第5章 赤蜥蜴と赤羽根と13の悪夢 第4話、夢への潜入 その5
第4話その5
「あれ?」
寝転がっていた体を起こし、フリルフレアは呆然と呟いた。ここが何処かは分からなかったがフリルフレアは今まで草むらに横たわっていたようだ。そして体を起こしてキョロキョロと辺りを見渡す。
森の近くの草原の様だった。街道沿いにあるようで、少し離れた所に道から続く森の入り口が見える。そしてそんな草原にフリルフレアは今まで寝転がっていたのだ。
(えっと……あれ?…どういうこと?)
意味が分からず頭が混乱する。
(だって私、あの暗い場所で………)
ゆっくりと記憶をたどっていく。フリルフレアは確かにあの何も無い薄暗い場所にいたのだ。そしてそこで………。
(そうだ!あの赤い人影!)
弾かれたように改めて周囲を見回すフリルフレア。しかし、どれだけ周りを見回してもあの気味の悪い赤い人影は何処にもいなかった。
思わずホッとするフリルフレア。
(良かった。あの気持ち悪い赤い人影はもういないみたいね。あいつに………あれ?)
ふと疑問が浮かぶ。あの不気味な人影に自分は一体何をされたのか?
(何だか沈み込むような感覚があった気がしたんだけど……何だっけ?)
あの赤い人影に何かをされたことは憶えている。だが……何をされたのか?それが思い出せない。
(何をされたんだっけ?………は!まさか、女の子として襲われちゃった⁉)
思わず強姦されてしまったのではないかと疑い、自分の身体をまさぐる。だが、特に服が脱がされた形跡はなかったし、服の中やスカートの中に手を突っ込んで確認したが、ちゃんとブラジャーも付けていたしショーツも履いている。これなら特に襲われたということも無いだろう。
だが、この時フリルフレアはあることに違和感を覚えた。
(あれ?私こんな服着てたっけ?)
思わず自分の身体をじっくりと見渡す。フリルフレアが纏っているのは背中の空いた紺色のワンピース、靴下は履いておらず素足にサンダルを履いている。明らかにフリルフレアのいつもの服装では無いのだが……。
(あ、でも良いのか。私の服、これしかないもんね)
そんなことを考えながら立ち上がるとスカートの裾をつまみ上げる。服の生地は手触りからも上等な物とは言えない事が分かる。そして思い出す。自分の持っている服は今着ているこの服と、もう一着全く同じデザインの服の計二着のみ。貧乏だから靴下なんて洒落た物は持っておらずいつも裸足にサンダルだ。
「は!そうだいっけない!早くお使いして帰らないとお婆様に怒られちゃう!」
口でそう叫んでおきながら、フリルフレアは頭の中で今の言葉に疑問を抱く。
(お使い?それに…お婆様って………誰?)
そんな疑問が浮かんでいたが、時間がたつにつれて、段々とその疑問も色あせていく。
(何言ってるのフリルフレア。お婆様って言ったらお婆様じゃない。私をここまで育ててくれた厳しくもお優しいジェニファーお婆様。私のご主人様でもあるジェニファー・グロス様………)
今まで忘れていたことを思い出す様に「お婆様」とやらに関する記憶が浮かんでくる。なぜ今まで忘れていたのか?逆にそれが疑問でならない。
「と、とにかく、早くお使いを済ませなきゃ!」
フリルフレアはそう言うとスカートの裾をつまんで走り出した。ワンピースのスカートはロングスカートのため走り辛いし、サンダルが大きめなのでそれも走り辛い原因になっているが、今はそんなことを気にしている場合ではない。一刻も早くお婆様に頼まれたお使いを済ませて帰らなければならない。
(あれ?何でそんなに急がなきゃいけないんだっけ?)
再び湧き上がる疑問。だがそれに応えるようにすぐに別の記憶が浮かび上がってくる。
(そうだ!ジェニファーお婆様は厳しい人だから、早く帰らないと怒られてお仕置きされちゃうんだ!)
そのお仕置きの内容も気になるが今はそんな事よりお使いを済ませる方が先である。フリルフレアは走るスピードを上げる。すぐに息が上がりハァハァと呼吸が乱れてくる。それでも構わず走り続けるフリルフレア。だが、草原を抜けて街道に出た所で何かにつまづき盛大に転んでしまった。
「ああっ!」
転んで倒れ込むフリルフレア。いつの間に持っていたのか肘から下げたバスケットの中身が盛大にぶちまけられる。
「イタタタタタ……あ!いけない!」
痛がっていたのもつかの間、フリルフレアは焦ったようにぶちまけたバスケットの中身を拾い始める。それは何種類もの草や花だった。フリルフレアはジェニファーの言いつけで、これらの草や花を草原で集めていたのだ。これらは薬になる草花であり、それらを集めてジェニファーの所まで届けるのが今回のお使いだった。急いで草花を拾い集めるフリルフレア。ふとその時、自分がつまづいた物が眼に入った。何故こんな所にこんなものが転がっているのか?それは少し大きめの木で出来た人形だった。思わずそれも拾い上げる。
人形は男の子を模して造られている様だった。帽子をかぶっており、つぶらな瞳をしている。鼻が何故か少し長く、赤い服を着ていた。履いている靴ももちろん赤かった。
「何このお人形…?」
誰かの落とし物だろうか?だが、こんな草原に落とす奴など居るだろうか?持って帰っても大丈夫だろうか?いくつかの疑問が頭に浮かぶ。だが、すぐにこんなことをしている場合では無い事に気が付いた。慌てて人形をバスケットの中に押し込む。
そしてほどなくして草や花を拾い集めたフリルフレアは再びジェニファーの家に、いや自分の家に向かって走り出した。
そうフリルフレアはジェニファーと家に住んでいるのだ。ただ家に住んでいるとは言っても、相手は主人でもあるお婆様。自分は使用人扱いの孫娘。さほど広い家に住んでいる訳でも無いため、自分の部屋などある訳もなく、今はもう使われていない馬小屋で寝起きしているのだった。
しかしそん扱いであってもフリルフレアはジェニファーの言うことを聞かなければいけない。今は没落したとはいえジェニファーは元貴族なのだ。平民の血を受け継ぐ自分とは根本的に身分が違う。こうして世話役として傍に置いてもらえるだけでも名誉なことなのだ。
(それにお婆様は両親のいない私にとってたった一人の肉親だもの)
だから素直に言うことを聞いて、「いい子」でいなければいけないのだ。
そのまま全力で走り続けたフリルフレア。ほどなくして町外れにあるジェニファーの家が見えてくる。
(やっと着いた!)
ずっと走って来たので呼吸も荒く、喉がカラカラだ。だからいったん立ち止まり呼吸だけは整えていく。息が荒いままでジェニファーの前に出るなど失礼な事だ。そして呼吸を整えたフリルフレアはゆっくりと家に向かって歩き出す。喉がカラカラに渇いていたがそれはまだ我慢だ。
そして家の前まで来たフリルフレアは「ただいま戻りました」と言って家の中に入っていった。
決して広い訳では無い家。居間とキッチン兼食堂、風呂とトイレ、物置とジェニファーの部屋、そしてフリルフレアは立ち入り禁止の実験室と呼ばれる部屋があるだけの小さな家だ。フリルフレアが寝起きしている馬小屋も馬が2頭いたらいっぱいになってしまう狭いものだった。
そしてフリルフレアはジェニファーの部屋の扉をトントンとノックする。
「お婆様、ただいま戻りました。お言いつけ通り薬になる花や薬草を取ってまいりました」
そう言って部屋の中に入るフリルフレア。
そしてフリルフレアが部屋のドアを閉めた直後、「たかだか薬草集めにどれだけ時間がかかってるんだい!この無能でノロマの愚図が!」と言うしわがれた老婆の怒鳴り声と共にパアン!と言う何かを引っ叩くような音が家の中に響き渡ったのだった。




