに今さらながら気が付いたドレイク。しかし既に悪夢の中に入っており後の祭りである。
「それに正直なぁ……」
思わずぼやくドレイク。先程からずっと歩き続けていたドレイクだったが、全く人の気配が感じられなかった。暗いから夜なのだろうが人に全く出会わないというのも考えにくい。
実はこの悪夢の中には他に人がいないのではないかとも思ったが、もしそうならば人を探すのは無意味だ。
(誰かしらいれば話も聞けたんだろうが……それも期待できそうにねえな)
ため息交じりにそんなことを考えていた時だった。
ヴゥゥゥン……
「ワーーー!」
「イヤアアア!」
遠くの方で耳障りな羽音と人の悲鳴のようなものが聞こえた。
(ん?人がいるのか?)
もしそうならば話を訊けるかも知れない。それこそ運が良ければフリルフレアかスミーシャの居所を知っている可能性もある。それにもしかしたらこの悪夢を司るナイトメアについて何か知っているかもしれなかった。
(とりあえず行ってみるか)
少々耳障りな羽音が気になったが、今は気にしないでおくことにする。そしてドレイクは悲鳴の聞こえてきた方角に向けて走り出した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
しばらく走ったドレイクの前方に人影が見えてきた。辺りは暗いがドレイクはある程度夜目が利くので人影の人数もだいたい分かる。おそらく4~5人位だ。そして人影達もドレイクの方へ向かって走って来ているようだった。しかし、それと同時に先ほどからどんどん大きくなってきている耳障りな羽音が気になる。
ヴゥゥゥン、ブウゥゥゥゥゥン!
まるで大量の羽虫でも飛んでいるような耳障りな音だ。そして人影達はいまだ悲鳴を上げながら走っている。
(…………いや、逃げている?)
ドレイクは自分の認識が間違っていたことに気が付いた。人影達はただ走っていた訳では無い。逃げていたのだ。真直ぐドレイクの居る方に向かって逃げてきているのだ。
逃げている。何から?
そう、その人影達を追いかけている者達がいたのだ。辺りは暗いがドレイクの眼ならば確認できる。
そいつらの大きさは様々だった。1mくらいの者もいれば2m近い巨大な奴らもいる。それは大きな虫……恐らく蚊だった。そしてその頭にあたる部分には人間の頭が付いている。
「なるほどな。こいつらがデビルモ……デビルモス…え~と………巨大人面蚊野郎どもか」
そう言うとドレイクはニヤリと笑った。偽りの記憶ではこいつらから逃げ回っていたことになっている。ならばこのデビルモスキートとやらがどれほどの奴らなのか正直気になっていたのだ。
そうこうしている間にドレイクの方に向かって逃げていた人達がデビルモスキートに囲まれている。先程よりある程度近寄ってきていたため正確な人数が分かった。
逃げていたのは5人。ドレイクから見た限りではヒューマンらしき青年と、同じくヒューマンらしき少女。それからヒューマンらしき小さな女の子。ガッシリとした体格のドワーフの女。ドワーフの女は簡素な部分鎧と戦斧を手に持っている。冒険者の女戦士だろうか?そして最後に恰幅の良いヒューマンの貴族らしい中年の男の5人がいた。
「ひいいいいい!た、助けてくれぇ!おい!ドワーフの女!お前冒険者だろう!わしは貴族だぞ!早くワシを助けんかぁ!」
「元冒険者だよ!それに無茶言わないでよオッサン!こんな数相手にどうやって……」
貴族らしき男とドワーフの女戦士が叫んでいる。もっとも貴族らしき中年の男はみっともなく叫びながら腰を抜かしているのに対し、ドワーフの女戦士は戦斧を片手にデビルモスキート相手に応戦している。さらにドワーフの女戦士に背中合わせになるようにヒューマンの青年が木の棒を振り回してデビルモスキートを追い払おうとしていた。ヒューマンの少女と幼女は彼に庇われる形で身体を寄せ合い震えている。
しかしドレイクの眼から見ていつまで持つか正直怪しい所だった。見たところデビルモスキートの数は10体程。それに対し、彼らは戦力になるのはドワーフの女戦士一人。青年は自衛が関の山だろうし、少女と幼女は戦力外だ。貴族の中年男に関しては足を引っ張りかねない。
「とりあえず、助けてやるか」
ドレイクはそう呟くと彼らの方に向けて走り出した。
「待ってろ!今助けに行く!」
ドレイクの叫びに反応したのかデビルモスキートの一体がドレイクの方を向いた。そしてその崩れかけの人間の顔をニヤリと歪めて笑う。
「シャアアアアアア!」
妙な叫び声をあげながらドレイクに向けて一直線に飛来するデビルモスキート。飛んできているのは1m程の個体で大きさはそれほどでもない。そしてそいつがその汚らしくおぞましい口を大きく開けてドレイクに噛み付こうとしているのだ。
「シャハハハアアアア!」
「うるせえ!」
飛来し、襲い来るデビルモスキート。だがドレイクは次の瞬間拳を握りしめると振り上げていた。そして叫びとともに思いっきりデビルモスキートの顔面に拳を叩き込む。
グシャァ!
ドレイクの拳がデビルモスキートの頭を一撃で粉砕し、辺りに脳漿を撒き散らす。さらにそのまま頭ごと細長い蚊の形をした胴体も粉砕する。早い話がドレイクの拳は一撃でデビルモスキートを木っ端微塵に粉砕したのだ。
「は!大したことねえな!」
ドレイクは叫びながら腕にこびりついたデビルモスキートの破片を振り払うと、そのまま拳を振り上げ、デビルモスキートの中に突撃していった。




